共犯者?
それは、父にとって初めての迷いだったように思う。
彼は、祖父の教えを忠実に守る人だった。
その事に関して、私は何の興味もなかったから気にした事は無かったのだが…。
私と兄の道が決定的に分かたれたのは、あれは5歳だったか6歳だったのか?
なんにせよ、20年と少し前の事だ。
その日、祖父に呼ばれて私達二人は『属性判定水晶』に触れるように言われた。
兄の触れた時には7色に光ったソレは、私の時には黒色混じりに輝いた。
その『黒』が決め手だったのだと後になって知った。
祖父は、私を抱き上げると「お前が、次代の錬金術師だ!」と、それは嬉しそうに叫んだのだ。
その足元には驚きに目を見張る兄の姿があり、祖父の興味が自分には既にないのを悟ると悄然と肩を落とした。彼は、自分こそが祖父の後継者になりたいと願っていた事を私は知っていた。
私は…なにも出来なかった。
そしてそれを見て猛り狂ったのが叔母だ。
彼女は兄を抱き上げると「あんたは今からうちの子!」と言って、祖父と、自らの兄達を睨みつけた。
「この子の事は、私が育てるわ。」
「ラヴィーナ、一体何を言っている。」
「さっき、『全属性持ち』だって、皆で大喜びしたくせに!!!」
彼女の目に涙が一杯に溜っているのを見て、立ち竦む祖父に向かって怒りを滲ませながらも、彼女は静かな声で問いかける。
「この子も、私と同じにするおつもりなの?お父様?」
「そんな事は…」
「させないわ。錬金術師になんかなる必要なんかないもの。この子は私が引き取ります。」
そう言うが早いか、叔母は窓から飛び出して行ってしまった。
得意の『風跳び』で空高く駆けあがっていく叔母の腕の中にいる兄の目に、光るものが見えた。
それから、兄との文通が始まった。
綴られてくるのは、日々のあれこれで、グラムナードのそれとは違う生活の描かれた兄の手紙は、私の世界に少しだけ彩りを添えてくれた。
私はといえば、祖父の元での錬金術師として必要な事を学ぶだけという、味気ない毎日だった。
兄が側に居ないというのは思いの外大きくて、自分の体が半分になってしまったような、そんな感覚で日々を過ごした。
数少ない同じ年頃の子どもとは、話題が絶望的に噛みあわず、かといって大人相手でもそれは大して変わらない。唯一の話相手になりうるのは祖父のみで、自分はなにが楽しくて生きているのだろうかと疑問に思ったりもした。
そんな中、賢者の石に魔力石を『食べさせ』るのは、少しだけ面白かった。
別に大きな変化が起こる訳でもない。
例えるなら、寄せて返す波を見続けるのと同じ様な物だったのだと思う。
ただただ育て続けた賢者の石は、いつの間にか私の背丈を越える程の大きさにまでなっていた。
…今の私は、これがなかったら生きていけない。
兄がグラムナードに戻ってきたのは20歳になる頃で、亡くなった祖父の葬儀の時だった。
葬儀が終わった後、二人きりになった時にポツリと彼が呟いた。
「俺は、冷たいんだろうか。」
「?」
「祖父が死んだと言うのに、悲しく、ない。」
そう言った彼は、私からすれば十分に祖父を悼んでいる様に見えた。
私の方がよっぽど冷たいだろう。
なにせ、祖父が死んだ事により、計画が頓挫したと苦々しく思っていたのだから。
その挙句、祖父は余分な遺産まで押しつけて逝った。
『自分の代用品を探さないとならない。』
計画を実行に移す為に、強くそう思っていた時に、叔母から直接とある要望を伝えられた。
「王都での魔法薬の値段が明らかにおかしいから、何とかして頂戴。」
「何とかしようにも、手が足りぬのだが…。」
「グラムナード内のものだけを使って何とかしようとするからでしょう?グラムナード以外にも人は沢山いるのよ。」
叔母の言葉は、まるで天啓のようだった。
『代用品は、外から探せばいい。』
なんと素晴らしい…。
私は、即座に行動を開始した。
行動に移してみると、拍子抜けするほど簡単に『代用品』候補が見つかった。
暗めの赤毛の痩せこけた少女で、裾が擦り切れ継ぎのあてられた服を着ている。
服装からすると、とても貧しい家庭で暮らしている様に見えた。
求職中であるらしい彼女に、出来るだけさり気なく声を掛けた。
幸い、彼女の希望に私の出していた求人の内容は叶っていたようで、交渉は成立し、彼女がグラムナードに来る事になった。
彼女の服などから路銀を提供する事に決め、多めに渡した。
なんとしても、無事に辿り着いてほしい。
5年…10年までなら、何とか待つ事が出来るだろう。
そう思いつつ指導を始めさせたものの、通り一遍の事とは言え1年間で殆どの基礎を固めた時の喜びときたらなかった。
ただ、最初は私の『代用品』としようとしていた彼女に対して、兄が恋情を抱いたのは予想外の事だったものの、逆に私にとっては都合が良かった。
グラムナードにとって、次期領主の妻が『錬金術師』であるのはこの上ない安心感につながるのだから。
ただ、イニティ王国内での兄の立場を考えると、それだけでは『妻』になるのには不足がある。
100年前に、完全な自治を捨ててしまっていたのが今となっては、自分としては痛い。
自治を捨ててしまっていたのは今さらどうしようも無く、彼女の為にも良い方法を探す必要が出てきた。
「そう言えば…兄上の事以外にも予想外の事があったな。」
20年近く育て続けた賢者の石の滑らかな表面に指を滑らせながら一人呟く。
予想外だったのは、『代用品』として見つけたリエラがいつしか自分にとってもかけがえのない相手になっていた事だ。ただ、自分にとっての彼女は…妹?
「違うな…。彼女は『妹』でもあり、『悪友』。それから…『共犯者』か。」
適切な言葉を発見して、頬が緩む。
セリスにも、アスラーダにもなる事が出来なかった『共犯者』になりうる存在。
それが、リエラ、だ。
彼女は、提示した情報を理解したうえで、私の計画に協力する事を約束してくれた。
「でも、それって私にとって選択肢は殆ど無いですよね?」
苦笑交じりにそう返してきた彼女を思い出すと、少し申し訳ない気持ちになった。
自分の計画を実行に移す為にも、彼女の想いを遂げさせてやりたい。
選択肢の無い選択を迫ってしまった後ろめたさもあり、そう強く願う。
さて、それでは彼女の為の舞台を整える事にしよう。
私は叔母への義理を果たすフリをつつ、リエラの希望を一つでも多く叶えられるように。
父を相手に交渉を行う準備に取り掛かった。




