日常2
天秤都市リーブラ
人口約80万人
海に面し、列強三国にも面し、交渉・商談などが行われる交通の要所
列強三国が覇を競って戦った10年にも及ぶ戦争終結により、自治都市となった背景があり、三国の領事館や、企業などが乱立する。
この立地と歴史が、この都市を策謀渦巻く魔都へと変えた。
もとはただの漁港で、人口は1万人にもみたない港町だったのだ。
それがいまや、多種多様な人種が行き交い、大陸全土から集まる企業が目をぎらつかせて利益を奪い合っている。
当然暮らしは豊かにはなったが、引き換えにいろいろな痛みを抱えることになったのだ。
そんなリーブラという特殊な都市で、大小問わずもめ事を解決する。
それが俺たちの仕事である。
メイン通りから2本ほど外れた、古き良きリーブラを残す区域に、もめ事処理屋事務所はある。
近所には何を扱っているのかよくわからないような商店や、どう考えてもいかがわしい店構えのバーなんかがある、いわゆるダウンタウンである。
ぎぃ
建付けが悪いやたらと重い手ごたえの扉を開けると、いい匂いがする。
頼れる仕事仲間が食事の準備をしているようだ。
どこか調子外れな鼻歌を口ずさみながら、ついさっき殺気をビシビシ向けてきたとは思えないほどご機嫌な様子で調理しているようだ。
「ただいま。」
「お疲れ様です、アル。昼ご飯がすぐできるので、ジャンを呼んできてください。」
小柄で華奢な女性が、危なげない足取りでトレーを運んでくる。
銀髪を短くまとめ、少し垂れた瞳が柔らかい雰囲気を醸し出している。
少し薄いが女性らしい体つきが、彼女をより魅力的な女性にしている。
彼女の名前はリリア・コルベイン(通称リア)、年齢はたぶん18歳との事だ。
一緒に仕事するようになって1年ほどだが、まだいろいろと謎の多い娘である。
もめ事処理屋の事務を一手に担い、依頼人との交渉や裏取り、果てはご近所づきあいまでこなす才媛である。
だらしなく、計画性のかけらもない家主の面倒もちゃんと見るというか、物理的に干渉してくる。
すでに彼女なしでは、もめ事処理屋は回らないといっても過言ではない。
子供に人気で、ご近所さんの評判も高い。
何度も言うが家主に対して殺気を飛ばしてくるようなタイプには全く見えない。
「ジャンはいつものとこかい?」
「えぇ、なんでも大作が出来上がりそうなんだとかで、朝からずっと地下にこもってます。」
「あいつも飽きないねぇ、んじゃ呼んでくるわ。」
返事をすると、リアはルンルンとテーブルセッティングを始める。
いろいろ思うことはあるけど、職場に若い女性がいるっていうのは、いいものである。
張り合いが違う、たとえ殴られて失神する振りが仕事内容だとしても。
なんとなく自由気ままな生活が脅かされている気がしてもだ。
もめ事処理屋のある古いビルは地上3階、地下一階建てである。
1階は事務所、二階は男性、三階は女性、地下は倉庫というか作業場である。
薄暗い階段を下りれば、そこにはファンシーな空間が展開されていた。
「ジャン、いい加減にこの作品達をどうにかしてくれ。」
「アル。」
地下のフロアは元々結構広い作りをしていたのだが、同僚のジェイロード・アレイスタ(通称ジャン)が無計画に大量生産する彼の作品で埋め尽くされていた。
この目の前で一心不乱に作業している筋肉粒々で熊みたいにでかい、仏頂面の男は体に似合わず手芸が趣味。
作る作品はいろいろだが、一番多いのはぬいぐるみである。
もとは、集中力を高める訓練だったそうだが、何をどう間違えたのかはまってしまったらしい。
彼の作るぬいぐるみの一部は、いい買い手がつくほどのクオリティーでなかなかの稼ぎになっているが、ほとんどの出来上りがなんとも不気味なのである。
部位の一部が大きかったり小さかったり、バランスがおかしかったり、なぜかリアルな負傷をしていたり…
彼の何がそうさせるのか、怖いので問い詰めることはしない。
「んま、もういいや。リアが飯できたってよ。」
「了解した。」
きびきびと片付けして、ジャンは姿勢よく軽快に階段を上がっていく。
実はもめ事処理屋創始者のひとりで、付き合いも結構長いが、相変わらず必要最低限しかしゃべらない寡黙な男である。