エピローグ
エピローグ
黒。
「だから、絶対に受けるべきだって。相手はアレだぞ? 前に一度おれたちの宿主にうんと言わせたほどの奴だぞ? うまくいけばおれたちも階級が上がるかもしれないんだぞ、めちゃめちゃチャンスだろうが。ここで返事をしなくちゃどうするんだよ!」
白。
「そんなよこしまな気持ちでお付き合いするなんて失礼ですの! ここはもう少しよくよく考えるべきですの。彼からの影響は計り知れないのですの。それを受け止める覚悟がなければわたしたちの宿主の存在が破綻するおそれがありますの!」
黒。
「なんだよ万年最下級のくせに。知ったような口きくなよな。一つのチャンスを逃すとすべてを失うことになりかねないんだぜ。そこんとこちゃんと理解してるか?」
白。
「むう~っ……! いつも思っているですが、あなたってひとはちょーっと階級が高いからって失礼な態度を取りすぎですの!」
うん、まあ以下略。
「はんッ、妬みか、妬みだな? おまえこそ低レベルな思考しかしてないじゃねェか。いつも思ってるけど、おまえ、幼稚だよな? まともに力も使えないくせに、よく守護天使になれたもんだよな?」
「な、な、なっ……、なんてことを言うですのー! わたしだってちゃんと力を使えるですの! あんまり甘く見るとひどい目に合うですのっ!」
「だァーったらやってもらおうじゃねェか。お互い力を出し合ってこの場で返事をさせようぜ。採用されたほうが勝ち。文句はねェよな?」
「いいですの。勝負ですのっ!」
二匹はばっと両手を前に伸ばして、なにやら力を入れる。
『ふぬぬぬぬ……っ!』
そうやって力を送ってから、二匹は緊張した面持ちで自分たちの宿主を見上げる。
かちゃん、と彼女がスプーンを置く。
男が顔をあげ、天使たちも彼女を見上げた。
「ごちそうさまでしたー」
手を合わせて彼女は言った。
「あ、あの、ええっ?」
戸惑っている男をよそに、彼女は椅子に置いてあったかばんを肩にかけ、立ち上がって言った。
「じゃあ私もう帰るからー」
呆気に取られる一同。
そうしている間に彼女はさっさと男に背を向けて立ち去ってしまい、天使たちがそれに引っ張られていく。
『ちょっとぉおおおっ!』
二匹は突っ込みにも似た叫び声をあげ、俺の視界から消えた。
……こんな光景、前にもなかったか?
俺はそう思ったが、まあとりあえずその席から目を離し、何事もなかったかのように注文通りに運ばれてきたランチを食べ始めた。
病院でごたごたのうんぬんかんぬんな事件があってからかれこれ半年ほど。
俺も木村さんも普通に退院して学校に通っている。
今日は休日で、有間に誘われて遠出しようということになったのだが、土壇場になって彼女が急にうんたらかんたら、ときた。
仕方がないので俺はこうやって駅前のレストランで暇を潰しているというわけだ。ちなみにこのあとデパートにも寄る予定だ。
俺はちらりと先ほどの席を見た。
相手の男には白と黄緑の翼のどちらも下級でのほほんとした守護天使がついていた。
テーブルに婚約の場面でよくあるような指輪の箱が開いて置いてあったから、結婚の申し込みをしていたらしいことが分かる。
この男、どこかで見たことがあるような。
……そうだ、以前はこの頼りなさそうな男が先ほどの美人に交際を申し込んでいるところを見かけたのだ。
ということは交際のほうは承諾してもらえたのか。なんだかんだ言ってもきちんと進展しているではないか。
以前もこの店で見かけたから、験担ぎかなにかなのだろうか。
付き合い始めてからたった半年で求婚というのはさすがに早すぎるから、結構前から知り合いだったのかもしれない。
と。
「そーしくん顔が笑ってるよ」
ルキが人差し指で自分の口の両端を持ち上げてみせる。
言われて我に返った。
にやけている自分の顔が想像できてしまった。
ないない、これはない。
俺は急いで下を向いてフォークで食べかけのランチをかっこんだ。
昼飯を食べ終えた俺はデパートに入り、三階のブックコーナーに向かった。
ここもこの前に来たデパートだ。
デパートに入っている店舗としては小さいが、近所の本屋にはない出版社の本が結構取り揃えてあるからなかなか好きだ。
エスカレーターに乗った俺はしかし、じっと待っていることはせず上を目指した。
うん。俺はエスカレーターは歩く派だ。
上りのエスカレーターと平行に下りのエスカレーターが動いているから、前からくる人の顔が見える。
……見える、といっても、客はそう多くはないのでそれほど人とすれ違わない。現に俺の前はがら空きの独占状態で、これはこれで大丈夫なのかこの店はと心配したくなる。
と、下りのエスカレーターを俺と同じように足早に歩いてくる人物が見えた。
珍しい。
しかも女性。
というか。
……木村さんだった。
私服姿。実際に見るのは初めてだが、実は木村さんの守護天使と同調していたときに、そういう記憶が一部流れ込んできていたというのは秘密だ。
木村さんも俺に気付いたようで、俺が小さく片手を上げると少し苦笑ぎみにはにかんで手を振り返してくれた。
特に会話もなく、別れる。……まあ、別方向に動いているエスカレーターで会話をしろというのは無理な話だ。
俺はそのままエスカレーターで上る。
「笑うようになったね、木村さん」
ルキが言う。
俺も頷いて言った。
「そうだな。前より明るい感じがするな。俺がいじめているとかいう誤解も解けたようだし」
ほんの少しだが、人見知り……というか苦手意識、というか被害妄想的なものは克服できたらしい。
俺のおかしな力に巻き込んだ形になってしまったが、結果的に良い方向に変化してくれたのでなんだか嬉しい。
木村さんの守護天使たちとの同調はもう解けたようで、もう夢に木村さんの過去が出てくるようなこともない。
「そーしくん、前はちゃんと見たほうがいいと思うよ」
問題は有間と佐藤で、奴らはどうやら稀にルキを認識できるようになってしまったらしく――。
――前?
がくん。
「わっ」
まだ段があると思っていたらもうエスカレーターから出ていて、思いっきり空踏みしてしまった。
「むふっ」
誰かに笑われた。
失礼な。
俺ががばっと顔を上げると、何故だか有間の顔が目に入った。
というか有間本人だった。
隣には清純チックな女の子つき。
例の、彼女が急にうんたらかんたら、というやつだろう。つまりは親友との先約をドタキャンして彼女とデート。
俺が若干冷ややかな目で睨んでやると、有間はさっと視線を逸らした。
有間の額に冷や汗が浮いているような気がするのは気のせいか?
「気のせいじゃあないってば。そんなに睨んでたら可哀想でしょう? そーしくんはインドア派だもの。有間くんもまさかここでそーしくんとうっかり鉢合わせちゃうとは思わなかったんだと思う」
「いや、でもこれ、前例があるというか」
あのときはルキに会う前だったし、有間にも遭遇しなかったが。
まあ……。
……たまにはこういうのもいいか。
俺は有間に意地の悪い笑みを投げ掛けてやってその場を立ち去った。
三階へのエスカレーターのところへ行って上り、ブックコーナーの片隅に立つ。
すると。
俺の耳に甲高い声が入ってきた。
洋服の売り場のところでガキと呼ぶにふさわしい態度の少年がさんざんに駄々をこねているようだった。
……この少年も前に見た気があるような。
おそらく小学生、低学年。
その少年の片手には最上級天使、もう片方には――いない。
――いや。
いた。少年の背後でふわふわと浮いている。普通の大人くらいの背丈をしているが、この天使には見覚えがある。確かにこの少年の守護天使だ。
最上級エンジェルとこんな大きさの守護天使の組み合わせなんて、いったいどれだけ腹黒く育っていくのやら。この少年は。
やがて少年と母親は子供服売り場を離れていった。
――今日はよく知り合いに遭遇するな。
俺は思った。
いや、知り合いというほどの知り合いでもないが。
これで佐藤にも会えば完璧だ。
たまにだが、佐藤も自分の守護天使とルキのことだけ認識できるようになっている。
最初は、俺が何をやっているのか分からなかったそうだが、俺が緋いそいつに「凄まじい体験をどうたらこうたら」させられて意識を吹っ飛ばされたときに、すべて、はっきりと見えるようになったらしい。
次に目を覚ましたときには俺は木村さんの病室にいたが、どうやら夢遊病のようにふらふらっと入っていった――わけではなく、一瞬のうちに姿を消していて、探し回ってみたら木村さんの病室に倒れていたそうだ。
そういえば。
俺はルキの顔をまじまじと見て尋ねる。
「そういえばお前、俺に言うことはないか?」
「言うこと?」
ルキが首を傾げる。
俺はずいっと詰め寄ってルキの顔を両手ではさんでやった。
うん、そっくりだ。
やはり本人だとしか思えない。
「な、何が?」
「しらばっくれるな、お前、昔俺に会ったことがあるだろう。俺が小学生のときか――それ以前に」
「ないない。それだったらぼくはとっくの昔にそーしくんの守護天使になっているはずだもの」
自信たっぷりにそう言う。
しかし「凄まじい体験」とやらの中で見たのは確かにルキの顔だった。あれが俺の妄想の産物ならばこうやって木村さんの守護天使を呼び戻すことはできなかっただろうし。
俺はそいつの姿を思い浮かべる。
翼はないが、人ではないことは確かだ。
「……翼のないぼく?」
ルキは俺の考えを読んだのか、首を傾げて言う。
「それって、やっぱりぼくではないよ。……多分、それは神さまだ」
……なにかとんでもないことを聞いたような気がするのは気のせいか?
神サマだ? あんなのが?
「ぼくにそっくりな姿をしていたのなら、ほぼ間違いないね。ぼくは第一ルキフェル、神に最も近いものとして創られたのだから。あのひとがぼくに似ているんじゃあなくて、ぼくがあのひとに似ているんだよ」
「いや、でも、神サマっていうともっとこう……神々しいというか荘厳というか。……あんなのが?」
「あんなのって……、失礼な。きみが認識できているのは世界のほんの一部でしかないんだから。ぼくら天使の本質はもっと深いところにあるんだよ。ぼくの姿がこういうふうなのはそーしくんが認識できるくらいまで存在のレベルを落としているからで、他の人にはまた別の姿に見えるようになっているわけで」
しかしそれにしても神サマとやらが普通の普通にその辺をほっつき歩いているようなことがしょっちゅうあるはずがない。
しかもたいして意味のある会話はしなかったような気がする。
俺は思う。
あんなのが本当に神なのか?
「正確には、神さまの一部だ。そーしくんが見たのは、神さままるごとそのままというわけではなく、ずっと下位の意識だよ。きみが以前に言っていた『世界の真理たるなにものか』の一部がぼくら天使が認識できる神さまとして現れるんだけれど、……そのまた一部がそーしくんの認識できる神さまにということになるね。たいていはガーゴイルとして現れる」
「つまり、あれは下っ端なのか」
まあ、天使の中にも昔は神として崇められていた奴もいるのだから、天使と神の違いはそうたいして大きいものではないだろう。
しかし、それでもルキの言葉を聞いて俺は思う。
ガーゴイルは天使の三つの階層のうち、最も低いところに位置していたはずだ。
天使とそう違いはないとはいえ、仮にも神ともあろうものがそんな下位の天使に化けて出るなんてことがあるのだろうか? いや、実際にルキがそう言っているのだから間違いないのだろうが……やはり天界の基準は意味不明だ。
「いいや、最も底辺にあるものこそが真理に一番近いこともあるんだよそーしくん。そもそもガーゴイルというのは天使であるのと天使でないのがいて、天使であるガーゴイルの中の一部にぼくらルキフェルやエンジェルが含まれるんだ。要するに人と動物の違いと同じようなものだね。ただし、わざわざそうやって区別をしているのは、エンジェルとルキフェルを人に仕えさせるようにと神さまが図ったからだ。だから、どちらかというとそういう縛りのないガーゴイルのほうが神さまに性質が近いんだよ」
「なるほど、それで、あんなのが……」
俺がそう言うと、あんなのって言うなー、とルキが怒って俺の頭をぽかぽかと叩いてきた。
神サマとやらが俺の前に現れたのは、俺が周りに守護天使のことをやたらと話さないように忠告するためだった。
俺はその約束通り、今まで守護天使のことを誰かに話したことはなかった。有間はルキを、佐藤はルキと佐藤についている緋い翼の奴を見ることができるようにはなったが、俺はルキのことは天使だとしか教えていない。
……まあしかし、それだけだ。わざわざガーゴイルの姿をとって俺の前に現れるくらいなら、さっさとルキに俺の居場所を教えてしまえば良かったのではと思うのだが。
凄まじい体験とやらもたいしたことはなかったし――。
しかし。
俺のそんな考えに、ルキは驚いた顔をしてこちらを見てきて、それから真面目な表情をして言った。
「そーしくん、きみは気付いていなかったようだから黙っていたけど、実は、多分、おそらく、最近その凄まじい体験の後遺症が出てきているんだよ」
「……ええっ?」
間抜けな声が出た。
俺は思わず自分の身体を確めてみて、やはりどこもおかしなことがないのを認め、ルキの顔を見た。
「多分、神さまに会ったせいだと思うんだけど……そーしくんの力が強まっているんだ。
きみは、元々天使になるはずの力を使ってぼくを守護天使として受け入れるほどの器になったって言ったでしょう? 本当ならば器の中身は空っぽのはずなんだけれど、今きみは器を満たすだけの巨大な力を持っている」
「つまり?」
「つまり、そーしくんはこうやってぼくら守護天使を認識できるような力を持ちつつ、将来、天使になるような力をも取り戻したというわけだね?」
神サマめ、余計なことをしやがって。
「それで具体的にどんな被害が出ているかというと、ぼくがそーしくんの心を読むのが難しくなったっていうことがあるね。今も薄らぼんやりとしか読み取れないし、たまにきみの考えがまったく分からないこともあるし。まあぼくは力が強いから頑張ればある程度は読めるから、最近はそうやって考えを読んでいたのだけれど」
神様め、粋なことをしやがって。
「……そーしくん今、ぼくに対してもの凄く失礼なこと考えなかった?」
「気のせいだ」
俺はルキから目を逸らして本の物色するふりをした。
本棚に並ぶ本を眺めながら考える。
それにしても神サマはどうしてわざわざ俺に力を戻すようなことをしたのだろう。
なにか、使命とかそういったものを負わせるため――ではないだろう。ルキが来てからだって特に何かを強いられるようなことはなかったのだし、天使の力が戻ってもきっと同じだ。
つまりこれは――。
単なる事故か、あるいは守護天使をなめている俺に対する嫌がらせ的な?
神サマめ。
俺はそいつにそっくりの顔をしているルキをじっと睨んでやった。
「えっと、何、そーしくん?」
どうやら本当に俺の考えが読めていないらしく、ルキはぎこちない笑みを作って俺にそう尋ねてきた。
ふと。
ルキの笑みに神サマとやらの顔が重なって見えた。
はっきりと、思い出した。
確かに俺は幼い頃に神サマとやらに会っていた。そこでそいつは俺に頼みごとをしたのだ。
守護天使のことを他人に話さないこと。……と、もう一つ。
そいつは言った。
――そーしくん、きみはいつかどこか別の町できみの守護天使と出会うから、そのときは――。
そのときは、その守護天使と仲良くしてほしい、と。
「そーしくん」
おずおずとルキがこちらの様子をうかがってくる。
俺はふっと笑って言った。
「まあ、神様の頼みじゃあ仕方がないよな」
「何が? ねえそーしくん、なんの話をしているのさ」
「秘密だ」
「えー、ずるいよ気になるじゃないのさ。待ってよそーしくん」
「秘密だ」
俺は贔屓にしている作家の新作を手にとってレジに持っていき、精算を済ませて鞄に入れた。
そしてしつこく問いつめてくるルキに適当に返事をしながらブックコーナーを離れてエスカレーターのところに戻ろうとした。
……のだが。
俺は振り向いたその瞬間、そのまま硬直した。
天使。
はっきりと見えた。普通の守護天使のように小さなものではなく、大人くらいの背の、それ。普通の状況ならば俺には見えるはずのない天使。
その翼は強い光を放っていて、高位ルキフェルなのだと分かる。
そいつはきょろきょろとあちこちに顔を向けて何かを探し回っているようだった。
――いや、何か、ではなく、誰か。
そう、まさにそいつはこちらのほうを向いた瞬間、あっと驚いた表情をしてから人差し指で指差してこう言った。
「みつけたっ」
嬉しそうな表情。
……こんなこと前にもなかったか?
しかし、問題はそいつが俺の知っている奴だということだ。
そいつは翼があるにもかかわらず、あははははーと締まらない笑みを浮かべてスキップしながらこちらへ近づいてくる。
「……う」
俺は。
このままここに立っていたらどうなるのか想像できてしまい――。
「わーぁ……」
げんなりとため息をついた。
何故ならば、近づいてくるそいつは俺ではなくルキを目指していて、ルキは多分そいつを避けるために俺の背後に隠れて、俺のことなど眼中にないそいつはおそらくそのまま突っ込んできて、俺はほぼ確実にそれに巻き込まれて転倒する羽目になるからだ。
緋い翼のそいつに。
俺もルキも深々とため息をついた。
力が強まっているというのは本当のことらしい。以前ならば誰か宿主の姿を認める前に守護天使を認識することなどできなかったのに、今のは、佐藤を見つけるよりも先に佐藤の守護天使を見つけていたし。
「逃げようかそーしくん」
俺とルキは顔を見合せて、頷きあった。「うん、逃げよう」
撤退。
逃げ出した俺たちに、佐藤のルキフェルが叫ぶ。
「わあっ、お待ちください第一ルキフェル、こらてめえこの変人、待ちやがれ! おれさまの唯一無二の最も神聖にして崇高にして荘厳にして偉大なる第一ルキフェルをどこへ連れていくつもり――ふべっ」
緋い翼のそいつは駆けてきたが、途中で何かに引っ掛かったように、転けた。
守護天使は宿主からあまり遠くへは行けないからだ。佐藤も俺が逃げるのを見て小走りぎみに駆けてきていたが、いかんせん緋いそいつは急ぎすぎた。
しかもそいつが転けた瞬間、佐藤がおや、というように首を傾げて立ち止まってしまったものだから、それ以上前に進めないようだった。
佐藤は自分の守護天使の存在をまれに認識できるようになってから、守護天使の挙動を感知して違和感を覚えることがあるらしい。佐藤の緋い翼のそいつは激しい性格だから、なおさらだろう。
「ぐぬぬ……こらおまえっ、いきなり止まるなーッ」
顔から床に突っ込んだそいつは佐藤に向かってそう言ったが、当の本人は今はそいつを認識できていないらしく、首を傾げてあらぬ方向を見つめている。
「ほら、早く、そーしくん」
ルキが、立ち止まって佐藤と守護天使の様子を見ている俺に、業を煮やして手を差し伸べてくる。
差し出された手を見て俺は思い出す。
前にルキに手を差し出されたときには、俺は確か無視したはずだ。
うん、だって。小学生でもあるまいし? 誰が仲良く手をつないで帰ったりするものかと。
まあ、でも。
少しは譲歩してやるかな、と。
俺はふっと笑って――そいつの手をつかんだ。
いや、正確には手ではなく、手首をだ。
走る。
「わわっ」
ルキも危なっかしげに走る。まあ、引っ張られるから走らざるをえないというか。
「そーしくん、待って待って! 引きずられてる、転けるよ、うわっ危ない。ぼくこう見ても走るのは得意じゃないっていうか……っ。待って、せめて飛ぶ体勢を作るまで、いててててっ、そーしくん速い! 速いってばっ」
俺は心の中でひそかに合掌し――。
無視した。
(完)




