白木殿の想い人!? なのじゃ!
「停戦しない?」
停戦て言っても、まだ決闘とか始まった訳ではないので少し大袈裟かもしれませんが、保健室に四人しかいない状況の中でいきなり決闘とか始められても困るので、僕はサヤ姫ちゃんにそう提案しました。
「うむ。儂も家臣が負傷している状況ではさすがにちと痛いからのぅ。停戦もやむ得ない」
サヤ姫ちゃんはその場で胡座をかいてドシンと座り込みました。
見た目はどこにでもいるような可愛らしい高校生(?)なのに、今のこの姿を見るときっと百年の恋も冷めてしまうでしょう。
いや、さすがにこんなメチャクチャで自分のことを姫と呼ぶような痛い娘に好意を持つ人なんて滅多にいないでしょうが……。
っていうか、家臣とはきっと僕のことを指していると思うのですが、そもそも負傷したのはあなたのせいですよ? サヤ姫ちゃん。
僕はまだピリピリと痛む後頭部を擦りながら丸椅子に座り直したその直後、隣からジッと僕を見詰める視線を感じ取りました。
「えっと……白木君?」
ジッと僕の顔を見ながら固まっている白木君。
吸い込まれそうな黒い瞳が僕の顔だけを捉え、僕はどうしたらいいか分からず、そしてどう声をかけたらいいのか分からず、暑くもないのに少し汗が出てきました。
「……君って、朋花さんのことが好きなの?」
「……え?」
思いもよらない質問に対して、僕の頭は一瞬ですが止まってしまい、僕の口から出たのは間抜けな声だけでした。
「……君って朋花さんのことが好きなの?」
白木君はさっきの言葉をリピートします。
「えっと……友達としては好きだけど……異性としてはまだよく分からない……かな?」
二度も同じことを言われたので今度は間抜けな声ではなく、僕は素直にそう答えました。
それを聞いて白木君は動じることなく、ようやく僕から視線を逸らすと今度は朋花ちゃんが寝ているベッドの方を見詰めました。
ベッドを囲むように覆っているカーテンで朋花ちゃんの姿を直視することができませんが、確かに白木君はカーテン越しにいる朋花ちゃんをずっと見詰めていました。
「おーい? 白木殿ー?」
と、白木君の顔の前で手を振り、変顔をするサヤ姫ちゃん。
しかし白木君はそんな妨害をもろともしないで朋花ちゃんに熱い視線を送っています。
……ん? 熱い視線?
「もしかして……白木君……朋花ちゃんのことが好き、なの?」
少し遠慮気味にそして遠回りせず核心を付く僕の質問に対して、白木君はなんのためらいもなくコクンと小さく頷きました。
僕はそんな冷静な白木君に対して、驚きと『why?』という言葉で頭がいっぱいになって全身が石のように固まっていましたが、
「な、なぬぅ!? 白木殿は朋花殿に惚れておるのか!」
そんな僕とは違い、サヤ姫ちゃんは目を丸くして驚きを隠しませんでした。
「これは一大事じゃ! 朋花殿は今どこにいるのじゃ!? 」
僕と白木君の前でキョロキョロして朋花ちゃんを探すサヤ姫ちゃん。
白木君は無言で朋花ちゃんが寝ているベッドを指差すと、サヤ姫ちゃんはためらいもなくカーテンをバサーッと開けました。
「主よ! 大変じゃ! 大変じゃ! 朋花殿がここで野垂れ死んでおる!」
「「勝手に殺すな!」」
……と、僕と同時にツッコミをしたのはムクッと起き上がった朋花ちゃん。
朋花ちゃんは起きたと同時にサヤ姫ちゃんの頭をぺシンと平手打ちしました。
「……ったく、さっきからサヤさんはほんと、うるさいわね」
不機嫌な様子な朋花ちゃんは、サヤ姫ちゃんを睨みながら言いました。
……ん? さっきからってことはずっと朋花ちゃんは起きていたのでしょうか?
とすると、白木君の爆弾と言っては失礼ですが、ほぼそれと同等の発言を聞いていたのでは?
「なんじゃ、生きとるではないか」
「だから、勝手に殺さないで。私は想い人を手中に納めるまでは死ぬつもりなんてないから」
朋花ちゃんは明らか僕を指差して言っていますが、それは僕としてもさすがに気まずい感じになっちゃいます。
ついさっき朋花ちゃんのことを『好き』と言った男の子の横にいる僕を堂々と指差されると、もはや白木君の想いは完全に打ち消さたと言っても過言ではありません。
「さて、話は聞かせてもらったわ。どうやら白木君は私のことが好きなようね」
ベッドから降りて僕と白木君に歩み寄り、朋花ちゃんはその長い髪をなびかせます。
昼休みに見たあの暴走朋花ちゃんではなく、いつも通りの至って平然ですが僕に対しての爆弾発言が多い朋花ちゃんに戻っていました。
「ここは一つ、デートでもどう? 白木君」
……はい?
僕は耳を疑いました。
白木君は相変わらず何を考えているのか読み取れない無表情のままですが。
「主よ。デートとはなんじゃ? 」
「仲の良い男女が外で遊んだり、食事をしたり、最後は二人で花を咲かすのよ」
朋花ちゃんが説明してくれましたが、最後のは余計です。
もうこれ以上、サヤ姫ちゃんに無駄な知識を与えないでほしい。
「なんと! 儂も花を咲かせたいのじゃ!」
……ほら、言わんこっちゃない。
多分、サヤ姫ちゃんはこの意味が分かっていないから言葉だけを捉えて興味深々ではありませんか。
「サヤさんには少し早すぎると思うわ。それで? 白木君は来るの? 」
「……うん」
白木君はあっさり了承し、朋花ちゃんは何故かフフッと妖しい微笑みを彼に向けます。
「決まりね。あなたも来るのよ。あなたに限っては強制参加」
「え? 僕も行くの!?」
「当然よ。いきなり白木君と二人きりは少し心細いから、あなたにもちゃんと付いて来てもらわないと困る」
いやいやいや、白木君と二人きりで遊びに行くことに対して絶対心細いとか思ってないよこの人!
明らか僕とデートする口実で言ってますよ絶対!
「さて、デートの約束もしたことだし。私達はさっきの続きを始めましょ」
朋花ちゃんの妖しい微笑みが僕に向けているのを確認するや否や、僕は身の危険を感じてその場から逃げようと背を向けましたが、首根っこを掴まれた僕はズルズルとベッドの方へ連行されます。
「朋花ちゃん!? ベッドで何するつもりなの!? ちょっとサヤ姫ちゃん! 僕を助けてよ! あ、あれ? サヤ姫ちゃん? 何でカーテンを締めようとしてるの? 何で恐いぐらい無表情なの? ちょっと、サヤ姫ちゃん!? あ、カーテン締めないで僕を助けてよ!白木君もそこでボーッと見てないで僕を助けてよ! 白木くぅぅぅん! 」
ベッドに押し倒されそうな僕は必死で抵抗しましたが、朋花ちゃんに手首をがっちり掴まれ、そして僕の耳許に顔を寄せて吐息が耳にかかって、くすぐったくなる距離で朋花ちゃんは、
「……明日の九時に学校から一番近い公園に集合。あの子にも伝えておいてね」
そう呟いて僕は「はい……」と小さな声で怯えながら頷きました。




