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ちびっこドラゴンとへたれな父さん

 アスラーダは、自室に戻るとしっかりと鍵を閉めた事を確認してからもそもそと寝間着に着換えた。

窓の側の子竜用に作った寝床では、既に炎麗が寝息を立てている。

ホッと肩の力を抜いてベッドに腰掛けると、長枕を抱え込み、自分の周りから音が漏れないように風の結界を纏う。

周りの音が聞こえなくなったのを確かめると、息を大きく吸い込んだ。


「リエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラリエラ」


 ただひたすら彼女の名前を呟きながら、ベッドの上を枕を抱えてゴロゴロと転がりまわる彼の脳裏には昼間の光景が頭に浮かんでいた。

それは、他の娘がしているのなら気に留める事のない仕草なのだが、リエラに心を寄せつつも慎重に距離を縮めて行っている彼にとっては少しだけ刺激が強かったらしい。

その仕草はアッシェが夕飯のメニューに悩む時に良くやるもので、彼女がしているのを見ても何にも感じなかった行動で、その仕草をリエラが真似をした時に感じた衝動に彼はひどくうろたえた。

咄嗟に悪態を吐いて、リエラの頬を激しく揉んで不細工顔になったのをしばらく見る事によって少しだけ心を落ち着けたものの、その衝動に抗わず実行したいと思わずに居られなかった。


 うつ伏せになって枕に顔を埋めると、アスラーダは小さな声で呟いた。


「ああ…キスしたい…。」


 小首を傾げて、人差し指を唇にチョンとあてたリエラの姿が脳裏をよぎる。

意識、しないようにしていたものを、その仕草で強烈に意識してしまった瞬間だった。


「まだ、まだ早い…。」


 鬱屈とした気分で呟き、枕から顔を上げると小竜の鼻息がボフッと顔に吹き付けられた。


『したいならキスしちゃえばいいじゃん』


 何をそんなにふさぎ込むのか分からないといった様子で、炎麗は鼻息を荒くした。


「…いつ起きた?」

『リエラの名前を延々と呟きながらゴロゴロし始めた辺り』


 ほぼ初めからじゃないかと、アスラーダは恥ずかしさのあまり穴を掘りたくなった。


『あんなに興奮してたから、ビックリして目が冷めた。』

「…悪かった…。」


 改めて枕と仲良くなりながら、小さな声で謝罪する。

今の顔は、情けなさ過ぎて誰にも見られたくないようだ。


『それで、何でキスしないんだ?したいなら機会は沢山あるだろう』

「いきなりする訳にはいかないだろう…。」

『ハコニワでーとの時は、ちゃんと二人きりだろう?なんでしてないの?』


 親であるアスラーダの気持ちなど先刻承知の炎麗は、リエラと彼が彼女の『回収所』に行く時には一人で遊びに出掛けており、二人きりの時間を邪魔しないようにしていたので余計に不思議だった。


「色々と順番が…。」

『順番って?』

「とりあえず、妹との触れ合いとして許容できそうな範囲からで…。」

『え、お兄ちゃん枠でいいのか?』

「いや、いずれはお兄ちゃん卒業で…。」

『卒業できないリスク高すぎない?』


 アスラーダは炎麗の指摘に言葉を詰まらせた。

『兄』で終わりたくは無い。

終りたくはないが、いきなり『男』として接するのは怖すぎた。

『兄』として慕っていたのに、本当は『女』として見られてたなんて突然知ったらホラーだろう。

少なくとも、彼自身が『姉』として慕っていた相手に突然『恋人になってくれ』などと言われたら怖いと思うのだ。想定する相手がラヴィーナである時点で何かが違う様な気もするが、リエラが彼に対してそう感じないとは、とてもじゃないが断言できない。

むしろ、そう感じられる可能性があるというのが恐ろしい。


「…少しずつでも、進展させていくから構わないでくれ…。」

『…いいけど。あすらーだがそれでいいんなら。』


 蚊の泣くような声での懇願に、炎麗は憐み交じりの声で応えた。

そんなに臆病にならなくても、どっちも似たような事考えてるみたいなのに。

と言うのは、アスラーダには伝えなかった。

色恋ごとというのは、本人同士の間で確認し合う方が良いらしいと町でのアレコレを眺めていて学んでいたからだ。


 枕から顔を上げる気配のない『親』に、頭を擦りつけると炎麗は寝床に戻って丸くなった。


さて、アストールと遊ぶ夢の続きを見る事にしよう。

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