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日常1



「ふ、ふざけんなよこの野郎っ!!」


ゴッっと頭に鈍い音が響く。

右の頬に痛みが走り、後頭部に衝撃を受けた。

殴り倒されたのだと、いろんな経験が教えてくれる。


「あ、アル!!大丈夫なの!?ねぇ!アル!!?」


結構な力で揺さぶられる、彼女の心配している演技はなかなか堂に入っている。

女はみんな嘘つきだとか、女優だとか…真理だよな。


「やめて!あなたとは終わったのよフリート!私はアルのことを愛しているの!これ以上彼にひどいことしないでっ!!」


「…アニー」


男は、彼女の賞でも取れそうな演技に、涙ぐんでいる。

泣きたいのは殴られた俺だ、お前じゃない。


「お願いだから、私たちに関わらないでっ!」


「っつ!!…わかったよ、さようならアニー…。」


ひねり出すように答えた男の声は、震えていた。

純情な男だったんだねぇ、フリート。

とぼとぼと純情フリートが去っていく気配がする。

気絶の真似を続けていると、耳元で声がする。


‘アル、まだ起きたらだめだからね。純情君はまだ視界に貴方たちを捉えているわ。‘


「…」



得意だから心配すんなと、誰にできるわけでもない自負アピール。

それにしても、アニーはなかなかの悪女だな。

今年で18歳とのことだが、誰にでもできる演技じゃない。

田舎から出て2年間、劇場の手伝いをしながら演技を学んでいるというのは伊達ではなかったようだ。


‘もういいわ、行ったから。‘


再度耳元で声がし、何事もなかったように起き上がった。


「これで依頼は完了かな?アニー」


「えぇアル、いい仕事だったわ。助かっちゃった。」


彼女が笑う。

笑顔が素敵だ、さっきまで悲壮な叫びをあげていた女性と同一人物とは思えない。


「いやー、パトロン探しの一環だったんだけど、まずっちゃった。後腐れないようにって気を付けてはいたんだけどねぇ。」


「そりゃ、罪作りなことで…」


困った顔がまたセクシーだ、みんなこれに騙されるんだろう、俺も含めて。

つぶらな瞳に泣きぼくろ、瑞々しい唇、開いた胸元のボリュームといったらもう…

引っかかってもしょうがないな、純情フリート君の今後の人生に、幸多きことを願わずにはいられない。

運悪く、列車事故にでも遭遇したんだってあきらめて、新たな出会いに前向きに生きてほしい。


「さて、じゃあ報酬は頼んだよ。」


「そうね、もちろん報酬は払うわ。あなたに一晩付き合うってことでよかったかしら…?」


彼女が流し目でしなやかな獣のように素早く密着して、耳元でささやく。

生暖かい吐息が耳をくすぐり、右腕には至福の感触がする。

脊髄反射で「いただきますっ!!」より早く、背後に殺気。


「あ、アニー非常に、ひっじょうに残念なんだが、報酬は金銭で頼む。」


「あら、残念。こわーい相棒さんによろしくね、アル。」


彼女は一連の出来事が、まるでなかったかのように颯爽と歩き去っていく。

ほんと怖いんだよな、あいつ。

いまだに感じる殺気を黙殺しつつ、人があふれるメイン通りに歩き出した。


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