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1.久しぶりに人と会いました

 暖かな日差しが肌へとチリチリと刺さり、それが暑さと心地好さを実感させてくれる。

 街には多くの人が行き交い、活気に溢れて賑わっているのを眺めているだけで胸が高鳴り、僕の無限の未来と無一文な現実が好奇心と不安が掻き立てる。


 僕リック=ダーヴィンは今、王都アルステムに到着した。


 ーー父ラダン=ダーヴィンはそこそこ名の知れた傭兵で、母さんは僕が産まれてすぐに亡くなっており、父さんが男手一つで僕は幼い頃から厳しく育てられた。

 僕が十三の歳に父さんが初めて僕を傭兵の仕事に連れて行ってくれた。

 それが最初で最後の父さんとの仕事になった。


 フォウセンの雪山……厳しい氷雪地帯の場所を行商の護衛として通過して、アルステムへと向かうだけの仕事だった。

 環境自体は過酷なものだが、氷雪地帯と言う事で盗賊なんて居ない。

 そこに棲むモンスターくらいだけど、それも恐れる程ではない。


 だから父さんも僕を連れて行ってくれたのだけど、予想以上の魔物が現れた。

 見たことの無い程、大きく凶悪な獅子のような魔物だった。


 父さんとその仲間の傭兵もなす術もなく殺られてしまい、僕は恐怖と絶望と悲しみに震え、みっともななく腰を抜かしてしまい、その狂暴な前足で吹き飛ばされて、そのまま気絶してしまった。


 目が覚めた時、そこは天国と見紛う程に美しく、光が氷によりキラキラと乱反射して神秘的に輝いた場所に居た。


 「目覚めたか、少年よ」


 ハープでも奏でたかのような柔らかく心安らぐ声に聞き惚れる。

 そして視界には、その声に相応しい透き通る白い肌、青白く輝く髪を(なび)かせ、キリッとした切れ長の目は冷たさと相反するように優しさをも感じさせた女神様がそこに降臨されていた。


 「貴女は女神様ですか?」


 僕のまるで決まっていた台詞のような問い掛けに、女神様はゆっくりと微笑む。


 「女神のような大それた者ではない。私の名はセルシウス。私はな少年、お前が気に入ったぞ」


 冷たくもキメ細やかな肌を僕へと寄せて抱擁してくる。

 その感触にドキッとしてしまい、動けなくなってしまった。


 父さんを失ったこの日から、精霊セルシウスに命を拾われて、何故か気に入られてしまい、そこから溺愛されて育てられた。

 父さんよりも厳しい修行と恐怖すら感じてしまう程の溺愛っぷりに、その神聖さに抗う術もなく、弟を可愛がる姉のように為されるがままにされていた。


 ーーそこから五年が過ぎて、僕はようやく解放された。

 セルシウス曰く、『リック、お前は充分に強くなった。人間である以上は外の世界で生きるべきだ。一度アルステムへと行ってみるといい。寂しくなったら、いつでも私の胸の中へ戻ってくるが良い』との事である。


 と言う事で、人間を見るのが久しぶりなのである。

 何より……あの美しくしいセルシウスにずっと密着されながらも精霊という神聖さから、こっちが一切手出し出来なかったのは思春期の過程で死にそうな想いにうちひしがれる毎日を過ごしていた、という事だ。

 つまりは、これからしっかり女性を女性として見れる……そういう事だ!


 選り取り見取りの女性達を眺めながら、アルステムの街を歩き回る。

 いや、待て。目的はそうじゃない。

 いや、そうでもあるんだけど、そうじゃないんだ。

 先ずは、どうにかして稼がなければ生活も儘ならない。


 今や家も無ければ、行く宛も無い、この身の上をどうにかしなければならない。

 元々は傭兵を生業としていたけど、そんな簡単に、やります! って宣言してなれるモノでもないし、信頼が無いとそもそも仕事が入ってこない。


 このままでは女性とお付き合いが出来ない……もとい、生きていけない。


 「明日の武道会、お前出ないのか?」


 「無理無理。 去年参加したけど、ちょっと腕っぷしがあるだけじゃあ予選すら残れないぜ」


 「なんだよ。騎士とか参加しない一般の武道会で、そんな強い奴が出てるのか?」


 「あぁ、賞金三十万ゴールドも出るし本気の奴も多いみたいだ」


 若い男二人が何やらチラシを見ながら話しているのが聞こえた。

 ほほぉ、武道会か……一般参加出来るなら、僕も参加可能と言う事だ。

 セルシウスからは、精霊の存在が知れれば色々と問題もあるらしいから、氷の魔法はおろか、普通に魔力も使うなって止められてるから、武道会に出場しても果たして勝てるだろうか……。

 でも、そのままでも充分な強さだって言ってくれてたし、何とかなるか。


 「あの、すみません。その武道会の受付って、何処でするんですか?」


 「え? お前出るのか? 止めておいた方が良いと思うぞ?」


 「はは、好きにさせてやれよ。この通りを真っ直ぐ街の中央に進んで行くと、人で賑わってる建物があるから、そこだよ」


 「分かりました。ありがとうございます」


 「明日楽しみにしてるから、ま、せいぜい頑張ってこいよ!」


 冷やかすように言われたけど、親切に教えてくれたから良いや。

 三十万ゴールドかぁ……一人なら二ヶ月くらいは普通に暮らしていけるけど、家とか借りたら一瞬で消えるか。

 地元の腕自慢の小さな大会みたいだし、そのくらいの賞金なんだろう。


 男の言う通りに進んで行くと人集(ひとだか)りが出来ている所があった。

 ここが言っていた会場なんだな。

 まだ始まってないのに何でこんなに集まってるのかと思えば、口々に登録している選手達の話が聞こえてくるから、賭けや予想なんかしたり、選手の追っかけだったりするんだろう。


 僕も登録を済ませる為に会場へと入ると、すぐに受付が見えた。

 選手と思われる人達が並んでいるので列に入って順番を待つ。


 「次の方、どうぞぉ」


 受付の男は、事務的次々と選手登録を済ませていき、僕の番がきた。


 「選手登録したいのですが……」


 「はい。お名前は?」


 「リック=ダーヴィンです」


 「はい。リック=ダーヴィン様ですね。……では、参加費千ゴールドを頂戴致します」


 「あ……」


 しまった……参加費なんてあるのか……。

 そりゃ、賞金が出るなら参加費だって取るよね、うん。

 マズイな……無いものは無いし、何だか無いって言うのも恥ずかしいけど、結局黙っててもバレるんだよなぁ。

 せっかく稼げると思ったけど、世の中そんなに甘くないか。


 「あのぉ……参加費は?」


 「ごめんなさい。今手持ちが無くて……」


 変な汗が出てくる。

 恥ずかしい……恥ずかしい過ぎる!

 今すぐセルシウスの胸の中へ飛び込みたい!

 受付の男の顔が、何言ってんだコイツ、みたいな顔になってるよぉ……。

 精霊様に修行をしてもらっても、世の中お金なんて世知辛いです。


 「良いよ。アタシが出してあげる」


 溌剌(はつらつ)で切れのある声が後ろから救いの言葉を投げ掛けてくれた。

 慌てて振り返ると、そこには赤いショートカットの髪の女性が元気いっぱいスマイルを向けてくれていた。

 身長は百六十以上ありそうな、二十くらいの年上の女性だ。


 彼女こそ女神だ!

 一生この女神様についていこう!

 いや、ヒモになるって訳じゃないよ?


 「めが……良いんですか? 本当に?」


 「えぇ、お金無いんでしょ?」


 「恥ずかしながら……」


 「って訳で、これで」


 女神様が何の迷いも無く、僕の代わりにお金を出してくれる。

 その女神様たる行動を目の当たりにした周りがざわざわと騒がしくなる。

 受付の男も目をパチパチとさせて、お金を受け取っていた。


 「い良いんですか、リアン様がこのような事を……」


 「良いじゃない。アタシの目が正しければ、優勝はこの子よ」


 女神リアンは、堂々と僕の優勝を宣言してくださった。

 ん……そうじゃないな。

 まだ選手登録もしてないのに受付の男は、リアンさんの名前を知っていた……有名人?

 このざわめきもそういう事なのだろうか?

 もう一度リアンさんへと目をやる。

 うん、大きい……じゃない、何だか騎士っぽい格好をしているな。


 「あの、リアンさんって騎士か何かですか?」


 「ん? えぇ、ここアルステムの騎士の団長よ? アタシの事、知らなかった?」


 「申し訳ありません」


 再び受付の男が、何言ってんだコイツ、と言う顔をする。

 いや、今度は受付だけじゃなくて、この部屋全体の人間がそんな顔をしてみてくる。

 仕方ないじゃん。ずっと雪山に籠ってたんだから、許してよ。

 リアンさんは、涙まで流して楽しそうに笑いながら、良いの良いの、って言ってくれた。やっぱり女神です。


 リアンさんのお陰で選手登録を済ませた僕は、そのままリアンさんに連れられて食事する事になった。

 いきなり美女とデート出来るとか、幸先の良いスタートである。

まずはお越しくださいまして、ありがとうございます。


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