14.月夜の花
月明かりに照らされ、ブロンドの髪は更に艷を増して妖艶さすら感じさせる女性が、何を想っているのか読むことの出来ない笑顔でそこに立っていた。
そして、何よりあの胸の大きさ……アルステムには何人の女神様が居るんだ?
「オ……オデッサ団長……」
金髪の男が震える声を発しながら後退る。
三白眼の男もオデッサ団長を見るや、僕の肩から手を離して、僕はそのまま地面へと倒れ込む。
「あらあら。随分酷い事を。貴方達は騎士ですね? 何処の所属かしら? それともまだ団に所属出来てない方々ですか?」
オデッサさんは喋りながら、僕の方へと近付いき、僕の頭を持ち上げて何をするのかと思えば、膝枕をしてくれた。
余りにも柔らかく心地が良いのでそのまま寝そうになる。
あぁ……生き延びて良かった……。
三人組は言い訳でも必死で考えているのか、気まずそうに目線を下げて、何の反論も出来ずに立っている。
「何で何も仰らないのかしら?」
物腰の柔らかい口調は変わっていない筈なのに、どこかその言葉に鋭さを感じた。
「これはその、彼が僕達と手合わせをしてみたいと言うので、付き合っていたのですよ」
よくもそんな言い逃れを宣えるものだ。
「そう……じゃあ、続きをやりましょうか? 勿論次は私がお相手をします。付き合って頂けますね?」
自分に向けられた言葉でもないのに、物凄い圧力を受け身体が固まってしまう。
三人組も顔には尋常じゃない汗を滲ませながら、二歩、三歩と後退りする。
「い、いえ、そろそろ時間でしたので……我々はこの辺で失礼します!」
「あ、そうそう」
背を向けて逃げ去ろうとする三人組の足を一声でピタリと止めさせる。
「次はありませんからね」
優しく言う。そう、優しく言ったのだ。
「はい!」
三人組は脱兎の如く退散してしまった。
オデッサさんはそんな事にはもう構っておらず、僕の額をすべすべな手でなでなでしてくれた。
「大丈夫でしたか?」
「まぁ、何とか」
本来魔力さえ纏っていれば、あんな攻撃痛くも痒くもないレベルなんだ。
まだ鈍い痛みが所々に残っているが、徐々に痛みは引いてきている。
「酷くやられたのねぇ」
「本当に容赦無しでしたね」
僕は名残惜しいけど、身体を起こし一人で立ち上がる。
オデッサさんも僕が立ったのを見ると安心したように自分も立って向かい合う。
「お礼が遅くなりましたが、助けて頂いてありがとうございます」
「良いのよぉ。でも、もうちょっとやり返したりするのかと思ったら、全然しなくて、ドキドキしちゃったわぁ」
……え? それっていつから見てたですか?
「あの、いつから見てたのですか?」
「えぇ~とぉ、貴方が城下町を走ってるのを見掛けてからかしら?」
最初からなんてもんじゃない。
始まる前から見ていて、今まで助けなかったのか。
ここの団長達は一体どういう躾をされてるんだ!
僕がボロボロに殴られてるのをどういう心境で眺めていたのか窺いたいものだ。
「貴方が噂のリック君かしら?」
噂? あぁ、そうか。
僕はリック本人かどうかも疑われている人間だったな。
ミリアさんは秘密にするって言ったけど、どうするつもりなんだろうか?
案外なんともしないのかも知れないな。
「噂かどうかは分かりませんが、僕はリックです」
ミリアさんから話を聞いているのも可笑しい事になりそうなので、知らない振りをしておこう。
「やっぱりぃ! もう今私達の間じゃあ、貴方の話で持ちきりなのよぉ。貴方は本物のリック君じゃないんじゃないかとか、スパイかも知れないとか、生き返ったんじゃないかと、色々と推測して楽しんでるところよ。暫く泳がせて、他の団長が様子を見るって言ってたわぁ」
言ってたわぁ、って言っちゃあ駄目だろ。
何一つ包み隠さず言ったけど、それは実は言って良い部分で僕の暗殺計画でも企てている、とかそんなんじゃないだろうな?
「あの、それって僕に言って良いんですか?」
「…………」
オデッサさんが微動だにせずに固まっている。
寝てしまったのだろうか?
「どうしましょ……駄目よね? そんな事話ちゃあ……だってあんまりリック君が良い子そうだから、ついうっかり言っちゃった。 困ったわねぇ」
今度は一人で悩み始めて、落ち着かなく右へ左へとぐるぐる歩いている。
何か思い付いたのか、歩く足を止めてパンッと両手を合わせた。
その両手を右頬へ持っていき首を傾ける。
「お願い、忘れてちょうだい」
悩殺された。
ミリアさんやセルシウスとは違った大人の色気を放つオデッサさんが、究極に可愛いおねだりポーズを取ってきた。
「え? すみません。何の事でしょうか? ちょっと一分くらい前の記憶がありませんので、仰られる事が分かりません!」
「ふふふ、良かった。もぉ、リック君ってば、良い子なんだから」
はい、僕は良い子です!
一生オデッサさんについていきます!
団長の中にこんな素晴らしい人が居たなんて思わなかった。
「そうだ。ねぇ、リック君。騎士になったら、私の団に入らない? 歓迎しちゃうよ」
うっ、それはミリアさんと約束してしまっている……。
オデッサさんの方が優しくしてくれそうなんだけどなぁ……。
いや、約束破ったらミリアさんに殺され兼ねない。
「それはちょっと……考えさせてください」
今、答えを出す事はない。
なんとか上手くいくかもしれないし、急激にミリアさんがデレてくれるかもしれない。
そうなれば、逆転のチャンスも……って何を考えているんだ僕は。
「そぉ? 良いお返事待ってるわよ」
「はい! あ、そういえばさっき所属してない騎士も居るみたいな事言ってましたよね?」
ミリアさんとオデッサさんの話を聞く感じでは、昇格したら騎士団に入れるものだと思っていたのだけど、違うのかな?
「基本的には団長の私達が騎士の入団を採用するのよ。選ばれない騎士は、無所属として鍛練や実績を積んで行ってもらうの。地方への転勤とかもあったりと大変なのよぉ」
所属してないが故に自由が利く訳だな。
各街や村の駐屯騎士達はそういう無所属から成り立っているんだろう。
二人の団長から話をもらった僕には既に無縁な事だ。
「僕にはオデッサ団長がついているんで大丈夫ですね」
「うふ、そうねぇ。何なら今晩は一緒に過ごす?」
なっ……馬鹿な…………僕の人生にとうとう神様がチャンスを与えてくれたと言うのか?
どどどどどうする? この誘い受けるしかないよな?
男なら断る理由が無いからな!
よし! 受けよう!
「そのお誘い……お受けーー」
「こんな所に二人で何をコソコソとやっているんだ?」
その声は……オデッサさんと重なり隠れた死角からミリアさんが現れた。
「あらぁ、ミリア殿じゃない。どうしてここへ?」
「どうしてもこうしてもない。道端にこんな変な手紙が落ちてあってな。騎士の一人が見付けて、私に寄越してきた」
それは僕の手紙……そうか、慌てて走って行ったから、何処かで落としたのか。
オデッサはミリアの手に持っていきた手紙をまじまじと読む。
読まないでぇ~! 僕が書いた訳でも無いのに凄く恥ずかしいよぉ~!
「あらぁ~、リック君はこの手紙を見て慌てて来たのぉ? 可愛い」
「お前は私が本気でこんな事を書くと思っているのか? お前は私をどういう風に見てるんだ?」
「そ、それは……」
ごもっともです。
今更ながら、あんな手紙を信じて来てしまった僕はどうかしているとしか思えません。
「まぁまぁ、ミリア殿。羨ましいわぁ。一生懸命になって、ミリア殿の手紙だと思って走って来ていたのよ? 愛されてるわねぇ」
「ば、馬鹿を言うな! こんな嘘の手紙も見抜けないんだぞ!」
「恋は盲目って言うものねぇ」
「オデッサ殿!」
「うふ、ごめんなさい。でも、私もリック君とそんなに仲良くなりたいわ」
「私は別に……そんな風な関係では……」
このままでは、オデッサさんに変な誤解をされて今晩のお楽しみが無くなってしまう。
どうにかしなければ……。
「あ、あの! さっきの話ですが……」
「それはまた今度のお楽しみにしましょう。ミリア殿も来た事ですし」
「ん? 何の事だ?」
うっ、これはこれでマズイな。
余計な事を言ってしまった。
「何でもないのよぉ。それより、ミリア殿はここへはリック君を助けに来たの?」
「ち、違う! この変な手紙を書いた奴を懲らしめてやろうと思って来ただけだ! 絶対に違うからな!」
絶対に違うのか……そうまで言われると悲しくなってくる。
やっぱり現実のミリアさんは甘くなかった。
「あら、そうなのね」
オデッサさんが僕の方へと視線を移した。
誘われるような妖しい瞳に心臓の高鳴る。
徐々に、ゆったりと僕へとゆさゆさ大きなモノを揺らしながら近付いてくるオデッサさん。
ミリアさんも僕も何だか分からずにオデッサさんの動向を見守っている。
僕の前へと立ち、僕へと顔を近付ける。
優しく甘い香りが鼻をつき、僕の心拍数は急上昇する。
そして、オデッサさんは僕の頬に口付けをした。
「なっ!」
僕の顔に全身の血が集まったみたいに赤くなる。
何故かミリアさんの顔も赤くなって驚いているように見える。
当のオデッサさんは満足そうに微笑んでいる。
「私がリック君貰っちゃおうかしらぁ」
「ななな、何を言ってるんだ、オデッサ殿! 何をしてるか分かっているのか?」
「あら? キスだけどぉ。何か問題でも?」
「問題しかない!」
「別にお互いが良いなら、良いんじゃないかしら?」
「そ、それは……」
ミリアさんが言い負かされている。
僕の方へとチラリと視線を送ってくるが、僕は放心状態だ。
「ふふ、冗談よ。でも、素直じゃないと奪っちゃうわよ」
「…………」
何やら小声だったせいか、ちゃんと聞き取れなかったけど、オデッサさんの言葉にミリアさんが顔を赤らめて黙り込んだ。
「それじゃあ、そろそろ戻りましょうか?」
まずは放心状態の僕の背中を押して、黙り込んだまま動かないミリアさんの背中も押す。
何も話せない僕ら二人の後ろで背中を押しながら、オデッサさんは楽しそうにしていた。




