12.セルシウスの愛
フォウセンの雪山頂上付近にある封印されし洞窟。
そこは普通の人間には、ただの山の景色としてしか目視出来ないように魔法が施されている。
洞窟内は上も下も何処を見ても氷が張り巡らしされており、太陽の光も入らない場所だと言うのに、光が多角的な氷の形によりキラキラと乱反射され、万華鏡のように美しく煌めいていた。
この美しい通路を更に進むと、まるで山の中を全てくり貫いたかのような広い空間が現れる。
誰も立ち入る事の出来ないこの場所に一人、透き通る白い肌、青白く輝く髪を靡なびかせ、キリッとした切れ長の目は冷たさと相反するように優しさをも感じさせた精霊セルシウスが悠然と存在していた。
「なんだ今日集まったのは、私を入れて三人だけか?」
セルシウスは浮かんでいる白い光を放った球体に手を翳し、瞳を閉じた状態で会話をしている。
しかし、周囲には人影すらも無く、独り言を喋っている風にしか見えない。
『ふん、元々精霊なんてものは、気紛れな者が多い。我等六大精霊にしても半数集まれば良い方だ』
光を放つ球体から、野太い威厳のある男の声が聞こえる。
『ま、他の精霊は寝てるんじゃないかな? 人間と違って数十年はずっと寝てたりするからね。僕らだってたまたま起きてただけでしょ?』
今度は球体から、少年のような元気のある明るい声が聞こえてくる。
どうやら、この球体を通して他の精霊とコンタクトを取っているみたいだ。
「ジン、お前はそうかも知れないが、私もイフリートもたまたまでは無いぞ」
セルシウスが呆れた口調でジンを否定する。
六大精霊……氷を司る精霊セルシウス、炎を司る精霊イフリート、風を司る精霊ジン、水を司る精霊ウンディーネ、雷を司る精霊トール、大地を司る精霊ノームがこの世界を静観している。
そしてその下に小精霊達が存在する。
彼らはその存在自体で世界の均衡を保っている。
故に怒りを買うような事があれば、世界の均衡は崩れ地は裂け、空は激しく乱れ、海は荒れ狂う。
『女神の血の目覚め……それが今起こっているのは知っているだろう?』
『あれ? それってまだ二年くらい先じゃなかったっけ?』
「その通りだ。しかし、何者かが動こうとしている気配がある」
『今動いたってどうしようもないんじゃないの?』
「さぁな。何か無理矢理魔界の扉を抉じ開ける方法でもあるんじゃないのか?」
女神の血の目覚め、それは三万年も昔に魔族がこの大地に闊歩していた時代、一人の女神アルステムが人間や精霊達を護る為に自らの命と引き換えにし、魔族を魔界へと封印した。
数千年に一度、その女神の血が人間へ宿る時、魔界の扉の封印の弱まりを知らせる。
女神の血が目覚めし者の力を使い、もう一度その魔界の扉の封印をするように導く事が精霊達の使命となっていた。
それと同時に女神の血が目覚めし者の力を利用して、魔界の扉を抉じ開けようとする者、亡き者にして封印を拒む者が現れないように監視している。
『セルシウスよ。お前は人間を育てておったな。あれはどうした?』
「おいイフリート、口を慎め。私の可愛いリックをあれ呼ばわりするとは……殺すぞ?」
『…………すまん』
セルシウスの冷えきった声は本気だった。
それを察したイフリートも大人しく謝る。
「リックはアルステムへと送った。事情は一切説明してないが、私の愛する男ならば上手くやってくれると信じている」
セルシウスの愛情は凄まじく、確証が無いにも関わらずの手放しの信頼をリックへと寄せていた。
そんなリック自身は、何度か故郷へ帰って傭兵をしようとしたり、セルシウスの元へ戻ってこようとしたり、とそんな事を考えていた。
『ね、ねぇ、そのリックをアルステムに送ってどうするの?』
「リックの父親が殺された時に現れた変な魔物はフォウセンには居ない。あれは何者かが差し向けているはずだ」
『リック……または父親が何かを知っていると言う訳か?』
「あぁ、リックは何も知らないみたいだから、父親だろうな。しかし、そのリックが生きていてアルステムの騎士にでもなれば、何か動くと思ってな」
『えぇ~、アルステムにその何者かが居るって限らないんじゃないの?』
「それでも鍵を握る女神の血はそこに居るんだ。目の前にちらつきはするだろう」
『ふん、それで食い付たと言う訳か』
「ん? そうなのか?」
『……先日アスレンの森に変な魔物が現れたそうだ。しかも、お前と似た魔力を持った人間が討伐したと報告がある』
精霊には、聖獣や小精霊を使い、世界の動きを調べる術を持っている。
実技試験での魔物の出現をイフリートは把握していた。
そして、今回の話し合いを募ったのはそのイフリートである。
「だとすればアルステムの中に居る可能性は高いな」
『もう暫く様子を見て、動きを待つか?』
「いや……リックが危ない目にあっているなら、仕方ない。私の責任だから、私が直接行こう」
セルシウスは何故か嬉しそうだ。
『え? そんな簡単に僕らがでしゃばって良いの?』
「仕方ないだろう? 私の可愛いリックが危ない目にあっていて、女神の血を持つ者が狙われているのなら、一大事ではないか。急いでリックの所へ行ってやらんとな」
『『…………』』
「そうと決まれば、早速準備をするから、これで終わるぞ?」
『……あぁ』
『……じゃあね』
「ふぅ、まったく仕方のない奴だ。どうせ私と会えなくて毎晩枕を濡らしているのだろう。少しは男らしくなって私を更に悦ばせて欲しいというのに、いつまでも可愛いままだと、私だって飽きるかも知れないぞ? そこの所分かっているのか。しかし、私が会いに行ってやれば、リックはどんな反応をするだろうか……やはり、感動の余り泣きながら私の胸へと飛び込んでくるだろうな。本当に仕方のない奴だ……フフフ」
セルシウスはノリノリだった。
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