第一柱 プロローグ・暁光
見切り発車で時間があんまりとれないから、足したり引いたりして作品を作っていくつもりです。
編集中なことがあります。
誤字脱字報告など助かります。
この世界に 誰かが 足りないと 感じたことはないだろうか
◆
夜明け、暁光が地平線を染める。見渡す限りの砂漠の海に、砂煙で線を描く影が一つ。黒い馬のような『それ』は、ちょうど砂から岩の砂漠へと徐々にかわり始めた地帯に突入したところだった。
「ミケーレ!もう夜が明けるぞ!」
自身が操縦する『それ』の爆音に負けまいと、ハンドルを握った男が声を張る。運転手である彼は光を受けやや赤みを帯びた長い黒髪をたなびかせ、錆びたような赤い軍服を着ている。右に二本、左に一本、帯刀している。この砂景色において、非常に目立つ。
背中を丸めて後ろにもう一人。『ミケーレ』と呼ばれた人物は、前の男に背を向ける形で腰かけている。全身を薄いグレーのフード付きのロングコートに包み、表情は窺えないが被ったフードの下から眼鏡が覗いている。
「もうずっとまっすぐ走ってきてるぞ!……そろそろ!方向を、変えるべきなんじゃないのか!」
「……はい」
後ろの眼鏡の男が小さく返事をする。
「……。どっちに!?」
「……はい。」
どうもおかしい。前の長髪の男が訝しむ。
「……まっすぐ走ればいいんだよなあ!?」
「……はい。」
またか!
長髪の男は急ブレーキをかけた。ザザァッ、と砂煙が上がる。
「おい!ミケ!お前っ……」
「……はい。」
器用にもフードの男は眠りながら返事をしていた。
◆
閃光、爆音、足元に濃く映る自身の影、振り返る、愛しい者の指先、暗転、―――ここは…どこだ?
「……イブキ、イブキ!」「イブキったら!」
「ううーん…」
イブキと呼ばれた少女は、机に突っ伏した状態から気だるげに身を起こし挨拶した。
「…おはよ。」
「おはようイブキ。君、朝からずっと寝てるだろ。午前の授業がもう終わるよ。」
隣で居眠りしているイブキを起こしたのは、アジア系の顔つきをしたリキという青年だ。幼い少年のように切りそろえた髪、地味な服装、ゆるくかけられた眼鏡が、毒のない外見を造りあげていた。
「君、うなされてたよ。また例の夢かい?」
リキの黒い瞳がイブキの顔を覗き込む。
「……。」
しつこく夢に見るくせに肝心なところは何も思い出せやしない。
少女は、少年とは対称的に奇抜な外見をしていた。
一部の特徴を除いては、彼女は俗にいう「白子」と呼ばれる存在。血の気のない真っ白な肌、小さな鼻と口、顎の短い童顔。他のパーツに対し眼だけが大きく主張し、長い睫毛と短めのウルフカットの髪は混じり気のない完全な白髪であり、一見すると人形のように無機質だ。
しかし暁光と同じ黄金色の瞳と、好き勝手な方向に跳ね回る猫毛が、少女の淡い印象を少しだけ打ち消していた。
彼女、『イブキ』の記憶は抜け落ちて、ところどころ曖昧であり、それが彼女を悩ませていた。
かつて、『終末』と呼ばれる事象があった。
後に詳しく語ることとなるが、当時のエスカトスの衝撃により、前後の記憶を失ってしまっていた。
五年前、このエスカトスによって多くの人命が失われ、彼女もまた旅をしていた仲間と父親を失った。このような遺児は少なくなく、イブキ達やこの災害で生まれた数多くの孤児達は、『JELVA』と名乗る宗教団体に引き取られていた。不自由のない暮らしを得られ、多くの少年少女はJELVAに身を委ねた。
しかしこの少女はイェルバに窮屈を感じ外界に記憶を求め、また、この無毒な青年はあろうことか、団体に不信感を抱いていた。
子供が、教えることが、安定が、好き、嫌い、…様々な関心が渦巻くも、その関心はいずれもJELVAに対するものを超えてはいなかった。末梢は陽を求め伸びるだけ、根を張った者の意図など知る由もない。
と、思っていた。目の前の教師が現れるまでは。
「『バレンは南へ追いやられ―――』……」
痩せた大柄な男が教鞭を執っている。砂漠を駆け抜けていた先ほどの眼鏡の男と同じ、灰色のフード付きコートを着ている。
肌は墨のように黒く、生徒を驚かせまいとしてか室内でもその黒い顔を隠すようにフードを被っているが、表情は実に晴れやかだ。彼は自分の職務を楽しんでいた。時折小話なども交えながら、滞りなく講義を行っている。申し分ない人材のように思えるが、イブキもリキもこの教師にどこか場違いさを感じていた。砂場に蟻がいくらいようと疑問には思わないが、それがもし食卓にいようものなら例え一匹でも目に留まるものだ。
黒い男が壇上で右に左に語りかける、そこは砂漠にある孤児院の、小さな講堂だった。
「『―――悪魔を騙し自らもその地で果てた。』」
「なぁんだ。また南北物語か。」
ありきたりな授業風景の中、イブキは配られていた資料をぱらぱらとめくりながら暢気に言った。
「これってすっごい南寄りの書き方だね。私は北人ともあちこち旅してたし、南とか北とかどうでもいいと思うんだけどねえ。リキは?」
不真面目なくせに参加したがりな彼女が、背伸びをしてまでコミュニケーションを取ろうとする。
今まで寝ていた彼女が無理やり一端のことを言おうとしているもんだから、リキは内心可笑しくて仕方がなかった。
関連書物が辛うじて現存する程度には大昔の話だが、北の民は南の民を虐げていた。そのため未だ南北の民はお互いをよく思っていないことが多く、南に根差すJELVA側から伝えられるこの『南北物語』は、南人のみを啓発するような内容になっていた。JELVA曰く、『南北物語』はJELVAの起源に関わる重要な昔話なのだという。
リキはにこりとした。
「さあね…そもそも僕は南人と北人、どっちに属するのかすら全然わからないから…。終末前に最後に住んでいたのは南だけどね。」
「ふうん」
ジリリリリ、と終業のベルが鳴る。
大柄な教師が適当なレポートを課して午前の授業は終了した。
「うわっほおい!お昼だあ!」
「ごめんイブキ!先食べてて!」
伸びをしていたイブキの動きが、張り手を食らったような顔をして止まった。
「ああ…あの、僕、調べ物が!」
「まだ勉強するの!?ご飯だよご飯!」
「じゃっまた!」
リキに目の前でピシャリと扉を閉められてイブキは呆然としていたが、なにさっ、とやがて膨れっ面になった。二人にとってはよくある出来事であったが、懲りずに毎度もこのやりとりを続けていた。
リキの夢は医者になることなのだという。素行も人柄もよく真面目で、自分で学ぶことが大好きだ。私と違って教師たちのウケもよく、何であれ学ぶ熱意が変わることはない。
孤児の私達には恐らく大した選択の余地もなく、多くは今後も組織の歯車に組み込まれていくだけだろう。そういう直感がイブキにはあった。で、あろうによくも向上心を持って前向きに育つものだ。
そんなことじゃ大成しないぞっ、などと偉そうな独り言を扉にぶつけてみて、イブキの機嫌はとりあえず戻った。
そうだ、屋上に行こう。屋上と言っても自力で屋根の上に上っているだけなのだけれど。
◆
イブキは高いところから砂漠を眺めるのが好きだった。
「…よっと」
本来白子がこの年齢まで健やかに生きていけるほど、この世界は易しくはないが、少女はあらゆる面で普通ではなかった。
切り出しの岩を積み上げただけの、簡素な建築の屋根の縁に指がかかる。腕力で軽々と自身の体を引き上げ、ひらりと頂上に降り立つ。背負った風呂敷を広げると、十五の少女には過剰な量の食料がこぼれる。
これだけでもイブキが普通ではないことが見て取れる。
雲一つない晴天だ。日差しを遮るものが何もなく危険だともいえる。照り付ける日光が肌を焼き、熱風が呼吸を妨げるようであったが、イブキはお構いなしだった。明るい肌が心なしか光って見える。乾物のようなものを頬張りながらふと何かに気づいた。
「…ん?」
砂煙をあげて線を描き、何かが近づいてくる。遠くで爆音がそれに伴う。いやに速い。
「黒い馬…?と…」
『長い髪の毛が見えたから』、それだけでイブキは砂漠の向こうから女の人が来た、と思いこんだ。砂の煙幕で細かいところまでは見えない。
あの爆音は何だろう。
変わり映えのしないこの日常に、珍しく訪れた『変化』だ。とりあえずこのトカゲのような乾物を食べたら、見に行ってみよう―――…
◆
リキは図書室から戻る途中だった。お目当ての本とページをすぐに見つけ、てきぱきと控えて図書室を後にした。宗教関係の本が若干多めだが、それでも誰のためなのか、ある程度の本は揃っている。
廊下の曲がり角に差し掛かった瞬間、やや野性味を帯びた敏感さで左方から誰かが来るのを感じ取り、リキは立ち止まった。
「!…やあ、リキ君。」
手を軽く上げ角から現れたのは、先程まで教鞭を執っていた大柄な男、『トギニ』。最近この孤児院に教員として移ってきた。
身長差が開きすぎていたため、彼の体の下半分が低い声を発していた。ロングコートから覗く脛はかりかりに痩せ、墨のように黒い。顔を上げ徐々に視線を上に向けると、白目や歯などが白く浮き上がっていた。しかし表情や物腰は穏やかで、本来なら一見して好感を抱かせるものだった。
「レポートは捗っているかね?わからないところがあれば遠慮なくきいてくれたまえよ!君の女の子のお友達もね!」
「あ、」
返事をしようとトギニと目が合わせた。木炭のような虹彩をなぞった瞬間、脳に液体窒素でも噴きつけられたかのような衝撃が走る。
『―――喰う…白い肉…力…バレン……皆死んだ…
イブキ・ビ・エラ…助けてくれ、
バレン――…』
あまりに一瞬のことに脳が無防備になった。
…間髪入れず、ザワザワと獣のように興奮しきったおぞましい欲求と、縋るような悲痛な叫びが流れ込んできた。吐き気がこみ上げる。
目を逸らし情報を反芻する。
また『覗いて』しまった!
『―――喰う…白い肉…力…バレン……皆死んだ…』
なんだこれは…、
『イブキ・ビ・エラ…助けてくれ』
待て、イブキ、イブキだと…?
喰う?白い肉…?
『バレン――…』
どこかで予想していた答えだった。眩暈がした。
瞬間再びえずきそうになるのを堪えて取り繕って見せた。明らかに回数の跳ね上がった心音が、相手の耳に入っている気がしてならなかった。
何の変哲もないこの少年は、他の人間とはあまりにも違いすぎた。だからこそ、好んでイブキの横にいるのだった。
「とても助かります、ありがとうございます。…ではまた。」
踵を返し来た道を戻る。
この人を調べなくては…。
「……そう、また。」
後姿を見送りながら、漆黒の男はリキの見開いた瞳と硬直した身体、息遣いの変調を見逃してはいなかった。
◆
イブキがトカゲを胃袋に納めて下に降りると、孤児院の女の子たちがなぜか色めき立っていた。
離れたところに見慣れたソバージュ頭もいた。数少ないイブキの友人である『レディエンヌ』。どうやら野次馬の一人らしく、イブキは彼女の元へ向かおうとしたものの、少々人が多すぎたため断念した。
……その際、人だかりの向こう、その廊下の曲がり角に、フードを被った長身の男が去りゆく姿をちらりと見た気がした。
孤児達の注目を集めていたのは、先ほどの「黒い馬」の持ち主だ。賓客は何を間違ったか校舎側に着いてしまったようだ。
「どこから来た人たちかしら!?きっと都会ね、『エルディーダ』よ!」
訪問客が少なく刺激のない生活を送る少女達が、若い男の登場に黄色い声をあげていた。実際、来客二人もいくらか垢抜けた雰囲気を持っていた。
長髪の若者は端正な目鼻立ちにすらりとした佇まいが目を引く美男だが、より特徴的なのはその通る声だった。イブキはここで初めて、長髪の客が男性であることに気がついた。少し浅黒く焼けた肌は旅人であることを物語っており、口元は固く微笑んで―――…或いは引きつっていたのかもしれない。暗い赤の服に剣を携え、いくつかの宝飾品が大きめの耳を貫いている。赤茶びた双眸、切れ長の釣り目に豊かな睫毛が乗っており、柔和な印象も与えそうなものだ。しかし今はその瞳は明らかに怒って…、いや、呆れていた。
「なあ…ミケーレよ。」
校舎の学生が聞き耳を立てているのも構わず長髪の男ははきはきと話した。不満を誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「なんでしょう」
一方、ミケーレと呼ばれた眼鏡の男の方は、今はコートを脱いで腕にかけていた。長髪の男より少し年上だろうか、後ろに流したロマンスグレーの髪とモノトーンのクラシックスーツがなんとも決まっている。フレームの薄い眼鏡の奥から覗く、眼光鋭いグレーの瞳と、老成された表情が特徴的だ。
「砂漠のど真ん中を道案内中に爆睡こくたァ、どんな神経してんだ?これで何度目だ!」
長髪の男の叱責に、ミケーレと呼ばれた眼鏡の男は、悪びれもしない。
「はあ、すみません。」
「はあすみませんじゃねえよ!涼しい夜明け前に着いちまうつもりだったのに!灼熱の昼間にダラダラ移動させやがって!!」
殺す気かよと、誰もが聞き取れるほどその声は目立っていた。遮る物のない砂漠を日中に移動することは、自殺行為に等しく、男が怒るのも無理がなかった。
「はあ、すみませんて。」
ミケーレは気のない返事に涼しい顔をしている。よく見ると長髪の男は顔も紅潮し髪も振り乱したような跡がある。暑さに弱いのだろう。砂埃に負けたのか少し充血している。
そ、騒々しい……
初めは珍客の正体を知ろうという純粋な興味から、こっそりと二人の到着を盗み見る気でいたイブキだったが、そうするまでもなく二人が人々の注目を集めすぎていたために、ただただ棒立ちになってしまっていた。
しかし口喧嘩をしながらも、二人は互いの死角を補い、顔面に対して身体は半身で構えていた。自身の育ての親と同じく、慣らした戦闘員だ、とイブキは悟った。
一瞬、食卓の蟻が脳裏を過ぎったような気がした。
「まあまあディオルコ、女性の(ただし男も)視線は我々に釘付けですよ、特に貴方にね。だから機嫌を直してください。」
ミケーレは淡々と言う。
「お前が言わんでも悪目立ちしてることくらい俺にもわかるわ!」
ミケーレの皮肉めいた見当違いのフォローにディオルコと呼ばれた青年は両手を腰に当てて怒っていた。
少しボリュームを落とした彼は、眼鏡の男に問う。
「…なんだあの娘は。ずっと見張られてるな、ここに着く前も屋根から俺らを見てただろ。」
「あなたの声が砂漠中に響き渡るくらいやかましいからですよ。」
「俺はいたずらに大声出してるわけじゃないんですけど。誰かさんには目覚まし時計が必要だったみたいなんでね!」
ディオルコはミケーレに噛みついた。
端から見てもミケーレはディオルコを煽っているとしか思えない。
「…ただの野次馬です。他意はありません。」
終始ぴくりとも表情を変えず、青年に視線も合わせずミケーレは言う。声のトーンは一定で、まるでモールス信号のようだ。ふとミケーレは視線を落とし、感覚を研ぎ澄ませた。
「ほう、この感じ…ここには面白いモノがいますよ。」
どこを見つめている風でもなくミケーレは呟いた。
「おっ、標的か?」
「いえ、もっと珍しい…”根無し草”、がね…。私も久々にすれ違いますかね。?しかし…どうも場所に似合わぬ恐怖が、ここにはあるようだ…。」
ディオルコは少し目を細め、黙っていた。
やがて校舎の者が来て、二人に支給品だか何だかの話をしながらどこかへ案内していった。
立ち尽くすイブキを残し、気付けば人だかりも消え、友人の姿も消えていた。そろそろ始業の時間だった。
◆
午後の授業に「あの」リキが現れなかった。異常でもあるし、誰かがサボっているとサボりたくなるものである。イブキが授業を抜け出す理由としては十分だった。
手始めに図書室を探したがもぬけの殻だった。司書に白い目で見られながら図書室を後にする。具合が悪いのかと思い保健室に向かったがここにもいない。養護の人に「授業は?」と問われたが無視して去る。男子と女子の寮は別棟だが構わず窓から廊下に潜入。やはり自室にもいない。一体どこへ…。
廊下に立ち尽くしていたその時、背後に忍び寄る痩躯に気が付いた。
「!…やばっ!」
トギニ。午前の授業の、大柄な教師である。
よりによって、関わりたくないと思っていたこの者が、振り返った先にいた。
「イブキ・ビ・エラだね?ここは男子寮だよ?何をしているのかね…」
相手の声が震えているような気がした。昼とは打って変わり、樹のように乾いた硬い皮膚の、表情はない。
「せんせー、……別に、私、なにも…?」
後ずさりしながらにこっと笑ってみたが無駄そうだった。嫌な緊張感がある。
イブキはやっと理解した。
来客の二人と同じ空気を、この男も時折纏う。―――袖を翻すように。
「お互いの寮へ無断で入ることは
禁じられて…いる!」
トギニの目がギラリと光ったのをイブキは見逃さなかった。
意図は不明だが男が風を切って振りかぶり、勢いよく伸ばされたそのリーチの長い両腕をイブキは間一髪でしゃがんで交わし、転がるように侵入してきた窓から飛び降りた。だが男も躊躇することなくそれに続く。イブキはギョッとした。
「わあお!?そんなに怒ることじゃなくないっ!?」
しかし五年間過ごして地の利を得ているイブキの方が一枚上手だった。あっという間に入り込んだ別棟を駆け、姿をくらます。
見失った男は仁王立ちで夕暮れに叫んだ。ロングコートが風にたなびきいかにも不気味だ。
「イブキ・ビ・エラ!罰則は必ず与えますよ!…必ず!」
それだけ吠えると男は勢いよく身を翻し校舎の影へ消えていった。
「……やっばい…、あいつ、女子寮にも来るわ……」
イブキは戦慄した。
ディオルコ:二輪を操る声がでかい謎の男。長髪。
イブキ:淡いコントラストの少女。記憶が欠落。
ミケーレ:よく寝るモノトーンの謎の男。眼鏡。
リキ:特殊能力を持つアジア系の少年。眼鏡。
トギニ:不審な教師。色が黒く背が高い。
イェルバ:この世界の宗教団体の一つ。




