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「紹介しよう、イコだ」


 長大な槍を傍の木に立て掛けてから、背後から現れた人間二人を振り返って、バンはイコの背に手を当てて言った。


「イコだ! よろしくな!」


 イコがややはにかんだ笑顔で挨拶すると、二人の人間は彼女の前に屈み込んだ。


「ほお~、こりゃまためんこい娘っ子だべ! なあ、イサク!」

「んだなあ! 将来がたのすみだ!」


 額の角には気がつかないのか、二人は口々にイコの外見を褒めた。それを受けてイコは、


「バン、“めんこい”ってなんだ?」


 と、バンのズボンの裾を軽く掴んで訊ねた。


 めんこいの意味は分からない。

 バンは首を横に振って応えた。

 彼の目にイコは、人間に近寄られても普段とさして変わらないどころか、とても友好的に見えた。かつて人間の下で奴隷暮らしをしていたらしいが、その生活は彼女の心に暗い影を落とすようなものではなかったらしいと思われた。


「めんこいってのは、かわいいってことだべ!」


 代わりにヨサクが答えると、


「バン、“かわいい”ってなんだ?」


 とイコが言ったので、ヨサクとイサクは大笑いした。


「ヨサク、イコはかわいいか?」


 笑いが治まるのを待って、バンはヨサクに訊ねた。するとヨサクは大きく頷いた。


「おう。こったらめんこい娘っ子は、村どころかお城にもいねえ! イコちゃん、オラの嫁になってくれ!」

「お前、城に行ったことねえべ!」

「バレたか、わははは!」

「イコちゃん、こったら嘘つきはダメだ。オレの嫁になってくれ!」

「……イヤだ」

「イサクがフラれたべ! わははは!!」


 再び声を上げて笑う一同。イコもつられて笑い出した。木漏れ日の下で、それはとても平和な一幕に見えたが、それを見下ろすバンの表情は硬い。彼は二人の人間と一体の魔物の笑いが落ち着くのを辛抱強く待ってから、重い口を開いた。


「ヨサクにイサク。とても重要な話がある」

「どした? バンさん」

「んだ。おっぺす顔だべ」


 ただならぬ雰囲気を感じたのか二人は立ち上がり、緩んでいた口元を引き締めた。


「……私とイコは、人間ではない」

「へ?」


 ヨサクが目を丸くした。


「はぇ?」


 イサクが口をあんぐりと開けた。


「私もイコも、魔物と呼ばれる種なのだ」


 バンは左手でイコの角を指示し、右手で自分の口角を引いて、人間の臼歯とは形状が大きく異なる牙を見せつけた。

 ヨサクとイサクは固まったまま微動だにしなかった。

 バンは、構わずに続けた。


「さらにあと二体、向こうに控えてもらっている。だが、危険はない。私たちは魔王城を離れ、人間と魔物の友和への道を模索して旅をしているんだ」

「オイラは、ニンゲンのごはんが食べたいんだ!」


 イコが言うと、バンは苦笑してその頭を撫でた。そして、二人の人間の顔を交互に見つめた。ヨサクとイサクは、相変わらず呆けた顔で固まっていた。さすがにおかしいと思ってバンが片眉を上げたとき、変化が起こった。


「……ぶっ」


 ヨサクとイサクは同時に吹き出した。







 シャルロットの耳がせわしなく動いていた。バンとイコ、ヨサクとイサクの会話を聞き漏らすまいと、彼女は神経を研ぎ澄ませていた。


「どうだ?」


 大声で笑ったりすれば、アムドラの耳にもそれは届く。会話の内容まではわからないので、しょっちゅうシャルロットに状況を訊ねていた。


「お待ちください!」


 話しかけられる度に雑音が入り、集中が途切れてしまう。苛立つシャルロットはつい声を荒らげてしまった。


「……すまん」

「……こちらこそ」


 しゅんとなったアムドラを気遣いつつ、シャルロットはバンたちの会話に注意を戻した。

 バンはイコと共に、魔物であると正体を明かした。さらに、自分とアムドラが隠れていることも。二人の人間はそれを聞いて、逃げ出すこともせず、恐怖におののくこともなければ呪いの言葉を吐くこともなかった。ただ驚愕のあまり言葉を失ったというのであれば納得の一つもいくというもの。だが彼らは再び笑い声を上げたのだ。

 牢屋番の奴は、何か面白いことでも言いましたかしら。

 人間特有の笑いのツボでもあるのか、男達は転げ回って笑っているようだった。


「なんにしても、腹立たしいですわね」


 何がそんなに愉快なのか知らないが、自分たちの存在を仄めかした上で、人間に笑われていると思うと、背中の毛が逆立つような気がするシャルロットであった。そろそろ出て行って、魔物の恐ろしさを教えてやろうかと思ったとき、笑い声が止まった。

 再び耳をそばだてるシャルロット。

 彼女の優秀な聴覚を介して飛び込んできたのは、意外な言葉だった。







「……お城の魔物って、恐えんだな。イサク」

「んだな。貴族様ってもっと、上品な方々だと思ってたべ」


 アムドラ一行は森を進んでいた。

 木々の密度が少なくなり、獣道を広げたような狭い道の両脇には、丈の長い草がまばらに生えていた。踏み固められた赤土の道には小石が目立ち、それをいちいち蹴飛ばしながら、先頭を並んで歩いているのはヨサクとイサクだった。その後ろを歩くシャルロットが、右手で鞭の柄を握りしめ、左手にピシリピシリと打ち付けながら苛立たしげに、


「お黙り! お前たちがさっさと自分たちの正体を明かしていれば、回りくどいことをせずに済んだのです!」


 と言ったのち、フーッ! と唸った。


「だども、シャルロット様は何もしてないべ」

「んだな。狩りを手伝ってくれたのはバンさんだ――ヒィッ!?」


 シャルロットの鞭が、ヨサクとイサクの頭上を通過した。一瞬遅れて発生したかまいたちによって目の前の太い枝が寸断されたのを見て、彼らは首をすくめて口をつぐんだ。


「よせ、シャルロット。……だが二体とも、シャルロットの言うことも一理あるのだぞ」


 猫型の魔物の後ろを歩くアムドラが言うと、ヨサクが顔だけ振り返って口を開いた。


「申()わけございません。ほんの遊び心でして……」

「んだ。まさか、魔王子様がいらっしゃるなんて、思わなかったべ」


 ヨサクとイサクはヘコヘコと頭を下げた。アムドラが、「まあ、よい」と締めくくったので、彼らは進行方向に顔を戻したが、すぐにその背中に声をかけたのはバンだった。


「しかし、イコの鼻をごまかすほどの能力をもつものが、なぜこんな辺境に暮らしているのだ」

「そったらこと、決まってるべ」


 ヨサクがまた振り返った。


「んだ。平和な世に、オレたつみてえなもんは要らねんだ」

「平和だと?」


 イサクがヨサクの言葉を継ぐと、アムドラは少し歩調を早め、シャルロットを追い越してイサクの隣へ並んだ。


「勇者が死んで、人間の滅亡は決まったようなもんです」

「魔王様と約束したんだべ。『戦争が終わったら、好きに暮らして良い』って」

「いったい、どういうことだ」


 アムドラに先を促されて、二人は次のようなことを語った。


 ヨサクとイサクは人間ではない。

 彼らは“幽鬼”という特殊な魔物の一族だったのだ。

 幽鬼の一族は、辺境の端に隠れ住む魔物だった。

 魔物と人間は巨大な大陸を二分して勢力を争っており、辺境とはそこから海を隔てること三千キロほどの群島を指している。人魔大戦がはじまる以前から、そこは人と魔物共通の流刑地として知られていた。

 辺境に島流しとなった罪人たちは人と魔物に分かれて繁殖し、ひっそりと暮らしていた。罪人の子は罪人とされ、大陸へ渡ることは許されず――造船技術をもたない彼らでは土台無理な話であったが――、百以上の群島からなる流刑地にあって、人と魔が争っている余裕などないことも手伝って、彼らは“共生”することに成功していた。大陸の権力者たちは、それぞれの社会を追放された者たちの動向など気にも留めておらず、不干渉を決め込んでいた。おかげで辺境では、お互いが表立って協力するようなことはないものの、人魔が入り乱れた独特の社会を形成していった。しかし、千年前の開戦をきっかけに出来上がった新たな制度によって、辺境の事情は大きく変化する。

 それは、“徴兵”だった。

 人魔大戦は人と魔物に大きな被害を出した。両軍にとって深刻だったのは兵力の不足であり、両陣営は流刑地で繁殖した罪人たちに目を付けたのだった。争い事とは無縁でも、辺境で厳しい暮らしを余儀なくされていた罪人たちは、戦争で功を立てることで罪を赦されると聞いて、嬉々として戦場へ赴いていった。

 中でも幽鬼の一族は、その特殊な能力故に魔王軍に重宝され、年号が勝魔と改められる直前まで、各戦地で活躍していたのだ。

 彼らの一族は功績を認められ、大陸への帰還を赦された。それにも関わらず、ヨサクやイサクを含めた幽鬼たちは、辺境へ戻ることを望んだのだった。


「オラたつは、戦争で人間を殺し過ぎたんだべ……」

「んだ。だから人間に化けて、あいつらの生活を手伝ってやってんだ」


 話し終えたヨサクとイサクは、遠い目になって言った。


「イコの鼻をも騙す変身能力か……確かに、重宝しただろうな」

「でも、言われてみれば、ニンゲンとちょっとちがうってわかるぞ!」


 バンが感想を漏らすと、前を歩くイコが首を大きく反らしてバンを見上げて言った。


「そうだな。それで、お前たちが向かっているのはどっち(・ ・ ・)の集落だ?」

「もちろん。オラたつの仲間の村さ」


 ヨサクが答えると、アムドラが安堵の溜息をついた。


「……一つ、訊ねたいことがあるのですが」


 シャルロットが言うと、二体の勇気は首を竦ませた。シャルロットはそれに構わず言葉を続ける。


「お前たちの集落も含めて辺境の島々に、最近送られた魔物はいるのですか?」

「そりゃ、いくらかはいるべ」

「んだ。自分たちの島に来なきゃ、いちいち誰が来たかまではわからねえが」

「そうですか……」


 辺境に罪人を送る船は後を絶たない。魔王が使う転移魔法によって飛ばされたアムドラ一行とは違い、通常罪人は大きな汽笛を鳴らす蒸気船で運ばれるため、近くに来ればすぐに分かるのだそうだ。そして、勝魔歴が始まってから人間の数は極端に減ったらしい。恐らくそれは、罪人には流刑など適用されず、ほとんどが死罪となっているからだろう。戦後辺境の島々に送られてくるのは魔物ばかりとなるのは自明の理だ。そんなことは容易に想像がついたバンであったが、シャルロットがなぜそのようなことを訊ねたのかを測りかねて首を捻っていた。


「お、もうすぐ森を抜けるべ」


 ヨサクが、指差す先には森が切れて草原が広がっているのが見えた。


「……」


 シャルロットは黙したまま案内に従い、鞭を腰に吊るした専用の袋にしまった。


「辺境の村……か」


 魔王子アムドラが居住まいを正し、バンは後方を確認した後に一行を追い越した。森の切れ間から慎重に身体を出して上下左右の安全を確認したのち、ヨサクとイサクに案内を再開させた。


「……ごはんの匂いがしない」


 鼻をヒクヒクと動かしたイコが、がっくりと項垂れた。




いつになったらTKG出て来るんだよ!!


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