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 キースは旋回を止め、その場でハーシィの奏でるハープの音色に合わせるように足を小刻みに運びつつ、短剣を持った右手をキマイラに向けて突き出し、人差し指をクイクイと曲げて挑発する。

 その刃に緊張で強張る己の顔が映りこむ。

 キマイラは少女に対する狩猟を邪魔した男を逃すまいと、体躯に任せて踏みつぶそうと突進してきた。


『シャアアァッッ!!』


 獅子の叫びと共に、キースの頭部に向かって右前足の爪が振り下ろされる。

 キースはすばやく左方に重心を傾けると、それにタイミングを合わせたかのように、ハーシィが力強く弦を弾く。

 跳躍と同時に鮮やかな高音が周囲に鳴り響くと、跳躍と音色が同調して加速し、まともに喰らえば致命傷は免れないそれを難なく回避した。

 キマイラの足はむなしく空を切って地面を打ちつけるが、そこには深くえぐれた跡が残った。

 続いて左足を横に振り払うも、キースは後方へと華麗にかわす。

 今度は噛み千切ろうと獅子の大口を開けて襲い掛かるが、キースは逆にキマイラの懐へと飛びこむと同時に、音に合わせてキマイラの右足元を短剣で斬りつける。


「はあああッ!!」


 キースは即座に離れて振りかえり、体勢を直す。

 キマイラの体毛が想定よりも深く、短剣の刀身が足りず、掻い潜りざまの一撃に手ごたえは無かった。


「ちいっ……!」


 キマイラにも怯んだ様子はなく、ゆっくりと身体の向きを変え、双頭の瞳はそれぞれキースを睨みつける。

 尻尾の蛇のみ、キースに目もくれず、距離を取ってキマイラを様子見しているウルミスとミッシェルを警戒している。


(まぁ、やっぱり短剣じゃ刃が通らないか……が、それを含めてもここまでは想定内かな。攻撃も何度か見たことがあるからコツは大体掴めたし、相手も随分と俺に警戒してくれている。さて、次は――)


 重心を低くして警戒するキマイラに対し、キースは短剣から杖に持ち替え、自ら仕掛けるべく敵との間合いをじりじりと詰める。

 そして盾を上げて口元を隠し、弧を描くように左側から走りだすキースに対し、カウンターで合わせようと、キマイラは体を更に沈めて後ろ足を小刻みに足踏む。

 キマイラにだんだんと近づいていく中、キースは詠唱を始めた。


「静寂を弾き飛ばせ!」


 キマイラが飛びかかろうとした瞬間に杖が振り向けられ、その先端に施された宝石が一瞬輝く。

 瞬間、キマイラの目の前で音が爆ぜ、周囲に破裂音が響き渡る。


『――――――――!!』


 キマイラは耳を貫くような刹那の大音量に怯み、後方へと飛び跳ね距離を取る。


「「はああああっっ!!!」」


 まるでその隙が作り出される事を知っていたかのように、ミッシェルとウルミスが同時にキマイラの背後から襲いかかっていた。

 ミッシェルは高く跳躍し、ウルミスは地を這うように駆ける。

 キースの脳内に、作戦を指示した時のことがよぎる。


――――――


「キース君、僕とミッシェル君はどうすればいいんだい?」


 ウルミスが話を切り出す。


「そうですね……ウルミスさんとミッシェルのふたりは、俺がキマイラの隙を作ったのを見計らって、背後から攻撃を仕掛けてほしいですね」

「ほう、それはどんなものなんだろう?」

「えっと、ふたりは背後から、それぞれ蛇頭の尻尾と足元を狙ってほしいです。尻尾はミッシェル、足元はウルミスさんがいいのかな」

「それってボクとウルミスさんが同時じゃないとダメなんですか?」


 相変わらずな態度で来るミッシェルからの質問に、キースは受け流すように答える。


「ああ。理由は簡単で、俺が敵の隙を何度も作れる保証はない。だから、最初のチャンスで大きく相手の力を削ぎたいんだ」

「キマイラの首から下は体毛で刃が通りづらいって言ってませんでした?」

「確かに言った。だが後ろ足の腱の部分は体毛が薄いから刃が通る。そこを斬りつければ機動力を削ぐことができるんだ」


 ミッシェルがキースに向かって何かを言いかけた瞬間、ふたりの間にウルミスが割って入った。


「なるほど、それは重要な役割だね。僕が皆の足を引っ張らないようにしないといけないね。ミッシェルくん、お互いに頑張ろう」


 ウルミスは穏やかに口角を上げながらミッシェルを見つめた。

 ミッシェルはわずかに目を伏せながら「ウルミスさんがそう言うなら……」と小さく呟いた。


――――――


 ミッシェルは槍を薙ぎ払うと、尻尾の蛇は黒い血しぶきを上げ、頭部が離れて地面に落ちた。

 ウルミスは足元の腱に狙いを定め、右足へ刃を連続で斬り下ろし、勢いそのままに体を捻り、左足へ刃を斬り払う。

 だが、右足には黒い血が滲む二本の傷が深く刻まれたのに対し、左足には浅い傷跡が一本あるのみだった。


 ウルミスはこの機会を逃すまいと、間髪入れずに体を捻り、再度の斬撃を左足へと込めるため、剣を振り上げる。

 キマイラはその気配を察知したのか、傷ついた右足を蹴り上げる。


「ぐあっ!」


 とっさにウルミスは腕で衝撃を軽減させようとするも、腕ごと蹴り上げられて、剣は手から離れて宙を舞い、水切り石のように二度三度と地面を跳ねながら転がった。


「ウルミスさんッ!!」


 ミッシェルはウルミスの名を叫んでその方向に振りかえる。

 ウルミスは仰向けになったまま、そこから起き上がる様子はない。

 キマイラは体勢を反転させると、その隙を見逃さず、ミッシェルの心臓目掛けて、山羊頭の角を突き刺す。

 かろうじてそれに気づいてかわそうとするも、避けきれずに左肩の軽鎧の隙間が貫かれる。


「あうっ!」


 突き上げられて大きく放り出されると、ミッシェルはきりもむように背中から落ち、地面に叩きつけられた。

 かろうじて意識は残っており、無理やり身体を起こそうとするも、血の流れる肩を抑えて苦痛に顔を歪めている。

 一瞬にしてふたりがやられた光景を目の当たりにし、ハーシィは動揺して演奏が乱れた。

 ティアはふたりを助けに行くため、その場から動き出してキマイラの背後を通り過ぎようとするも、それを見逃さなかった獅子の頭がティアを睨みつける。

 その威圧感に、思わず足を止めて元の位置へと即座に戻る。


「こっちだッ!!」


 守備の要を狙おうとするキマイラへ、キースは獅子の首元を狙い、跳びあがって身体を一ひねり加え、短剣を突き刺しにかかった。

 しかし、キマイラは斬撃の軌道から外れるべく頭を引くと、刃は空を切った。

 重力に逆らえず落下させられようとする瞬間、至近距離でキースと山羊の目が合うと、キマイラは左前脚を大きく振り上げる。

 着地と同時に横っ飛びでその場を離れようとするが、着地際を狙って鋭い爪が振り下ろされる。

 ハープの音色が再び鳴りだし、間一髪キマイラの一撃を避けた。


「危ねぇ……」


 キースは顔を振り向かないものの、左手の親指を立てて、彼女の居るであろう方向へと掲げる。

 キマイラは怪我した足を引きずりつつ距離を縮めようとするも、キースはその距離を保とうと後ろに引く。

 すると、キマイラは足を止めて、獅子の顔がうつむき、身体を震わせた。

 そしてゆっくりと面を上げると、目が血走り、口角から激しく息を吹きだし、表情を向ける。


(来る……!)


 獅子の口元がわずかに開き、首を縮こまらせ天を仰ぐと、一瞬動きを止める。

 キースは目を見開き、左手の盾を強く握りしめると、音色に乗って一気に距離を詰めた――まるで、これから何が起きるかを知っているかのように。

 そして、顔を振り下ろすと同時に大口を開けた。

 

「喰らえ!!」


 キースは思い切り獅子の顔へ跳躍すると、その口の中へ左手を押し込んだ。

 同時に、キマイラは炎のブレスを吐きだした。


「くっ……!!」


 吐きだされるはずの炎を盾で押し込めるキース。

 口角の隙間から炎が噴き溢れ、山羊の頭はそれを避けようと大きく顔を引き離す。

 キースは押し込んだ腕を引き抜いて、獅子の顔を蹴り上げて後方へと跳んだ。

 そして、キマイラは苦しみだし、声にならない声を上げる。


「どうだい? 美味しくて声も出ないか」


 キースの左手には、魔術の紋様が施された取っ手だけが残されていた。


「この軽盾に少し細工して、耐炎の加護を持つ宝玉を取り外せるようにした。ただの金属の塊のようなもんだから、お前のブレスで簡単に溶ける。のどごしをよーく味わってくれよ」


 獅子の頭はだんだんと力が抜けると、うなだれ、やがて動かなくなった。


「さて、残るはお前だけか」


 キースは短剣を山羊の方へと掲げ、一瞬だけ明後日の方向を見やる。


「まぁ、既に結果は決まってるんだけどな」


 視線を戻して、勝利を確信して不敵に笑うキース。

 その笑みが気に入らないのか、山羊の頭は横長の瞳孔でジロリと睨みつける。

 だが、キースは気にも留めず、笑みを浮かべたまま睨み返す。

 そのゆるぎない自信の根拠を探るには、時を少し前に戻す必要がある。


――――――


 キースは練習中、サリサの元へと近づいて声を掛ける。


「なあ、さっき言っていたサリサの必殺の弓? っていうの、実際にどんなものか見て見たいんだ」


 突然キースに話しかけられたことに驚くサリサ。


「え? あ、えと……ティア姉ちゃんが居ないと……」


 サリサはボソッと呟くと、瞬く間にティアの元へと駆け寄って行った。

 あまりの速さに、キースは一瞬見失ってしまったほどに。

 遅れてキースも二人の元へと向かった。


「ティア。サリサから話聞いた?」

「はい、聞きましたよー。サリサちゃんの必殺技を見せてあげましょう! しかと刮目してください!」

「お前の方が自慢げなのかよ……あー、ちょっと待ってくれ」


 キースは鞄から小さな空き瓶を一つ取りだすと、辺りを見回した後、遠く離れた場所に植えられた木の元へと向かった。

 十数秒ほど小走りをしてたどり着いて気によじ登ると、持っていた空き瓶を枝の上に乗せ、皆の居る位置に戻ってきた。


「お待たせ。サリサ、あれをこの距離から狙って撃ってみてほしい。威力も精度も見たいから、全力で狙ってほしい」

「う、うん。わかった……でも、見られると、緊張する……」


 緊張で表情がこわばる様子がうかがえる。


「大丈夫。サリサちゃんなら出来るよ、サリサちゃんは天才だもん。若いし可愛いし、なのに弓の扱いはとっても上手だし。私、サリサちゃんのような妹が欲しいもん。お兄ちゃんと妹が居ないから、枠が空いてるよ!」


 ティアのズレたベタ褒め発言に、サリサは恐縮しているのか、顔を赤らめつつも「そんなことない……」と呟いて首を必死に左右に振った。


「途中から必殺技と関係なくなってるぞ。サリサが困ってるじゃないか。ティアは手伝ってあげるのなら、早くやってくれ」

「はーい。それじゃあ、サリサちゃん。私はいつでもいいよっ」


 サリサは無言で頷いた後、持っていた弓を仕舞って鞄に手を入れると、そこから何かを引っ張り上げる。

 そこに現れたのは、少女の背丈ほどの高さを持ち、やや古臭くもある無骨さを備えたカラクリ仕掛けの巨大な弓。

 それを目標物の方に向かって地面に突き立てた。


「おおっ、凄いな……!」


 小さな少女には似つかわしくないとも思える造形の弓。

 しかし、その一見不自然な対比に、キースは驚きと共に感動を覚えた。

 サリサは的に対して集中しつつ、姿勢を正して鞄に左手を入れると、そこから矢を取り出して掲げた。

 ティアはサリサの合図に応じて、集中して詠唱文言を口ずさむ。

 詠唱の終端まで述べると、少女の左腕は強い光を帯びだした。

 その手で矢を弓の弦につがえて力の限り引き絞ると、精神を集中させて狙いを定め、指を離した。


――――――


 山羊の頭を白い何かが高速で貫くと、白目をむいて、だらんとしな垂れた。

 頭に開いた穴から、黒く淀んだ血がしたたり落ちる。

 全ての頭部を失ったキマイラは、体を痙攣させ足元から崩れ落ちて横たわると、そのまま動かなくなった。

 どうやら、息絶えたようだ。

 矢を射終えたサリサは、弓をその場に倒して、左腕を抑えている。

 練習の時もそうだったが、聖術で腕力を瞬時に大幅強化しており、その反動でしばらく動かないらしい。

 キースはキマイラに近寄って死んだことを確認すると、体を横に向け、右手に掲げた短剣を大きく振った。


「もう大丈夫だ」


 キースの手振りに、ティアとハーシィ、そしてサリサは一様に安堵の表情を浮かべるも、すぐさま倒れたままの二人の元へと駆け寄った。

 キースも向かった。


「ティア、ふたりのケガは聖術で治せそうか?」

「はい、ふたりとも大丈夫です。ウルミスさんは気を失っているみたいです。ミッシェルちゃんは肩の傷が酷いですけど、治療不可能という程ではないです。まずはミッシェルちゃんの傷を治療しましょう。回復を阻害する装備は外しましょうか」


 ティアとハーシィは二人協力して、ミッシェルの身につけている装備品を外す。

 キースはそれを心配しつつ眺めていると、想像していなかった事態を目の当たりにした。


「…………え、女?」


 鎧を取り外したミッシェルの胸元には、服の上からでもわかる、男にはまず存在しないであろう大きさのふくらみが見て取れた。


「キースくん、ミッシェルちゃんを男の子だと思ってたの?」

「……うん」

「アハッ、まだまだ経験が足りないね」


 ニヤつきながらキースのことを茶化すハーシィ。


「えー、ミッシェルちゃん美人さんじゃないですか。ちょっと少年っぽい所はありますけど」


 一方、ティアの方は、何故男性だと思ったのかが分からない、といった顔をしている。


「声が女っぽくないし、ボクって言うし……」

「キースさん見る目なさすぎですよ。笑うと可愛いのに」

「今日一度たりとも俺に笑顔を見せないどころか、睨んでばっかだったなのをわかって言ってるだろ……まぁ、そんなことはどうでもいいから、早く治療をしてあげてくれ」

「わかってますよ」


 ミッシェルに杖をかざすと、立て続けに二種類の詠唱を行い、術を施す。

 最初の術で大きくえぐれて変形した傷口が青白い光に包まれると、そこから細い糸のようなものがゆっくりと伸びていき、傷を包みだす。

 そして次の術で糸の伸びが速まると、あっという間に傷口を覆った。


「ミッシェルちゃんの回復力を高める聖術と、私のマナを生命力に変換して分け与える聖術を施しました」


 続いて、すぐ近くに倒れているウルミスの元へ駆けよると、ミッシェルと同じ術を施した。


「ウルミスさんもこれで大丈夫です。少しすれば二人とも傷が完全に塞がるかと。ただ、体力やマナを回復力に変換して高める術なので、このまま少し休ませてあげましょう。地面の上で申し訳ないですけど……」

「ああ、その方が良いな……いやぁ、ようやく落ち着ける」


 キースは緊張の糸が切れたようで、その場に手をついて座り込んだ。


「キースさんお疲れ様です。これで私たちのパーティーが解散せずに済みそうです。本当にありがとうございます。キースさんのおかげです」


 ティアがキースの前で立膝で視線を合わせると、満面の笑みで労う。

 だが、キースは己が思い描いた流れにならなかったことに対し、ため息をつく。


「いやいや…………早く決着をつけることができたけど、こっちが全滅していてもおかしくはなかった。正直、結果的に誰も死ななかっただけだ……もう少し――」


 キースは言葉を止め「いや、何でもない」と、それ以上は何も言わなかった。

 にわか仕込みの作戦故に色々と思うことはあれど、今はおとなしくこの安堵に浸ろう、そうすることにして考えるのを放棄した。


「そうだ、討伐の証明になるものを取りに行かないと」


 キースは立ち上がり、キマイラの元へとゆっくり歩く。

 そして獅子の口をこじ開けると、ギルドに討伐を証明するための牙を抜き取った後、口の中を覗く。


「おー、盾が原型留めてないくらいデロデロしてるな。気持ちわるっ」

「盾の補てん費用はキースさんの分け前から引いておきますね」


 肩口から覗き込むティア。

 キースはその声に驚き、反射的に体をびくつかせた。


「おわっ! ついてきてたのか。ビックリするじゃないか……って、今聞き捨てならないことが聞こえたな。費用?」

「はい、あの盾は私がキースさんに貸し出したものなので、破損したら補てんしていただかないとですね」

「……まけてくれないかな?」

「マイナス二割引きで手を打ちましょう。それよりも、ちょっとお話があるんですよ」

「負債が増えてんじゃねーか……お話ってなんだ?」


 ティアはキースの肩に手を掛け、体重をかけてふたりして座りこんだ。

 キマイラの陰に隠れるようにして。


「ん、なんだよコソコソと」

「とっても大事なお話でして……私たちのパーティーに入りませんか?」

「嫌だわ」

「判断早い!」


 即答して立ち上がるキースを見上げ、目を細めて口をとがらせ、立ち上がるティア。

 キースの手を握ると、下に引っ張ってキースを再び座らせる。


「だってさ、どう考えてもミッシェルが反対するだろ。それに、サリサも俺のこと敬遠するんじゃないか?」


 キースは話しながら、離れた先にいる二人をチラチラ見やる。

 ミッシェルはまだ起き上がってはおらず、サリサはこちらを気にすることも無く、ウルミスを側で見守っている。


「ミッシェルちゃんは初対面の人にはツンツンしてますけど、ああ見えて仲間思いなんですよ。キースさんのことも認めてないわけではないですし。だから時間が勝手に解決してくれますよ~」

「リーダーとは思えぬいい加減さだな」

「サリサちゃんは人見知りしてるだけですから、ちょこちょこお菓子でも買い与えれば、懐柔なんて余裕ですよ」

「扱いが幼児か。というか、俺には俺でやることがあるし、盾役もやりたくないんだけど」

「えー、そこを何とか」


 掌を合わせ、願うように頭を下げるティア。

 キースは少し身を引き、悩ましそうに眉をひそめる。


「うーん……申し出自体はありがたいんだが、そもそも俺を仲間に引き入れる理由がわからない」

「キースさんがパーティーに入ると、平均階級がちょっと上がるので、助かるんです!」


 胸元で手を斜めにして組み、さわやかな笑顔で訴えかける。

 ここまで清々しく打算を口にして人を勧誘できることに、キースは感心していた。


「あー……そうだな、確かに上がるだろうな。そんな現金なお願いを真正面から言われるとは思わなかったが。確か、姉さんを探してるんだっけ?」

「はい。セラ・オルフェンバレンって名前で――――」


 瞬間、キースの顔には、まるで突然に頬を叩かれたかのような表情が浮かんでいた。

 そしてティアの両肩をつかむと、その紅く澄んだ瞳の、更に奥を覗こうとするかのように見つめる。


「ビックリした……どうしたんですか急に」

「お前、セラの妹なのか?」

「お姉ちゃんのこと、知ってるんですか?」

「知ってるも何も…………俺の探している人だよ!」


 ティアはキースの言葉を受け止めるも、固まって動かない。

 目をよく見て見ると、瞳の奥の瞳孔が縮まっており、驚いている様子がうかがえる。

 キースはそんな彼女に対し、どうしたらいいかわからず、黙って反応を待っている。

 次第に、彼女の瞳孔がゆっくりと開くのに気付いた。


「えっ、ええっ!? ホントですか!? いつお姉ちゃんと会ったんですか!?」

「ちょっ、待って待って」


 瞬間、驚いた反応を見せてキースの両肩を掴むと、前後に強く揺さぶった。

 キースの頭が大きく揺れ、平衡感覚が激しく狂う。


「マジで止めて」

「あっ、すみません…………大丈夫ですか?」


 ティアは我に返り、慌てて両手を離した。

 キースはふらつく足を踏みこらえると、眼前の揺れる景色を正しく戻す為、こめかみを指で抑えている。


「少し気持ち悪いが、何とか…………」

「ごめんなさい、あまりにビックリしたので……」


 やり過ぎてしまったと、自分の行いに動揺するティア。


「……俺も同感だよ、ビックリだわ。まさかこんなところで接点が見つかるとはね……質問の返答だけど、セラと出会ったのは5年前だな。最初の2年は、彼女と一緒に過ごしていたよ」

「もしかして、キースさんはお姉ちゃんの恋人なんですか!?」

「あ、いや、残念ながら違うんだ。俺にとって、セラは師匠であり、命の恩人かな。病気の治療に協力してくれたし、魔術も教えて貰った」

「そうだったんですか。私も最後にお姉ちゃんと会ったのが3年前です。まだ実家にいて学院生だった頃で、家に帰る途中に突然現れて、書類の束を渡されたんです。それで『私を追いかけてきて』って言って、あっという間に消えて……で、その中身を確認してみたら、冒険者としての登録やギルドの加入手続きが、諸々済んでいたんです」


 キースは頭の中で明確に想像できそうな言葉に、フッと笑みをこぼした。


「セラらしいな。勝手に物事を進めて、思わせぶりに放り投げる。俺と居た時も全く変わらなかった」

「昔から変な人でしたよ。気づいたら家を出ていって、気付いたら有名になっていて……再会したら、初めに文句を言いたいです。何だったら引っ叩いても良いかもしれません」


 ティアはキースを姉に見立てて、肩口を軽く引っ叩く。

 乾いた音がしたが、キースは痛みを感じることはなかった。


「でも、その次はきっと抱きつくと思います。実は姉が居なくなった後、家に帰ったら、私の部屋のベッドにこの杖が置いてあったんです。小さい頃、私ですら忘れていた聖術師になりたかった夢のこと、ずっと覚えていてくれたんだなって」


 キースは素敵な思い出を懐かしむように、穏やかな表情で静かに話を聞いている。


「あ、キースさんには抱きつきませんからね」

「期待してねえよ」

「キースさんキースさん。これって私と一緒に姉を探せ、って天から言われているようなものですよね?」

「うーん…………」

「嫌ですか? 同じ目標があるなら、協力しやすいと思いますよ」

「俺がパーティーに入るってことは、盾役なんだろ? ぶっちゃけ、盾役は本業の人間を見つけた方が良い。今日だって、まともな盾役ならウルミスさんとミッシェルは大ケガをせずに済んだと思う……正直さ、等級を上げていきたいのなら、キマイラに苦戦してたら厳しいよ」


 内心、評価してくれる相手に言うには心苦しいと思いながらも、キースはウソをつくべきではない、と素直な気持ちを淡々と伝えた。

 ティアはしばし目を瞑り、何か考えている。


「――私は、それでもキースさんと一緒に組んでみたいです。だって、こんなのどう考えても運命じゃないですか」

「運命ねぇ……そう言う考えは嫌いじゃないけど、夢見がちで居続けるには役目が重いかな」

「私だってそうですよ。皆をリーダーとして導き、聖術師として護る役目があります。でも、だからこそ夢を見て前に進まないと、って思うんです。皆の前で夢を叶えて、皆を勇気づけたいんです」


 ティアは胸元に手を当て、その拳を力強く握りしめる。

 彼女なりの、意志の表れなのだろうとキースは思った。


「それに、いつ捕まるかもわからない盾役を探し続けて長く足踏みするくらいなら、私はキースさんが切り拓く新しい盾役の在り方に期待しますね」

「俺のことを買いかぶり過ぎだよ」

「あと、ロブートさんにも逃げられましたし、キースさんに責任とってもらわないと」

「まだそれを言うか」

「ふふっ、冗談ですよ――でも、キースさんがパーティーに加わってくれたら、もっと楽しくなりそうな気がします」


 困った様子で頭に左手を当て、人差し指で髪の毛をクルクルと絡め取る。

 内心、どうしてもと頼まれると


「…………遠慮なく頼るけど、それでもいいか?」

「え、は、はい! それじゃあ……」

「なら、世話になるよ。盾役はもっとふさわしい人が見つかるまでのつなぎで良ければ」

「おおおお! やった!」


 ティアは喜び、ハイタッチを促すように手をかざす。

 キースはその手を叩こうとするも、何故かかわされた。


「おいなんでだよ」

「私がやりたかったんです!」


 「そう言う事かよ……」と呟いてキースはしぶしぶと手をかざす。

 ティアはキースの手を叩くと、軽やかな音が響いた。

 満足そうに笑顔を浮かべるティア。

 ふと、目覚めたミッシェルとウルミスにハーシィとサリサが抱きついている様子が、キースの視界に入った。


「お、どうやら起きたみたいだ」

「よかった。それでは戻ってふたりを労いに行きましょう。その後、キースさんのパーティー加入を発表して、みんなを驚かせましょうね!」


 ティアは元気よく立ち上がると、キースへと手を差し伸べた。

 キースはそのしぐさに、一瞬過去の自分を救ってくれたセラの面影を見たが、その幻を振り払うようにゆっくりとその手を取った。

 すると、ティアはその手を強く握ってキースを引っ張り上げる。

 そして、手を離すことなくそのまま走りだすと、つられるようにキースも足を早めた。


「みんな~! 面白いことになったよ! キースさんがね――――」


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話以降は未定です。できればもう少し書く予定です。

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