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ひとまず1日1話ずつで計4話、合計文字数3万強で作っています。

1話辺りが長めですが、どうかご了承ください。

 小さな農村を通り抜けて街道をしばらく歩くと、道沿いに広がる浅い草むらの上にとても古ぼけた女神像が置かれていた。

 いつごろ造られた物かはわからないが、大地へ跪きながら空を見上げて祈るその姿は、道行く人々の平穏無事を祈っているようにも見える。

 その側で、七人の人間が集団を成していた。

 しかし、何やら揉めているようで、時々通る旅人や商人が一瞥してゆく程度には目立っていた。


「たしかに、第7等級以上の魔術師を1名、緊急で募集していましたよ? でもまさか攻撃魔術が使えない魔術師が来るなんて、普通思いませんよね!? これは詐欺じゃないんですか?」


 フードの付いた白き聖衣に身を包んだ聖術師の女性は、腰まで伸びた栗色の髪を激しく揺らしながら、早口で相手をまくしたてる。


「詐欺じゃない。俺はギルドに殴り魔だと伝えておいたはずだ。それを把握したうえで君は了承したんだろう? ここまで来てそんなことを言われても困るな」


 黒衣を着飾った魔術師の青年は、落ち着きのある声で冷静に反論したあと、生まれつきの黒い癖髪を右手で軽くかきむしる。


「そ、そうですけど……でっ、でも魔術師を名乗るのだから、普通使えると思いません!? キースさん、あなた攻撃魔術が使えないとは明示していませんでしたよね!? 武器も魔術もできる凄い人なんだと思っちゃいますよ!」


 キースと呼ばれた青年の黒い瞳を、女性はその赤い瞳で睨みつける。

 こんな予想外の展開など受け入れたくはない、と言わんばかりに。


「言ってないけど、魔術師だって火炎魔術や氷結魔術を使う攻撃役や、減速魔術や封印魔術を使う支援役と、得意な術に応じた役割があるのが普通じゃないか。敢えて言うものではないだろ。攻撃系の魔術が使えないのは魔術師にあらず、なんて普通は言われることないんだけどな」

「そんなの知りませんよ。まさか、攻撃魔術が使えない魔術師がいるなんて信じられないです。そんなの、私から言わせて貰えば、家を買ってみたら庭に求めてない墓地が付いてきたのに、確実に必要な台所が無いようなもんですよね?」

「まだ出会って間もない相手を不動産で例えるのはどうかと思う。だいたい何で俺の『殴り』部分が墓地扱いなんだよ。同意しかねるわ」

「私があなたに求めているのは墓じゃない、台所だってことですよ!」

「どう解釈すればいいんだよ。あれか? 調理さんにでもなれと?」

「火を起こしてくださいよ」

「火……? ああ、火炎魔術って言いたいのか。毛ほども上手くねえよ。むしろ良く理解したな俺」


 ズレた例え話をする女に、聞き流せずにツッコむ男、噛みあわないやりとりをしているふたりの間に、美しい装飾が施された、豪華な白銀の重鎧に身を固めた大男が割って入った。


「悪いが、俺はこの話から降ろさせてもらう。手付金はギルドに払い戻しておく」


 女性はキースの話を遮ると、立ち去ろうとする大男の前に立ち塞がった。


「ああっ、ロブートさま待って下さい、私の話を……」

「……君はまだ若い、失敗もしっかり反省すれば経験として活きる。では失礼する」


 ロブートと呼ばれた大男は、すれ違いざまに女性の肩を軽く叩き、そのまま元来た道を去って行った。

 その後ろ姿を、女性はただ呆然と見送ることしかできなかった。


「行ってしまいましたね」

「ティアちゃん……」


 腕や額、頬に深く大きな傷跡を持つ、双剣を携えた中年の男は、顎に蓄えた褐色の髭を触りながら大男を見送る。

 その中年の後ろには、弓を背負った赤髪の小柄な少女が顔を覗かせていた。

 少女はティアと呼んだ女性を、その大きな瞳で心配そうに見つめている。

 

「はぁ……どうするんですかリーダー。これ、冗談抜きにマズイ状況ですよ。無駄足じゃ済まないような……」


 槍を背負い、肩甲骨のあたりまで伸びた碧い髪を束ねた背の高い痩身の男は、その白く透き通った美しい少年顔に不満をあらわしながら、呆れた物言いを口にする。


「ミッシェルちゃん、ティアちゃんだって解ってるんだから、わざわざ言わなくてもいいの。こんな時は、まず優しくしてあげないと」


 その横にいる、短めのスカートに胸元が見え隠れする衣装を着飾り、男の視線を引き付けそうな姿をした、銀色の短い髪をなびかせる吟遊詩人の女性が、ミッシェルと呼んだ男を優しく諌めた。


 キースは、立ち尽くすティアの前へと立ちはだかり、今はどうすべきか問いかける。


「なぁ。ひとまずこのメンバーで決行するのか、それとも中止して引き返すか。それを判断して貰わないと」

「え? ああ……そうですね…………」


 我に返ったティアだが、どうすべきかと虚空を見つめる表情には、苦悶の様子がうかがえる。

 そして、突然その場にしゃがみ込むと、膝に顔をうずめて塞ぎこんでしまった。


「あーもう、こんなのどうしたらいいか分からないですよ……ロブートさまが参加してくれたから、2等級も上の依頼が受けられたのに。このまま引き下がって失敗報告することになったら、ギルドから罰則処分を受けることになっちゃう……」


 弱弱しく、今にも泣きそうな声で、ティアは嘆いた。


「まぁ、そこは同情するよ。しかし俺個人としては、決行には厳しい状況だと言わざるを得ない」

「盾役が居れば……」

「それが居なくなった以上、どうしようもない。俺も久しぶりに乗れた募集がこんな事になるのは残念だけどさ――」

「それならあなたが盾役をやってくださいよ」


 ティアは顔を上げると、助けを訴えている子供のような目つきで、キースのことをじっと見つめていた。


「………………は?」


 キースは唖然とし、言葉を返すことができなかった。

 あまりに理解しかねる言動が耳に入ったので、頭の中でティアの言葉を三回ほど反芻して、その言葉も意味をようやく理解した。


「……うん、そうだ。キースさんが盾役をやれば解決するじゃないですか!」


 どうやら、彼女も唐突に思いついた言葉を勢い余って口にしてしまったようだ。

 だが、その顔は決してふざけているようには見えない。

 至って真面目な、むしろ可能性が出てきたと言わんばかりの希望に満ちた表情をしていた。


「唐突に何言っちゃってるの? 頭おかしいの? 狂ってるの?」

「だって、居ないなら誰かがやるしかないですし。キースさんにぜひお願いしたいです!」


 ティアは立ち上がり、願うようにこうべを垂れる。

 それを死んだ魚のような目で見つめたキースは、大きなため息をついた後、その異常に満ち溢れた思考を正そうと説明を始めた。


「あのさ、俺、一応魔術師なんだよね。魔術師。わかるでしょ? 攻撃系の魔術で敵を倒したり、弱体系の魔術で敵の能力を弱めたり、攻撃支援系の魔術で味方の火力を上げるのが主な役割で、その代わり防御が脆いの。俺は訳あって攻撃系の魔術だけが使えないから、代わりに短剣で敵を切りつけて戦うんだよ。頑張って体を鍛えたからそれなりに動けるけど、耐久力は無いんだよ」

「はぁ……」


 そう言われましてもね、と内心言いたそうな表情をしているティア。

 キースは納得がいかないものの、話を続けた。


「そんな俺に盾役をしろと? 魔術師は術の発動を阻害するような重い鎧や盾は身につけられないんだよ? 敵に狙われないようにしないといけないんだよ? 攻撃が直撃したら致命傷よ? ようするに、死ぬよ、俺」


 確実に、明確に、魔術師に盾役としての適性は持ち得ないということを、まくし立てながら説明する。


「はい、でも他にやれそうな人がいないんですよ」

「いやいや、だったらこっちの……名前がわからない」


 キースは戦士に顔を向けつつ手を示すと、戦士は自分のことかと手を胸に当てて目を合わせる。


「僕かい? 僕はウルミス。ウルミス・ノランって言うんだ」

「おお、どうもです――俺よりウルミスさんがやった方がよくないか? 歴戦の戦士みたいだから、俺よりよっぽどうまくできそうだろ」


 キースは視線をティアに戻した。そこには冷静に判断を下してほしいと言う思いも込められていた。


「すまない、キース君。僕は冒険者を始めてまだ3年の若輩者で、しかもずっと双剣一筋でね……君が思っているほど、場数は踏んでないんだ。期待に応えられず、本当に申し訳ない」


 ウルミスは見た目に似合わず、期待に応えられない自分を恥じるように平身低頭で応じる。


「え、俺と同期じゃないですか……古強者って感じにしか見えないですが、一体年齢はいくつなんですか?」

「今年で42になったよ」


 実は見た目によらず若いのかと推測するも、想定内の年齢を返される。

 だが、それ故に戸惑いを隠せない。


「ず、随分と遅咲きな……でも身体中のキズを見るに、何度も冒険で死地をくぐり抜けてきたんですよね? 3年でもそれくらい濃い経験があるなら――」

「いやぁ、これは前職の役人時代に付いたものなんだ」

「その役場は地獄にあるの?」


 謙虚な振る舞いからは想像できない発言に、キースは脳の中で思いついた言葉を、口に出して良いかどうかの判断をせずに言葉に発してしまった。


「僕にも色々あってね。毎日同じことの繰り返しで、人生このままで良いのかなと散々悩んだもんだよ。でも、思い切って冒険者になって良かったよ。大変だったけど、何とかここまでやってこれたしね」


 何か色々とおかしいなと思いつつも、キースは「あ、そうですか」とだけ言って、無理やり話を終わらせた。


 数秒ほど沈黙が続くと、ティアは何かを思いついたように手を叩くと、神秘の収納カバンから何かを取り出して、キースに無理やり持たせた。

 それは、両掌を広げたほどの大きさをしており、中央に細かな赤と青の粒がちりばめられてた、透明な玉石が取り付けられている銀製の軽盾だった。


「これは?」


 玉石は盾の裏から取り付けられており、向こう側が覗けることを、ティアの姿を通して確認するキース。


「盾役に盾がないのは大変だと思うので、私の持っている盾を貸しますね。ずっと前に買ったのですが、軽いのに結構丈夫で使いやすいんですよ、これ。あと、炎や氷に対する加護が掛けられていますよ。凄いですよね。軽盾なので魔術師でも扱えますね、まさにキースさんに似合ったものだと思いますよ。それに、私は使ったことないので実質新品ですよ」


 まるで怪しい商人が『この不思議なお守りを買うと、お金持ちにも異性にモテるようにもなれる』と売りつけてくるかのように、盾の素晴らしさを訴えるティア。

 キースは盾から顔を出すと、苦虫をかみつぶしたような顔を見せる。


「使ったことないのに使いやすいとか……ってそうじゃなくて! 俺を盾役に追い込んでいこうとしないでほしいんだよ」

「私は全然追い込んでるつもりはないです。でも、キースさんは私たちより等級高いですよね? パーティーの等級より高い依頼を受けているので、未達成となった場合の処罰対象に、キースさんも含まれると思いますよ? この中で一番等級高いですし」

「そこ! そういうとこだぞ! 正論のスコップで外堀を埋めていくんじゃない!」


 キースは語気を強めつつ、ティアを指さした。

 指をさしたまま手首を二、三度小さく上下に振って、自覚してほしい問題部分を強調している。

 しかし、当人にはその必死さが理解されず、困った人だと言いたげに首を傾げている。

 ふたりの温度差が激しいのは、誰の目にも明らかである。


「ってか、そんな規約あるのか。こんなケースは初めてだよ……ん? でもさっきのロブートって人はどうなの? 等級高そうだが、随分あっさりとパーティーを抜けていったよね」

「ロブートさまは私が別で参加依頼を出しているので、彼の損失は私が補てんする契約ですから。そもそも冒険者ギルドの宝ですので、特例で処罰されることはないんです。それこそ、重大違反でもない限りは」

「そうなのか……俺はこの地方に来てまだ日が浅いから、そんな人だったとは知らなかった」

「凄いですよね。でもキースさんも盾役を頑張れば、ロブートさまのようになれると思いますよ」

「いや無理だろ。今から剣豪目指すより無理だろ。なんとしてもその流れに引きずり込もうとするか」


 さすがにキースは辟易した。

 罰を受ける覚悟でパーティーを抜けるか本気で迷っていると、弓使いの少女が近くに寄ってきた。そして鞄の中から、何かを取り出そうとしている。


「ん?」

「んと、こ、これを……」


 少女が取り出したのは、両手を広げたほどの大きさをした……ティアから押し付けられた盾と全く同じものだった。


「……あー、なるほどね。うん、そういうことか。はいはい、わかったわかった。要するにお前もか。お前もなのか」

「た、盾がもういっこあれば、安心かな、って……」


 少女は掠れた声で、つぶやいた。


「右手と左手に盾がふたつ。ひとつと比べて防御は二倍。盾ひとつじゃ防げなかった攻撃が、ふたつあれば耐えられる! これは凄いね! ってなるか。なるわけなかろうが。両手に盾を構えていたって、手首ごと持ってかれるわ。あるいは盾と盾の隙間から攻撃ねじ込まれるわ」

「ご、ごめんなさい……」


 必死に盾役から逃れたいが故に、早口でまくし立てるキース。

 少女の善意は無残にも崩れ去ったようで、目に涙を浮かべて肩を落とす。


「…………悪い、俺の言い方が良くなかった」


 その姿を見て冷静になり、ばつが悪そうに少女の目の前で膝をつき、頭を下げた。

 少女は目線を合わせないまま、何も言わずにただ小さく首を横に振った。

 どうやらキースのことを拒絶しているようだ。


「あらあら、こうなると、サリサちゃんはなかなか心を開いてくれなくなっちゃうのよねぇ」


 詩人の女性はサリサと呼んだ少女を抱き寄せると、子をあやす母親のように優しく頭を撫でた。


「えーっと、キースさんだっけ。盾役のことは良く知らないけど、絶対にできないものなの? もちろん本職のようにやってなんて言うつもりもないし、あたし達も全力で支援するわよ」

「さすがに魔術師が盾役やるなんて、聞いたことないな……俺もそこまで詳しくはないが、盾役はパーティーにおける重要な役割だ。だから、メンバーを生かすも殺すも盾役の活躍次第、ってなる場合も少なくないんだ。重要な役割だから、適当に決めていいものじゃない」

「そうなのねぇ。あたし達がこのパーティーを組んでから1年くらい経つんだけど、盾役の人だけは縁がなくて、そう言う事すら知らないの」


 ティアは同調するかのように、腕を組んで何度も頷いている。


「俺の知る限りだが、盾役は強靭な肉体や精神が必要だし、周囲との連携や統率能力も大事だ。それに最前線でパーティーを護るんだから、その重圧も相当なものだろう。盾役に求められるのはその辺かな。しかし、よくそんなんで大物を捕まえられたな……」

「ティアちゃん、『有名だからこの人凄い人なんだよね、じゃあお願いしてみよう』ってだけで、ロブートさんにずっと勧誘の手紙を送ってたもんね」


 女性はティアの方に視線を向けると、優しくはにかむ。


「はぁ……そりゃまた随分とミーハーな……」

「だっ、だって私の知り合いに居ないんだから仕方ないんですよ! ハーシィさん余計なこと言わないでくださいよ!」

「別にいいじゃない。あたしはそう言うの好きよ? 可愛らしくて」


 キースがため息交じりに言うと、ティアは恥ずかしそうな顔をして抗議をしつつ、ハーシィに八つ当たりする。

 だが、彼女はそんな所も楽しんでいる。


「とにかく需要に対して供給が少ないからなぁ。俺が居た所でも、王国軍や領主の自警団が高い金出して囲い込んでたって聞いたな。この地方でも供給が少ないなら、多分似たような状況になってるだろうなあ」

「なるほどねぇ、盾役って大変なのね」

「話が逸れたが、俺が盾役に必要な強靭な肉体を持っていないのが致命的なんだよ。まともに攻撃を受けられないんでね」


 キースとハーシィが話している中、槍使いのミッシェルが割り込んできた。


「でも前線で敵を攻撃するつもりで募集に乗ったんですよね。魔術師なのに」

「ああ、そうだよ。攻撃魔術の代わりに、この短剣で攻撃するんだ。盗賊やスカウトほどじゃないけど、それなりに扱えるとは思ってる」

「それなら、盗賊やスカウトが居れば良いんじゃないですか」


 その理由を言うべきかどうか迷い、眉間にしわを寄せて悩む。


「……まぁそうだよ。だけど、俺はこの短剣を使うしかないんだ。あまり大きな声では言いたくないが、俺はこの短剣に呪われてて手放せない。無理に手放そうとすると意識が保てなくなる」

「そんなもの持ってパーティーに参加してこないでくださいよ」

「いや、俺以外には影響ないから気にしないでくれ。そんな簡単には手から離れないし」


 キースは腰の短剣を引き抜くと、そのまま手を開く。

 短剣は重力を否定するかのように、キースの手にくっつくようにその場にとどまっている。


「そうですか。でも結局、ボクやウルミスさんのような本職ほど活躍できますか? 今回戦うキマイラは、マヒや毒の類は効かないって聞きましたが」


 ミッシェルは鋭い視線をキースに向けながら、キースを言い負かそうとするかのように言葉を返す。

 やたら突っかかってくるな、と彼は内心戸惑っていた。


「……もし、君やウルミスさんが俺と同等級であれば、相手次第では分が悪いかもしれない。もっとも、足手まといになるとは思わないが」

「だったら、結局は消去法であなたが盾役をやらざるを得ないんじゃないでしょうかね?」

「理屈としてはわかる。だが、もし仮にそうしたとして、俺が殺された後はどうすんの?」


 キースは目線を逸らさず、かといって威圧する訳でもなく、冷静に言葉を選んで返す。


「……全滅ですかね」


 吐き捨てるように告げ、ミッシェルは目を逸らした。

 彼の頭の中には、それに返す言葉は見つからなかった。


「そうだ。結局はそこなんだよ。できなきゃ役割なんてないのと同じさ。だから今回の件は、はっきり言うと諦めた方がいい。これは忠告じゃなくて警告だ。ロブートって人が言っていた、この失敗を次の成功の糧にしていくことのは同意見だ。死んだら経験も何もないからな。こういう判断もいつか役に立つ時が来るよ」


 落ち着いた口調で、現実を突きつける。


「……ここで引いたら、私に次は無いんです」


 誰かがそうつぶやいた。

 キースは声のした方向を見ると、そこにはティアが表情を曇らせていた。

 周りの仲間も彼女に視線を向ける。

 ハーシィの胸元に顔をうずめていたサリサすらも、顔を上げて彼女を心配そうに見つめる。

 不穏な空気が流れているのをキースは感じた。


「……どういう事だ?」

「実は、借金を抱えてしまって……この依頼を達成しないと、パーティーの認可をはく奪されてしまうんです」

「マジかよ……借金とか、身の丈に合わない事でもやったのか?」

「…………」


 今までどんな言葉に対しても、何かしらは返してきた者たちが、いずれも口をつぐんでいる。


「まぁ、わかった。俺ひとりで引き返すわ」


 キースがそう告げた瞬間、ティアは彼の前に立ちはだかった。

 そして身構えるキースを前に、彼女は深々と頭を垂れた。


「お願いします! どうか助けると思って! 貴方の言う事は何でも聞きますから!」

「でも、理由は言えないじゃん。出来るかどうか以前に、信頼ができない」

「それは……すみません。でもお願いします! 助けてください……!」


 すると、他の四人もキースの前に集まる。


「僕からも頼む。彼女に協力してほしいんだ」

「あたしからも、ね」


 ウルミスとハーシィはそう言って深々と頭を下げる。

 ミッシェルとサリサも続くように、無言で頭を下げた。

 そんな中、ティアはひとり必死に願いを乞うように、キースを見つめていた。


「とりあえず顔を上げてくれよ。こういうのは苦手なんだ」


 どうしてこれほどまでに俺を頼るのかが理解ができない、キースはそう言おうとしたが、もはや何を言っても強引に縋りつかれるだけだろうと思い、その言葉を飲み込んだ。

 盾役なんて無理だという気持ちと、こんなに真面目に頼まれたとあっては無下には出来ないと言う気持ち、それらがせめぎ合って頭の中をぐるぐると回る。

 天を仰ぎながら右手で顔を覆い、長い思考の後、一つの結論を出してティアに告げた。


「……何でもと言うのなら、今回貰う報酬のうち、半分は俺が貰う」

「も、もう少し慈悲を……」


 ティアは許しを乞う子犬のように、瞳で訴えかける。

 キースは腕を組み、唸りながら宙を見上げた。


「……じゃあ四割で。これ以上は絶対に譲れないぞ!」

「は、はい……! それで良ければ! ありがとうございます!」


 ティアはキースに対して、顔をほころばせながら何度も頭を下げる。


「理不尽な役割を負うのだから、相応の報酬を貰わないとやってられないよ。それに、まだ倒したと決まった訳じゃない。むしろ、無策では勝てる見込みはない。最善を尽くすために、さっそく対策を練ろうか」


 キースはそう言いながら、街道沿いの草むら側に踏み入ると、みんなの方を向いて座り込んだ。

 他の五人も、キースに向かい合う場所に腰を落ち着かせた。


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