後日談 その1 望むもの
夏の暑さも真っ盛り。
空が白みかけた頃になって、18時間の間、私を苦しめた出産がやっと終わった。
最初の内は産気づいたのだとは気付かずに、やたらとトイレが近い気がするのに出ないんだよなぁ……なんて暢気な事を考えていたんだよね。
そんな私のその様子を見ていたフーガさんが、イリーナさんになにやらごにょごにょ言ってるなと思っていたら、あれよあれよという内に出産の準備が整えられていったのだ。
正直滅茶苦茶驚いた。
フーガさんが、王都でのアレこれを放り出して夏になってからずーっとグラムナードに居座っているから、一体どうしたんだろうと思ってはいたんだけど、まさか私の出産の為だったとは……!
まぁ、目的は『孫』なんだけどね。
フーガさんは初孫に、大絶賛フィーバー中だ。
もう、毎日毎日通って来てはアスラーダさんと2人であーでもない、こーでもないとウチの子を取り合ってるんだよね。
親子関係が微妙そうだって思って気を揉んでたのがウソみたいに、今はとっても仲が良く見える。
そんなウチの子は産まれてから1カ月、最初はしわくちゃのおサルさんみたいだった私とアスラーダさんの初めての子は、段々と肉付きが良く、可愛らしくなってきている。
アスラーダさん曰く、一番サルっぽい表情になってる時はおむつを替えた後だとか、おっぱいにありついたところとかだったりで一番可愛いらしい。
そう言われてみて見ると、なんだか人っぽくなくてイマイチ可愛く見えなかった我が子が、やたらと可愛く見えてくるのがとても不思議だなと我ながら思う。
「また、サル顔になってる。」
「ほんとだ。」
お腹が空いたと泣きだした息子におっぱいを含ませると、額にシワが寄って、目元が微かに緩む。
その小さな額に横に走ったシワを、そっと夫の指がなぞって楽しそうにクスクス笑う。
私もそんな彼の笑顔に笑みを浮かべながら、息子のその顔をじっと見つめて見る。
うん。
こうしてみると、サルっぽい顔になるのもなんか可愛いかも。
アスラーダさんは仕事の合間を縫って……と言うより、息子の面倒を見る合間に仕事をして過ごすようになってしまっている。
今もアルバーダの泣き声を聞きつけて飛んできたところだ。
まぁ、引き継ぎだなんだと言って一緒に仕事をしているフーガさんも同じ感じなので、きっと滞りはないんだろう……と、思う。
おっぱいの時、フーガさんは流石に部屋から追い出されちゃうのでちょっと可哀相だけど、流石に同席は勘弁して貰いたいところかな……。
おっぱいポロリしてるところをアスラーダさん以外に見せるのはちょっと……ナンでアレだ。
ちなみにこの子には、乳母の類は付けない事になったのでちょこちょこおむつを替えたり、おっぱいをあげたりって言うお仕事が発生するから私はいつも眠くて仕方がない。
でも、おっぱいはともかく、おむつの交換はアスラーダさんとフーガさんが半ば取り合いながらやってくれるのでその分が楽と言えば楽なのかも。
……せめて、静かにやってくれたらなぁって思うのは、きっと我儘なんだろうなぁ。
人と言うのは、恵まれていれば恵まれているだけ、『もっともっと』と思ってしまう生き物らしいし。
そんな風になってしまったらアスラーダさんに愛想を尽かされちゃうし、ちょっと気をつけよう。
それはそうと、この子は、空泣きっていうんだろうか?
用事が無い時に泣く事はなくて、セリスさん曰く、随分と育てやすい子らしい。
セリスさんところは兄妹が多かったから、結構覚えているらしくて色々教えてくれるから助かってるんだよね。
ルナちゃんの時は、結構何でもない時にも泣いていて、いつも騒がしかったんだと懐かしそうに口にしながら笑みを浮かべる。
「この子は、リエラちゃん似ね。」
「おおう……。」
腕に抱いた息子を揺すりながらセリスさんがそう評するのを聞いて、その言葉を聞くたびに思わず上がってしまう声を私は抑えきれなかった。
「あら、リエラちゃんに似ているのは嫌だったの??」
「えー……。なんというか、アスラーダさんに似た子の方がきっと美人さんだったのになぁと思ってしまって……。」
「リエラちゃんだって、十分可愛いのに。」
息子のアルバーダは、セリスさんの言う通り私似らしい。
この子を見た人が、みーんな口を揃えてそう言うんだから間違いないだろう。
ただ、その髪はグラムナード人の血を引いているだけあって真っ黒で、瞳の色はアスラーダさんと同じ金色なんだよね。
切れ長なアスラーダさんと違って、まん丸などんぐり眼だけど。
「きっと、可愛らしげな面差しだから女の子にモテるわよ?」
「モテなくても良いので、素敵なお嫁さんを貰ってくれると良いですねぇ。」
「あら、選択肢は多い方がいいでしょう?」
「選択肢なんてなくて良いから、セリスさんみたいな人を捕まえてくれたら、そりゃあもう踊り上がって喜ぶんだけどなぁ……。」
「あらあら、そんな事言ってたら立候補しちゃうかもよ?」
「いや、むしろ私のところにお嫁に来て欲しいです。」
思わずポロリとそう口にすると、セリスさんは声をあげて笑い出してしまい、ソレに驚いた息子がむずかりだしてしまう。
泣きだす前に、なんとか寝かし直すと2人でほっと一息ついた。
「なにはともあれ、元気に育って欲しいわねぇ……。」
「まずはそこからですね。」
小さな小さな我が子に切実に願うのは、『ただ、元気に大きくなって欲しい。』本当はそれだけだ。
欲を言うなら、平穏で、幸せな人生を送ってくれたらもっと良い。