始まりの朝2
食欲がないってって言おうとしてから「座れ」までの間髪の無さ、声のトーン、そして張り付けたかのような笑顔…
元ジャンはまだ覚醒していない、幽鬼のようにかすかに「アー、アー、」言いながら座っている。
何が!何がリアを怒らせた!!
元ジャンは生きている、こいつは元凶足りえない。
いや今は原因の追究はいい!!目の前の危機を、この危機をなんとかしなくては…
席に着いたのだ、食さないという選択肢はない、目の前の鬼が決してそれを許しはしないだろう。
目の前にあるのは…
パン、スープ、サラダの三品。
この中にジャンの加害者がいる!!
パン、これは普通であれば職人メイドであるはずなので、危険はない。
しかし、リアは朝一でパン屋の仕込みを手伝いに行っているのだ、何もないとは言い切れない。以前「ご主人の許しが出て、簡単なパンは作れるようになった」と嬉しそうに言っていたのを俺は覚えている。もしこれが当たりなんだとしたら、見た目やにおいで判断するのは結構至難の業だ。
スープ、これは一番危険だ。
まずは元ジャンが持たされたスプーン、これは重要なヒントだ。
スプーンを使う料理はスープだ。
それに、以前同様の事件が起こったときは、犯人はこいつだった。
巧妙にスープの色や香辛料でカモフラージュされたどえらいものが混入され、俺もジャンも生死の境をさまよった。
サラダ、これは安パイだろう。
ドレッシングという手法があるにはあるが、それは量にしても少量にとどまるだろうし、致死量には至らないはずである。
元より素材の味を生かすのがサラダという料理である、ジャンが失神するほどの物が含まれているはずがない。
勝ったな、生き残ったよ俺は。
命の危機を前に、冴え渡ったね俺。
誰だか知らないが、リアの逆鱗に触れやがって。
朝起きたら生命の危機ってどんな戦時中だってんだ、いや戦時中でも食事に危機は感じたことはなかった。
俺とジャンは犯人を決して許すことはないだろう。
「り、リアさん、俺本当に食欲ないんで、サラダとパンだけでいいわ。」
「そうですか?ちゃんと食べないと体がもちませんよ?まぁ、食べ過ぎても毒ですし、アルがそういうなら構いませんが…」
すまない、ジャン。
お前の犠牲は無駄にはしない、罪には罰を、あとのことは俺に任せるんだ。
顔色が青く変色し始めたジャンを憐憫のまなざしで眺めながら、サラダを一口…
「お、おいしいよリア。本当にリアは料理が上手いな、いいお嫁さんになるだろう。」
「そんな、まだまだですよ。」
ドレッシングを舌で調査する…おいしい、どうやら本当に当たりをひいたらしい。
安心して野菜を噛み締める、たすかっ…
「グハッ…な、なんで…」
「アル?またお休みですか?まったくだらしがないんですから…ふふ。」
視界が暗転する。
体に力が入らない!!
おかしい!!
野菜だぞ!?
農家さんが毎日汗水たらして一生懸命作ってくれる、太陽と大地の恵み!YASAI!!
栄養満点で、おいしく、安価で…
「あぁ、言い忘れてたんですけど、最近家庭菜園を始めましてね…」
ジーザス
「私の大事なコップの恨み…怨嗟のトマト、喰らうがいいわ。」
リアの発言とともに俺とジャンが倒れる。
どこの魔王だ。
テーブルに突っ伏す男二人を、嗜虐に満ちたまなざしで見下ろす女。
ぎぃ
「どうゆう状況?これ。」
聞き覚えのある声だ。
顔見知りの依頼人が来たみたいだ、あいつがかかわるとろくな事にならない。
どれくらいで目を覚ますかはわからないが、今日一日はろくな一日にならないと確信した。
リアのコップ?
あ、朝方なんか割ったかも…