2.魔王
『魔王』
それは多くの魔物や、闇の魔力で作られた魔王の兵士、魔兵を使役し、世界を滅ぼそうとする最上級の魔物である。
この魔兵というのは、意思を持たず、魔王の命令で動く駒の様なモノだ。兵士の様に、人型で剣や盾、魔法や弓まで使う。魔王の意思で何もない所から出現し、魔王の意思で村や人を襲う。闇の魔力が高い場所…つまり、太陽の光が届かない森や沼地、洞窟の中と言った所では魔王の意思なく頻繁に魔兵が出現する。しかも魔王の城に近づく程強くなる闇の魔力に応じて、魔兵もまた、比例する様に強くなる。平地に出てくる魔兵とは段違いである…らしい。私はまだ戦ったことないけど。
昔、ハッデルの災厄の時に襲ってきたあの化物は魔兵だったわけだ。
そしてこの『魔王』、100年程前に現れて以来、冒険者達によって四度倒されている。そう、四度。『魔王』と呼ばれる存在は、概念というか思念体の様な魔物であり、人の体に乗り移って悪さをする。人に取り憑いて実体を持たないと、魔王としての力が使えないのでは、という説が有力だ。そして過去に『魔王』に取り憑かれた人間が四人いて、全員倒されている。
ハッデルの災厄は、『魔王』が倒されてから一年後に起こった。『魔王』が新しい器を求めて、冒険者があまり来ない私の村を狙ったと、今では考えられている。当時の私も『魔王』が人間に取り憑くというのは知っていたから、化物…魔兵を見た瞬間、私もそう考えた。『魔王』が新しい器を探しているのだと。
だからこそ私はクラウスと別れた後、『魔王』に取り憑かれるな、魔王にならないで、と祈り続けた訳なのだが……。
「おっちゃん…もう一回聞いていい?魔王の今の姿って…?」
「…だからな、何度も言ってるだろ?白銀の髪に緋色の眼だ。お嬢ちゃんの知り合いにでも似てたのかい?恋人かい?」
濃い茶色の髪を短く剃りあげた、五十代後半であろうこのおっちゃんは、村人からの依頼や、魔物の討伐依頼等を冒険者に伝え、受注する、情報屋さん…みたいな、受付…みたいな人である。ガタイも良いし、昔はさぞ名を馳せた冒険者だったのだろう。そんな彼の信憑性は割と高い。結構高い。昼間で依頼を受けた人は出払っているはずなのに、ザワザワと騒がしい冒険者ギルドの建物の中で、アリシアは呆然とする。
ここで、クラウスの容姿を思い出してみようか!六年前だから少し雰囲気は変わっちゃってるかもしれないけど、当時彼は白銀の短髪で、クリクリした緋色の眼で、身長は私より少し高いぐらいだった。ヒョロっとしてて、かけっこは私の方が速かった。繰り返そう、白銀の短髪で緋色の眼を持つ人懐っこい人だった。そう!白銀の髪で!緋色の眼である!
そのまんまじゃないか!!と片手で頭を抱える。この世界に白銀の髪と緋色の眼を持つ人が何人ぐらいいるのか知らないけど、ハッデルの村ではクラウス一人だけだったと記憶してる。つまりハイレベルなそっくりさん!
「おっちゃん、その情報は真?お金賭けれる?」
「真だ、真。六年前から魔物が活発になってな、新しい魔王が誕生したんじゃないかと魔王の城まで様子を見に行った奴がいる。ソイツがその目でちゃあんと見たんだと。他にも魔王の城近くで、そんな風貌の少年を見たって奴もいる。明らかに冒険者の格好じゃねえ少年だ。賭けていいぞ。」
ヘラッと笑うおっちゃん。ごめんおっちゃん、今笑顔を返せる余裕がないよ。
六年前って…ハッデルの災厄とピッタリ重なるじゃないか…。これは、まさか、私が想像していた最悪の事態なのでは…。クラウスが…魔王に……。そうなれば今まで行方不明なのも察しがつく。
容姿の情報はクラウスにドンピシャ、クラウスがいなくなったのは六年前、そして魔物が動き始めたのも六年前…って、つまり、そういう事でしょ…?アイツ…魔王になっちゃったのかもしれない…。
私が旅に出たのは色々あるが、主に行方不明になったクラウスを探すため。クラウスが『魔王』に取り憑かれても、憑かれてなくても、魔王に捕らわれたーとか、遠くの町へ逃げてそのままーとかあるかもしれないと思い、冒険者になった。確実に生きてる証拠はなかったけど、死んだっていう確かな証拠もなかったからね。ポジティブシンキング!
しかしながら、そうポジティブではいられない状況だった…。今のところクラウスについて、これといった情報もないし、これは魔王に直接会って確かめるしかないのでは…。と考えて、私の今の実力を思い出す。
村の中で考えればアリシアは強い方で、畑なんかに寄ってきた魔物をサクッと倒せる程度には力をつけていた。しかし、それは村の中での話。前線でアリシアの力はどこまで通用するのか…まだ確かめていなかった。
よし!クラウスもどきの魔王と会うためにも、まずは強くならないと!そうと決まれば行動あるのみ!
「おっちゃん!最前線付近の依頼ない?ソロでも出来そうなのをお願い」
「ない事はねえが…お嬢ちゃん。最前線に行くなら、仲間見つけてパーティー組みな。ソロじゃ受けられる仕事も限りがあるからな」
そう言いつつも依頼の書類をカウンターへ出してくれるおっちゃん。程々に最前線付近の、ソロでも出来そうな低ランクの魔物討伐の依頼だった。依頼内容、報酬などなどに一通り目を通し、ペンを取り、書類に名前を書く。このお仕事は私が引き受けましたよっと。
「流石に魔王を目指すならパーティー組まないとなぁ…」
おっちゃんや組合所内の知り合いに適当に声を掛けて、組合所を後にする。
私は怪我を直せる治癒魔法が使えるから、魔力回復ポーションを多めに持っていこう。魔法を使う時に必要な杖もちゃんと持ってる。腰の後ろで交差に付けた双剣も刃こぼれなしと。
杖は装飾も少なく、20cmぐらいの片手で使う物。杖があるとないとじゃ魔法の威力が桁違い。お気に入りの杖だ。
双剣も短剣の様な長さで、反りが深い物。お兄様が冒険者になるならと買ってくれた。いい感じにスピードが出て、これまたお気に入りである。
魔王と会うならそれなりに強くならないと。ソロで魔王に挑むのは命知らず過ぎるし、魔王へ辿り着く前にくたばりそうだなぁ。何回か依頼を一緒にこなしたこともある冒険者グループに話しかけてみるかな。
ひとまずは、目の前の依頼に集中しよう。パーティーは終わった後でじっくり考えようと、頭の端に追いやる。ここから依頼の場所まではそう遠くないので、運動がてら歩いて向かう。
魔王に会うという新たな決意を胸にして。
次回、愉快な仲間たちが登場します!