朋花登場なのじゃ!
重い足取りで廊下を歩く僕は、ぐったり……いや、げっそりしてました。
僕にはまだ、サヤ姫ちゃんと学校生活を共にするなんて、悪い夢みたいに信じられません。
「はあぁ~~」
机に突っ伏すようにうなだれる僕、教室にいるみんなはいつも通りワイワイとお喋りしています。まだ転校生が来る話が聞こえないので、僕以外の人は知らないようです。
「主よ。どうしたのじゃ? 腹でも痛いのか?」
「ちがうよ。これからの学校生活が心配なんだ」
「心配するでない。儂がついておろう! 主はいつも通りしておればいいのじゃ!」
「そうだよね……。ありがとうサヤ姫ちゃん! なんか元気が……って! なんでここにいるの!?」
サヤ姫ちゃんは僕の隣の席に座っていました。僕は大声で叫んでしまい、クラスの視線が僕に集まりました。
「ほほー。ここが教室という所じゃな。儂と同じ服を着た輩がたくさんおるのー」
そう言ってサヤ姫ちゃんは眺めるように教室を見渡します。クラスの人達はサヤ姫ちゃんに気がついたのか注目し始め、ざわざわと騒がしくなりました。
「なんじゃ? 儂の顔を見る者がたくさんおるぞ」
「たぶん、転校生だって気付かれたんだよ。っていうか、先生はどうしたの?」
「ショクインシツという所に入ったきり出てこんのじゃ。それでウロウロしてると主の姿を見たのじゃ」
普通、転校生だったらウロウロしないもんだけど、好奇心旺盛のサヤ姫ちゃんにとって緊張するというより楽しみでしょうがないと言った感じだと思います。
まあ、転校生という言葉がサヤ姫ちゃんに当てはまるかどうかですけど……。
「ねぇ! ここに転校生来なかった!?」
勢いよく扉を開けて中に入ってきたのは、担任の恋先生でした。かなり走り回ったのか、汗だくで息が上がってます。
「主よ。さっきも言っておったテンコウセイとはなんじゃ?」
そんな先生を見てサヤ姫ちゃんは僕に尋ねてきました。まるで他人事のように聞いてきますが、それはもちろん。あなたのことです。
「あ、こら君! 勝手に動いたらダメじゃない」
しかしその事実を言う前に先生がサヤ姫ちゃんを見つけ、近づいてきました。
「もお、急にいなくなってどこに行ったかと思ったじゃない」
スーツに身を包んだ恋先生は、膨れっ面でサヤ姫ちゃんを睨みます。
恋先生はクラスの担任で主に女子から人気があり、よく自らの恋愛経験について熱く語っています(結局は男の愚痴なんだけど)。
明るめの茶色い腰まであるストレートの髪、一言で言えば美人ですが、中身は適当というか、おおざっぱというか……。そんな性格も親しみがあっていいと人気の理由の一つです。
「そなたが儂を置いてどこかへ行くからこうなったのじゃ!」
「え……、ま、まあ。それは私が悪いわね……」
サヤ姫ちゃんの強気な態度に思わず身を引いてしまう恋先生。
「まあまあ、先生も授業の準備とかで忙しかったんですよ?」
そんな先生に僕は助け舟を出すように聞きました。
「いやまあ、家で化粧を適当にしてしまったから職員室でちょっと直そうと思って……」
あらら、僕の助け舟は完全に沈没してしまいました。余計な事聞いちゃったかな……。
「主よ。ケショウ……とはなんじゃ?」
「化粧というのは……その……」
実際使ったことがないので僕が返答に困っていると……。
「ヒメさん! あなた化粧知らないの!? 冗談でしょ?」
「冗談などではない。そのような物、儂は見たこともない」
それを聞いてめっちゃ驚いた顔をする恋先生。サヤ姫ちゃんが化粧を知らないのは当然ですが、事情を知らない恋先生が驚くのも当然です。
「なんじゃなんじゃ、早くケショウというのを教えよ!」
「化粧はね。女を魅力的に綺麗に見せる道具よ」
「ほう~。そのような物があるのか。なら、そなたはさっきまでその道具で化けてたのじゃな! よく見れば顔が少し違うの」
「化けたって……言い方。フフッ、ヒメさんはおもしろい子ね」
ツボに入ったのか、笑い出す先生。そんな2人のやり取りをクラスの女子達は羨ましそうに見ていました。
「……と、そろそろ時間ね。そろそろホームルーム始めるからサヤヒメさんは私と前に来てね」
「うむ。今度はケショウするでないぞ」
「はいはい分かったわよ。みんなも席に着いて、ホームルーム始めるわよー」
恋先生のかけ声でクラスのみんなはそれぞれの席に着きます。サヤ姫ちゃんは恋先生の後に続いて机の間を通り教壇を目指しますが。
「なんじゃそれは!?」
また何か興味をもったらしく、サヤ姫ちゃんは大きな声を出します。僕はその様子を顔を出して見ました。そして、
「あ……」
と、思わず小さな声が漏れてしまいました。
サヤ姫ちゃんが興味をもった物よりも、それを持ってる人の方が気になったのです。
サヤ姫ちゃんに迫られている女の子の後ろ姿を僕は見つめます。
彼女は僕にとって、とても心強い存在でした。
幼なじみであり、友達であった彼女を今ではこうやって見つめることしかできません。
彼女の名前は朋花。
僕の……、唯一の友達だった人です。