15.一人ぼっちでも泣かない
朝目覚めると身体のあちこちが痛い……。
こんなに朝の日差しが気持ち良いと言うのに、昨日の一件のせいで目覚めが悪い。
しかも寝不足。これは三人組のせいではなく、オデッサさんのせいだ。
いきなり頬にキスをしてくるなんて……僕にも心の準備というものがある。
てか、頬にキスぐらいで放心状態になってしまうなら、実際にキスとかしたら……駄目だ! 僕にはハードルが高過ぎる!
何故こんなに免疫力がないのに、女性への飽くなき欲求が抑えられないんだろうか。
全てはセルシウスのせいだ。トラウマになるくらいに思春期の僕に密着してきたからな。
あの神聖なセルシウスに手を出せる程、僕は烏滸がましくない。
ん? ひょっとしたら僕って、ただのヘタレなだけじゃないか?
……考えるのはもうよそう。虚しくなるだけだ。
歯を磨き、髪を整え、服を着替えて訓練所へと向かう。
今、気付いたけど朝ごはんは皆どうしてるんだろうか?
お金の無い僕は何も買えない。食堂も昼と夕方のみのはずだ。
皆我慢してるのかな?
訓練所の教室に着くとガヤガヤと仲間内でのお喋りを楽しんでいる。
席自体も自分の席って訳ではなく、自由に座って問題ない。
ただ、どうしても一度その場所に座ってしまうと理由が無い限り、別の席に座ろうなんて気にはならないから、いつものエミリの隣の席に座る。
「リッキー、おっはー!」
朝から頗る元気に笑顔を振り撒くエミリのお陰で、僕の元気も注入される。
「おはよう、エミリ」
イアンさんの席は少し離れているので、互いに目が合って軽く手を振り合う。
大丈夫だ。まだ男の友情は継続している。
昨日のは、気の迷いだ。
時間になるとダイン教官が教室に入ってくる。
何だかいつもと違ってそわそわとしているダイン教官。
「えー、今日は特別任務が入ったんで、訓練は休止とする」
特別任務? 一体何だろうか。
それを聞く人も居るが、秘密らしくダイン教官から語られる事はなかった。
教室内は、ああだの、こうだのと根も葉もない推測でざわめいている。
「じゃあ、俺は行くけどお前達、休みになったからって、遊んでばっかいるなよ!」
そう言い捨てて、ダイン教官は教室を後にする。
んー、急に一日暇になると何をして良いのか分からなくなる。
ダイン教官の言う通りにトレーニングでもしようか、それとも皆と交流を深めるのも有りだよな。
何か色々面倒な事が最近起きてるし、寮に籠るのも良いかもしれない。
皆はどうするんだろう?
エミリやイアンさんの意見を聞いてから、決めても良いな。
僕は頭の中での思考を止めて、周りを見渡してみる。
教室にはもう誰一人居なくなっていた。
「みんな誘拐されたのか……」
いや、それぞれが思い思いに遊びになり、稽古なり、勉強なりに行ったんだろう。
そして、僕は誰にも声を掛けて貰えなかったという事だ。
ふふ……良いんだ。
どうせ、僕なんて陰キャラさ。
でも、何か一言くらいあっても良いと思わない?
そんな長い事考え込んでなかったよ。
むしろ、早かったくらいだよ。
みんな僕の事なんて嫌いなんだ。
所詮僕みたいなろくでもない生きてる価値すらもなーー
ーー自己嫌悪を済ませて僕は今アルステムを出ていた。
別に悲しくなってセルシウスの胸の中へと帰る訳ではない。
最近、力を抑えての訓練と昨日の一件でフラストレーションが溜まってしまっているので、ここら辺で全力で力を出して発散させようと考えた。
場所はアスレンの森だ。
この前行った時に気付いたけど、あの場所かなり広いし普段の人の通りは皆無なので、こっそり修行をするのに最適な場所だ。
今回は身体を動かすのが目的なので、気配を消す事をする必要がない。
堂々と森の中へと入り、虫や小動物を愛でながらピクニック気分で森の奥へと向かう。
まだ昼前というのもあり、木漏れ日が差し込み綺麗な模様となって緑の地面にアクセントを入れている。
三十分程歩いていると開けた場所に出た。
四十メートル程だろうか、小さい(?)サイズ湖があった。
水面が太陽を受けて綺麗に揺れているのを眺めて、風の音に耳を澄ませる。
うん、休みの日にここへ来るのは良いもんだな。
こんな場所でのリフレッシュも悪くない。
一応、軽く身体を動かしながら、辺りに人の気配が無いのを確認する。
深呼吸し、心を落ち着かせて魔力を解放する。
……別に体外へ放出した訳でも無いので、草木が揺れる事はないが体内では魔力が充実しているのが分かる。
自分でも意外なくらいに魔力の流れがスムーズにいっている。
普段、繊細な魔力の微調整をしているせいだろう。
セルシウスとの修行は魔力を出すか消すかの、十と零の大まかなコントロールの修行だったから、ここでの暮らしはその辺りが研ぎ澄ませてくれた。
目を瞑り、精神統一をする。
姿勢を正し、足の幅を広げ、腰を落とす。
右腕を引き、左手を前へ、呼吸を整えて、足の爪先から拳まで、全ての力を連動させて湖へと放つ。
湖は拳圧によって一本の線を描くように激しく飛沫をあげる。
そのまま湖を越えて、今度は草花を掻き分けるように疾走し、消えていった。
「うん、重畳重畳」
慣らしにしては上出来だ。
後はセルシウスに教えてもらった型をこなしていこう。
久しぶりだけど、全力で身体を動かすのは気持ちが良い。
違うか、魔力を全開にするのが、だな。
拳で打ち、脚で打ち、攻撃の回転速度を上げながら、重心は一定に乱さない。
僕の動きに合わせ、湖と森が音を立てながら震動する。
身体を動かしながら、アルステムへ着いてからの事を考える。
セルシウスの言う通りにアルステムに来たけど、行き当たりばったりで、何ならスパイかなにかだと疑われる始末。
この森とフォウセルの雪山で遭遇した魔物……その魔物は明らかに僕を狙ってやってきたものだった。
アルステムの中に僕を狙う人が居るのか……何の為なのかさっぱり分からない。
セルシウスがアルステムに行けと言っていたのは、関係あるのだろうか?
んー、関係無さそうな気もするなぁ。
そんな僕が命を狙われるような事をセルシウスがやるとは思えない。
勘違いで狙われている可能性もある。
雪山の時に何か見てはいけない現場を見ていた、と向こうが思っているから、ここでまた襲わせた。
それならまだ納得はいくな。
どっちにしても、父さんの仇がまだ居るって事だ。
なんか復讐とか、どうでも良いって思っているけど……いざ、原因が目の前に現れたら、またキレちゃうんだろうな。
はぁ……最近、自分が女性に対して奥手だって事も理解してきたし、それ以前にモテないって事も理解してきたし、何だかもうどうでもよくなってきたよ。
今日だって僕一人だけ除け者だよ?
陰キャラ扱いされてるし、もう人生終わったね。
アルステムに到着した当初の女性に対する自信はどこへいってしまったのか……。
せめてもう少しオデッサさんと親密なかんけーー
「ねぇ! スゴイね! 勝負しようよっ!」
……最悪だ。




