ヒナ姫登場なのじゃ!
「きゃぁぁぁぁぁあああああーーー!!」
甲冑を着た女の子の叫び声が響き渡ります。
「ここはどこですか!? ひぇ!? なんでヒナの下で男の人が死んでいるのですか!? だ、誰かあぁぁぁ!! 衛兵を呼んでくださああぁぁぁい!!」
「ちょっと落ち着いて! 君の下で倒れている男の人は死んでないから! ちょっと失神しているだけだから!!」
僕は白木君の上で涙目になりながらパニックに陥っている女の子に言います。
「でもこの人、白眼剥いて泡も吹いてますよ!! きっと誰かに斬られて重傷なんですよ! ってことは今は合戦の真っ只中ですか!? …………いやあああぁぁぁああ!!」
頭を抱え、この世の終わりかのようにヒステリックになっている女の子。僕はこれ以上何を言っても無駄だと思い、ゆっくりと女の子の元へ歩み寄ります。
「……君。とりあえず落ち着こう。今は合戦の最中でもないし、その男の人はあとでゆっくり説明するから。ほら、ゆっくりと深呼吸をして」
女の子の肩に手を置き、紳士のように語りかけます。パニックに陥っている女の子には落ち着いて何をされても受け入れる覚悟で接したらいいとこの前、恋先生が言ってました。
「……は、はい。すぅーはぁーすぅーはぁー」
「そうそう。ほら、落ち着いたでしょ?」
「はい。ありがとうございます。なんだか少し落ち着きました」
えへへと僕に笑いかける女の子。夕日に反射されたその明るく屈託のない笑顔はキラキラと眩しくて、僕の心臓はドキッと唸ります。
よく見ればこの子、なかなか可愛いではありませんか。
おっとりした優しそうな目、明るい色合いのショートの髪にはちょこんと花の形をしたアクセサリーが付いています。小柄な体型に似合わない鎧がとても気になりますが(その中に隠れた胸の膨らみも気になります)、歴史の本とかで取り上げられたら戦国美少女と呼ばれても過言はないでしょう!!
「あのぅ……? ヒナの顔に何か付いてますか?」
「えっ! いや、なんでもないよ!!」
僕は女の子から目を逸らします。しかし横目で見ると、今度は女の子が僕の顔をまじまじと見詰めています。
「……まご……様?」
「は、はい? 孫?」
眉をひそめ、僕の顔を見詰め続ける女の子。
だ、ダメです。僕はこんな可愛い女の子に見詰められることに慣れていません。それにさっきから顔が近いです。ていうかだんだん近付いてきています!
「ヒナです! ヒナのことを覚えていませんか!?」
女の子はさらに顔を近付けて言います。吐息がかかる距離まで僕たちは接近しており、僕は毛穴の角栓を掃除しておけばよかったと後悔しています。
「覚えてるもなにも、君と会ったのは初めてだよ! ってかさっきから顔が近いよ!」
「そう……ですか。ヒナの見間違いだったようですね。ごめんなさい!」
ゴンッ!
いきなり女の子が頭を下げ、僕の頭に頭突きをかまします。
僕達は互いに頭を押さえて悶絶しました。
「イタタタ……。君、大丈夫?」
「はい。頭がズキズキしますけどなんとか生きています」
そりゃ、この程度で死なれたら僕も困りますよ……。
「そうだ。よかったら君の名前を教えてほしいな? あとそろそろ、その人の上から降りた方がいいと思うよ」
僕は女の子の下でピクピクと失神している白木を指差すと、女の子は慌てて白木君から降りて、地面の上で正座しました。
そして、
「隙ありじゃ!!」
突然現れたサヤ姫ちゃんに女の子は羽交い締めされました。
「ヒエエエぇぇぇぇええええ!? 今度は何ですか!? もしかしてこれは罠ですか!?」
ジタバタと脱け出そうとする女の子、しかし女の子がか弱いのか、それともサヤ姫ちゃんが物凄い力で羽交い締めをしているのか、女の子は羽交い締めから脱出できません。
「ちょ、サヤ姫ちゃん!! いきなり何するの!?」
「主よ! こやつは敵じゃ!! 儂は敵に容赦などせぬ! 先手必勝じゃ!!」
「敵って……サヤ姫ちゃんこの子のこと知ってるの!?」
「知らぬ!!」
「おいぃぃ!! じゃあやめてあげてよ!」
僕は女の子に加勢しサヤ姫ちゃんを引き剥がそうとしますが、この細い腕のどこにそんな力があるのか、サヤ姫ちゃんビクともしません。
「サヤ姫様! ヒナですよ! ヒナ姫です!! 覚えていないのですか!?」
突然女の子が口走った言葉に僕の手が止まりました。
サヤ姫様……? この女の子(ヒナ姫って言ってました!)はサヤ姫ちゃんの事を知っているのでしょう! やっぱりサヤ姫ちゃんと同類なんだ! つまりは何かしらの理由であの火縄銃にとり付いていたんだ!
「サヤ姫ちゃん! 聞いたでしょ今の! この子はサヤ姫ちゃんのことを知っているんだよ!!」
「……ヒナ姫?」
サヤ姫ちゃんの羽交い締めする力が弱まり、スルスルとヒナ姫ちゃんはようやく脱出し困惑するサヤ姫ちゃんに向き合います。
「やっぱり……姫様だったのですね。再会できて嬉しゅうございます」
再会できたことに感極まったのか、うるうると涙を流し出すヒナ姫ちゃん。
「よかったね。サヤ姫ちゃん。ようやく知り合いと出会えて」
僕はサヤ姫ちゃんの肩に手を置き、そう言いました。
「……うむ。どうやらあの者は儂のことを知ってるようじゃな」
「あの者はって……サヤ姫ちゃんも知ってる子なんでしょ? ほら、羽交い締めしていた時は見えなかったと思うけど今は目の前にいるからよく顔が見えるでしょ??」
「うーん。それが全然見覚えのない顔じゃから儂も困っておるのじゃよ」
……これはどういうことなんでしょうか?
ヒナ姫ちゃんはサヤ姫ちゃんのことを知っているのにサヤ姫ちゃんはヒナ姫ちゃんのことを知らない。
僕にはヒナ姫ちゃんが嘘を言っているようにはみえません。サヤ姫ちゃんと再会できたことにポロポロと涙を流していたではありませんか。
サヤ姫ちゃんもこんな所で冗談を言うようなドッキリ好きな人ではありません。
僕にはもう分からないことぼかりなので、どう声を掛けたらいいか悩みました。
「……うぅ。姫様……。ヒナはそんなちっぽけな存在だったのですね……。ヒナは姫様に忠を尽くして天下を共に目指したのに……姫様の、姫様のバカぁぁぁぁぁああああ!!」
「あ、ちょっと! どこ行くの!?」
ヒナ姫ちゃんはさっきと比べ物にならないほどの涙を流し、サヤ姫ちゃんの脇を通って走り出しました。
サヤ姫ちゃんは追いかける様子もなく、ただ走り去ったヒナ姫ちゃんの後ろ姿を眺めています。
「サヤ姫ちゃん!? あの子どこかへ行っちゃうよ! それでいいの!?」
「……大丈夫じゃ」
「大丈夫って何が!? 追いかけなくていいの!?」
僕がサヤ姫ちゃんの隣でそう言うと、サヤ姫ちゃんは黙ってヒナ姫ちゃんを指差します。
その直後、
「──きゃ!!」
ヒナ姫ちゃんはスッ転び、尻餅をついてわんわんと泣き叫びました。
「ええと、超能力?」
「あの者の運動神経は並み以下じゃ。それだけはなぜか知ってるような………気がしたのじゃ。どうやら当たりのようじゃな」
「え? やっぱりサヤ姫ちゃんはヒナ姫ちゃんのことを??」
「はっきりとは言えぬが、あの者を見ていると懐かしいと思うのじゃ。じゃが見覚えのない顔をしておるし、ヒナという名前も初めて聞いた。儂にもよく分からんのじゃ」
それってつまり……ヒナ姫ちゃんに対しての記憶が曖昧だということなんでしょうか??
単純に忘れているのか、それとも何かしらの理由で記憶が抜けているのか……どちらにせよ。
「あの者には少し聞きたいことがあるのぅ」
サヤ姫ちゃんがそう言ってヒナ姫ちゃんに向かって歩き出し、僕も頷いて後を追いました。




