表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

8.杖

お待たせしました


「クラウスッ!!」


 気付いたら声をあげ、足を動かしていた。魔兵を横切るも切りかかってくる様子はない、けれど、そんなことは疑問にも思わなかった。


 ___クラウスが、生きてる…!


 彼に近付きたい、話がしたい、またあの優しい緋色が見たい。色んなことが溢れてくる。一歩一歩が短く感じる。無意識に足を早め、クラウスへと急いだ。

 私と目が合った最初こそクラウスは驚いた顔をしてたけど、今では穏やかな笑顔で私が来るのを待っている。


「アリシア、こんなとこまで来ちゃったのか」


 クラウスの下へたどり着いた時に、彼は困ったように眉を下げて言った。


「またやんちゃしてない? 冒険者だなんて危険なこと、君にはしてほしくないんだけどな」


「クラウスがいなくなったりしなきゃ、私だって冒険者になったりしてないよ」


 少しムッとした顔でクラウスを睨む。クラウスのために私がどれだけ努力してここにいるのか。不出来な魔法を磨いたのも、剣の稽古に励んだのも、家族を説得して冒険者になったのも、全部クラウスを探すため。なのに本人がそれを言う? 貴方が言う危険なことを貴方のためにしてるんですよ?


「でも、生きててくれて…嬉しい」


 クラウスに一歩近付き、私よりも高い場所にある緋色を見つめる。なるほど、六年なんてあっという間だと思ってたけど、どうやら長かったんだな。昔は少ししか変わらなかった目線の高さも今では見上げなければならない。背丈だけじゃなく、髪も伸びて、顔も凛々しく、体つきも大きくなって男らしくなった。私の方が年下なはずなのに、大きくなったねえ、という言葉が出てしまいそうだ。成長していく過程を見たかった気もする。


「僕も、アリシアとまた逢えて嬉しいよ」


 成長しても、あの柔らかな笑顔は昔から変わらないんだな。容姿が変わってるからこそ、変わってないところがあると余計に嬉しい。彼は私が知っているクラウス本人なのだと実感できた。

 二人してニコニコと微笑み合っていると、いきなりクラウスは視線を動かし私の後ろへと冷たい目を向けた。




「でも…感動の再会に、君たちはいらないな」


 先ほどとは全く違う冷淡な声。その目、その声に、私に向けられたものではないと分かっていても思わず身震いしてしまう。

 その両方を向けられ、魔王と対峙して怯みぎみなシオン達を囲むように先ほどの凄みのある魔兵が並ぶ。シオン達への敵意は明らかだった。


「クラウス止めて! 彼らは私の仲間なの!」


「大丈夫。すぐに終わるよ。アリシアはもう何も心配しなくていいんだ」


 私の声を聞き入れずに再び微笑んだクラウスが私の頭を撫でた瞬間、私の頭はモヤがかかったかのように動くことを止めた。気を抜くと意識が飛びそうになる。石が詰まったように頭が重くなり、体も言うことを聞かずその場に立ち尽くしてしまい魔兵と戦うシオン達を眺めることしか出来なかった。

 クラウスは手は出さないものの、上手い具合に魔兵を次々と出現させ三人を追い詰めている。

 苦戦している三人。そりゃそうだ。だって魔王自ら生み出した魔兵なんだもの。いくらギルドから前線進出許可を貰ったとはいえ、新人は新人。経験や腕前が圧倒的に足りないのは明白だ。


 クラウスは彼らを殺そうとしているの…?


「安心して、殺しはしないよ。ただ、アリシアを冒険者として僕の前に連れてきた罰を受けてもらうだけさ」


 私の思考を読み取ったような言葉、場違いなほどに綺麗な微笑みをクラウスは浮かべた。


「あの緋色頭、中々やるね」


 シオンのことだろうか。口角は上がっていても目は狩人のそれだ。逃がすつもりなどないと目が言っている。残酷だ、これはれっきとした『魔王』なのだと本能が告げるが、かろうじて動く理性が全面否定したがった。違う、クラウスは魔王だけど『魔王』ではない。さっきも昔と変わらない柔らかな笑顔を見せてくれたじゃない。それでも視線をシオンらへと移せば手強い魔兵に陣形を崩されそうになっていた。



 駄目だ…このままじゃ、皆がやられてしまう。

 私を仲間だと言い、信じてくれた皆が。

 頭が重い、体も動かない。

 私がクラウスのことを黙ってたせいでこうなったんだ。

 それなら…尚更私が動かないと!!



 ふと、不自然なほどに軽くなった右手が腰の後ろに交差された双剣の柄へと動いた。

 柄を握りしめると、この剣を買ってくれたお兄様のことを思い出した。


 ____アリシア、この剣は剣としても素晴らしい剣だが、それだけじゃない。なんと状態異常耐性上昇という魔法まで付与されているんだ。本当なら兄様が使いたいところだが、冒険者になるならこれくらいの業物持ってないとな。高かったんだから、大切に、丁寧に扱うんだぞ! くれぐれも壊した折れたといったことはないようにな!!


 安心して、お兄様。大事にしてるから。

 …それはさておき、状態異常耐性上昇__その名の通り麻痺や毒などの状態異常に対する耐性を上げ、状態異常になりにくくする魔法。クラウスが私の頭を撫でた時から感じる頭や体の重さ、私の思考を遮るように堆積していくモヤモヤっとした何か、遠のきかける意識。これが状態異常なのかどうか分からないけど、剣の柄を握っている右手は驚くほどに軽くなったので、試してみる価値はあるだろう。


 シャキンと音をたてて剣を抜き、まるで自分の体ではなくなったような自分の体を睨み付け、思いっきり右太ももへと突き刺した。


「ッ……!!」


 熱くて鋭い痛みのおかげか、この剣の持つ魔法のおかげかは分からないが、頭がすうっと冴えていくのが分かった。そのせいで痛みは更に増したが。

 急に自分を刺したので、クラウスもシオンもセレナもテオも私に注目していた。


 思ったより深く刺さった剣を悶えるほどの痛みを伴いながら引き抜き、血が溢れるのも気にせずシオンら三人へと走った。走るたびに傷口からは血が流れ鋭い痛みが襲ってくるが、私が皆を、仲間を助けなくちゃいけないんだ。止まるわけにはいかない。


 少し走って剣から杖へと持ち替えて、今現在三人が戦っている魔兵へと盛大に魔法をぶつけた。

 クラウスのがまだ後を引いているのか、後先考えずに大きい魔法を使ったからか、退くことを知らない熱い痛みのせいか、今にも意識が飛びそうになる。それでもまだ倒れられない。私のせいでこうなったんだ。私がやらないと。私が助けないと。


 朦朧とした意識の中で見る三人は、私を気にしつつ戦っていた。皆に聞こえるようにと大きく息を吸った。




「私は、皆の“杖”になるッ!!」


 自分に言い聞かせることも含めて思いっきり叫んだ。


「皆が辛いとき、進めなくなって、立ち上がれなくなったとき…私が! 私が皆を支える! 私が皆の杖になって、皆を支えて、また前に進ませる! 立ち上がらせる! 皆がどうにかできないときは、私が魔法で何とかする! それが! 私がなりたい皆の杖だからッ!!」


 言えた。言いたかった。息を切らして肩を上下させつつ、その満足感、充実感で頭がいっぱいになる。まだ腿からドクドクと流れる血、鈍く熱い痛みが意識を現実に引き留めてくれた。

 何とか意識を保つことに必死で周りの様子は分からないが、硬質な足音が近付き、何かにふわっと抱き締め抱えあげられた。頭はまだ重く浮遊感まで感じ始めたので、抵抗する気すら起きずにぐったりと項垂れる。気を失うのにそう時間はかからないだろう。


「アリシア、もういいよ。もういいんだ。」


 優しげなクラウスの声が聞こえたが、余りの倦怠感に目すら開けれず顔をあげることも出来ないので、今クラウスがどんな顔をしているか分からない。心からの声なのか、作られた声なのかも分からない。


 ふとクラウスの手が熱く脈打つ太ももへ当てられ、瞬時に痛みが消えた。クラウスってば治癒魔法まで使えるんだ、と場違いなことを考えていると、次に手を目に重ねられ、痛みで何とか保っていた意識が遠のくのを感じた。もう考えることすら出来ない。私は……どうなるんだろうか…。


「待て! 魔王!!」


 少し離れたところから必死なシオンの声が聞こえた。


「何だ。アリシアのお陰で見逃してあげようというのに、まだ何かあるのか」


 冷たい、魔王の声だ。言われてみれば剣戟の音はいつの間にか止まっていた。


「アリシアを…どうするつもりだ…!?」


「どうもしないよ。ただ、傍にいてもらうだけ」


「お前とアリシアは…どういう関係だと言うんだ!?」


「そうだな……」


 クックッとクラウスは控えめに笑った後、言い放った。


「恋人…かな?」


たくさんのブックマークありがとうございます(;∀; )

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ