6.癒し
ここで言う“癒し”とは、怪我を治す、体力を回復する、といったことを指しています。
砦前に現れた魔兵を殲滅した後、一行は砦内へと足を踏み入れた。砦内は闇の魔力が満ちていて、魔兵も予想通りの数がいた。どうやら先ほどの魔兵たちはイレギュラーだったようだ。
順調に、冷静に、ひとかたまりずつ魔兵を倒していく。元々自分たちのレベルに見合った難易度なので、砦前の襲撃があっても、手こずる程度ではない。
近くの村を朝方に出発し、先の魔兵を倒したところで昼を過ぎていたので、砦一階の魔兵を全て倒した時には陽が傾いてきた。暗くなれば闇の魔力も濃くなり、魔兵と戦うのも手こずる。村へ戻ってまた明日来ることになった。
こういった闇の魔力が溜まりやすい場所には、神官によって清められた聖水を撒いておくのがセオリーである。聖水を撒くと闇の魔力は浄化され、発生しにくく、溜まりにくくなる。魔兵退治をしても、聖水を撒かなければまたすぐに闇の魔力が溢れ魔兵が生み出されてしまう。
何故か現れた砦前の魔兵のせいで砦内だけでなく外にまで撒くはめになってしまったので、今日持って来た分では十分に闇の魔力を払うことが出来なかった。数は減るだろうが、明日になればまた魔兵が湧くこと間違いない。次から聖水は多めに持っていこうと、シオンを始め全員が聖水を撒きながら思った。
今ある分の聖水を撒き終え、離れた場所に繋いでおいた馬と荷馬車を操り、村へと戻ると、もうすっかり辺りは暗くなっていた。
手頃な宿で二人部屋を二部屋借り、夕食を食べて解散。部屋には小さな風呂場もついており、セレナがあがった後にアリシアも疲れを癒した。
今日の砦でのこととか、魔法、癒しなどの他愛もない会話をベッドの縁に横に並んで座って話し込んだ。こんなにも仲良くなった女性冒険者はいなかったので、アリシアにとって初めての同性の友人との語らいはとても楽しく、幸せだった。
「ところでさ、」
セレナが身を乗り出して、アリシアの目を覗きこんだ。その表情はどこか面白がっていた。
「アリシアって、シオンのこと好きだったりする?」
____え?
いきなり何を言い出すんだとポカンと口を開けたままのアリシアにセレナは畳み掛ける。
「だって初めて会った時からずっとシオンを見てるでしょ?私は二人の出会いがどんなのだったかは知らないけど、戦場で会ったわけだし、危ないところを助けてもらって……気付いたら好きに………みたいな!」
セレナの目は輝いていて、確信を持った話し方ではないことからも、恋バナ自体が好きなんだろうなと、アリシアは静かに観察した。
アリシアがシオンを見てるとは言っても、多分髪や眼の緋色に目がいってるだけであり、シオンの戦いぶりに関しても驚きこそあれ、惚れたわけではない。
「残念ながらその可能性はないかなー」
笑って首を振るアリシアをセレナは残念そうに笑う。
「違ったのかー、残念」
人懐っこくフレンドリーなシオンだが、実はそうではないことをセレナは知っている。特定の誰かをパーティーに誘い、打ち解けて話すというような事は今までのシオンにはなかった。なのでアリシアをパーティーに連れ込み、仲良さげに話す様は、幼馴染みであるセレナから見れば珍しいことだったが、アリシアには何も届いていないらしい。もっとも、シオンも自覚している様子はないが。
「アリシアには好きな人いないの?」
「え~…? 好きな人? …いないかな?」
「何その間? じゃあ好きなタイプとかは?」
「う~~ん」
顎に手を当て考えこむアリシアを見て、あ、これは好きな人がいるな、とセレナは直感した。
「強いて言うなら…いざというときに助けて、支えてくれる人かな? あ、でもそれだとシオンにも当てはまっちゃうか」
「それってシオンに助けられたことあるってこと?」
「さっきセレナが言ってたじゃん。初めて会った時にね、魔兵から助けてもらったの。あれは危なかった、シオンは命の恩人」
戦場で危ないところを助けられたというセレナにとってはときめいちゃうようなシチュエーションでも、アリシアには命の恩人にしかならなかったようだ。
「セレナは? 好きなタイプとか」
自分のことはいいからと、アリシアはセレナに詰め寄った。アリシアの初恋は六年前だし、そもそもクラウスがいなくなってから初恋だと気付いたのだ。そんな話よりはセレナの話を聞いてみたい。
アリシアが尋ねると、セレナは恥ずかしそうに、けれども誇らしそうに答えた。
「私ね、テオが好きなの」
好みのタイプを聞いたつもりが好きな人を聞かされてしまい、動揺して固まったアリシアを横に、セレナは話を続けた。
「私たち三人は、同郷で、幼馴染みで、小さい頃から一緒だったの。シオンとテオはその時からやんちゃで、すぐかすり傷を作ってね。テオは特に怪我することが多くて。そんなだから私が治してあげなきゃって、必然的に治療とか手当てとか上達して」
___だからあんなに頑丈なのよ、とセレナは笑った。
「ある日、私たちの村を魔王軍が襲ったの。子どもで小さかったから、何とか物影に潜んでやり過ごせんだけど、一体の魔兵が私たちに気付いて、私に切りかかってきた。私は怖くて何も出来なくて、テオが私を庇ったのも見てることしか出来なかった。私の代わりに魔兵に切られて、血が溢れて、止まらなくて、いつもお姉さんぶって手当てしてたのに、何故か体は動かなくて、ただ目の前に倒れた血まみれのテオを見て、震えて……。なのにテオってば、自分のことをよそに私の心配して、私を宥めてたのよ? 怪我はなかった? 俺は大丈夫だから、って。死にかけてるっていうのにね…。気付けばシオンが子ども用の短剣を持ってて、魔兵はいなかった」
「ここから先はあまり覚えてなくて大人に聞いた話なんだけど、テオとシオンと私はすぐに大人に見つけられて、テオはすぐに運ばれたの。シオンは意外に図太かったらしくて、私だけがぶるぶる震えて」
「治療されて、目を覚ましたテオを見てわんわん泣いたわ。あ、私テオが好きだったんだって、その時気付いたの。死ぬかもしれないって時に気付くなんて、遅すぎたぐらいだけど…。それから、大切な人が倒れてるのに何も出来なかった自分が嫌になった。それで、私は決めたの。もう誰も傷つけさせない。傷ついても、私が必ず治してみせるって。必死で治癒魔法を覚えたわ。目の前で誰かを失うかも、なんて思いは、もう二度としたくなかったから」
一度口を閉じ、セレナはアリシアと向かい合って、手を握った。
「私は皆の“癒し”になりたい。皆を“癒す”ために僧侶になったの。勿論、アリシアもよ。怪我をしようがしまいが、私は貴女を無理やりにでも癒すからね。覚悟しなさい」
そう言って自慢げに胸を張って微笑んだセレナはとても素敵で、眩しかった。
「あれ、何の話だったかしら…」
まあいっかと笑って、話すことは話したと満足げなセレナと、そのセレナに圧倒されていたアリシアは、いい時間でもあったのでお互いベッドに入った。
目を閉じても、セレナの話はアリシアの思考を占めていた。
___誰かの為に行動できるってかっこいいな。魔王軍に襲われたんだから、魔王討伐を目標にするのは当たり前だよね。魔王を殺さないでなんて…言いにくいな。もういっそ事情を話す? でもまだ魔王がクラウスだって確定したわけじゃないし…。あれ、これ考えてたら寝られなくZzz…。
今日一日の疲れもあり、睡魔には勝てなかったアリシアだった。