猫祭り
「じんぐっべー♪ じんぶっべー♪」
縁に白い綿飾りをつけた赤い三角帽子を被ったアスタールさんが何やら楽し気に口ずさみつつ、迷宮から持ち出してきた鉢植えの針葉樹に飾り付けをしている。
アスタールさんがアッシェ達をお供に、りりんさんとの新婚旅行に行って戻ってきてから大分経った。
無事に、私の息子のアルバーダも夏の満月に産まれて元気にすくすくと育っている。
今の季節は冬の三日月。
多分りりんさんも今頃、アルバーダとおんなじ月齢4カ月になる頃なんじゃないかと思う。
私の故郷のエルドランは、今の季節にはもう、雪かきが大変になってる頃だけど、グラムナードでは夜の冷え込みがきつくなる程度だ。
「……さっきから、なにをなさってるんですか?」
聞いていいものなのかどうかを計りかねていたんだけど、とうとう我慢しきれずそう尋ねる。
なんせ、夕食後に家族だけでくつろいでるところにいきなり訪ねてきて、どういう訳だか我が物顔で居間に鉢植えを持ち込み、妙な歌を歌いながら飾り付け始めるんだから……。
何をしてるかの説明位、自発的にしてほしい。
ちなみに、居間でくつろいでいる他のメンバーがアスタールさんにそういったツッコミをすることを期待してはいけない。
弟と妹が大好きなアスラーダさんは言うまでもないけど、ひっそり子煩悩なフーガさんもアスタールさんが機嫌良さそうにしてるだけで自分まで嬉しいんだから。
流石に、アスラーダさんの方はあんまり度が過ぎるときには一言二言文句を言う事もあるけど、大体フーガさんに取りなされてうやむやになるのがいつものパターンだ。
ちなみに、イリーナさんはフーガさんが幸せそうなら文句ないらしいので、お話にならない。
「うむ。クリスマスツリーの飾り付けだ。」
「なんですかそれ。」
訳が分からない。
そもそも、そのクリスマスツリーと言うのはなんだろう……。
当惑して瞬きすると、彼は飾り付けを続けながら口を動かす。
「りりんの住んでいた世界にある祭りの一種で――」
その説明を分かった範囲で纏めるなら、りりんさんの世界にある宗教関係が元になった催しらしい。
りりんさんの住んでいた国だと、宗教色は跡形もないんだとか。
「ほぼ、恋人同士がイチャイチャするための催しになっているようだ。」
「……で、その時期にこういった飾りつけをすると言う訳ですか。」
「うむ。」
「恋人ですか……。」
――恋人同士の催しと言われても……。
思わず、周りを見回す。
目に入るのは、アルバーダを抱っこしてご機嫌なフーガさんとイリーナさんの熟年仲良し夫婦。
そして、新婚ホヤホヤの私の旦那様。
アスタールさんに至っては、りりんさんが転生してしまって既に(多分)別人になってしまっているから、お相手として数えていいものやら見当がつかない。
ぶっちゃけ、恋人同士に当てはまる人は一人もいない。
あ、トールちゃんと炎麗ちゃんがいたか。
でも、まだ二人とも6歳児だから微妙に恋人同士なんて言っても違和感がある。
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
皆も同じような事を考えたのか、ちょっと気まずい沈黙が落ちた。
「――それとはまた別に、サンタクロースというお爺さんが良い子が寝ている間に、枕元にプレゼントを置いていくのだそうだ。」
「え、アスタール。それってもしかしなくても不法侵入?」
「モノを置いてくのか? 泥棒と逆なんだなー!」
続く説明に、フーガさんが「子供に……」と呟く中、トールちゃんと炎麗ちゃんが楽し気にツッコミを入れる。
「こういった飾りつけをしておけば、君たちにも欲しがっている物が貰えるかもしれない。」
「え。」
「マジで?」
「うむ。――ただし、いい子にしていないと。」
物欲にまみれた目で纏わりつく子供達の頭を撫でると、アスタールさんはそう口にして目を細めた。
その表情は、以前と比べると随分と柔らかいものになっている。
りりんさんがこっちの世界にやってくる前とは明らかに纏う空気が変わっていて、工房内で今までは近寄ろうとしなかった子達が纏わりついているのを目にするようになった。
多分、いい変化何だろうなと思いながらも、今まで独り占めしてたお師匠様がとられたみたいでちょっぴり面白くないって言うのは誰にも内緒だ。
「良い子ってどんな?」
「まず、お手伝いを積極的にする。」
――確かに。
積極的にお手伝いしてくれたら助かるよね。
「うんうん。それからそれから?」
「ご飯をきちんと食べる。」
――成程。
食べ物を粗末にするのは良くない。
「いつも、残さないぞー!」
「うむ。炎麗もアストールもご飯を綺麗に食べるいい子だ。それから――」
「まだあるの?」
「うむ。ご飯を食べたら歯磨きをして、早く眠る事、だ。」
「えんれー!」
「よし、トール。早く歯磨きして寝よう!」
炎麗ちゃんは、言うが早いかトールちゃんを置いて歯磨きをするために今を飛び出していく。
慌ててトールちゃんも部屋を出ていくのを見送ると、アスタールさんはその場にしゃがみこんで肩を震わせ始める。
「……アスタール?」
あんまりにも長い間そうしているものだから心配したアスラーダさんが声を掛けると、笑いすぎで目に涙まで溜めている始末だ。
「そんなに面白かったですか?」
「懐かしい反応だ、と思って……。」
「懐かしいって……。」
私の問いに、少し遠い目をする彼にアスラーダさんがさらに問いを重ねようとして、逸らされた視線に言葉を飲み込む。
「父上?」
「ああ……。」
アスタールさんが視線を向けた先には、なにやら考え込んでいるフーガさん。
彼の声に目を上げると、分かっているとばかりに頷く。
「プレゼントを用意するのは、親の役目なのだな。」
「うむ。」
フーガさんの確認に頷くと、アスタールさんは飾り終わった鉢植えを少し離れた場所から確認すると、満足がいったのか飾りの残りを集め始める。
その様子に慌てたのはフーガさんだ。
珍しく夜を待ってわざわざ工房を出てきたから、今日はこのままこの家に泊まっていくと思ってたんだろう。
実際、私もそう思ってたし。
「もう戻るのか?」
「うむ。工房の方もやらなくては。」
「え。この催しを広めるつもりなんですか?」
アスタールさんが旅から戻って以来、いろんな表情を見せる様になったのもそうだけど、それ以上に私達を驚かせているのが、様々な事に意欲的に取り組むようになった事。
まさか、お祭りの類にまで手を広げるとは思わなかったから、驚いた。
「グラムナードは祭りにしろなんにしろ、楽しみが少ないだろう? 特に、子供が喜ぶような催しが少ない。」
「……ずっと、子供が少なかったからな。」
「だから、こういう催しも良いかと思ったのだ。」
成程と頷いているフーガさんに、私は心の中でこっそりとツッコミを入れる。
今、アスタールさんが口にしたのは、建前だ。
大体が、ここ20年近くの間、ずーーーーーーーーっと行動指針の中心に一人の女性を据えてきた人が、今になって突然、『みんなのために』なんて事を考えられるはずがないじゃないか。
暇乞いをして、月明かりの中帰路に就くアスタールさんを見送りに出ながら、私は彼の背中に問いを投げかける。
「りりんさん、喜ぶと良いですね。」
「……!」
アスタールさんの耳が、動揺したせいで激しく上下に揺れる。
パッと振り返った彼の様子は、『なぜばれた?!』と言わんばかりだ。
「解りますよ。だって、アスタールさんてばずっとそうだったじゃないですか。」
「……。」
「むしろ、急に周りの人に奉仕することに目覚めたとかじゃなくて安心しましたし。」
「君は一体私をどういう人間だと思ってるのかね……。」
「馬鹿が付くほど一途な恋愛脳な男の人で、底抜けのお人好し、ですかね。」
「聞かなければよかった……。」
彼はガックリと肩を落として嘆息する。
これは、本当にガッカリしたとかじゃなくて、ポーズだろう。
この人の場合、本当にガッカリした時には何の反応も示さないだろうから。
「りりんが好んだ催しだと言うのも間違いないが、さっき口にしたのも本当の気持ちなのだ……。」
「分かってますよ。」
「その割には、何か含むものがありそうだ。」
「サンなんちゃらとか、催しの名前とかは何か別のモノにした方が良いんじゃないかと思いますけど、やること自体は良いと思います。何より、子供が喜びそうだし。」
アスタールさんの耳が嬉し気に揺れる。
肯定の言葉に気をよくしたのか、機嫌よさげに耳を揺らしながら顎に手をあて、私の案を検討してから、困ったような声音を漏らす。
「しかし適当な、と言っても直ぐに思い浮かばないのだが……。」
こう言うと無責任なようだけど、私も異世界の催しの名前をそのまま使うのは拙いだろうと思ったものの、何か腹案があったわけじゃない。
アスタールさんと一緒になって色々悩んだものの、これと言った上手い名称が浮かばず、適当な事を口にしてみた。
「そうですねぇ……。親愛なる輝影様の発案ですし、輝影様が良い子にプレゼントを配りまくる『輝影祭』とか?」
「断固断らせてもらう。」
あっさり却下された。
自分もいい名称を思いつかないくせに。
「いいじゃないですか、『輝影祭』。」
「この町でやるのにその名前は身近すぎる。散歩中に、『輝影様、プレゼントありがとー!』等と、親の前で言われた時の身の置き所のなさを想像したまえ。」
「親御さんも分かってくれると思いますよ?」
「他人事だと思って無責任なことを……。」
半ば投げやりに、『輝影祭』と言う名称を推してみたものの、納得せざるを得ない理由を挙げられた。
それでも他の候補を考えるのも面倒で、再度推してみると彼は深いため息を吐いた。
「では、君も一蓮托生だ。トナカイの役を君に託そう。」
深いため息の後、ふといい事を思いついたとばかりにアスタールさんが半眼になって私に告げる。
なんか良く分からないけど、嫌な予感。
私は恐る恐る、『トナカイ』の正体を尋ねる。
なんだか、私の知ってるトナカイと違う何かのような気がするし。
「……トナカイって何ですか?」
「サンタのソリを引く生き物の名前だ。『輝影様と共にプレゼントを配りまくる代行者様』の役を進呈する。」
「うわ?! 何ですかそれ!!」
「ふふふ……。君を巻き込めるのなら、呑もうではないか『輝影祭』。」
「いや、巻き込まないでくださいよ!」
「では、他の案を考えたまえ。」
――ヤバい、マズい。
何か別のを考えないと、私まで巻き込まれる!
私は焦って考えを巡らせる。
どうやら私は、アスタールさんを怒らせてしまったらしい。
今まで、結構辛辣な事を言ったりしても怒ったことがなかったから、調子に乗りすぎた。
取り敢えず今回の怒りポイントは覚えておこう。
晒し行為はダメって事で。
結局、中々戻ってこない私を心配して様子を見に来たアスラーダさんと三人で頭を突き合わせて考えた結果、その催しの名前は『猫祭り』になった。
良い子のところへは猫神が『プレゼント』を持って訪ねて来る代わりに、悪い子のところへは猫神が怖いところへ連れ去っていくというお祭りになった。
ちなみにこの日以降、『アスタールさんを絶対に怒らせない』と言うのが私とアスラーダさんとの間での決め事になったのは仕方のない事だと思う。
久しぶりのリエラさん、
ちょっぴり書いてて楽しかった……。