1日目。それでも家には帰れない。
個人企画『コメディ描きが恋愛小説を描いてみよう』のコーナー。
自分は恋愛を主題に置いたものがわりと嫌いで、恋愛小説や漫画的なものをあまり読んだことがない。一度だけどこかの企画に参加しようと思ったが、『そのプロットはちょっと^^;』とハネられた結果、露骨に拗ねた。
『分かったよ、二度と恋愛小説なんて描かねぇよ、クソが。その代わりお前らはいつまでも蜂蜜にウコンと唐辛子ブチ込んで延々カオスな物体煮込み続けてろよ。二度と関わらねぇからな』という具合だ。人としてかなり失格である。
と、いってもリベンジというわけじゃない。
ア●ゲラディドゥーンのゲス発言まとめ聞いてたら筆が進んだ。そんだけだ。
泣くのがみっともないって決めたのは、本当は泣きたい人たちです。
自分がしたいことを他人にやられているから、イラッときたんでしょう?
でも、自分ができないことを他人にもやるなって言うのは、エゴじゃないんですか?
相沢みやびは美少女ではない。
クラスの中では『あいつだけはない』の筆頭に上がる女子である。
今風に言えばブスだし、古風に言えば、醜女だ。身長は低く142センチ。髪の毛はキツめのウェーブがかかったの天然パーマで、目付きがきつくいつも人を睨んでいるような気がする。手足は細く痩せていて胸は大平原に近い。
妄想世界の住人で、授業中はノートは取っているが上の空で基本聞いていないし、休み時間は漫画を描いているか、本を読んでいるか、凄まじい形相でメモを取っている。
上の空で聞いていても成績はわりと良い方で、運動音痴。
(色々な意味で怖い。……そういう意味では如月も怖いけどさ)
逆恨みしていた友達のことを思い出し、逆恨みしていたアホな自分を責め立てる。
既に頭は冷えた。一日経って冷え切っていた。なんであんな馬鹿なことをしようと思ったのか、分からない。そもそも好きでもないのに告白とか相手に失礼ではないのか? 死ね、過去の自分。死んでしまえ。
しかし……罰としては少々重過ぎるんじゃないだろーかと、俊介は思う。
とはいえ、なにはなくとも腹は減る。出された食事はきっちりと平らげ、水分を補給しながら、俊介は考える。
(なんとか脱出しなきゃいかん。俺は、家に帰るんだ)
入口のドアは完全に施錠されている。みやび曰く実験の終了まで絶対に開かないようになっているし、自分にも開けられないとのこと。
それを真に受けたわけではないが『みやびの言うことは本当だ』と、俊介は肌で感じ取っていた。それ程のスゴ味がみやびからは感じられた。
なんでこんなことに尊厳賭けてんだ。マジでアホか。そんな風に思った。
窓はどうだろう? そんな風に思ったが挫折した。明らかに人体が耐えられる高さではない。飛び降りたら即死だろう。壁伝いも論外だ。
食事は入り口の隙間から支給されるが、そんな隙間に体は入らない。
(くそ……どう足掻いても入口以外の脱出経路がねぇってことかよ……っと)
そこまで考えたところで、尿意をもよおしたのでトイレに向かう。
トイレに入って、中を見て、中には入らずに、ドアを閉めた。
「みやびサン?」
「なに? 今ちょっと忙しいんだけど」
「いや……なんで、トイレの中に監視カメラが設置してあんの?」
「処理されたら実験にならないじゃない」
「……はいィ?」
変な声が出た。声が上ずって裏返った。嫌な予感が背筋を這い上がる。
みやびは嘲笑するように笑った。
「ちなみに、監視カメラに死角はない。無敵よ。もしもこの部屋のどこかで処理したら、それをネットで配信し、クラス全員に動画を送信するわ。分かりやすく破滅ね」
「……しょ、処理?」
「なにカマトトぶってんのよ。男子なんだからオ●●ーくらいするでしょ」
「………………」
思考が停止した。言われていることがちょっと理解できなくなった。
これが絶句だと悟ったのは、十秒後のことだった。
「この場所ではマ●ターベー●ョンは禁止よ。精々本能に負けないように抗うことね」
「……いや、なんで? 確かにみやびにすげぇ悪いことしたけど、それは」
「勘違いしないでね。私は別に、新田君が好感度ゼロの私に告白しようとしたことは『悪いこと』だとは思ってないの。むしろありじゃない? 数撃てばいつか当たるもの」
あっさりとそんなことを言い放ち、みやびは言葉を続ける。
「私はただ、あなたの気位や気骨をへし折ってあげたいだけ。普段からチャラチャラしてて、可愛い女子がどーとか、あの子はイケてるだとかイケてないだとか、私の髪が●毛みたいだとか、そーゆークソ三次元の男なんて結局窮地に追いつめられればケモノに成り下がるってことを証明したいだけよ。別に、新田君に悪意はないの。好意もないけど」
「いや、●毛って……そこまで言ったことはねぇぞ!?」
「船幽霊とは言われたけどね」
「……い、言ったっけ?」
「言ったわ。確実に言った。悪口は言う側は簡単に忘れられていいわね……まぁ、どーでもいいことよ。とにかくカメラは外せないし外さない。嫌ならトイレは我慢なさい」
我慢。そんなものできるわけがない。
小学校のあの日、俊介はぎりぎりだった。ぎりぎりで家に到着した。ようやく解放できると思ったら、トイレには姉が入っていた。
その時、俊介の中でなにかが切れた。決定的ななにかが切れ、決壊した。
俊介は慟哭した。そして、小学一年生の時にうっかりお漏らしをした女子を馬鹿にしたことを恥じた。心の底から恥じて、泣いた。
しかし、今はそれ以上に泣きたい気分だった。排泄を撮影されるとか拷問以外のなにものでもないが、このまま我慢し続ければ悲劇しか待っていない。監視カメラをどうにかしようにも天井が高過ぎて届かない。
そして……限界は近い。昨日の時点で排泄をしていなかったのが仇になっていた。
「昨今の少年漫画にはこんなセリフが掲載されているわ。『俺も我慢しているんだから、お前も我慢しろ』ってね。良いセリフではないけど、今の状況にぴったりだわ」
「あ……悪魔か、お前……」
「悪魔かもね。悪魔より人間の方が性質が悪いと思うけど」
「……くっ」
俊介は膝を折った。心も折れた。
選択肢は一つしかなかった。
気分は最悪だったが、清々しさだけが残った。
「なんでこんなことになっちまったんだ……」
洗面所で手を洗い、俊介は絶望と共に頭を抱えた。
「いや……そりゃ、今考えりゃ俺は最悪だけど、天罰にしても、もーちょっとだけ軽い罰で良かったじゃねーか。もしくは、もっと可愛い女子と一緒とかさ……」
「可愛くなくて悪かったわね」
「うおおっ!?」
後ろから声をかけられて、俊介は心臓が口から飛び出るほど驚いた。
「い、いきなり声をかけるな! びっくりしただろうが!」
「奇遇ね。私も新田君じゃなくて、水無月君が良かったと心底思ってるわ」
「っ……閉じ込めた張本人が一番言っちゃいけない言葉だろ、それ!」
「確かにそうね。正直言えば誰でも良かったの。でも、水無月君を引き合いに出されて内心ちょっぴり傷付いちゃった? ごめんね?」
「ぐっ……」
みやびはにやにやと笑いながら、明らかに小馬鹿にしたように言い放つ。
実際、俊介はほんのちょっとだけ傷付いていた。
と、不意にみやびは、にやにや笑いをやめて、深く溜息を吐いた。
「まぁ、言いたいことは分かるわ。新田君的には、もっと可愛い系活発な感じの子がいいんでしょう? えっと……溝口とか、横峰とか、卯月ちゃんあたり?」
「うぐっ! な……なんで分かったんだっ!?」
「男子の好みは大体把握してるわ。その好みという幻想をブチ壊すような展開をクラスメイトで妄想するくらい、私にとっては造作もないことよ」
「なにそれ異様に怖い」
「女子のブラ透け見放題で喜んでるアンタと似たり寄ったりでしょ」
「それ言ったのは俺じゃねぇって! 水無月と如月だよ!」
「男子がエロいのは、普通。むきになって否定するのは、ちょっと萌える」
「怖いぞっ!?」
「はいはい。とりあえずちょっとどいてくれない? おしっこしたいんだけど」
「女子がおしっことか平気な顔で言うなよ!」
「新田君の女性信仰をズタズタにしてあげる私って、わりと親切よね」
血も涙もないことを言いながら、みやびはトイレに入った。
匂いが気になるから十分ほど時間を置くか消臭スプレーを使えと言いたいところだったが、もうそういう細かいことを言う気力もなかった。
意気消沈したまま部屋に戻り、ソファに腰掛ける。
「……疲れた」
訳が分からないまま、異質な空間に、怖い女と二人きり。
疲れるのも無理はないと割り切って、疲労を誤魔化すためにいつもの調子で携帯電話を取り出して、ネットに繋ぎ……。
「………………」
携帯電話。連絡。110番。お巡りさん。救助。大団円。
今の今まで携帯電話が『そういうツール』であることを完全に失念していた。昨日は完全にパニックだったし、朝起きた時は空腹で、さっきまでは便意と戦っていたのだから仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。
(やった……これで助けが呼べる! 携帯電話を取り上げ忘れるとか、マヌケめ!)
内心で喝采しながら、慌てず騒がす110番を押した。
ツーッ、ツーッ、ツーッ、という、絶望的な音が響いてきた。
「……まぁね。もうこの辺は予測済みだからね。知ってたし。大したことねぇよ」
俊介は涙目になった。ここに来てから泣いてばかりのような気もしたが、多分同じ境遇に置かれれば誰だって泣くに決まってると思いながら、涙を拭いた。
続いて119番を試してみる。絶望的な音が流れてきた。
「うん、知ってた。救急医療と警察はちゃんと連携してるからな……知ってたよ」
続いて、自宅、友達、親戚、ネットで調べた相談窓口みたいな場所に次々に電話をしてみたが、全て絶望的な音が鳴り響くだけだった。
匿名の掲示板に今の状況を書き込もうと思ったが、書き込んで送信ボタンを押した瞬間に携帯の電源がなぜか切れた。確認してみたが電池はたっぷりある。
(くそっ……どうなってんだこれ。新手のスタンド攻撃くらいじゃないとこんなことできないだろ、普通!)
幸いなことに、電源が一度落ちるだけで、壊れたりとかそういうことはないらしい。
しかし、この時点で俊介は通話やネットで救助を求めることを諦めた。
「……メールか。メールは苦手なんだよな……」
チマチマ打つのが面倒だからという理由で、電話だけで済ませてきた。
自分の携帯電話を必死で調べる。家族や親戚にはメールアドレスは教えていない。しかし、もしかしたら誰かのメールアドレスを登録していたかもしれない。
五分ほど探し、俊介は静かに絶望した。
メールアドレスを登録していたのは、部活の嫌いな先輩、クラスの可愛い女子、いたずらでスパムメールを送って来たクラスメイトだけだった。
俊介は嫌いな先輩と女子を除外した。この期に及んで見栄を張った。アホである。
(大丈夫だ。逆恨みしてはいたが頭は冷えてる。れに、別に逆恨みしてただけで本人に直接言ったわけじゃねぇ……ごめん。マジごめん。神様如月様、助けてください)
万感の思いを込めて、メールを送った。
メールが返って来たのは、一時間後のことだった。
「もっと早く返せや!」
「ひゃっ!? な、なに? なんかあったの?」
「い、いや別になんでもねぇよ!? 携帯ゲームのレスポンスが悪くてさ……ハハ」
一時間。一日千秋の思いで待ち続けた人間にとっては、永遠に等しい時間だった。
期待を込めてメールを開く。ようやくここから出られる。そう思った。
『童貞が妙な夢見てんじゃねーぞ。現実と戦えよ(#・ω・)』
戦ってるよ! これ以上ないくれぇに!
思わず叫んで携帯を叩き折りそうになったが、ぎりぎりで堪えた。
確かに、言われればその通りだ。しかし、今の状況は信じ難いが現実なのだ。
まずそこから伝えなきゃいけない。自分は妙な場所に監禁されていて、脱出の術がないのだ。助けを求めようにもメール機能しか使えない。
信じてもらえないかもしれないという疑問が頭を掠めるが、信じるしかない。
悲痛な思いを込めてメールを書き込み、送信した。
今度は携帯のすぐ近くにいたのか、返信はすぐに来た。
『はいはい、そういう設定なんだな。携帯をいじれるような技術力だかよく分からんものを持っている奴なら、このメールも相手に傍受されてるんじゃねーの? あと、一日二日の外泊程度じゃ警察は動いてくれんよ。特にオメーの場合は部活やら姉貴と喧嘩やらでちょくちょく無断外泊してんじゃねーか。ある意味自業自得だ。家族のメールアドレスも知らんとか、いい加減にしろよマジで(#・ω・)』
なんで顔文字でキレてんだよ。キレたいのはこっちの方だよチクショウ。
そう思ったが、書かれていることは正論だった。
しかし、俊介は必死だった。必死過ぎてもうなんか泣きそうだった。半分くらい泣いていたかもしれない。どうやって返信しようか考えていると、続けてメールが届いた。
『確かに新田の携帯には《通話》ができない。電波の範囲外になってる』
『まず、新田の自宅の電話番号を僕の携帯に転送しろ』
『それから、窓からなにが見えるか詳細に書け。電話番号のある看板とかないか? そういうモノがあれば、かなり地域を絞ることができるし十階建て以上の大きな建物は大抵駅前とか、人が集まる場所に設置されるはずだ』
『精神的に折れないように心を強く持て。相手に『自分は下等生物だ』と意識させろ』
『警察が動くまでにはそこそこの時間がかかる。特に高校生の家出なんて珍しいもんじゃないし『携帯はあるが通話ができない』なんて異常事態は冗談だと受け取られる可能性がある。説得はしてみるが、少しばかりの長期戦は覚悟しとけ』
『僕も調べてはみるが、地理には明るくない。あんまり期待はすんな』
ガチ過ぎる内容に少しだけ引いた。
それから、今の状況があまり楽観できるものじゃないと、改めて痛感する。
ちらりとみやびの様子を伺いながら、こっそりと窓の外を見る。
高い場所だった。地上何メートルあるのか分からないが、とにかく高い。一番近いアパートを見下ろせる高さ。大きな十字路。弁当屋。医者の看板と電話番号を見つけた。少しだけ希望が出てきたことに喜び、次々と窓から見える風景をメールに書き込んでいく。
時間を置いて、夜の風景も書いた方がいいかと思いながら、送信ボタンを押した。
返信はすぐに来た。
『新田、テメーコノヤロー。今相沢さんからメールが来たぞ。悪ふざけもたいがいにしろよなもう。ちょっと本気で心配しちゃったじゃねーか。時間返せこの野郎(#・ω・)』
目を見開く。目を一度閉じてもう一度開く。
メールの文面が変わったりはしなかった。
恐る恐る顔を上げてみやびの方を見ると、みやびは邪悪な表情で笑っていた。
「知らなかった? 私は、如月君とは意外と親しくしてんのよ」
「っ……テメェッ!」
「心を弄ばれて悔しい? 言っておくけど、私への暴力行為で実験はすぐに中止になるけど、その後に新田君がどうなるかは知らない。永遠に女の子を好きになれなくなっちゃう体質に《させられる》んじゃないかなぁ?」
「ぐっ……ぬぅっ……」
「ま、良い線いってたわよ。部活の関係者とか、クラスの女子には信じてすらもらえなかったでしょうからね。如月君に限っては、次からはもうメールも許さないけどね」
「………………」
人の心は、ぽっきりと、ひどく、簡単に折れる。
ふらふらと、俊介は昨日眠ったベッドに横になり、役立たずの携帯を握り絞めた。
「言い返さないのかしら?」
「うるせぇ……今日はもう寝る」
「おやすみなさい」
嫌な女の声を聞きながら、俊介は眠りについた。
こんな時でもベッドは柔らかく、眠りはいつも通り心地良かった。
昼に寝てしまったので、深夜に目を覚ます羽目になった。
気分は最悪だったし、まだ寝れそうな感じではあったのだが、腹は減ったし喉も乾いたので、仕方なく俊介は体を起こした。
「飯は……もう下げられちまってるよなぁ」
枕元にある照明を点けて、ゆっくりと立ち上がる。
寝音が耳に届いた。あまり意識はしないようにしているが、みやびが眠っているベッドは俊介のベッドの近くにある。
ちらりとみやびの方を見てから、溜息混じりに歩き出す。
屈辱感を覚えながらトイレで用を足し、暇でも潰そうかと考えながら本棚を見る。
適当な本を片手にテーブルに付くと、テーブルの上には食事が用意されていた。どうやら下げられてはいなかったらしい。
『言い過ぎた。ごめん』
そんな書き置きが残してあった。
「…………けっ」
悪態をつきながら、俊介は冷めてしまった食事に手を付ける。
とりあえず、必要なものは体力だ。精神的に参ってしまった上に、体調まで崩してしまってはどうしようもない。ガツガツと飯をかっ込み、何の気なしに携帯を開く。
「しかし……如月もひでぇよな。友達より女かよ……」
少しだけ悪態をついて、女に振られて友達を逆恨みした自分に自己嫌悪する。
「どう考えても、俺の方がひでぇよな」
なんで自分ばっかりこんな目に遭うんだ、と思う。今でもそう思っている。
しかし……今こうして冷えた頭で思い返すと、自分は友達やクラスメイトに酷いことをしてきたような気がする。俊介はそう思いながら溜息を吐いた。
『内心ちょっぴり傷付いちゃった? ごめんね?』
相沢みやびのことを、悪く言っていたのは事実だ。●毛と言ったことはないが。
水無月正人というモテるクラスメイトを引き合いに出されて、傷付いたのも事実だ。
そういうことを見透かされて、さらに返す刀でばっさりやられて、ちょっとどころではなく傷付いたのも……事実だ。
みんなやっていることだし、俺が悪いわけじゃない。そう思ってきた。
やられる方はたまったもんじゃないし、やる側にも覚悟なんてない。
そういうことが積りに積もってこの状況を招いたのだとしたら、自業自得の他に、自分にかけられる言葉なんて、一切ないんだろう。
溜息混じりに携帯を見る。見限られてしまったが、友達が送ってくれた言葉はきっと役に立つ。ここから脱出する方法はなくとも、耐え続けることはできるはずだ。
少なくとも、向こうにはこちらに危害を加えるつもりはないのだから。
俊介はそう思って、携帯を握り締めた。
「…………ん?」
そこで、ふと気付く。
最後に友達から受け取ったメール。寝る前は慌てて気づいていなかったが……。
「あれ……もしかして、これ……」
改行がやたら多い。下にスクロールできる。
ぞくりと背筋が震える。もしかして友達は……最初からこれを見越して……。
『僕は相沢さんとはわりと親しい。だが、それはそれとして、念のために、僕は新田に入れ知恵をしておこうと思う。僕が騙されているのならそれでいいんだ。僕をからかって笑い物にしたいのならそれが一番良い。ネタにマジレス乙ならそれでいい。精々笑え。もしも本当に尋常ならざる事態になっているよりは、僕が笑われた方が百倍ましだ』
『まず、新田がこのメールを見れているということは、相沢さんが直接携帯をいじったわけではないということだ。部屋に食事を用意している人と同一人物かは分からないが、相沢さんの近くには相当人がいるらしい。そして……その人は、今回のこの事態を静観するだけに留めたいようだ。積極的に新田を貶めたいと考えているのなら、そもそも携帯電話そのものを取り上げてしまえばいいだけだ』
『相沢さんは、君の携帯の中身を見てはいるが、それはあくまで携帯を盗み見ただけで、新田に送られたメールを直接見れるわけじゃない。そして……メールの送受信を止めるように頼むことはできても、自分でそれができるわけじゃない』
『つーか、無駄かもしれないけど携帯にロックくらいしとけ。それからちゃんと電話番号の他にメルアドも聞いて、見栄を張らず僕以外に救助を求めなさいよ(#・ω・)』
『前のメールにも書いたが、救助はあまり期待するな。携帯の操作を一部いじると書けば簡単だが、そんなことは普通人に実行できるわけがない。携帯端末というモノは最新機器であり精密機器だ。そこにはたくさんの人の努力と英知が詰まっている。それを打破するだけのなにかがあちらさんは持っている。……しかし、尋常ならざる状況ではあるが、心身共に健康であれば、逆転の目は腐るほどある』
『そのために、羞恥を捨てろ。言われた禁止事項以外は全部やれ』
『トイレを撮影された? そんなもん、妹と姉貴に座薬を入れられた僕に比べりゃなんてこたあない。他人と家族じゃ重みが違うかもしれないけど、家族なんて一生モノでからかってきやがるからな。恥はかき捨てにしちまえ。脱糞シーンがネットに流れようが、お前は一等に格好良い野郎だ。僕が保証する』
『それはともかく、ここからは我慢の戦いになる』
『恐らく、新田の人生史上最悪の戦いになるだろう。新田が閉じ込められてから何日目かは僕からは分からないが……近いうちに、実感することになるだろう』
『今のうちに言っておく。なに意識しちゃってんの? ざまぁwwww』
『しかし相手は新田を舐めている。完全に舐め切っている。クラスのチャラい馬鹿くらいの認識だろう。だから、相手の思惑を外せ。想像以上に我慢しろ。思惑が外れれば相手は焦れてくる。焦ってくる。相手が焦った時が勝機だ。相手よりもさらに我慢してやれ』
『現実を舐め切ったアホ女に、リアルを見せてやるがいい。あっはっは』
『んじゃな。お前は僕のことを友達だとは思ってないかもしれんが、僕は友達だと思っている。友達は大事にする性質だ。笑ってやってくれ』
少しだけ長い文章を読み終わって、俊介は長く、長く溜息を吐いた。
「如月は……アホだなぁ」
いつもなら笑い飛ばしただろう。アホだこいつと、笑い続けていただろう。
もしも自分が『本当にそうだったら』なんて、想像もせずに笑っていた。
アホだ。ネタにマジ過ぎるだろ。マジでアホだ。そもそも信じるなよ。
「いや、でもあれだな……うん……アレだ」
ぐびぐびとジュースを飲み干し、俊介は口元を歪めた。
「アホだなぁ……俺は。そりゃふられるわ」
次々と頬を伝うものを拭いながら、俊介は大きく息を吐いた。
○ヤらない。理性で本能はコントロールできる。
○ヤる。本能の前では理性などクソ同然である。
戦いは、始まる。
ラブコメが、始まる。
まぁ、実際の所、ラブコメは次回からっすわ。
あ、言い忘れてたけどプロローグ含んで、全七部予定。