ほわいとでー 下
バレンタインと言うイベントの翌日、前からの予定通りグラムナードに向けて出発した。
初っ端から、リエラの騎獣が暴走すると言うアクシデントはあってヒヤヒヤしたものの、足の速い騎獣のお陰で予定の倍以上の速度で進む事ができ、余分な回り道をした上で予定よりも早くに到着すると言う塩梅。騎獣が早すぎて、途中で盗賊が出てきていたのにも、リエラは気付いていない様子だった。
月始めの件以来、少し微妙になっていた彼女との距離感も、道中でなんとか元の状態に近付いてくれてホッとしている。さり気なく、手を伸ばすと前の様に握ってくれるようになったのは素直に嬉しい。
本人は、それに気が付く度に愕然とした表情をして、赤面するが、今までになかったその反応もやたらと可愛く見える。
たまに、炎麗が『とーさんって、ムッツリ系?』などと言ってくるが、知ったものか。
好きな女が可愛く見える事の何が悪い。
道中に寄った町でも、お返しにするのに良さそうなものが無いかとチラチラと物色はしてみたものの、未だコレと言ったものが見つかっていなくて、少し焦り始めている。
後、3週間の間に何か見つけなくては……。
結局、これと言った候補が見つけられずに時間ばかりが過ぎていく。
……あと2週間。
自分で何か良いのを思いつけば良かったんだが、最後の手段として、他の人間に相談してみる事にする。
『とーさんがプレゼントできるものならさ。リエラの場合、労働力が一番だって。』
炎麗が耳元でそう言ったが、聞こえなかった事にする。
「アスラーダも、ようやく求婚する事にしたのかな?」
そう言って目の前で色気たっぷりの微笑を浮かべるのは、学生時代からの友人で、女にしか見えないが男だ。今はここで、一般的な魔法具の作り方の講義をしながら、グラムナードの魔法具の作り方を勉強する日々を送っている。
「求婚はいずれきちんとする予定だが、それとはまた別だ。」
「ふぅん? それじゃ、指輪と言う訳にはいかないんだね。……リエラちゃんも女の子だし、綺麗なものや可愛い物……宝石箱とかの類はどうだろう?」
「宝石箱……。小物の類って事か。」
「うん。値段はピンからキリまであるしね。良かったら、私が作っても構わないし。」
「検討してみる。」
「良いプレゼントが見つかるといいね。」
講義の休憩時間に相談を持ちかけたので、早々に別れを告げると次の相談相手の元に向かう。
小物……宝石箱の類を彼女に贈る事を想像して見た物の、いまいちピンと来ない。
次の相手は、リエラも仲良くしているラエル先生だ。
「へぇ。君が、何も無いのにプレゼント?」
小人族の教師は、そう呟きながら目を細める。
なんだか、値踏みでもされている様で、少し落ち着かない。
「あの子が喜ぶのは学術書や実験機器の類だろうから、余り色気のある物とは言えないね。」
「そうですね……。」
俺はがっくりと肩を落とした。
確かに、ラエル先生の挙げた物はリエラが喜ぶものだが……こう、愛情へのお返しと言う意味のある様に思えるイベントに相応しいかと言うとどうかと思う。
暫くの間、グラムナードを離れていた間の話をポツリポツリ話しながら、お茶を飲む。
お茶菓子は、チョコレートだった。リエラは、ラエル先生にも配ったらしい。
少し複雑なものを感じたが、しっかりと味わわせて貰った。やはり美味だ。
「力になれなくて済まないね。」
彼は、部屋を出る俺の背中に、欠片もそうは思っていなそうな謝罪の言葉を掛けた。
部屋を出たところで、弟のアスタールがいそいそと自室に入ろうとしているのに出くわしたので、念の為他の人にも聞いたのと同じ質問をしてみる。
「……ホワイトデーのお返しかね?」
「ああ……。」
やっぱり知っているのかと思いつつ、返事を待つ。
「特別な感情の無い場合は消え物。そのまま求婚なら指輪。だが、リエラが喜ぶのは労働力だろう。」
それだけ言うと、弟はさっさと自室に引っ込んだ。
弟の対応が一番冷たいと、少し泣きたい気分になった。
「アスラーダ様。」
少ししょんぼりした気分で弟の部屋の入り口を見ていたら、レイがやって来て耳元で囁いた。
「あの子が着けるかは微妙だけど、お揃いのアクセサリーと言うのは女の子受けが割と良いですよ。」
「……助かる。」
確かに、アクセサリーの類を着けてるのはあんまり見た事が無いなと思う。
着けてるのは、腕輪を模した賢者の石……リエラが『しまう君』と呼んでいるもの位だ。
そう言えば。
今更ながらに、その腕輪が同じ材質とデザインであった事に気が付く。
お・そ・ろ・い!
俺に、お揃いのデザインのコレをくれた時点で、リエラの気持ちが分かっていても良かったのだと、遅れ馳せながら理解した。言葉や行動は上手く誤魔化していたのにも関わらず、リエラはこんなところで自らの気持ちを暴露していたのか。
気付かなかった自分の間抜けさ加減に、思わず頭を壁に打ち付けた。
『とーさん。馬鹿になるからやめとけ?』
……うるさい。
お前は黙っててくれ。
折角、良さそうな候補を教えてくれたレイには悪いが、お揃いのアクセサリーと言うのもお流れだ。
リエラに贈り物を選ぶのが、こんなに難しいとは思わなかった……。
結局、明日の朝には王都に発たなければいけないと言うのに、候補すらも上がっておらずに途方に暮れる。今日は、ずるずると後回しにし続けてしまったせいで、未だに話し損なっている城勤めの件についてもリエラに話さないといけないのに。
二重の理由で、重いため息を吐いている俺に気が付いたレイが、あれこれと代替案を提示してくれたのが有難い。
「それにしても、次から次へと良く代替案が出てくるな……。」
感心しながらそう口にすると、年の離れた従弟は苦笑を浮かべた。
「ウチは、僕以外は女兄弟だけですから。……姉さんもルナも、好みがうるさいんですよ。」
「成程。」
「テミスは、それをみていたせいか僕があげたら何でも喜んでくれるので、逆に何かあげる時には力が入っちゃいますから、アスラーダ様があの子に何をあげるか悩む気持ちはなんとなく分かるような気がしますよ。」
「苦労してるんだな……。」
女に対して、やたらと親切すぎるところがあると思っていた従弟の本音らしいその言葉には驚いた。
何か一言、と思ってやっと口から出たのは気の利かない言葉だけで自分が嫌になる。
上手い言葉を返してやりたいのに。
「そうそう。アストールちゃんにも、そろそろ何か貢ぎ始めた方が後々の関係が良くなりますよ。」
「!?」
突然、妹の名前が彼の口から飛び出して、飲みかけていたお茶でむせ込む。
「アストール?」
「ええ。ナリは小さいですが、もう、立派なレディ扱いしないと……。子供扱いするのは危険です。」
真剣な面持ちで頷くレイの言葉に、思わず固唾を呑んだ。
そうして聞かされた貢物は、普通に子供に贈るようなものでホッとしたが、齢4つにして既に女としての片鱗を見せ始めていると言う話は衝撃的だった……。
将来的に、子供が出来るとしたら男の子を希望してみよう……。
セリスが昔、叔父に言っていた「おとーたまとけっこんすゆ!」と言うのは少し憧れだったんだが……。
年越し祭りの前に行った、リエラへの王都へ勤める事にした経緯の説明や求婚予約は意外にすんなりと彼女に受け入れられた。
そうは言っても、泣かせてしまって慌てる羽目にもなったのだが。
正直なところ、本音では泣いてくれた事にホッとしたのも事実で、『ひどい男だな』と我が事ながら冷静な部分で考えても居た。
翌日、迎えを頼んでいた麗臥がやってきて出発する直前に、リエラが「予定通りに帰還し始めたら、少し時間が余ると思うので王都に会いに行っても良いですか?」と言ってくれたので、一も二も無く頷いた。王都の屋敷に着くとすぐ父に、彼女を滞在させる許可を取る。コレでいつ来ても大丈夫だ。
王都に戻った翌日から、早速仕事に出る。
入ったばかりで与えられるような仕事は、さほど難解なものではなかったがどうしても気疲れはした。
それでも、毎日町に出て贈り物を探して回った。
候補は、ネックレス系か髪飾りにするところまで絞り込んだ。
グズグズ、贈り物を決められずにいるうちにリエラが到着してしまって、もう明後日にはアトモス村に帰る事になっている。
『そもそも、明日がホワイトデーってヤツだよ。』
忘れてた。
そもそも、何のために贈り物を探してるのか事体をすっかり忘れ去っていた事に、炎麗の言葉で思い出す。
「やばい。今日は絶対買わないと……。」
『渡す時間も必要だし。』
「帰ったらすぐに……。いや、それだとこう、イマイチな感じが……。」
『いつも通り箱庭に行けばいいじゃん。明日の朝一番でお願いすれば?』
「成程。助かる。」
『どういたしまして! 変わりに明日の夜は気合い入れて体洗ってね。』
「分かった。」
そう、やり取りをしながら肩に蹲る炎麗の額を撫でると、嬉しげにその瞳が細められた。
時間帯的にも、もうそろそろ店じまいが始まる時間帯だ。
この店で最後だなと思いながら、足を踏み入れる。
掃除が行き届いていないのか、少し埃っぽい店にソレはあった。
ソレは黒い金属性の楕円形をした髪留めで、透かし彫り風の細工で植物が彫り込まれている。
花弁の部分だけは赤い石が嵌め込まれていて、その色合いがリエラの林檎色の髪を思いおこさせた。
材質は分からないものの、一目でそれが気に入り金を払うと大事に仕舞いこむ。
屋敷に戻ると、ソレを丁寧に包装して翌日の朝を待った。
「リエラ、少し時間はとれるか?」
「私は今日はもう、出発するまでは特に用事もありませんよ?」
朝食の為に案内されてきたリエラを捉まえて訊ねると、彼女からは逆に疑問形の答えが返ってきた。
言外の問いに、「いそがしくないですか? 大丈夫ですか?」という言葉が聞こえた気がして頬が緩む。
「食事の後に、1時間位しか時間はとれないんだが……。」
「お仕事がお忙しいですものね。」
食事も2人きりでとれないものかと、チラリと彼女を案内して来ていたメイドに視線を向けると、「アスラーダ様のお部屋に、2人分のお食事のご用意いたします。」と言って用意をしに向かって行った。
「えーっと、いいんですかね?」
俺は、戸惑った様に見上げてくるリエラの手を取ると部屋に向かう事にする。
「暫くそういう時間もとれないだろうから、俺としては嬉しいな。」
「まぁ、そうですけど。」
そう呟きながら、そっと彼女は身を寄せてきた。
しばらく、この触れ合いすらも望めなくなるのか。
自分で決めた進路なのに、こんなささやかな接触すらも望めなくなると言う事に、ちょっぴり泣きたくなってきた。我ながら、なんというか情けない話だ。
ただそんな気持ちも、俺の腕を取って微笑を浮かべている彼女を見たらすぐに吹っ飛んでしまう。
リエラに関する事では、俺は随分と単純らしいと苦笑が漏れた。
食事を終らせると、すぐに箱庭に連れて行って欲しいと頼むと、不思議そうにしながらもその通りにしてくれて、今は春のうららかな日差しの中の土手に2人で腰をおろしている。
「それで、急にどうしたんですか?」
そう訊ねてくる彼女に、昨日買ってきた髪飾りの包みを差し出す。
彼女はキョトンとした顔で包みと俺の顔を見比べてから、それをそっと受け取る。
「私に、ですか?」
「ああ。」
不思議そうに首を傾げるのに、「バレンタインのお返しだ」と補足するとその白い頬が赤く染まった。
「ななななななな?!」
「なんでそれを?」
「それです!」
「アッシェに聞かされた。」
「ふおぉぉぉおおおう……。」
意味不明なうめき声を上げて、頭を抱え込む彼女のツムジにキスを落として、そっと耳元に「嬉しかった」と囁くと、蚊の鳴く様な声で「ソレは良かったです。」と言う返答が返ってくる。
少しして、落ち着いてきたリエラは包みを開けると、早速着けて見せてくれた。
「似合う。」
「……ありがとうございます。」
俺の言葉に照れ笑いを返した彼女は、その後少しだけ表情を曇らせる。
「でも……」
「でも?」
「私にとっては、こうして2人で過ごせる時間の方がもっと大事な一番の宝物なんですけどね。」
『押し倒しちゃえばいいじゃん』
リエラの言葉に、動揺した俺に炎麗が誘惑の囁きを送ってよこす。
それを黙殺しながら、そっと彼女と口付けを交わした。