初デートは危険がいっぱいなのじゃ! ①
翌日、僕は目が覚めて起き上がり部屋から見える外の景色を眺めていました。
外は雨が降る気配を微塵も感じさせない晴天で、僕は昨日秘かに作っておいた逆てるてる坊主に向かって朝から大きな溜め息を溢しました。
デート……その言葉が僕の頭の中でグルグルと回転します。
僕に対しての猛アピールが半端ない朋花ちゃんと、朋花ちゃんのことが好きな白木君、そして僕。
気まずい……さすがに気まずいです。
朋花ちゃんのことだから白木君が居てもお構い無しに手を繋いだり腕を組んだり、その他にもあんなことやそんなことをするに決まっています。
それを見た白木君にどう接したらいいか分かりません。それに白木君も表情や態度に表さないのでなおさらです。
僕は現実から逃げるように外を見るのをやめると、今度は壁に掛けてある時計に視線を移します。
時計の針は七を指していました。つまり、デートまで残りあと二時間しかないのです。
……寝よう。
外を見ても時計を見ても迫り来る現実に嫌気が指した僕は、仰臥位……つまり仰向けになるように上体を下ろしてそのまま目を閉じました。
「主よ! 起きるのじゃ!」
しかし現実から逃げる僕を引き戻すかのように、バンッ! と勢いよく開いたドアの音とサヤ姫ちゃんの声で僕はもう逃げられないことを悟ると、目を開けて再びベッドから起きました。
「……えっと、サヤ姫ちゃん? なんで甲冑着てるの?」
カシャ……カシャ……と音を立てながら近づいてくる甲冑姿のサヤ姫ちゃんを見て僕は尋ねました。
「今日は合戦の日じゃろ? 武士が甲冑を着るのは当たり前ではないか」
何故か誇らしげな顔のサヤ姫ちゃん。
その合戦というのが今日行われるデートのことなら僕は全力でサヤ姫ちゃんを止める所存です。
「主も早く着替えるのじゃ。集合に遅れたら進軍に支障が出るではないか」
やっぱり、デート=合戦と壮大に勘違いしているサヤ姫ちゃん。
昨日、朋花ちゃんも保健室で説明して僕も夜になってからわざわざ一人芝居をやって説明したのに……。
いや、デートがどうこうという問題より、僕は一つ、サヤ姫ちゃんに大事なことを言い忘れていることに気が付きました。
「サヤ姫ちゃん。僕はもうすぐしたら出掛けるけどサヤ姫ちゃんは付いて来ちゃダメだからね?」
昨日、保健室で朋花ちゃんに「サヤさんは連れて来ないで」と言われていたことを思い出した僕は、勝手に人のタンスを開けて泥棒みたいに服を漁るサヤ姫ちゃんに向かって言いました。
……それにしても、甲冑姿の女の子がタンスを漁ってる姿はなかなかシュールな絵ですね。
「なんじゃ、このヒラヒラの服は。主は合戦に行く気があるのか?」
「サヤ姫ちゃん。もう一度言うけど付いて来ちゃダメだからね?」
「仕方ない。儂が今からこれらを使って即席の甲冑でも作るかの」
「いや、人の話聞けよ! それと僕のタンスの中勝手に触らないで!!」
そんな僕の訴えにも耳を貸さないサヤ姫ちゃんはポイポイと僕の衣類を片っ端から投げ捨てるように出していきます。
「ああっ!! せっかく昨日の夜に整理したのに!」
床の上に溜まっていく服とズボン、タンスの中にそれらがなくなったのか、今度は僕の下着まで出てきました。
これが女の子なら「なにするのよ! えっち!」とか言いながら平手打ちができるのですが、残念ながら男の僕がやると普通に気持ち悪いです。
「なんじゃ? これは主の物か?」
と、急にサヤ姫ちゃんの手が止まったかと思うとタンスの中から取り出したそれを両手で広げるように僕に見せました。
「──っ!!」
そして、それを見た僕は思わず絶句しました。
サヤ姫ちゃんが持っているそれは下着なのですが……明らかに男物ではないヒラヒラのパンツ……。
いや、ここははっきり言いましょう。
女の子のパンツが僕のタンスの中から発掘されたのです!
「なにするのよ! えっち!」
僕はサヤ姫ちゃんからパンツを取り上げると彼女に平手……打ちはしませんでしたが、代わりに自分で自分の頬に平手打ちをしました。
「ち、違うんだよ? これは大きな誤解なんだ! あ、あは、なんで僕のタンスから女の子のパンツが出てくるのかなー? もしかして間違えて入れちゃったのかも……てへぺろ♪」
全力で可愛く頭をコツンと小突いて舌をぺろっと出す僕を前にしても、サヤ姫ちゃんは無表情でまるで白木君のような白々しい態度でした。
「わ、分かった! 本当のことを言うとこれは妹のパンツでまだ僕が思春期見習いの時にこっそり持って来たやつなんだ! けど、今の僕は見習いどころか『我は思春期を極めし者なり……』と格好よく言えるようになったから、これはサヤ姫ちゃんにあげるよ!」
僕は朝から汗だくになりながらサヤ姫ちゃんにパンツを差し出しましたが、
「……主よ。儂は少し顔を洗ってくる」
ドライな対応のサヤ姫ちゃんはパンツに目も当てず僕の部屋から静かに出て行きました。
そして、一人取り残された僕は、パンツを片手に呆然と立ち尽くしていました。
……着替えよう。
僕はパンツをタンスの中に戻すと、床に散らばった服とズボンを適当に選んで着替えを始めました。
さっさと着替えを終えて携帯を手にすると、手にしたと同時に携帯が鳴り響き、ディスプレイを見ると朋花ちゃんからでした。
「……はい。思春期を極めし者です」
『おはよう。発情期を極めし者さん』
「確かに思春期と発情期は男の子にとって紙一重……いや、同義語かもしれない! ってか朋花ちゃんこそ発情期じゃないか!? 僕に対する行動とかまるっきりそうだ!」
『……何があったか知らないけど、それだけ元気があれば大丈夫ね。それにあなたのことだからドタキャンすると思ったのだけれど、それもなさそうだから安心したわ』
まあ、サヤ姫ちゃんが起こしに来なかったら二度寝して夕方まで寝る予定でしたが……。
つか僕のツッコミを完全に無視したなこの子?
『もしドタキャンしたらあなたの家に行ってお家デートする予定だったけれど、それももう必要ないみたいね。けどあなたがそれでもいいなら今からあなたの家に行くけど?』
「いえ! 大丈夫です! 九時までには必ず行きます!」
『……そう。じゃあ、約束通り公園に集合ね。楽しみにしてるわ』
昨日の昼休みのような甘えた声ではなく、淡々とクールな声でそう言って朋花ちゃんは電話を切りました。
僕は携帯をポケットに入れると、部屋から出て居間へと向かいました。
……それにしても、もし家に来ることになったら朋花ちゃんは白木君も誘ったのでしょうか?
いや、朋花ちゃんのことだから「お家デートはまた別よ」とか言って一人で来ていたかもしれません。
どちらにせよ、家に来られたらさすがに僕も困りますが。
「サヤ姫ちゃん。お願いだからその格好で付いて来るのはやめてね……」
居間に着くとまだ甲冑姿のサヤ姫ちゃんはソファに座りながら昨日の晩に録画した時代劇を観ていました。
付いて来ないでと言っても絶対に付いて来そうだったので、僕はもう諦めてそれを言うのは止めますが、甲冑姿で来てほしくはないのです。
戦国系アイドルのライブとか行くのならそれでもありかもしれませんが。
「なぜじゃ? 主はこれから合戦に行くのじゃろ?」
「だから合戦じゃないよ。昨日も説明したでしょ?」
「一人芝居と言ったかの? このテレビに出てる者と比べると主は下手じゃの……」
「当たり前でしょ! テレビに出てる人はプロなんだから!」
まあ、僕も実際にデートとかしたことないから情報不足で演技も学芸会にも怠るような出来だと自覚してはいますが……。
「と、とにかくサヤ姫ちゃんは来るならせめて学校の制服にしてよね!?」
必死で訴える僕を背にサヤ姫ちゃんはテレビに集中して無反応でした。
僕はテーブルの上に置いてあるリモコンで今すぐ電源を切ってやろうかと思いましたが、そんなことをしたらこの後どうなるのか考えたくもないのでやめました。
それにしても暑くないのでしょうか? 梅雨も明けて、そろそろ本格的な夏に突入するのに……。
「ふあぁぁ~。今日は暑いの~」
大きなアクビを漏らしながらサヤ姫ちゃんはそう呟くと同時に、
「じゃあ、着替えろよ!!」
僕の光より速いと思われるツッコミが炸裂しました。