13.釣られる魚のように
男の友情を知る事が出来て、清々しい朝を迎える。
人生捨てたものじゃない。
今まで散々女性にモテてこなかっただけでなく、エミリからは陰キャラ扱いされ、ミリアさんからは弱味を握られ奴隷と化した僕の人生の中で、イアンさんこそ希望の光だ!
男の友情に裏切りはない!
今日も元気いっぱいに騎士見習いとして、訓練をこなしていく。
もう力加減も慣れてきたもので、すっかり周りのレベルに溶け込んできている。
案外こういう微妙な力のコントロールも良い修行になる。
まさかこれを見越してセルシウスは僕にアルステムに行けと言ったのか?
そうだとするならば、さすがは精霊様だ。
今日は何事もなく平和に訓練を終えて食堂へと行く。
エミリとイアンさんも一緒だ。
今日のメニューは、ミックスフライにサラダ、オニオンスープとパン。
フライはエビ、メンチカツ、白身魚とボリュームはそこそこあり、パンはおかわり自由である。
訓練終わりすぐに向かった事もあってか、食堂にはまだ疎らにしか人は居ないが、どうせ食べている内に増えてくるだろうから、いつもの端の方の席を占拠する。
「ふふぅ~ん、美味しいね?」
エミリは今日は何だか一日ご機嫌で、満面の緩みきった笑みで食べている。
確かに美味しいけど、ミックスフライをここまで幸せそうに食べる人を見たことがない。
大好物なのだろうか?
「エミリの食べっぷりを見てるだけで、美味しく感じるよ」
「本当? アタシは料理をも美味しくする魔法少女なのだ!」
魔法の杖を振るようにフォークをくぃっと左右へ小さく振った。
それは何か違う気もするけど、ご機嫌なので突っ込みは無しって事にしてあげよう。
「そういえばさ。ずっと気になってたんだけど、あの大量のバッファローはどうしたんだろう?」
実技試験で狩ったバッファローは全て荷車へと乗せて持って帰っていた。
持ち帰ってどうするのか気になってはいたけど、ミリアさんとの話でそれどころじゃなかった。
「あのバッファローは、角は薬、毛皮は衣類、肉は食用として利用されるんだ」
実技試験は悪戯に生命を奪った訳じゃなく、ちゃんと活用してるんだな。
騎士見習いとしても、微力ながら利益面の貢献が出来ているなら、ここの料理を食べる後ろめたさも少しは無くなるというものだ。
「バッファローに捨てる所無しだねっ!」
エミリが元気いっぱいに発信する。
バッファローって万能だな。
「骨は何に使うんだ?」
「骨は捨ててるぞ」
捨てる所あるじゃねぇか!
「えへへ、違ったか」なんて自分の頭を撫でて恥ずかしがっている。
なんだよ、可愛いな!
けど、残念だったな。僕はもう男の友情を得たんだ。
エミリ、君のその勘違いしてしまいそうな態度には騙されないからな!
「でもさでもさ! アスレンの森で恐い魔物が出てきた時のリッキーめちゃくちゃカッコ良かったんだよ! もう惚れ惚れしちゃったもん!」
ほぉ、その辺もう少し掘り下げてプリーズ。
「いやぁ、そんな事ないだろ。一体どこら辺がそうだったんだ?」
さぁ、褒め称えよ!
「んとね……なんか、アタシに言ってた所!」
ちゃんと覚えてねぇのかよっ!
それでも、何だか顔を赤くした感じで言ってくれてるから、ちょっとは見直してくれたのだと言う事にしておこう。
「しかし、あの時ミリア団長がたまたま居てくれて良かったよな?」
イアンさんの言葉にドキリとしてしまう。
別に疑うとか、バレるとかそんな事でもないのに、ミリアさんのあの恐ろしい微笑みが脳裏に甦り、ただただ怯える。
「悪運は強い方なんで、何とか命拾いしましたね」
「リッキーが死んじゃったら悲しいからね?」
急に汐らしく上目遣いで言ってくる……か、可愛い過ぎる。
くそ! 駄目だ! どうせ思わせ振りの態度に決まっている!
騙されるな! 僕!
男の友情こそ全てだ!
「俺もその魔物見たかったなぁ……」
「余り見ても気分の良いもんじゃなかったよ」
少なくとも僕はなんだけどね。
そんな事を思いながら、最後のミックスフライを食べてスープを飲み干した。
フライの油がオニオンスープによって洗い流され、後味はスッキリだ。
その後は今日の訓練や昨日の休みの話題等を楽しんで、夕陽が沈む頃に僕達は寮へと戻ってきた。
エミリとイアンさんと別れて部屋へと戻ると一通の手紙が郵便受けに入っていた。
そんな手紙を貰うような事なんてあるかな、と首を傾げつつも開封して中身を見た。
「………………」
ーー僕の息は乱れ切り、目に入る汗さえ拭うのも煩わしいのでそのままに。
手紙の中身を見て、これはただ事ではないと悟り、アルステムを出て南へ行った所にロウデンブリッジという橋があり、その近くに大きな木が立っている。
その場所へと全身全霊を込めて走って向かった。
そこには……待っているんだ。
僕は目を覚ました。
諦めてはいけないんだと……追い続ける心の強さこそが大事なんだと!
もうその現実から目を逸らす事はしない!
向かい合って、しっかりと受け止めよう!
焦る気持ちを抑えながら、ロウデンブリッジの大きな木の下へと到着する。
そこにはあの人が………………誰だ?
変な男の人が三人程立っていた。
見た所、かなり身なりが整っており、顔も髪も手入れの行き届いた人達なので貴族だろうか?
うん、鍛えてる感じもするし、先輩騎士かも知れない。
何故かニタニタと悪そうな笑みを溢しながら、僕を見ている。
あぁ、そりゃ急に全速力でこんな所に走ってきたら可笑しいか。
それにしても、僕の探すあの人は何処に居るんだろう。
辺りを見渡すが、まだ来てないようだ。
先客が居るのは少し気まずいが、仕方ない。
それくらいは我慢して待てる。
「君は誰を待っているんだい?」
三人組の貴族風の男の一人、真ん中で金髪ウェーブで見るからにイケメンな人が話し掛けてきた。
きっとその場に一緒に居るのが、居たたまれなかったのか、気を使って話し掛けてきてくれた。
それにしても、何故かニタニタとした笑みは崩さない。
生まれつきなのかもしれないな。
「いえ、別に……」
さすがに正直に言ってしまったら、嫉妬されるかもしれないので黙っておく。
それくらい僕は気を回せる男だ。
「ミリア団長なら来ないよ」
金髪男の言葉に凍りついた。
なん……だと……?
なんで、この男がそんな事を知っているんだ?
「あの手紙で本当に釣られるとは思わなかったぜ」
三人組は笑いを堪えていたのか、その言葉をきっかけに爆笑を始めた。
この手紙が偽物だと……。
僕は手紙の内容を思い返すーー
『 愛しのリック様
私はずっと以前より、リック様に心を寄せておりました。
お顔を見るとなかなか本当の想いを口にする事が出来ずに
胸を痛める日々を過ごしています。
今夜こそ、勇気を振り絞りこの想いを
リック様へお伝えする決心を致しました。
アルステムの南、ロウデンブリッジの側にある
大きな木の下でお待ちしております。
ミリア=ペンドラゴン 』
ーー騙された……。
くそっ! なんて策士なんだ!
完全に騙されてしまったじゃないか!
男の友情を捨ててまで走ってきたというのに、何という巧妙な罠なんだ……。
「僕をこんな所へ呼び出して、どうするつもりですか?」
問題はそこだ。
こんな回りくどい事をして、この人達に何のメリットがあるのか。
三人組は笑い過ぎて息も絶え絶えだった。
笑い者にしたかったなら、それはそれで良いんだけど、そんな笑わなくても良いじゃん。
「君、ミリア団長やリアン団長に随分気に入られてるみたいだね?」
その一言で全てを察する。
嫉妬、やっかみと言う事だ。
僕がミリアさんやリアンさんと仲良くしているのが、気に入らないんだろう。
リアンさんは分かるが、ミリアさんは仲が良いのとは違うと思う。
むしろ代われるなら、代わっていただきたいくらいだ。
「そんなに気に入られてるなら、相当な実力だと思ってね。君と手合わせを願おうと思ったんだよ。勿論受けてくれるよね?」
手合わせねぇ……それにしては、手の込んだ事をしてくれる。
貴族の人でもやってくる事は陰湿そのものだ。
「そうでしたか。分かりました。お受け致します」
僕は無機質に返事をする。
僕は分かっている。この喧嘩は買えない。黙って殴られるしかない。
本気を出せないのもそうだけど、抵抗して打ち負かしたりして、更に反感なんて買ってしまったら、エミリやイアンさん、騎士見習いの人達に飛び火しないとも限らない。
僕一人がそれで済むなら、それで良い。
「そうかい。受けてくれるかい……」
「かはっ」
そう言うや否や、腹部に強烈な蹴りを入れられる。
これが騎士の力か……向こうも騎士見習い相手に本気は出せないたろうから加減しているとはいえ、重い痛みが腹を貫く。
僕の方も魔力を使いすぎる訳にはいかないから、ダメージ軽減は最低限しか出来ない。
腹を打たれ前屈みになった僕の背中を両手を組んで上から叩き付けてくる。
衝撃が背中へと伝わり、そのまま地面へと突っ伏した。
「どうやら僕では力の差があり過ぎるみたいだね。僕は優しいから、こんな弱い者苛めは好きじゃない。交代しよう」
よく言うよ。
「じゃあ、次は俺だな」
三人の中で一番大柄な男が出てきた。
百九十近くあるんじゃないか?
さっきの男より、この男の方が強そうに見えるのは体格のせいだろう。
魔力量が違えば、見た目じゃあ判断出来ないからな。
「いくぜええぇぇぇ!」
僕の腕を掴んで無理矢理立ち上がらせて、大きな木へとぶつける。
あぁ、倒れさせないようにする為ね。
そう思って、木が背中になるように向きを変えてあげる。
どうせ、抵抗しても最終的には満足するまでやるつもりだろうから、素直に従っておこう。
大柄の男は、肩や脚の付け根等を狙って攻撃してくる。
質量がある分、一撃が重い気がする。
さっきから、顔を一度も狙ってこないのは、見た目では分からなくする工夫をしているのか。
「なんでお前みたいなのをリアン団長が気に入ってんだろうなっ!」
「オェァッ」
力の入ったブローを受けて猛烈な吐き気が襲う。
この男はリアンさん派なのだろう。
僕は耐えきれずに膝を着こうとしたが、それは叶わなかった。
「おっと、まだ終わってないんだ。倒れるなよ」
大柄の男は、残りの如何にも性格の悪そうな三白眼の男と目配せをして交代した。
三白眼の男は、僕の前髪を鷲掴みにし、顔を強引に持ち上げて僕と目線を合わせる。
「なぁ? もうこれに懲りたら団長達に近付くなよ?」
近付いてきたのは、向こうだよ。
嫉妬するのは良いけど、ちゃんとそういう所を見てから物を言ってもらいたもんだよ。
「分かったら返事しろっ!」
「グァッ」
喉を狙われた。
いた…………い、なんてもんじゃない。
喉に刺さるような鋭い痛みが襲いくる。
殺す気なのか……?
駄目だ……気を失ってしまいたい。
「おらぁ、返事はどうしたんだっ!」
「ぅぐ……」
これで腹に三度目の重い一撃を貰った……重く鈍い痛みが…………腹の中をぐるぐると駆け巡る。
喉狙って置いて返事しろはないだろ。
最初の金髪の男がリーダーかと思ったけど、どうやらこっちがリーダーらしいな。
それともコイツが三下で一番鬱憤が溜まってるのか?
倒れないように両手で肩を掴んで、腹に膝打ちを連発してくる。
衝撃の度に胃の中の物が押し出されていく……本気で吐きそうだ。
「おらっ! もう終わりかぁ? 情けねぇな!」
「その辺りで終わりにしておきましょうか?」
僕は倒れ込んでしまいたい状況の中、何者かの声が耳へと入ってきた。
今日から仕事再開!
なので、更新が1話ペースになると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。




