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序章

こちらが俺の守護天使


 序章


『むかーしむかしのそのまたむかし、どこでもないあるところに神さまがいて、世界をひとつ創り始めました。

 そんなある日神さまはとあるルシファーを呼んで、人間を守護するようお命じになりました。

 ルシファーは快く了承して自分の身体をすぽーんと二つに分かつと、「それじゃあ行ってくるねー」と手を振って、出来上がりかけていた世界の表面を貫き、中心に向かって落ちて行ってその核となりました。

 ルシファーが落ちたその場所からはヒトの祖先が生まれましたが、それはなかなかヒトになりませんでした。

 そうしてルシファーはただひたすらに待っているのに飽きてしまい、いつしかうとうとと眠ってしまいました』


 ***


 黒。

「だから、絶対に付き合うべきだって。相手はアレだぞ? あとでおれたちの仲間になるかもしれない奴だぞ? うまくいけばおれたちも階級が上がるかもしれないんだぞ? めちゃめちゃチャンスだろうが。ここで返事をさせなくちゃどうするんだよ」

 白。

「そんなよこしまな気持ちでお付き合いするなんてこの方に失礼ですの! ここはお断りしておくべきですの。相手の表面だけにつられてお付き合いしていると愛想を尽かされるですの!」

 黒。

「なんだよ万年最下級のくせに。知ったような口きくなよな。世界はそんなに甘くないんだよ。そこんとこちゃんと理解してるか?」

 白。

「むう~っ……! いつも思っているですが、あなたってひとはちょーっと階級が高いからって失礼な態度を取りすぎですの!」

 うん、まあ以下略。

「はんッ、妬みか、妬みだな? おまえこそ低レベルな思考しかしてないじゃねェか。いつも思ってるけど、おまえ、幼稚だよな? まともに力も使えないくせに、よく守護天使になれたもんだよな?」

「な、な、なっ……、なんてことを言うですのー! わたしだってちゃんと力を使えるですの! あんまり甘く見ると痛い目に合うですのっ!」

「だァーったらやってもらおうじゃねェか。お互い力を出し合ってこの場で返事をさせようぜ。採用されたほうが勝ち。文句はねェよな?」

「いいですの。勝負ですのっ!」

 二匹はばっと両手を前に伸ばして、なにやら力を入れる。

『ぐむむむむ……っ!』

 がたん。

 俺が見ていたその美人はそこで立ち上がった。

 二匹は緊張した面持ちで彼女を見上げる。

「……トイレ行ってくるー」

 その彼女は無表情で若干面倒くさそうな平坦な声でそう言い、さっさとその場を離れていった。

 がっくし。

 二匹はうなだれた。

 ――それから、彼女の前に座っていて俺からは顔が見えない男も。

 俺はその席から目を離し、何事もなかったかのように注文通りに運ばれてきたランチを食べ始めた。

 多分あのちみっこい二匹はあの美人にくっついて行ったはずだ。

 守護天使。

 人にはその両手にそれぞれ違った階級の天使がつく。

 今の白い翼の天使は『エンジェル』の最下級、黒いほうは『エンジェル』最上級。天使の三つに分かれた階層のうちの、二番目だ。

 ルキフェル、エンジェル、ガーゴイル。

 それが天使の階層であり、守護天使として主流なのはエンジェルだ。まあ、俺の見たところでは、まれにガーゴイルやルキフェルがつくこともある。

 ガーゴイルは天使の三番目の階層に位置していて、人の感覚からすれば一番悪魔らしい容姿をしているが、それはこの天使が人の理性より下層――すなわち生物の本能とか、人には感知できないような無機物の思考などに対応しているらしいからだ。それでも、ガーゴイルの階級はピンからキリまであって、しかも言動はともかくそのすべての階級は人類など及ばないほどはるかに高度な知性を備えているらしいから、守護天使としての役割には遜色ない。

 一方、今言った通りエンジェルは階層の二番目で、翼の色が濃くなるほど階級が高い。

その仕組みは複雑だから一概には言えないが、大まかに分けるとすれば、白はすべての色を反射しているから最下級、原色系は中級、その他以下略ですべての色を吸収している黒は最上級。

 それと、天使は階級が上になればなるほど人離れしてくるので、黒い翼を持つ最上級エンジェルは堕天使あるいは悪魔と呼ばれることがある。俗に言う「魔がさす」のはこの守護天使の影響だったりする。

「はぁ……」

 ため息。

 例の席だ。

 俺はそわそわした様子の男を注視した。

 先ほどのあの美人についている二匹の話では、あとであの二匹の仲間になる――つまり死んだあとに天使になるような器らしいが、相変わらず天界の決める基準は意味不明だと俺は思う。

 白と、黄緑。どちらも下級、のほほんとした守護天使がついていた。

 通常、俺が一度に見ることができるのは一人分の守護天使だけだ。周辺視野にいる天使は意識できないから、普通ならばたとえそこらをふよふよと天使が通ったとしても気付かない。

 ……便利なんだか不便なんだかよく分からない能力だ。

 しばらくそうして観察したのち、飽きて俺が自分のテーブルに目を戻してランチを食べていると、どうやら美人が戻ってきたらしく、男が何かごにょごにょと彼女に話しかけているのが聞こえてきた。映画がどうとかランチがどうとか。中学生のデートの感想のようなレベルだ――もう少し落ち着けよ、と俺は思った。

 しかしそんな男の言葉に彼女は黙ったままだ。

 気になって俺が再びそちらのほうを向くと、やはり白と黒の天使たちが先程のように力を送っていた。

 そして当の彼女はマイペースにデザートをつついている、と。

 ……聞いてないのかよ!

 俺は心の中でひそかに突っ込んだ。

 やがて天使たちはエネルギー不足になったようで、ぜーはーぜーはーと息をついてついに力を送るのをやめた。

 あとは待つだけ。

 かちゃん、と彼女がフォークを置く。

 男が顔をあげ、天使たちも彼女を見上げた。

 その一言。

「ごちそうさまでしたー」

 手を合わせて彼女は言った。

「え? え?」

 戸惑っている男をよそに、彼女は椅子に置いてあったかばんを肩にかけ、立ち上がって言った。

「じゃあ私もう帰るからー」

 呆気に取られる一同。

 そうしている間に彼女はさっさと男に背を向けて立ち去ってしまい、天使たちがそれに引っ張られていく。

『なんでぇえええっ!』

 二匹は突っ込みにも似た叫び声をあげ、俺の視界から消えた。

 守護天使の影響なんてこんなもんだ。


 昼飯を食べ終えて店を出た俺は、暇を潰すためにそこらをぶらぶらとを歩いていた。

 駅前のショッピング街。

 本当ならば今日は電車に乗って遠出するつもりだったのだが、あいにく相方がドタキャンしてきたので、俺も行くのをやめていた。行き先は俺の通っている高校とは反対方向だから、金がかかるのだ。

 元々誘ってきたのはあっちだから、俺一人でなら無駄に金を浪費してまで行く気はないわけで。

 ――というか駅に着く直前にいきなりキャンセルとかどうなんだこれ。しかもその理由が、彼女との予定が入ったから、ときた。友情よりも女をとるとはいい度胸だ。

 昨日は家まで迎えに来いとか言われたせいで俺は今日こうやってそいつの家の近くの駅まで来てしまっているというのに。

 しかも行き先とは逆方向の駅に迎えに来い、と?

 それでもって当日に彼女がどうとかでドタキャンと?

 どんな鬼畜だ。

 俺の家から最寄の駅までは徒歩、そしてそのとんでもない友人の駅までは定期がきくからいいものの、もし俺があらかじめ切符を買いでもしていたら、奴は明日にでも俺の怒りの鉄拳を受けていたことだろう。

 高校生の経済力をなめんな。逆の意味で。

 ……というわけで、せっかく滅多に来ない駅まで来たのだから、俺は奴への腹いせも兼ねて、この素晴らしき休日を満喫すべく、この寂れたショッピング街を見て回っているというわけだ。

 どの店もなかなかの空きようで、この街も深刻な過疎化が迫り来ているのだな、と俺は

思う。

 出生地である東京の街のことは、まだ小さい頃にこっちに引っ越してしまったためよく覚えていないが、俺はいつも両親のどちらかに手を引かれていたような気がする。

 何故ならば俺は一人になるとふらふらとあちこち歩き回る癖があったからで、気が付けばよく人ごみの中で迷子になっていた、という騒ぎをしょっちゅう引き起こしていた覚えがある。

 それというのも、当時の俺は自分の守護天使をどうにかして探し出そうと躍起になっていたからだ。自分にだけそれがついていないのが不満で。

 ……いや、そんな自分は変なんだとかそんな気持ちになって絶望的な表情で必死に探し回ったというわけではなく、当然皆に与えられるはずのおもちゃが俺にはないのはいったいどういうことだコラ、ってな感情から探し出そうとしていたというのが本音だが。

 うん、まあともかく、やみくもにあちこちを歩き回ればそのうち俺につくはずの守護天使が見つかると思っていたのかもしれない。

 しかしもちろん、俺は、守護天使でない普通の天使のほうは見ることはできないのだから、当然その結果は芳しくなく――。

 俺、厚紫庄司には守護天使がいない。

 右手にも、左手にも。

 しかし今は天使探しよりも学生時代を満喫するのが賢いと俺はちゃんと学び、うん、つまりやっぱり漫画は大事だよなと俺は少し離れた場所にあるデパートの三階のブックコーナーの片隅に立つ。

 すると、俺の耳に甲高い声が入ってきた。

 洋服の売り場のところでガキと呼ぶにふさわしい態度の少年がさんざんに駄々をこねているようだった。

 聞いていると、母親のセンスが自分と合わなくて揉めているらしいのが分かる。

 ……といえば聞こえがいいが、要するに自分の気にいらない服を買われそうになっているので「ヤダヤダ」と喚きまくっているわけだ。

 五、六歳程度だろうか。口振りからすると小学生らしいので六歳だろう。今俺は十六だから、十年前には俺もこんな感じだったのかと思えばかなり不思議な気分だ。

 その少年の片手には最上級天使、もう片方には――いない。

 この年齢で片方しか守護天使がついていないのは珍しい。

 聞くところによると、守護天使としてつける階級の幅は人によってかなり違ってくるらしい。エンジェル下級からエンジェル最上級までというように広いものやら、エンジェル中級とガーゴイル最上級だけと限定されているものやら。

 そして、天使は階級が高くなるほど自分が守護するべき者を見つけるのが得意、と。

 うん。つまり「子供の頃は何を考えているのかよく分からない」イコール「より上級の守護天使が先につくから」が正解。

 しかしそれも三、四歳頃にはすでに両方の守護天使がついているのが普通だ。だから俺も東京にいた頃は周りの遊び仲間にどんどん守護天使がついていくのを羨ましく思っていたわけで。

 まあこの少年にもいずれもう片方の守護天使がつくのだろうが――。

 いや。

 俺は少年の守護天使がついていない側の手の上に、うっすらとひとの形をしたもやがかかっているのに気付いた。目を凝らしてよく見れば、だんだんはっきりと見えてくる。

 翼を広げた、天使。

 すでに守護天使としてついている小っさな奴とは違い、こちらは普通の大人くらいの大きさだ。それが、少年の手に吸い込まれるように消えて――。

 すぽん、と音がしてまた現れた。

 手のひらサイズ。

 少年の手の上をふよふよと浮き沈みしながら飛んでいる。どうやらこの少年の守護天使となったようだ。

 守護天使がつく現場に居合わせたのは久しぶりだ。昔は俺もガキだった頃があり、それ相応の仲間がいたために守護天使がつくところを見ることはよくあったが、今はもちろんそんな年齢の友人なぞいないから、そんな貴重な現象は拝めない。

 ――今日は案外ついてるかもしれない。他愛もないジンクスだが。いやジンクスですらない験担ぎだが。

 それで、当の少年のほうはというと、どうやら自分では関与せずに母親に服選びをすべて任せたらしい。

 まあ、まず着ないだろうな。

 俺は思う。

 これはあきらめて着なくてはいけないと観念したわけではなくて、説得するのをあきらめただけだ。残念ながら服のほうはタンスのこやしになるだろう。昔よくやった手段だ。そのうち親も気付いて賢くなるだろう――、と思いたい。

 そして俺から見てもそう趣味がいいとは言い切れない服をかごに入れて少年の手を引いたその親は、そのまま他の服も見るらしく他のコーナーへ行ったため俺の視界から消え、俺のほうはといえば、めぼしい新刊はすでに品切れになっていることにため息をつきつつその場を離れようとした。

 ……のだが。

 俺はブックコーナーを出てエスカレーターを探そうと振り向いた瞬間、そのまま硬直した。

 天使。

 はっきりと見えた。守護天使になっている小さなものではなく、大人くらいの背の、それ。普通の状況ならば俺には見えるはずのない天使。

 黒い翼。

 最上級のエンジェル?

 いや違う。かすかだがその翼は光を放っている。

 ルキフェル。

 どうして。――俺は思う。

 黒い翼のルキフェルなんて、存在しないはずなのに。

 そいつはきょろきょろとあちこちに顔を向けて何かを探し回っているようだった。

 ――いや、何か、ではなく、誰か。

 そう、まさにそいつは俺と目が合った瞬間、あっと驚いた表情をしてから人差し指で俺のことを差してこう言った。

「みつけたっ」

 嬉しそうな表情。

 そいつは翼があるにもかかわらずとてとてと駆けて俺のほうへと近づいてくる。

「……う」

 俺は……。

 何か、せり上がってくるような感覚がぞわりと背筋を走り――。

 俺は……。

 近づいてきて俺のほうに手を伸ばしてきたそいつを自分でも意識しないほど反射的に避けていて。

 俺は。

「わぁあああああっ!」

 そこから逃げ出した。

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