ばれんたいん
「ばれんたいんでー!」
「は?」
「ばれんたいんでー!!!」
「バレン?」
「バレンタインデーの用意をする必要がある。」
それは、冬の満月に入ったばかりの緋月の日のこと。
唐突に、コンカッセが胸を張りつつドヤ顔で謎の言葉を口にした。
アッシェと二人で首を傾げていると、通じない事に焦れたコンカッセが材料と思しきものを調理台に並べ始めていく。
並べられたのは、大きな楕円形の実が一つ・生乳・砂糖。
なんだろう、この大きいの?
20センチ位の茶色い楕円形のボールの様なものを見て首を傾げる。
何だろうと思いつつ眺めていると、アッシェが驚いた様な声を上げた。
「これって、北の密林の『お薬の実』じゃないですか、どうやって手に入れたんですぅ?」
「『お薬の実』?」
なんか、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。
思わず、アッシェに問いかけるように視線を向けると、彼女は心得たように頷きながら説明してくれた。
「ああ、この実には、疲労回復に効果があるって言われてるですぅ」
「んむ。その、『お薬の実』。」
「それで、これを使って何をするです?」
「『ちょこれーと』がこれから作りだせる。師匠の情報。」
「アスタールさんの?」
「作り方も書きだして貰った。」
「どれどれ……。」
コンカッセの差し出す、レシピの書かれた分厚い紙束に目を通す。
うーん……。
「コンちゃん。」
「ん?」
「これ、絶対材料が足りないですぅ」
「!?」
「そうだねぇ……。書いてある内容が大雑把だから、アレコレ試行錯誤する必要もあるし。」
妙なところが細かいそのレシピを見ながら、どうやったらこれが作れるのかシミュレーションしてみる。なんらかの薬効があるのなら、是非とも作るしかないでしょう!
「『素材回収所』で増やすしかないかな。」
「「それだ!」」
2人に急かされるまま、『お薬の実』を取り込ませると迷宮に配置する。
アスタールさんのレシピによると、夏の気候で湿気が多い方が良いらしい……。
ちょっと、別に森を作るしかないか……。
それはともかくとして、どうやらアスタールさんは私の『素材回収所』を最初から使わせる気満々だったらしい。私がこのレシピを、どうしても作りたくなる様に煽る為の言葉をちょこちょことあちこちに盛り込んでいる。
薬効とか書かれてたら、作りたくなっちゃうじゃないか!
全く、リエラの事を良く理解してる……。
そう思いつつ、新しく作る『ちょこれーと』とやらに胸が高鳴る。
だって、お薬になるお菓子ってどんなだろうって思うよね?
まずは、材料を確保しに2人を連れて箱庭に入る。
お散歩をする為じゃないから、お目当ての木の前に出るとさっさと生っている実を収穫した。
なんだか、実の色が黄緑色っぽいのからオレンジや赤なんてのまであって、どれがいいのか分からずにまずはそれぞれの色を一つづつ収穫。
「これを割るです?」
「そう書いてある。」
取り敢えず、そのままの状態で手の平よりもずっと大きいその実を包丁で割ってみる。
まずは緑色のから。
そうすると、中には白い実がたくさん詰まっていた。
魔力視を使って確認してみたものの、特に毒素はないみたいだ。
試しにその白い実を口に入れてみると、微かに甘酸っぱい味がした。
実の中には紫色の種が入っていて、それがどうやら原料になるらしい。
結構好きな味かも。
今度、アスラーダさんと一緒にデザートとして食べようと心の中にメモを取りつつ、他の色も割ってみる。
「この実を食べるつもりだったら、緑色がいいかんじですぅ。」
「確かに。ちょこれーとを作るなら、オレンジ色が良さそう。」
「んじゃ、オレンジ色っぽいのを集めよう。」
集めた実から、中身を『抽出』すると適当な木箱に詰め込んだ。
この状態で『発酵』を掛けたら、暫くの間放置するしかない。
自然発酵の場合、1週間位掛かるらしいんだけど魔法を使っているのでもっと短い時間でも、大丈夫なはず……。とはいえ、何度も同じ工程を繰り返すのは面倒だし、纏めて失敗すると悲しいので1kg位づつに分ける事にした。
後は1時間おきに確認して見て、良さそうな物を使って行けばいいかな。
結局、良い状態になるのには丸一日掛かってしまった。
「発酵は、魔法を使っても時間がかかっちゃうですねー」
「残念無念。」
その日の内に、チョコレートとやらにありつけるかと期待していたらしいコンカッセが、悔しそうに呟くのに、アッシェと2人で思わず笑ってしまう。
いつの間にか、コンカッセの中で『バレン??』の存在が消え失せてるらしい。
今は、自分が食べる事しか考えてないよね?
発酵が終わった次の乾燥は、魔法で水分を『抽出』するだけで済むのであっという間に終了。
その乾燥した実を『加熱』してから、中身だけを改めて『抽出』すると中から茶色い物がでてきた。
これを擂り潰すと、お目当てのチョコレートまであと一息らしい。
チョコレートを作るのにあたって、擂り潰す工程は何度も何度も繰り返して出来るだけ細かくするのがコツらしい。ここを適当にやると、舌触りが悪くなるんだって。
なんだかこの段階になると、甘い匂いがしてき始めてどんな味になるのかと期待感が高まって来る。
美味しく美味しくなーれ!
心の中でそう唱えながら、せっせと練りながら擂り潰していく。
ねっとりねっちりしてきて、すりこ木が段々重くなってきた。
後どれ位続ければいいのかなぁ?
「ところで、コンカッセの言ってた『バレンなんちゃら』ってなーに?」
「ばれんたいん」
「まぁ、それ?」
「アッシェも気になるですぅ」
必死ですりこ木を動かしながら、気晴らしを求めてコンカッセに訊ねてみる。
その、バレンタインとやらの為に作る事になったんだから当然の疑問だよね。
ちなみにここまで来たら、コンカッセはもう手を出すのを止めて見学モードだ。
この先に手を出すと、間違いなく大惨事になるのを本人も私達も学習済みだからね……。
コンカッセの味付けは、死人が出るレベルなのです……。
「これは、ばれんたいんでーに好きな男の子にあげるお菓子。照れ屋な師範にぴったり。」
「好きな……」
「男の子ですぅ?」
思いもよらない返事に、思わず作業の手が止まる。
好きな男の子に、あげる……とな?
私に、誰にあげろ……と……?
「アッシェは該当する相手が居ないですぅ。」
「あ、該当する相手が居なければいいのか。」
アッシェの残念そうな声にハッと我に返る。
該当する相手が居なければ渡さなくていい!
「師範は師兄に確定している。逃亡は許されない。」
「え?! なにその、罰ゲームみたいなの?!」
只今大絶賛、アスラーダさんと気まずい状態になっている私に、何をしろと?!
「あー……。アスラーダさんとりえらちゃん、今気まずさ爆発中ですから、逆に丁度いいかもしれないですぅ。」
「えええええ?! 自分の事じゃないからって、それはないよぉ?!」
アッシェの言葉に思わず涙目になってしまう。
だって、前みたいに手を繋いで歩くとか、今は全然無理だし!
顔もちゃんと見れないんだよ?!
秘かな毎日の楽しみだったのに。
「それで、いつ渡すものなのです?」
「冬の満月14日が、現地での気候を考えると適切な日取りらしい。」
「現地ってどこです??」
不思議そうに首を傾げるアッシェとは違って、私はその場所に心当たりがあった。
そうかそうか。
そこのお菓子をどうしても食べてみたい、と言うのが今回の発端か……。
道理でやたらと私を煽る言葉がレシピのあちこちにちりばめられている筈だ……。
コレは出来上がったら、ちゃんとアスタールさんにも持って行かないといけないなぁ……。
「義理チョコと言う文化もあるらしい。」
「ソレならアッシェにもあげられるですぅ。」
「ソレだ!!!」
私はコンカッセの『義理チョコ』という言葉に飛び付いた。
言葉の響きからしても、親しい人になら誰に上げても良いものに違いない!
「義理チョコは、本命よりも少しショボくするのが定番。」
「見てきたように言うですねぇ。」
「師匠から貰ったアンチョコに書いてある。」
「お、ほんとですぅ。」
義理チョコとやらを配る事を前提に、今の作業を振りかえる。
うん。全員分作るのは無理だ。
「そしたら、上手く出来たのを箱庭で増やす方がいいかも。」
「それじゃあ、愛が無い……。」
「義理だからいいでしょ?」
「折衷案として、出来上がる直前のモノを箱庭で増やすに一票ですぅ。」
「「ソレだ。」」
アッシェの折衷案は即座に受け入れられた。
ここまでの行程を再度行うのは、流石にコンカッセも思うところがあったらしい。
「それじゃ、最高の状態と思えるのを作らないと……ね!」
「がんばるですぅ~!」
中々力のいる作業で、ずっと続けることは難しかった。
結局、1週間程かけて口に入れた時にザラザラしなくなるまでの間、擂って擂って擂りまくった。
思った以上に掛かった手間に、出来上がった時には私とアッシェの口から歓声が上がる。
コンカッセは、その頃には飽きて別の事をやっていた。
滑らかな舌触りになったチョコレートは、砂糖を入れないままで一旦箱庭に吸収させ、翌日、冬の東屋に創造されるようにするとひと段落だ。
「これで、あのスリスリはもうやらなくてすむですぅ~!!!」
「ばんざーい!!!!!」
「後は、アレを使ってお菓子作りですぅ♪」
「ああ言う力仕事は無さそうだから、この後は楽しそうだね!」
「楽しみですぅ~♪」
この後の作業は、今までのが一体何だったのかと言う位順調で、14日になるまでの間あれこれと色んなお菓子を作る事に挑戦する事が出来て、渡す当日には様々なチョコレート菓子が私達の前にうず高く積まれていた。
「作り過ぎたですぅ。」
「めぼしい物を包装せねば。」
「調子に乗り過ぎちゃったねぇ……。」
コンカッセは、苦笑を交わし合うアッシェと私には構わず、せっせとあげる人リストを見ながら包装していく。流石にここまでの行程を頑張ったので、包装は彼女に任せて2人で紅茶を楽しむ。
一際大きいチョコケーキを箱に入れて、丁寧に包んでいるのを眺めていると、不意にアッシェがコンカッセに疑問を投げかけた。
「……で、その大きいチョコケーキはやっぱりポッシェにあげるです?」
「!?」
みるみるうちに、コンカッセの白い肌が赤く染まっていき、終いには真っ赤になった。
「成程。ポッシェにあげたかったのか。」
「確かに、好きそうですぅ。」
「私はダシにされただけかぁ……。」
「ち」
「ち?」
「ち」
「……」
「ちが……」
目を潤ませながら首を振る姿に、ちょっとだけ仏心が湧きかけた。
そうだよね。
そういうのって、からかわれると身の置き所がないよねぇ……。
……よく、コンカッセにからかわれるけど。
そういや、自分が良くやられてると気が付いたら仏心が吹っ飛んで行った。
よし、いい機会だから思う存分弄ってやろう。
その日は、コンカッセがテーブルの下から出て来なくなるまで弄り倒してみた。
たまにはこういう日があってもいいはずだ。……と、自分に言い訳しながら。
ちょっとだけ、楽しかったのは内緒の話。
冬の満月14日に配った義理チョコは、とっても好評で、貰った人から販売希望を沢山貰ったものの、原料を教えるとみんなあっさりと諦めてくれた。
その変わりに、毎年その日になるとお世話になってる人達に贈る様になったのは後の話だ。
え?アスラーダさんに渡せたのかって??
…………部屋のノブに引っかけておいたよ……。
メッセージカードを付けて。
だって、恥ずかしいじゃない……。




