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7.剣


「アリシア避けろ!」


 シオンの声を聞いて後ろに跳んだ。すると上からガラガラガラッ!!と大きな音をたてて天井が崩れてきた。天井だった瓦礫は高さを積み上げ、ついには私とシオンを囲み動きを止めた。これを崩そうものなら自分の方に雪崩れてしまいそうだ。崩すのは無理、後ろには壁、前には瓦礫、もしかしなくてもこれは…。


「閉じ込め…られた?」




 やはり昨日撒いた聖水は足りなかったらしい。昨日程数は多くはないけど、一度殲滅した魔兵が次の日には復活しているというのは何とも肩透かしな気分だ。更に昨日魔兵がいなくなって広々とした砦内を見てしまったので、余計に今日の戦いが辛い。一晩で何であんなに復活してるの? 一応聖水は余分に持ってきたし、自分のポーチにもうんと入れてきた。殲滅次第すぐにばらまいてやる…!


「完全に閉じ込められたわけじゃない。ほら、上見てみ」


 シオンが崩れた天井を指差す。そこには積まれた瓦礫沿いに穴、というか溝、というか、とにかく隙間ができていた。


「あそこから二階に行けそうだな。二人と話してからになるけど」


 砦に再び着いてからは一階の魔兵をチャチャっと片付けるため、私とシオン、セレナとテオとで二手に別れて、各自撃破としていた。私たちの持ち場ももうすぐ終わる、という時に魔兵が魔法で天井を壊した。何をしてくれているんだと犯人の魔兵を探したけど、既にシオンによって倒されていた。流石シオン、仕事がお早い。


「女の子ってのは、こういうときキャーキャー騒ぐもんだと思ってたよ」


 手頃な瓦礫を引き寄せ、その上に座ってシオンは私を見つめた。


「残念、騒いでもどうにもならない時があるの」


 私をそこらの女子と一緒だと思ったら大間違いだ。そりゃ私だって幼い頃は可愛いものとかキラキラしたものが無性に好きで、近くの教会でバザーがあると買って買ってとおねだりしていたが、冒険者となった今では実用性重視になってきている。悲しいかな、これが現実だ。

 シオンと同じように近くの瓦礫に腰を下ろした。お、意外と座り心地が良い。シオンはそんな私を見ながら言葉を続けた。


「ま、あの二人が来るのを待つしかないけどな」

「そうだね、休憩ができたってことで」


 そう言うと何故かシオンは少し目を丸くして、急かされたように口を動かした。


「二人のこと、信じてくれんの?」


 その声はただの問いかけというわけではなく、どこか懇願も混じっていた。そんなに驚くこと? テオもセレナも優しくて、時間をかけて仲間になっていこうと言ってくれたけど、新参者の私が出来ることなんて限られてくる。


「パーティーは信頼があってなんぼでしょ?」


 少し勝ち誇ったような顔で答える。何だかいたずらが成功した気分だ。


「無理やりパーティーに入れたようなもんだから…反感持たれてもおかしくないと思ってた」


「全然無理やりじゃないし、私もパーティーに入りたかったって言ったでしょ?」


 シオンは少し照れくさそうに薄く笑って、それから少し向き直って私を見た。

 その後は、今まで三人でこなしてきた依頼だとか、新しい武器がどうとか、セレナは少し夢見がちなところがあるとか、テオの寝起きはひどいとか、他愛もない話をして時間を潰した。話題が途切れたら大体シオンの方から話しかけてくれて長い沈黙はなかった。私も何か話題を提供しようと思ったけど、切り出す前にシオンが話しかけてくれるので、甘えて乗っかっていた。話の流れが一段落し、そう間が空かないうちにシオンがまた話を切りだそうとしたので、私はちょっと座り直してシオンへ意識を向けた。


「情けない話…聞いてくれるか……?」


 突然、突き詰めた顔をしたシオンは、私から急に視線を外して言った。


「俺さ、暗いのが、苦手なんだ」


 言われて見れば閉じ込められてからシオンはどこか虚勢を張っていたような気がする。何気ない話題でも、シオンから振っていた。まるで私の存在を確かめるように。普段はこんなに話を振らない。そうか、気を紛らわそうとこんなに話してたんだ。


「暗闇に一人ってのが耐えられなくて…」


 だからさっきから私をずっと見つめてたんだ。一人じゃないって、確認も兼ねて。でもさ、


「それならそうと早く言ってよ!」


 私は短い呪文を唱え、杖を軽く振る。杖の先に出てきた直径十センチぐらいの光る球を、私とシオンの間へと浮かせたまま持ってくる。


「光魔法は私の得意分野なんだから!」


 光量を調節すれば、この閉じ込められた空間でも余裕で照らせる。最終的には爆発させて、魔兵の注意を引き付けるためによく使う魔法だが、使い道はそれだけではないのだ。

 明るくなった空間で、鮮明になったシオンの顔を見る。明るくなったことに驚いているようだった。


「ありがとう。アリシアには、救われてばっかだな」


 そんなに暗闇が怖かったのだろうか、シオンはいつにもまして弱々しく笑った。


「助けてもらってばっかなのは私の方だよ。何と言ってもシオンは命の恩人だしね」


 元気づけようと笑顔で返してみたが、シオンは相変わらず弱々しい笑みを浮かべるだけだった。


「アリシアだって、俺の恩人だ。俺の怪我、治してくれただろ?」


 シオンは私から視線を外したまま、過去に想いを馳せるように目を少し細めた。手はシオンの右頬、私の力不足が原因の傷痕を擦っていた。

 治癒魔法に魔力を使うぐらいなら、どでかい魔法を使いたい! と偏った思考をしていた私の結果だ。治癒魔法の不出来を恥ずかしがる日がくるなんて…昔の自分に教えてあげたい…。


「それは助けてもらったお礼というか、むしろセレナみたいに癒せなくて申し訳ないというか…」


「いや、セレナの癒しとは違ったんだ。…俺は魔兵と命のやり取りをしてるから、怪我の一つや二つは当たり前だと思ってた。セレナも義務で事務的に治してるようなもんだ。ほら、セレナは俺を定期的に癒すだろ? それでもかすり傷すら一々治してたら魔力の無駄になる。そのうち傷だらけになっても何とも思わなくなっていった。そんな時にアリシアと出会ったんだ」


 シオンは私と目を合わせ、朗らかな笑みを浮かべた。目が合ったのはずいぶん久しぶりな気がした。




「アリシアの癒しは、暖かかったんだ」




 シオンは変わらず優しく微笑んだまま、話を続けた。


「俺自身でさえも、傷だらけになることを厭わなかったのに、初対面のアリシアが俺のたった一つのかすり傷に心配して治してくれたことが何だか歯痒くて___嬉しかったんだ」


「大げさだな、そんなの当たり前でしょ? 最前線で傷だらけの人を放っておけるかっての」


 面と向かって言われるととても恥ずかしくて、私の方から目線をずらしてしまう。


「それでパーティーにも入ってくれたもんだから嬉しくて嬉しくて、何か返したいんだけど、何も思い浮かばなくて」


「もう十分すぎるほど返してもらってるよ」


 そもそもシオンは命の恩人だし。

 恥ずかしすぎて顔も反らすと、あ、とシオンは何か気付いた様子で「アリシア」と呼んで私と目を合わせてきた。


「俺は“剣”だ。敵が出てきた時は俺を使ってくれ。それなら得意だからな」


 明るくなったせいか、シオンは晴れ晴れとした顔だった。何だか似たようなセリフを二度ほど聞いたことがある気がする。私も使ってみようかな。


「怪我は程々にしてね」

「わ、分かってるよ」


 同時に笑いだして、こんな時間があることを幸せだななんて思ってたら、二人分の足音が聞こえた。


「シオン! アリシア! 無事!?」


「一階に魔兵はもういない! 出られそうか!?」


 セレナとテオの声だ。ということは残った二階の魔兵を片付ければこの依頼は終了する。


「俺()の仲間が来たな」


 シオンは白い歯を見せて笑った。その言葉に頷いてシオンと共に立ち上がる。そこでずっと思ってた大事なことを伝えねば。


「言っておくけど、セレナは義務的にシオンのこと治してるんじゃないからね。セレナもシオンが怪我ばっかりするの心配してるんだよ」


「それは…なるべく怪我しないように気を付けるよ」


 シオンは苦笑して、何度目か分からない「気を付ける」を口に出した。そしてもはや壁となっている瓦礫の向こう側にも声が届くようにと声をあげた。


「この瓦礫を崩すのは無理だ! 俺らはこのまま二階へ行くから上で合流しよう!」


 向こう側から「了解!」とテオの声が聞こえた。瓦礫はしっかりと積まれていて、隙間から向こうを見ることは出来ないが、二人の気配が遠ざかるのを感じる。正規ルートで二階に行くよね、それが当たり前だよね。


「さてと、登るか」


 積まれた瓦礫の壁を見上げる。瓦礫登りなんて初めてだなあ…。

 シオンは体重をかけても崩れなさそうな場所を選んで、軽々と登っていく。あっという間に天井の隙間を通り抜け、二階へとたどり着いた。


「今俺が登ってきた所なら大丈夫だ。アリシア行けそう?」


 二階から覗き混むように一階の私を見る。何その身体能力。

 シオンほど軽やかには流石にいかず、少し苦戦しながらも登りきった。床に手をついて休む私にシオンが手を差し出した。


「大丈夫か、アリシア」

「な、何とか」


 少しの休憩の後に道中の魔兵を倒しつつ、階段へと向かった。そう遠くない場所で見覚えのある茶髪と黒髪が見えた。


「セレナー! テオ! 良かった、合流できて」


「アリシア! 怪我とかしてない? 治すところない?」


「擦り傷すらないから大丈夫だよ」


 互いに無事を確認しあって、どこの魔兵を倒した、どこどこには魔兵はいないと報告をしながら奥へと進んでいくと、両開きの重厚な扉が目に入った。


「後はこの大広間っぽいとこだけだな」


 テオが慎重に扉を開いた。まず私が大きな魔法で魔兵をあらかた倒し、残った魔兵の目が私に向けられている間に、シオンとテオが切り伏せていった。予定通りに事が進んだ。


 暫くして、魔兵が一体もいなくなった空っぽな大広間を見渡すと、達成感が湧いてきた。よし、ありったけの聖水を撒いて帰ろう。一晩で魔兵が復活するなんてもう懲り懲りだ。




 しかし依頼達成で和気藹々とした空間に、突然魔兵がザッと出現した。


 数は多くないが見るからに砦内の魔兵ではないような凄みを感じる。ここにいた魔兵はさっき全て倒した。聖水を撒いてないとしても魔兵が復活するには時間がかかる。魔兵が現れる条件は闇の魔力が濃いこと、そして_____




「全く…人間というのは何処にでも湧くんだね」


 カツン、カツンと足音が響く。


「魔兵だって見境なしに出してるわけじゃないんだよ?」


 暗闇から現れた人影は、悪意のないにこやかな表情で、口角が僅かに上がっている。前髪が目にかかっているが、細められた緋色の瞳は存在感を放っている。肩につかない程度に自由に伸ばされた髪は、光源が少ない砦の中だというのに白銀の光を放っていた。


 ___魔兵が復活する二つ目の条件、それは魔王が命じたとき。そして暗闇から出てきたのは間違いなく魔王であり、



 紛れもない、クラウス本人だった。


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