1.ハッデルの災厄
「お願い!行かないで!!」
周りの建物が燃え、次々と崩れていく中、私の必死な願いにも関わらず目の前の彼は首を振り、銀色の髪を揺らす。
「大丈夫。すぐに別の隠れ場所を見つけるから」
私だって分かってる、今すぐ隠れないと危ないという事も。今自分が入っているこの木箱の中には、子供一人分、つまり私一人しか隠れられないという事も。彼が別の隠れ場所を探すのに、時間が必要な事も…全部分かってる、頭では理解している。それでも…それでも彼の手を掴み、放すことが出来ない。行っちゃダメ…ここにいて…と、彼を困らせる事しか出来ない。私はこんなにも弱かっただろうか…。普段はガキ大将みたいに、はしゃいで走り回っているのに、いざという時は怯えて、足がすくんでしまう。
こんな時にいつも傍にいて、手を引いてくれていたのは目の前の彼だった。そんな彼に憧れて、恩を返したくて、勉強も魔法も頑張ってきたのに、今回も彼に助けられている。変わりたかった、でも変われなかった。情けない、不甲斐ないといった感情も、全て恐怖で覆われてしまった。足だけでなく、手まで震え始めた。そんな私の手を彼は優しくほどき、私を安心させようと優しい緋色の目を細める。
「アリシア、ここから出ちゃダメだよ。魔王の手先達に見つかってしまうから。辺りが静かになるまで…隠れてて」
諭す様に、宥める様に、兄の様な口調で言う。彼がどれだけ本気なのかが、その口調からも、静かに見つめる緋色の瞳からも伝わってくる。そんな風に言われたら…従わざるを得ない…、彼はそれを分かって言ってる。
彼が木箱に蓋をする。走る足音が聞こえ、段々と遠ざかっていく。地面に埋め込まれた、暗い、狭い木箱の中で、私は必死に祈った、祈るしかなかった。教会にも真面目に通わなかった信仰心の薄い私だけど、今は神様に祈る事しか出来なかった。手を胸の前で組み、頭を下げた。拍子に、自分の橙色の長めの髪が肩から垂れる。彼が長い方が好きだと言ってから伸ばし続けた髪だ。…もう伸ばす必要はないかもしれないが。
私達の村はもう、魔王の下僕である化物達に占領されてしまった。大人や子供は既にどこか遠くへ避難した。人の波に飲まれ、気が付けば村は燃え、数人の子供が取り残された。化物達に追われながら、私と彼で他の子供達を木の虚や、雑木林の茂み、誰かの家の地下倉庫などに隠し、後は私達二人だけだった。化物から逃げながら、やっと見つけた隠れられる場所は、私が入っている木箱だけだった。一人だけで隠れるなんてしたくなかったし、何よりとても心細かった。「二人が隠れられる場所を探そう」とも言ったけど、彼は私を木箱に押し入れ、立ち去ってしまった。
もう祈らなければ心が挫けそうだった。
彼が無事でありますように。彼が隠れ場所を見つけられますように。彼とまた笑顔で再会出来ますように。彼が、彼が____
「クラウスが、 魔王なんかになりませんように…」
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私、アリシア・シャーウッドは、王都から遠く離れた田舎町に生まれた。私の父はこの村の村長で、優しく強く、自慢の父親だ。
代々、シャーウッドの家系は様々な魔法が使え、私も幼少期から魔法を使っていた。小さい頃は、魔法というモノに中々慣れなくて、不発だったり、暴走したりと色々不安定で、六つ上のお兄様や三つ上のお姉様にも面倒を見てもらった。「魔法が駄目なら剣だ!」とお兄様に遊び半分で剣を仕込まれた事もあった。遊び半分にしてはお兄様の目はマジだったと幼いながらに記憶している。
魔法というのは少し珍しい程度で、大抵の人は使えるそうだ。ただここが物凄く田舎町であるがために、魔法が使える人は大きな町へ引っ越してしまうらしい。
そのため、この村では魔法が使えるのはシャーウッド家ぐらいで、魔法というモノは珍しかったのだ。それゆえ、魔法を見せて、使ってと小さい頃からせがまれていた。当然魔法が上手くない私は失敗続きで、「魔法なら、お兄様やお姉様に使ってもらったら良いよ!私は使えないから!」と投げやりに、人前で魔法を使わなくなっていった。『使わない』と言うより『使えない』と言うと、後から何も言われなくなるので楽だった。魔法が下手な代わりか、私はとても足の速い、やんちゃで元気な女の子に、暇さえあれば村中を走り回る様な子供になった。きっと、魔法より体を動かす方が性に合ってたんだろうなぁ。ちなみにかけっこは誰にも負けた事がない。私の数少ない自慢である。
同年代の友達にはお兄様やお姉様と私を比べて、からかってきた人もいた。使えない、魔法なら兄姉に見せてもらえと言っても、「魔法使えるの知ってんだぞ!」「少しくらい見せてくれてもいいだろ?」としつこく言ってくるので、私は知らず知らずに格闘技をマスターしてしまっていた。ちなみに私の得意技はヘッドロック。片腕で相手の首を締めるやつ。
今思えば、アイツらは純粋に魔法が見たかっただけなのかもしれない。この村では魔法は珍しいし、兄姉に見せてもらいたくても二人とも年上であり、しかも気品があるから言いにくかったんじゃないかなぁと。そうだとしたら出会い頭にヘッドロックかましてたのは申し訳なかったなぁ。……全部推測に過ぎないけれど。
魔法が苦手な私でも、化物に襲われたあの大火事の日、“ハッデルの災厄”が起こってからは、それはそれは物凄く血の滲む様な努力をし、お兄様やお姉様にも負けないぐらいの魔導師になった。誰かを守れるぐらいに強くなりたかったからね。
ちなみに“ハッデル”というのはこの村の名前である。そしてあの災厄から、六年の月日が流れた。私は十六歳になった。
彼、私の幼馴染みであり、私を木箱に押し入れた、私の初恋の人、クラウスは私の一つ上なので、今年で十七歳になるはずだ。白銀の短髪だったが、今はその髪型も変わっているかもしれない。
“かもしれない”というのは、彼とはハッデルの災厄以来、会っていないからだ。木箱に蓋をする彼が、私が見た彼の最後の姿だった。
だから私は旅に出た。
行方不明になった彼が、生きているかもしれない僅かな可能性に賭けて。魔法だけでなく剣も学び、両親を必死に説得し、準備に準備を重ね、家族や村の人達に見送られながら、彼、クラウスを探す旅に。
アリシア・シャーウッド、十六歳、冒険者始めました。