妹の悩みごと
『共犯者?』の少し前の話になります。
話の順番は故意にこちらを後にしました。
アスタールは戸惑っていた。
自らの計画を進める為にリエラに話をしようと訪れた彼女の部屋の入り口で、思わぬ人物に彼女に会う事を阻まれているからだ。
「君がどんな話をしに来たのかは知らないけれど……。今の彼女に会わせる訳にはいかないね。」
「……君はいいのにかね?」
「僕は、グラムナードの人間じゃないからね。」
いつにもまして喧嘩腰な態度の彼に、アスタールは戸惑いを隠せなかった。
ラエルは2年前に王都からやってきた、魔力操作の指導者だ。
グラムナードでは、成長の過程で自然に覚えていく魔力の扱いを他の地域出身の子供たちが身に着けていない事が分かってから、兄のアスラーダが呼び寄せた人材だ。
その教え方は分かりやすいと評判で、今では工房に弟子入りして来た者だけではなく町の子供たちも教わりにきはじめている。
見た目は幼く少年の様に見えるものの、それは小人族である為であり、中身は100歳を超えている。
300歳を超える者が珍しくないグラムナードでの100歳とは違い、寿命の短い他の地域で生活していた彼は精神的には老成している。
外見は子供のようでありながら、中身は偏屈な爺さん。
というのが、工房内での彼に対する共通認識だ。
敬意を持って尊敬されてはいるものの、親しくし辛いと思われている彼に、リエラだけはひどく懐いているのだが……。
「それで?リエラになんの用事だい?」
「彼女に相談したい事が……」
「今は無理だね。」
アスタールの言葉に、ラエルはあっさりとふわふわの金髪を揺らして拒否の言葉を口にした。
またの機会にするべきかと、嘆息したアスタールの耳に小さくリエラの声が聞こえた。
「ラエルさん……?」
「ああ。大した用事じゃないみたいだから奥においで。」
彼女の問いかけに答えるラエルの声は、アスタールに対するそれとは打って変わって優しく愛情に満ちたものだった。
「でも……」
「気にする必要は無いから休んでおいで。」
ラエルは、リエラに向かって優しく言って聞かせながらアスタールを鋭く睨みつけた。
『さっさと帰れ』と言う心の声が聞こえそうなその眼差しに、だが、彼はその時気付かなかった。
アスタールは、細く開いた扉の向こうから聞こえるリエラの弱々しい声にひどく動揺していたのだ。
「リエラ?!」
アスタールの体は考えるよりも先に動いた。
咄嗟に扉の前に立ちふさがるラエルを押しのけ、彼女の部屋に押し入る。
そして、寝室から覗いている彼女の姿を見て言葉を失う。
いつもは綺麗に編まれている髪はぼさぼさで、その目は泣きはらしたのか真っ赤に腫れ上がっていて、なんとも痛々しい。
ラエルの舌打ちが背後で聞こえると同時に、静かに扉を閉じる音が部屋に響いた。
「レディの部屋に押し入るなんて、随分と不躾な真似をするものだね。」
「アスタールさんも急ぎのご用事があったんじゃないですか?」
憮然とした表情で毒を吐くラエルに、苦笑いを浮かべながらリエラがフォローを入れたが、フォローされている本人はそれどころではなかった。
「私の事よりも、そんなに泣き腫らした顔をして……一体何があったのかね?」
アスタールは、本人も驚くほど狼狽していた。
リエラに問いかける声が知らぬ間に震えている。
背後からそれを見ていたラエルは、大きくため息を吐いた。
「昨日の夜、君がアスラーダと話していたのを偶然聞いてしまったのだそうだよ。」
「昨夜……?」
アスタールは、昨夜、兄がひどく怒り狂った状態で部屋にやってきた時の事を思い出した。
そういえば、彼は激情に駆られていて、部屋の扉をきちんと閉めていなかった…。
「……兄上の見合いの話を聞いていたのかね?」
リエラはその言葉に身を縮め、ラエルはその肩を労わる様に抱き寄せ、その背を優しくさすってやる。
それを見ながら、アスタールは混乱していた。
『見合いは断ったと兄上は言っていたのに、何をそんなに無く必要がある?』
アスタールの困惑の原因はそこだった。
兄と彼女が両想いだというのは、工房内では周知の事で、『いつ』、『どちらが』想いを告げるのかとこっそりと賭けが行われている位有名な話で、勿論アスタールもその事を知っていた。
だからこそ、互いに想いあう2人が『同じ場所』に居るというのに、何が問題なのか?
それが彼にはどうしても理解できなかったのだ。
「……凄い怒ってましたよね……」
「うむ……。」
『リエラが居るのに、と言っていたのは聞いていたのだろうか?』
口にしていいものかと悩んでいると、本人が苦笑交じりにその事を口にしてくれた。
「アスラーダさんが、リエラの事をそんな風に思ってくれてたなんて思ってもいなかったですけど……。
……そんなお話もらっても、とてもお受け出来る訳が無いじゃないですか。」
リエラは肩を落として、力無く微笑んだ。
ラエルが彼女が口にしなかった事を口にして初めて、アスタールにもその理由が分かった。
「彼女は、この地では特別な立場かもしれないけれどね。王国内では、ただの一般庶民…それも立場を低く見積もられがちな孤児院出身の無名の職人でしかない。」
「……それは……」
「彼女が今までアスラーダと気安くして来れたのは、あの子がここの地の次期領主だというのをすっかり忘れていたからだ。と言えば分かって貰えるかな?」
実際のところ、アスタールには良く分からなかった。
彼の教育は全て祖父がしており、その祖父は死のその瞬間まで彼をグラムナードから外に出す事も、外の世界の事を教える事もなかったのだ。
彼が知っているのはグラムナード内の事ばかり。
他に知っている事と言えば、ひっそりと賢者の石を使って学んだことのみだ。
そもそもこのグラムナードでは、『錬金術師』が望んだならば例えその相手がどう思っていようと『錬金術師』と連れ添う事を強要される。
『錬金術師』である事は、それだけ重要視される身分なのだ。
だからこそアスタールは、『リエラ』が望んだ時点で兄は彼女と連れ添うものだと思っていた。
ゆっくりと頭を振る彼を、ラエルは一瞬だけ目を眇めて見るとすぐに興味を失くした様だった。
そしてリエラをソファに座らせ、その横に自らも腰掛けると甲斐甲斐しく彼女の世話を焼き始める。
その姿は、アスタールには失恋した孫娘を慰めようとする祖父の姿の様に見えた。
「……グラムナードで、領主と言うのは対外的に必要なだけのお飾りなのだ。」
「君たちの父親である現領主が外の人間との婚姻を持ち掛けられなかった理由は、ただ、彼が既婚者だったから。ただそれだけの理由だよ。」
「……兄上は、恋愛の自由も無いのかね?」
「恋のお相手も、それなりの地位に居れば別の話だろうね。」
ラエルのその言葉に、アスタールは珍しく声を弾ませた。
「ならば、リエラに『それなりの地位』を入手させればいいのではないかね?」
そのアスタールの言葉に、俯いていたリエラが弾かれたように顔を上げる。
「……そこまで、あの子の事が好き?」
呆れた様な、聞き分けの悪い子供に言い聞かせる為のものの様なラエルの言葉に、リエラが小さく頷くと、彼はふぅ、と大きなため息を吐いた。
「なら…、僕達3人で方法を模索してみるとしよう。」
アスタールは自分も頭数に入っている事に何となくほっとしながら、彼等の向かいのソファに腰を下ろしす。
その話し合いの最中に、ラエルの巧みな誘導によってアスタールの目的も暴かれてしまったものの、その事によって逆にリエラの腹も決まったようだった。
「でも……、きちんと自分の力でも、『それなりの地位』を手に入れて見せます。」
まだ、目は泣き過ぎで腫れてはいたものの、すっきりした表情で胸を張って彼女が言うのを見て、アスタールは目を細めた。
『兄上が惹かれたのが、彼女で良かった。』
アスタールは自分の目的を後に回してでも彼女と兄の恋の後押しをしたいと、その時初めて願った。




