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第二話

 背中にリュックを背負い、上からマントを羽織った姿で僕は王都へ続く道を歩いていた。

 腰には『音無』を下げている。銘の通りに揺れても鍔と鞘がぶつかる音が全くしない。

 音だけなら、その存在は丸ごと喪失してしまっている感じだ。

 僕が本物の剣を所有するのはこれが初めてだけど、他の人の剣を見せてもらった事は何度もあるので剣の素晴らしさは十分分かっていた。


 この剣と共に行くんだ。王都へ。

 決意を新たにしながら、その日は村から出て少しした所にある宿に泊まることにした。


~・~・~


 チリンチリン

 「いらっしゃいませー」

 「すみません、今日は泊まりに来たんですけど」

 「何泊の予定ですかね」

 「今晩だけです」

 「そうですか。料金は前払いとなります。えー、400Kになります」


 言われた金額を財布から出す。


 「どうぞ」

 「では、二階奥の部屋となります」


 ごゆっくりー。受付嬢の声を聴きながら、二階への階段を上る。

 この宿は一階が受付兼酒場となっていて、二階が宿となっている。

 全体的にこじんまりとはしているけど、いい雰囲気が満ちていて居心地がいい。

 僕は荷物を取り合えず自分の部屋に置いて、一階で少し食事をとることにした。

 階段を下りて、カウンター席へと向かう。


 「よお、エレン」


 突然声をかけられ、驚く。


 「おい、コリンじゃないか!どうしたんだよこんな所で」

 そこには、不敵に笑うコリン・ネイビーがいた。


~・~・~


 「実はな~、お前が道場から出て行った後に師匠と話をしたんだ」


 しゃべりながら、コリンはリンゴ酒をちびちび飲む。

 僕は基本的に酒が苦手なので、ジンジャーエールを飲んでいた。


 「俺はな~、いつかは広い世界を旅してみたいと思ってたんだよ~」


 どこか遠いところを見ているような顔で、コリンは語る。


 「生まれた時に師匠に拾われてから、一度もまともに外へ出たことないしな~」


 右手のグラスをクルクル捻るように回す。


 「だから、エレンが旅に出るって聞いて師匠を説得したんだ。俺も旅に出るってね~」


 なるほどね。


 「でも、僕についてくるのは駄目だからな」

 「分かってるよそんなことは~。お前に会ったのは偶然だぁ~~って」


 段々コリンの口調が怪しくなってくる。


 「お前はいつもいつもぉ~~。一人で色々するからぁ~~」


 口調がスローになっていく。


 「俺はそれ見てて~~、これは俺も一人でぇ~~、何か成し遂げたいなとぉ~~」

 「その辺にしとけよ、コリン」

 「いやぁ~~だ~~。もっと飲む!」

 親父さん、お代わりぃ~と呼んでしまうコリン。


 「師匠もその辺、分かってくれたみたいでさぁ~~~。俺も決めたんだよぉ~~」

 「そうか」


 優しく笑いかけてから、右手をこっそり手刀の形にしてコリンの首筋を狙う。

 が、僕が当てるより速くコリンが二杯目のリンゴ酒を一気飲みしてしまった。


 「あ」

 「くっはぁ~~~~~!あぐっ」


 コリンは酒の力であえなくダウンしてしまった。

 綺麗な大の字になって床に寝転ぶ。

 盛大ないびきをかくコリンを担いで、僕は親父さんに酒代を払った。

 全く、自分の限界ぐらいちゃんと把握しとけよ。

 コリンの相変わらずな馬鹿っぷりに呆れつつ、二階への階段を上った。


 コリンのズボンのポケットから鍵を取り出して、扉を開ける。

 そこにあったベッドにコリンを適当に放り込んでおく。

 鍵も一緒にベッドに放り投げて、その部屋から出ようとすると、コリンが急に起き上がった。


 「ようっ、エレンの旦那っ!」

 「うわっ!ど、どうしたんだコリン」


 真っ赤な顔でニコニコと上機嫌に笑うコリン。


 「いいか、お前は何時でも一人でため込みすぎなんだ!」

 「は、はあ」

 「だからな、何時でも他人に頼れるようになれ!他人といっても、そこらのオッサンやオバサンじゃないぞ。お前が認め、認められるような奴とだ!」

 「……はい」

 「だから、俺とお前じゃ旅の目的そのものが違うから!ここで別れたら何時また会えるか分からん!俺以外にも、頼れる人の一人ぐらい作れ!」

 「はい」

 「いいか、絶対だぞ絶対!」

 「はい!」


 散々言いたいことを吐き出して満足したのか、コリンはゆっくりとベッドに崩れ落ちた。

 後は大きないびきだけが残った。


~・~・~


 自室に戻って、一応鍵をかけてからベッドに仰向けになる。

 そうだよな。

 心中で呟く。

 思えばこの最近、僕は全ての事を一人で背負おうとしていたような気がする。


 自分だけの事として、考えていたような。


 例えば僕の両親やセリーヌの両親には、旅に行く旨を伝えただけで他に何か話した訳ではない。表面上では賛成していた風だったけど、内心ではどう思っていたのか。今となっては分からない。

 師匠も師匠で、僕に本当は旅に出てほしくなかったのかも知れない。師匠を超えた弟子として、立派な道場を作って新たに剣士を育成してほしかったのかも。


 でも、今となっては。

 今となってはもう遅い。

 僕は遅れて気づいたセリーヌへの愛を伝えるためにだけ、そのために旅をすると誓ったんだ。

 もう振り返らない。


 でも、たまには立ち止まらなくちゃね。

 そのことをコリンは言いたくて、ここまでは追ってきたのだろうか。

 そう思いながら眠りについた。


~・~・~


 翌日。

 僕はコリンと笑顔で別れて、また旅路についていた。

 コリンは昨日の出来事を全く覚えていないらしく、コリンに説教されたことを話したら意外そうな顔をしていた。

 酒って怖いなあ。


 改めて、禁酒を生まれてからずっと守っていて良かったと思う。

 あと、朝になってから急いで近所の店から紙を買って、故郷の両親に手紙を書いておいた。

 後からになって本当に申し訳なく思いつつ、自分の決意を改めて書き記した。


 この宿には手紙の配達を請け負う人がたまたま泊まっていたので、その人に依頼しておいた。

 もう遅すぎるかも知れないけど、遅すぎても謝ることに価値はある。

 多分。


 荷物を整え、亜麻のシャツに灰色のマントを羽織る。

 これは『音無』を見られて警戒されるのを防ぐためだ。

 幸い、『音無』はその名の通り音を発しないので姿さえ隠せば存在感は全くない。


 あと、お金も稼がなくてはならない。


 本当は師匠から貰った金だけで王都へ向かうつもりだったのだが、旅を出る前に師匠から「万が一の時のために、金を稼いでおけ」と忠告されていた。

 正直、気が進まなかったけれど最寄りの『冒険者センター』へ足を運んだ。


~・~・~


 冒険者センター。

 言葉通り、ここは冒険者が冒険者として稼ぐための施設だ。

 旅人の話を幾度となく聞いてきたけど、ほとんどの人がお金を稼ぐ際に、この冒険者センターを利用していると聞いた。

 冒険者とは、基本的に何でも屋の事だ。


 よく昔話に出てくる冒険者とは、大分イメージが違うのだ。よく王都の子供には冒険者に憧れる人が多いと聞くけど、その実態を知ったらきっと幻滅するだろう。


 冒険者は冒険者センターから、近所の人の依頼を請けて仕事をする。内容はモンスター関連のものもあるにはあるが、基本的には雑用だ。例えば雑草抜き。例えば行方不明になったペットの捜索(残酷な事に、その大半はモンスターに捕食されている)。例えば年寄りの買い物の手伝い。


 本物の”冒険者の仕事”と言えるモンスター討伐は、大抵強すぎてその場にいる冒険者では手に負えない。普通は王国に伝達されて、王国騎士団が来てくれる。で、既に被害が広がった後で悠々とモンスターを狩る。


 何年か前には”真正の冒険者”と呼ばれた人が、王国の辺境を旅して多くの成果を上げたようだけど最近はそんな話も聞かない。冒険者の中には山賊まがいの略奪も行う人もいて、冒険者全体のイメージも落ちている。


 だから、本当は冒険者として稼ぎたくはない。


 でも、冒険者は冒険者センターのある場所であればどこでも稼げるので、旅人の稼ぐ手段としては最適だ。


 場末の居酒屋を思わせる店内に入り、受付に向かう。

 受付には、イメージアップを図るためか女性ばかりが出張っていた。


 「すみません。新しく冒険者登録をしたい者ですが」

 「はい、こちらへどうぞ」


 案内されたカウンター席に座る。

 向かいに、担当と思われる長身の受付嬢が座る。

 僕も身長は平均以上だと思うけど、この人は僕と丁度同じくらいの上背がある。髪をひとくくりにして後ろに垂らしている。顔は整っている方で、目の色が少し珍しい灰色だ。髪の毛は染めているのか分からないが、黒い。


 「初めまして。私は冒険者センターの受付係を務めるメアリー・アーチャーです」

 「こちらこそ初めまして。エレン・サードソードと申します」


 頭を下げると、メアリーさんが少し驚いていた。え?そんなに礼儀正しくしたのが意外だったのかな?ちょっとショック。


 「本日は、冒険者登録をするために来たと伺ったのですが」

 「はい」


 普通に頷く。

 メアリーさんが持っていた書類の束をテーブルに出して、いくつかのルールを説明してくれた。

 曰く、冒険者センターにおける規則は大まかに五つ。


 一、冒険者は必ず「冒険者手帳」をもつ事。失くした場合は登録しなおすが、再登録をする度に必要な料金が増すので注意が必要。

 一、冒険者が犯罪行為を行った場合、冒険者登録は即座に抹消される。場合によっては王国騎士団に通報される場合もある。

 一、その場におけるルール、マナーを極力守ること。これは義務である。

 一、依頼主から苦情が出た場合、冒険者センターから呼び出される場合がある。その時はすぐに応じること。依頼主と話し合ってもらい、内容によっては王国審問会に報告を行う。

 一、他の冒険者ともめ事を起こさない。起こした場合、最寄りの冒険者センター所長から直々に制裁される。


 う~ん。大体は分かったけど、腑に落ちない事もある。


 「どうして冒険者同士でもめ事が起こった場合は、冒険者センター独自に対応するのですか?」

 「それは、冒険者としてのプライドとか矜持は大切にしなければならないって事ね」

 なるほど。

 「大体分かりましたので、誓約書にサインさせてください」


 この日、僕はめでたく冒険者手帳を授かり、冒険者(と書いて何でも屋)になった。


 幸い、メアリーさんは優しい人だったので色々聞いても親切に教えてくれた。

 冒険者にはランクがあることも、教えてくれた一つだ。

 表には大々的に公表していないけど、こなした依頼などからセンターが独自に冒険者をランク付けするのだとか。

 実績によって、下からE級に始まって上はA級までだ。


 「本当はS級も存在するらしいけど、今では一人もいないわね」

 「そうですか……、今では?」

 「はい。昔、”真正の冒険者”と呼ばれたある剣士はS級だったと言われています」

 「なるほど。その冒険者の名前は?」

 「バラン・セガール」


 ブホッ、グハァッ!

 口に着けていた紅茶が宙を舞う。


 「だ、大丈夫ですか!」


 驚いたメアリーさんが背中を叩いてくれた。


 「だ、大丈夫、です。いやいや、尊敬しちゃいますよねー。”真正の冒険者”」


 急いで取り繕いながら、内心で冷や汗を流す。

 なんで師匠の名前がここで出てくるんだよー!


 「そうですよね……。私なんかは一度しか会ったことはないのですが」


 ちょっと遠くを見るような感じで話すメアリーさん。


 「その剣技には目を見張るものがありました。誰もが羨み、誰もが信頼していた……。今ではどこにいるのか。風の噂では既に亡くなっているとも、小さな道場で弟子を育成しているとも言われます」


 さいですか。


 「な、なるほど。凄い人だったんですね……」


 僕は師匠に昔の話をもっと聞いておけばよかった、とか今さら後悔しながらメアリーさんの進めるチュートリアル代わりの依頼をするためセンターを出た。


 ○●○●○


 まだ幼さの残る青年を送り出して、受付に戻る。

 手の書類には、拇印と一緒に氏名が書かれている。


 名前は、「エレン・サードソード」。


 「まさかね……」


 休憩室の椅子に腰かけて、ため息を吐く。

 あの青年は中々見どころがありそうだった。


 礼儀正しいのは勿論だが、ある種の凄みを感じさせる。書類を書いているとき、腰につけた剣を見た時は息を飲んだ。見たことは無かったが、一目で魔剣に分類される物である事は分かった。黒い柄に黒い革が巻かれた、闇と一体化しているような剣。それでいてその存在感は希薄だ。マントの上からでは剣を身に着けていることすら分からなかった。


 そこにきて、苗字が「サードソード」だ。古の王に仕えた三人の騎士。三人の呼び名は上から順にファーストスピア、セカンドシールド、そしてサードソード。


 「まさかね……」


 もう一度呟く。

 もしもこれが本当であれば、エレンという青年はこれから苦労していくことになるだろうな。

 私は書類を揃えなおして、所長室に足を運んだ。


 ○●○●○


 「うえ~~~」


 思わず声が出てしまう。

 それほど厄介な依頼だった。

 メアリーさんのお任せで選んでもらったチュートリアル代わりの依頼だけど、これはちょっとな……。


 目の前には、大量のムカデ。

 それも、普通に生息するムカデから誕生した魔物だ。下位の魔物とはいえ数が数だけに侮れない。

 えーと、名前は確か……何だっけ?エビルムカデだっけ?


 どうでもいいことを考えながら、片っ端から『音無』で切り裂いていく。

 まさか、魔物となってより生命力が増したムカデの大軍を相手することとなるとは。

 つい一時間前の事を思い返す。


~・~・~


 「エレンさん、この依頼は如何でしょうか?」

 「これは……」


 見せられた依頼書には、『魔物(E級)討伐』と書いてあった。


 「ここから西に三キロ程行った場所に、大きな森があります。そこで大量の魔物が異常発生しているとのことです。やはりチュートリアルということで、オイシイ依頼ですよ」


 なんでも、魔物の素材を集めておくと報酬が増えるとか。


 「私は苦手ですけど、男の人なら大丈夫でしょう」


 いやいや、魔物は魔物でしょ。

 そう思っていたんだけどなぁ。


~・~・~


 「……よりによってムカデの魔物かよっ!!」


 叫びながら、片っ端からムカデを切っていく。


 噛まれても師匠に鍛えられたお陰で大抵の毒物には耐性がついている。それに、これくらいは対師匠戦に比べれば楽だ。簡単だ。少なくとも辛子爆弾は持っていないからな、ムカデは。


 ひたすら無心になって切りまくっていると、段々調子が出てきた。

 暇つぶしに、一匹一匹をわざと同士討ちにさせたり十匹まとめて切ったりと、工夫し始めた。


 あと、素手は嫌だったので流石に軍手をはめてから右手は引き続き『音無』で、左手は格闘術でムカデ達をつぶしたり切ったりした。これが中々難しかったのだけど、慣れればなんてことは無かった。今なら三段の兄弟弟子達を10秒で倒せるかもしれない。


 ムカデも数が段々減ってようやく目で数えられるくらいになった時、不意に異質な気配を感じた。

 「な、なんだこりゃ」

 思わず、作業の手は止めずに後ろを振り返る。

 すると。


 そこには、戦っていた奴らとは比べ物にならない程の大きさのムカデがいた。


 「シャルルルルルルルルルォォォーーー!」


 ムカデが咆哮する。

 え!?いやちょっと待って!嘘だろオイ!

 ムカデって、声出るの?鳴くの?

 じゃなくて!


 僕は片手間に討伐したムカデの死骸の山を乗り越え、急いで距離を置く。

 まさか、遭遇することになると


 「B級クラスの魔物、『フォレストセンチピード・マザー』か!」


 ……ってことは、今まで倒していたのは「フォレストセンチピード」か。

 うん。名前を思い出せてよかった。

 

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