四章 預言者
朝最初の職員が入ると同時に協会へ飛び込み、必要な資料のコピーを持参した革鞄に詰めて建物を出た。
「何だ、まだ九時か。折角だからどこかのカフェで優雅なブレックファーストといってみるか」
遺跡発掘中は週に一度の外出で買ってきた保存の利く缶詰とガチガチのパンが主食だ。イースト菌の使われたふわふわパン、一昨日のクレオの知り合いのおじさんのパンは実に美味かった。
商店街には焼き立てのパンの匂いがそこかしこから漂ってくる。数軒の中から小洒落たル・モンドと看板の掛かった店に入る。
カランカラン。
「いらっしゃいませ。空いている席にどうぞ」
そうキッチンの奥から男の声が言う。それに反応して奥の席から女の子の声がして、通路に頭が出た。
「あ、デイシー」
「アレクさんも朝御飯ですか~!こっちどうぞどうぞ!」
行ってみると幼き新聞記者は一人ではなかった。
「リサちゃんもいたのか。おはよう」
薄蜜柑色のワンピースからは微かにラプラスの甘い香りがした。ちゃんと受け取ってくれたようだ。
「おはようございます、アレクさん。ここ、座りますか?」
「ありがとう」御言葉に甘えて少女の隣に腰掛ける。
「よく来るのか、この店?」
「デイシーちゃんのおすすめなんですよ。あんまりお客さん入らないから何時間でも粘って原稿が書けるのと、純粋に美味しいおすすめ」
「へー」
店員にしては歳のいった男が水とオレンジジュース二つ、パンの入った大きなバスケットを持ってきた。
「タイナーのお嬢さんがこんな朝早くに来るなんて珍しいな。いつも通りチョコドーナッツと白パン、メロンパンとクロワッサン、マーマレードとストロベリージャム。今アップルパイが焼き上がったんだが一緒に如何かな?」
「うん。一個お願い」
「貴方はどうされます?」手書きのメニューを俺の前にさっと差し出す。「今日はこれだけご用意しております」
「えっと、そうだな……じゃあメロンパンと、さっき言ってたアップルパイでお願いします。ドリンクはホットコーヒーで」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
店の中に他の店員の気配は無い。どうやら彼が一人で経営しているようだ。
「コーヒー飲むなんて大お爺様みたい~、アレクさんって私達と同い年なのに大人なんですね~!」
「え??いや、デイシーは少なくとも俺より年下だろ?そんな童顔なのに」
そう言うと彼女は柔らかな頬をぷぅ、と膨らませた。
「これでも十八歳ですよぅ~。カーシュ君やルザちゃんと同級生」
「え?てっきり十四ぐらいだと」
「幾ら能力主義の浸透したシャバムでも、義務教育も終えないで新聞記者にはなれませんよ~。しかも宇宙一のシャバム新聞社、入社試験も半端無く難しいんです~」
「?どうして記者に?」
「アレクさんは五年以上前のシャバム新聞の最後のページ読んだ事ありますか~?」
「ああ……そう言えば、確かその頃は紀行の連載記事がずっと載っていたような」
「はい、記事の名前はジイドおじさん旅紀行。シャバム新聞で二十三年続いた人気記事です。残念ながら、その連載は五年前にそのおじさんが同行していた奥さんと旅行先で転落事故に遭って打ち切られました」
「それは、もしかしてデイシーの」
少女達は不謹慎なぐらいニコニコと笑う。
「二人共怖いぐらい親らしくない親で~、取材から帰ってきたら真っ先に私を書斎に連れて行って記事作りを手伝わせるんですよ~。千枚以上撮った写真から載せるのを選ばせたり、子供が見ても理解できるように校正したのを何度も読み返させたり。で、やっと記事ができたと思ったらもう次の旅の準備してて、本当に何にもしてもらった記憶が無いんですよ?私小さい時からお爺ちゃん子だったし。私の中では親子ではなくて、ずっと記者さん達とアシスタントの関係」
「でもデイシーちゃん、いつか絶対おじさん達に付いていきたいって言ってたよね」
「だ、だってお父さん、いっぱい楽しそうな話をするんだもの!」
親と同じ仕事ってのは俺と同じか。憧れる気持ち、分かるなあ。お、パンとコーヒーが来た。
「あ、でも……デイシーちゃんがおじさん達みたいに長い間旅に行っちゃうと、今みたいに遊んだりできなくなっちゃうね……」
「心配しなくても行かないよぅ~。私がいなくなったら大お爺様の面倒は誰が見るの」
「それもそうね」クスッ、と笑う。「だけどデイシーちゃん、本当は行きたいんじゃ」
「今でも取材で充分飛び回ってるもん。それにどこか行くならリサちゃんと行きたいな~」
「私じゃなくても、ルザさんや……カーシュさんとか」うん、何だ今の間?
「あの二人じゃまったり温泉に浸かってくれないよ~。ネットで温泉卵作ったりとか絶対無理。そう言う事に付き合ってくれるの、リサちゃんぐらいだもん。ほら、外出すれば自然に身体も鍛えられるってお医者さんも言ってたし~、ね?」
「でも……街を歩いても倒れるし、私が行っても楽しくないよ。それにカーシュさんなら喜んで一緒に行ってくれると思う」
「?何でそこでカーシュ君の名前が出るの?」
「だ、だって……その……カーシュさん、意外と爺むさそうだし。デイシーちゃんと趣味合うんじゃないかなって……」
再会してからの会話の記憶を辿ってみるが、そこまで老成している様子は無かったと思う。
「う~ん、でも男女だと二部屋取らないといけないし、お風呂も別だし~、あんまり行く意味無いと思うよ。それでいくなら~、私はカーシュ君よりクレオさんやアレクさんと行きたいな~!」
「おいおい、俺はともかくクレオは機械だから温泉には入らないんじゃないか?」
「あ、そっか」
「え……そうよね……オーバーヒートしちゃうかも」残念そうな表情。
「リサちゃん、ほら、温泉に入れなくても~、一緒に緑の中を散歩したりとか、お土産買ったりとかできる事は色々あるよ~」
「そうそう。リサちゃんが誘えばきっと来ると思うぜ」
少女はしばらく考え込んでいたが、「ううん……行っても迷惑になっちゃうだけだと思うし……」小さな声でそう呟いた。
「そうかなぁ~?リサちゃんは色々考え過ぎてるだけだよ。まぁ、家からもあんまり出ないのにいきなり遠くに泊まりで行こうってのも、慎重になっても仕方ないのかな~」
デイシーは立ち上がり、「ちょっと待ってて。そろそろ資料を揃えてくれてる頃だから取ってくる」そう言って店を出て行った。
「……デイシーちゃんの言う事が最もなのは分かっているんです。でも……」
「遠出でなくても商店街を見てくるとかさ。少しずつ行動範囲を広げていったらいいんじゃないかな」
「私も、クレオさんみたいな機械の身体だったら良かったのに……」
「リサちゃん」
「―――ご、ごめんなさい。アレクさんには関係の無いお話です。私、小さい頃病院のお誕生会や遠足ではしゃいでよく倒れて、皆の楽しみを壊してばかりだったから。折角旅行に行ってもまた直ぐ帰って来るかもと思うと、怖いんです……」
「そっか、そうだよな……」この子の恐怖はかなり根が深い。他人が口先で簡単にどうこうできる代物ではない。
「外に出る練習もしなきゃ駄目なんです。お医者さんにもそう言われてて、でも……」
「俺やクレオならいつでも付き合うよ。今はちょっと立て込んでて難しいけど」
「聖者様のお仕事を手伝っているんですよね」
「ああ」
「……私、よく氣が弱いですねって言われるんです。発作が多いのも心臓より、そっちの精神的な問題が大きいって前に一度教えてもらいました」
「まあ、病は気からって言葉もあるしな」
リサは微笑んで、「今日はクレオさんの摘んできてくれたラプラスのお陰で久し振りに気分が良いんです、きっと良い氣が入っていたんですね。それでデイシーちゃんに無理言って朝ご飯に付き合ってもらって。ふふ、朝から外でのご飯なんて何ヶ月振りかな。これからデイシーちゃんの調べ物に付いて行って図書館で本を借りてくるつもりなんです」
「俺は取り合えずこの資料を届けて、カーシュと半日は政府館の除草作業だな。――そう言えばさっき、やけにあいつを推してたが」
「ああ……デイシーちゃんには内緒にしてって言われてるんですけど、カーシュさん、デイシーちゃんが……普通に女の子として好きなんです。でも肝心のデイシーちゃんはカーシュさんはルザさんとずっと付き合ってると思い込んでて。ルザさん転入生で、学級委員のカーシュさんが色々教えてあげてたのが誤解の原因らしくて」
学級委員か、確かにあいつ面倒見は良い方だからな。
「それならリサちゃんに相談しないでさっさと本人に告白すりゃいいのに」
「カーシュさん、そんなつもりは全然無いって前言ってました。デイシーちゃんはエルシェンカ様のたった一人の孫娘、目に入れても痛くない程可愛がられていて、とても自分がもらえるはずがない。学校を卒業した今でも時々話せるから充分だ、と」
彼女はふぅ、と溜息を吐き、「まぁ、告白するにしてももう少しデイシーちゃんにその気が無いと。デイシーちゃんそういう事疎いから」
カランカラン。
「いらっしゃいませ―――あ!」
店主が吃驚して今入ってきた客へ駆け寄り、深くお辞儀をした。
「これはエリヤ様!先日は占って頂きありがとうございました」先程とは打って変わって敬語を使う。
店主の頭の先に十六、七歳の少女と、四十代の眼鏡を掛けた男が立っていた。
少女は全体的に色素が薄く、切れば空気に溶けていってしまいそうな蜜色の肩までの髪をしていた。乳白色の厚手のローブに魔術の紋様なのか金のアクセサリー数個が直接縫いつけられている。
「いえ」彼女は涼やかな声で応え、「この店は七十七羽にとっても喧噪を忘れる貴重な場です。言の葉が役に立てれば何より」
「ええ、全てエリヤ様のおっしゃる通りになりました。御礼に焼き立てのパンは如何でしょうか?御馳走させて頂きます」
「ほう。それは全て只と言う了解で構わないのかね?」男は知識人特有の喋り方をした。
「勿論ですとも」
「ふむ、どうするねエリヤ?」
「元々食べに来たのですからよろしいのでは義兄様?お願いします」
「はい、ではそちらのお席にどうぞ」
二人は俺達の横を通り過ぎて一番奥の席に向かい合って座る。その時、やけに少女のローブの袖が揺れたのが気になった。
「なあ、あの女の子誰なんだ?」
「エリヤ様です、占い師の。この街で一番当たると評判の。知らないんですか?」
「ああ。辺境で遺跡ばっかり探してるとどうも情報に疎くて」
「半年ぐらい前に商店街の南で始めて以来、あっと言う間に何でも当てると噂になったんです。今視てもらおうと思ったら予約が三ヶ月先まで一杯ですよ」
「へー。どんな占いするんだ?タロットカード?それとも水晶玉?」
「うーん。人によっては偶に相を見たりするらしいけど、基本何も使わないそうですよ。エリヤ様両腕がありませんから、道具を使う占いはしないんです」
「あ、それで……」
二人の方に視線を向けると、兄がオレンジジュースにストローを刺している所だった。
「なら何をして当てるんだ?」
「当てるって言うか……当たるんです。エリヤ様預言者だから」
「預言??」占いなのかそれは?
「明日の何時何時に足を怪我をするでしょうとか、大事な人が何時何時に現れるでしょうとか、凄く細かく教えてくれるんです。しかもそれが全て悉く的中していて」
リサは目を丸くして、「私の主治医の先生もエリヤ様に視てもらったんです。急患が何時何人来るのか半年先まで教えてもらっているんですって。今一ヶ月ぐらいですけど的中率百パーセントらしいですよ」
「本気で?」
明日明後日ならともかく、半年先まで全部当たっているとなると天文学的な確率だ。
「なあ、折角同じ店に来た縁だ、少し頼んで視てもらおうぜ」
「だ、駄目ですよ!こうして朝御飯を食べている間にもお店の方には予約の人達が並んでいるはずです、お時間を取らせるなんて」
「リサちゃんだって視て欲しいだろ?ほら、物は試しで行ってみよう」
「アレクさん!?迷惑ですってば!」
注文を取り終えた店主と擦れ違いに二人のテーブルの隣に立つ。
「もしかして占い師のエリヤさんですか?俺、あなたのファンなんですよ。いやあ、お会いできて今日は朝からついているなあ」
兄妹は互いに目を合わした後、同時に耐えられないように笑い出した。
「え?」
「あなた、嘘は使わない方がよろしいですわ。人を騙す才能がありませんもの」
「そちらの女の子に言われて初めてエリヤを知ったのだろう?ああ、弁明する必要は無い。吾輩達は二人共地獄耳でね、君達の会話は丸聞こえだ」
「しまった……」
リサがこちらに寄って来て、服の袖を引く。
「戻りましょうアレクさん。エリヤ様の食事の邪魔になります。す、済みませんでしたエリヤ様」
「……一月後の今、家の裏手にある楡の木の下を見なさい。あなたに大きな影響を与えるものを拾えるでしょう」
「え……?エリヤ様、大きな影響を与えるって」
「あなたにも……そう、一月と十日後に今後の人生における指針が現れるわ」
指針?何だ、どういう意味だ?
「もっと詳しく教えてくれないか?」
「駄目」
占い師はジュースを飲み始める。
「ここから先は課金対象、と言う事だ。一人につき十分一万だがどうするかね?」
「義兄様」唇を尖らせ「七十七羽はそんな暴利を貪る商売はしていません」
「ほんの軽い冗談だ。本当は千で視ている。結果が気になるならきちんと店の方で予約をしてくれたまえ」
三ヶ月先で二ヶ月前の事を訊いても意味無えだろ。
「あ、ありがとうございますエリヤ様。視て頂けるなんて光栄です。そうだお礼を」財布を出そうとしたリサに「別に礼はいらないわ。七十七羽は宣告の一羽、己が使命を果たしただけです」そう言うと彼女はふ、と唇を綻ばせた。
書類を片手にお父様の執務室の扉を開ける。
「持って来ましたお父様………な!」
いた事はいたが、そいつはお父様ではなかった。机に脚を投げ出すなんてはしたない真似をあの人ができるはずがない。
「誰かと思ったらおませなお嬢様か」
シャワーを浴びたばかりらしく、黒髪が幾らか額に張り付いている。お父様のいつも使っているシャンプーの匂いが仄かに漂ってくる。
「お父様は寝ていらっしゃるみたいね。これ、出来たわ。起きたら目を通すように言っておいて」
「ああ」
既に積み上がった書類のサインを確認してから乗せる。
「流石ジュリトは仕事が早いわね」
昨日から不死族達はフル稼働中だ。現に昨夜から一度として彼等を目撃していない。
ヒュッと聞こえた時には遅かった。右腕を引かれてあっと言う間に燐の膝の上に乗せられる。
「きゃあっ!離しなさいよ!!」
「嫌がる事はないだろ。小さい時は一日中乗ってたじゃないか」
「お父様だけよ!あんたは嫌!」
ニィ、お父様の顔で意地悪な笑みを浮かべる。
「お前ホントにマセ子供だな」
皮膚の外から入ってくる僅かな温もりは間違い無くお父様なのに――!
「目の下隈できてるぞ。何だ、お前も昨日は徹夜か?女子の夜更かしは本当に身体に悪いぞ。伯父さんが枕になってやるから少し寝ろよ」
「離せって言ってるでしょう!」
腕を引き剥がそうとしたり脚をバタつかせてみるが、全くビクともしない。
「ルザ」
不意に向きを変えられ、向かい合わせに抱き締められる。
「きゃ……ぁ……」
シャンプーと石鹸の芳しさ、お父様の香りが鼻腔に侵入してくると眩暈がした。燐の言う通り寝不足なのかもしれない。
「おい、本当に大丈夫か?また前より痩せたんじゃないか?」
お父様の手で優しく髪を撫でる。
「まだあの火遊び続けてるんだろ?俺からは止めろとは言わないがほどほどにしとけよ。お前には魔術の才もあるんだしな」
「嫌!!」
それでは遅過ぎる。
「ただの人間の私が……あいつよりお父様の役に立つにはこの力を使うしかないもの」
命が削れようが関係無い。私は可哀相なあの人を守りたい、ずっと笑顔でいて欲しい。
「……それがマセ子供ってんだよ」
頭に手を置き、ワサワサと髪を掻き回す。
「にしてもルザお嬢様、お前今日本気で顔色悪い。手伝いはいいから病院行って来いよ」
「大きなお世話。早く次の書類を渡しなさい」
下らないお喋りをしている時間は無いのだ。
「いいや、病院が嫌ならせめてそこのソファで休め。朝飯もまだなんじゃねえのか?食堂で貰ってきてやるよ」
「いらないわよ!!」
力が抜けた瞬間に振り解いて降りる。
「あんたに頼んだ私が馬鹿だった。勝手に持って行くわ」
「……………え?」
顔つきが変わっていた。どこか幼さを感じさせる瞳、言葉を紡ごうと開きかけた血の気の無い薄い唇。
「ルザ、どうかしましたか?何か解らない事が……?」
数秒前とは真逆の不安げな声。
「い、いいえ。終わったので判を頂こうと」
「え、もう終わったんですか?まさか一睡もしないで……?だ、大丈夫ですか?少し休んだ方が」
お父様はいっそ哀れなぐらいおろおろして、「氣も弱まってる……と、とにかくそっちのソファに」
「は、はい」余りに動揺しているので思わず頷いてしまう。
クッションを枕代わりに寝かされて、肘掛けにあった毛布を掛けてもらう。
お父様が手を私の胸に当てる。木漏れ日のような優しい温もりが心臓を通して全身に巡っていく。疲れた身体がふぅっ、と軽くなる。
こんな不思議な術があるなんて、お父様に出会うまでは全然知らなかった。奇跡と呼ばれるこの力でお父様は難病や重傷を抱えた人々に救いを与え続けている。
「どう……?少しは楽になったかな」
「はい。とっても元気になりました」
月のようなお父様。穏やかな光で私達の心を照らしていてくれる。
「良かった。朝御飯はまだ?」
「はい」実は朝はお父様がお休みの日しか食べない、食欲が湧かないのだ。
「私もまだです。レストランから帰ってずっと書類を片付けていたので。明け方燐さんと代わってもらってシャワーと着替えをしてきてもらいました」
そう言えば昨日は髪を洗っていない。忙しいとはいえ、お父様の前でだらけた身嗜みをする訳にはいかない。
「ルザは横になっていて下さい。何か食べたい物はありますか?」
「……カリカリに焼けたベーコンエッグとトーストが欲しいです」
「分かりました。では行ってきますね」
バタン。
「ふぅ……」
張っていた気が緩んだからか頭が重くなってきた。少し痛みもある。
「姉ちゃん?」
いつの間に杖から抜けてきたのか、ロディが珍しく心配そうな顔で背凭れの上から覗いていた。
「少し疲れているだけよ。平気。それより早く戻りなさい」こちらに現れている間は私の魔力と生命力を与え続けなければならない。今の状態ではあと何分も保たないだろう。
「戻る前に一つ訊きたいんだけど」
「何?」
「姉ちゃんは、何で俺と婆さん、二人も使役しているんだ?その、村でも複数の契約ができるのは大人だけだったから、気になって」
「ああ、単に二人いれば近距離も遠距離も対応できて便利だと思っただけよ」
弟はさらに何か言いたそうにしたが、「ああ、そっか……うん。姉ちゃん、無理すんなよ」とだけ告げて杖に帰っていった。
「……何なのかしら」
死霊は成長しない。私が大人になろうとしているのに、弟は村があんな事になった日のまま。生きていれば先月で十六歳だけど、声変わりもしていない。
「つっ!」
右手首の骨がズキズキする。九年前、あの子の契約の証を刻んだ所だ。疲れが出ると時々こうして痛みが出る事があるが、大抵数分で自然に治まる。
今日も手首を掴んで耐えたのは二分程。大した事はない。
キィ、ドアが開く音が聞こえた。が、入ってきたのはお父様ではなかった。
「誰かと思ったらルザか。具合悪いの?君いかにも低血圧そうだからね」
「ええ、誰かさんの無茶な脅迫に苦しめられてこの有様だわ。死霊術で呪殺してやろうかしら」軽く脅してやると奴は大袈裟に両手を上げた。
「おお怖。ところで苦しめられてる張本人は?さっき家から戻ってきたはずなんだけど」
「食堂に朝食を取りに行っているわ。何、まだ何か嫌味がおあり?」
「違うよ。コーヒーで一服するから一緒にどうかと思ってね。丁度冷蔵庫に誠が好きそうなケーキがあるんだ。君もどう?」
企んでいる?お父様に害が及ぶ前に突き止めなけ。
「あれ、エル?エルも休憩?」
お父様は普段敬語を使っているが古い友人、例えばこの聖族などには子供みたいな話し方をする。それもちょっと悔しい。
「うん。昨日来たお客さんからチーズケーキ貰ったんだけど食べてくれない?六カットもあって困ってるんだ」
「デイシーさんは?今日はまだ来てないの?」
「彼女なら午前中は友達の外出に付き合うそうだよ」
「リサさんの?珍しいね、あの子朝は具合が悪い日が多いって言ってたのに」
「そう言えばあの機械技師の子、クレオと友達なんだってさ。デイシーが言っていたよ。ところでどうしようか?僕とデイシーと、ああそうだ、もうすぐ探検家の彼とカーシュが来るんだった。なら丁度分けられたね」
何故こんなに和やかに話していられるのだろうか。こいつはお父様の地位を脅かすかもしれない存在なのに。
「……ルザ?どうしました、そんな怖い顔をして」
「ああ、誠。彼女は僕が君を陥れるんじゃないか心配しているのさ」
お父様はキョトンとした。
「どうして?エルは友達だよ」
「友人でも騙そうとする奴は五万といるよ。謹慎を喰らったら僕はこれ幸い、地位も権力も乗っ取って連合政府から追い出すんじゃないか、違う?」
「……違わない」
肯定するとエルシェンカはあはは、と高い声で笑う。
「まあそれが普通の権力者の在り方だろうね。でも、残念な事にそれは非常に困難だ」
彼は両端を除いた三本指を立てる。
「まず一つ。僕には不死省を管理できる権限が無い」
連合政府の中にあって不死族とその関係者が所属する機関。政府館の一階西側を使い、不死族が宇宙で円滑に暮すための支援を行うのが主な目的だ。私、お父様の護送をするカーシュもここに属している。
が、しかし。政府の組織でありながら、彼等が受け取るのはお父様直々のサインが入った書類のみ。不死がこの街に移住して二百年、一度としてそのルールが破られた事はない。ではお父様が静養中でサインできない状態の時はどうするかですって?決まっているでしょう。不死省の前の廊下のあちこちに紙屑が散らばっているわ。
「僕には彼等にワックス掛け一つさせる事もできない。まして裏切って勝ち目があると思う?」
「万に一つも無いでしょうね」
相手は三百人。但し剣で斬っても魔術で攻撃しても痛みを感じないし、何より死なない連中。向こうを一人葬ろうとする間に政府員が全滅するだろう。
「だろ?敵に回すなんてゾッとするよ」
お父様は話題が話題だけに合いの手を打つつもりは無いようだ。取ってきた食事をテーブルに並べている。
「二つ目。誠には信奉者が多いから、外すと政府の評価は急落する」
「同感」
不本意でもあるけど、定期的に病院や孤児院を慰問して治療を行う聖者様は宇宙中で良い評価を得ている。お礼の贈り物や手紙も毎日のように届き、お父様は毎夜それら一つ一つに目を通して返事を書いている。全く、贈られる側の身にもなってみなさいよ、と言いたい。
「最後は?」すっかり食事の支度を整えたお父様が尋ねる。
「そりゃ勿論、僕等が友達だって事だよ。伊達に二百年も一緒にいる訳じゃないだろ」
その時、お父様の顔がはっきりと曇りを見せた。ここに来た時から何度も覚えがある表情。
「あ、御免……」
『あいつ』の事だ。お父様は今の一言であいつを思い出してしまった。
「大丈夫……気にしてても仕方ないもの。……私はここを守らないと」
目を落とし、白い拳をギュッときつく握り締める。
「誠」
「何かしていた方が気が紛れるから。今はLWPの人達の事があるし、休んでいられない」
「ああ……そうだね。早く僕の出した宿題を片付けるといい」
何も言えない、エルシェンカの表情はそう言っていた。私もお父様に掛ける言葉が一つも思い浮かばない。胸が、締め付けられるように痛んだ。
「ルザ、少しの間起きられますか?ちゃんとベーコンエッグ焼いてもらいました。いい匂い」
「じゃあケーキとコーヒーを持って来るよ」
バタバタと廊下を走る複数の足音が聞こえてきた。どうやら当分静かに休めそうにはない。
ボクサーさんは髪を少し伸ばしていた。それにエレミアにいた頃より全身の筋肉が付いていて逞しさが増している。
「これからどこに住むんですか?」
「政府の寮だよ。ほら、あそこに煉瓦の建物があるだろ?昨日送った荷物はもう部屋に運んであるはずだ。本当は安いアパートを借りたかったんだが、シャバムじゃオルテカみたいな賃貸が無くて仕方なくさ」
確かにオルテカにあったような集合住宅はシャバムでは見かけない。庭付きの戸建ての家ばかりだ。
「お前は聖者様の家だったか」
「よく知ってますね。イムおじさんとヘレナさん、あとレティさんも住んでいますよ。あ……でも知らないかもしれませんね。エレミアでは地区が離れていましたし」
「そうだな。一通り片付いたら挨拶に行っとくよ」
「はい、是非。ところで一つ訊いてもいいですか?」
「何だ?」
「僕達が支部に行った時政府の人達と出掛けていましたけど、何かあったんですよね?」宇宙船では席に着いてすぐボクサーさんが眠ってしまったので訊けなかった。
彼は首を捻り、「まぁな。アパートの路地で殺人事件があったんだ」
「凄い!ボクサーさん、殺人事件の捜査をしていたんですか!!?」アレクと勉強した限りの知識では殺人なんて凶悪事件を調べられるのは警察の敏腕刑事だけだ。エレミアにはそもそも警察自体なかったし。
「聞き込みに回ってただけだよ。流石に素人が現場検証する訳にはいかんだろ」
「ふむ」シルクさんは顎に手を当てる。「良ければ分かっている事を教えてはもらえないだろうか?あくまで純粋な好奇心から来るものだが」
「僕も聞きたいです」
「別に構わんが情報はほとんど無いぞ。被害者は身元不明の焼死体。身分を証明できる物は全部炭化していて、体格から成人だろうって事以外性別すら解剖に回さないと識別できない。で、目撃者は今の所ゼロ」
「!それはもしや、連続焼死事件の」
「多分な。被害者不明遺留品皆無、しかも目撃者無し。現場が違う星って事以外前の二件と全く同じだ」
顎を撫でながら、「行方不明者リストとの照合は政府の方でやってるはずだよな?」
「科学省で焼け残った細胞からDNA鑑定とやらを行っているらしいが、開発されたばかりの技術で精度がそう良くないそうだ。あくまで参考程度にしかならぬ」
「そいつぁ残念だ。ま、仮に身元が分かった所で犯人まで辿り着くだけの物証も無いんだけどよ、見事に焼けちまって」ボクサーさんは自嘲気味に笑った。「じゃあ俺はそろそろ行く。暇ができたらまた遊ぼうぜ」
「是非お願いします」
寮に入る彼を見送った後、シルクさんも自宅にリサさんの様子を見に帰っていった。
政府館の下駄箱でスリッパに履き替え、書類の入った紙袋を抱え直す。
「さてと、一応全部できたし執務室へ」
キュゥゥゥン!
「?」
胸の中の機械から変な高い音がする……おかしい。一通りの計器に異常は無い。中にゴミでも入ったのかな?
廊下を曲がって最も近い男子トイレ。個室のドアを閉めて、と。
「何だろう……?」
服を脱いで臍のボタンを押す。人工皮膚で出来た胸が両側に開き、主に動力を生み出す機関が詰まった銀色のボックスが姿を現す。
カチャッ。
「うわっ!?」
ボックスの蓋を開けると中から何かが飛び出した。それは天井を一回転して僕の膝の上に降り立つ。
七色の羽根持つ孔雀は大きく伸びをして、「久方振りだな。クレオ」やや老けた女性の声で話し掛けてきた。
「グリューネ様!ど、どうして僕の中に」
エレミアに唯一残った生命の神殿を守る魔、陽の光をその身に宿す美しき巨鳥。初めて会った時は余りの大きさに思わず腰を抜かしてしまった。
小鳥サイズのグリューネ様は翼を動かして、「前に羽根を渡しただろう。どうやら何かの弾みで入ってしまったようだ。そのお陰で陽の力を得てこうしてお前と再び話す事ができたのだがな」
そうか。ボックスには全身に浴びた太陽光を電気に変えられるバッテリーがある。
「グリューネ様が無事で何よりです。そうだ僕、色々お訊きしたい事があって」
「残念だがクレオ。私は無事ではない」
「??」
「私はお前に託した一枚の羽根でしかない。私の本体は未だエレミアに残されているか、もしくは消滅してしまったのだろう。今の私はろくに力を使う事もできぬ。だが答えられる事なら教えよう」
「あの時、エレミアで何があったんです?」
「……本体から送られてきた最後の思念には、宇宙に開いた歪みが見えた。原初の闇……そこから悪魔共が侵入してきたのだ」
「はい。レティさんの御両親はそれに殺されて」
「ああ、痛ましい事だ」
「この宇宙にもエレミアと同じように悪魔が現れています。もしかすると二つの世界は――距離的に案外とても近いのかもしれません!方法さえ見つければ帰れるぐらいに」
僕がそう言うとグリューネ様は目を僅かに伏せた。
「クレオ」
「はい、何でしょうか?」
「他の飛ばされてきた者達とお前には決定的に違う点がある。……お前はエレミアしか知らぬ者、滅びの街を故郷とする者だ。帰りたいと願っても仕方がないだろう」
起動して以来、僕の記録にあるのはあの街の風景、人、交わした言葉。思い出すだけで胸が温かくなってくる。
「僕は帰れるんでしょうか?教えて下さい!」
「……一人で帰る事になっても、なおそれを願えるか?」
「―――はい。滅びは止められなくても、せめてディーさん達が取り残されていないか確かめに行きたいんです」
神様、どうか僕が戻るまでエレミアを消滅させないで下さい。
「そうか……ならまずは情報を集めるのだ。その心があれば或いは叶うやもしれぬ。ところで、先程の話だが」
「さっきの話と言いますと?」
「ボクサーの言っていた身元不明人の話だ。若しや被害者はエレミアの人間ではないだろうか」
「え!ど、どうしてですか!!?」
グリューネ様は嘴で羽根を啄みながら「あくまで可能性の一つとして提示してみただけだ。強いて言うなれば、元々この宇宙にいない人間ならば家族が警察に駆け込む事も無く、身元が未だ証明されていないのも無理からぬのではないかと」
そ、そうだ。レティさんも悪魔に襲われていたし、他の人が同じように危険な目に遭っていても不思議じゃない。
「グリューネ様!何か、エレミアの人だと調べる方法は無いんですか?」
「うむぅ、エレミアならば遺伝子を正確に比較可能な機械があるのだが……先程の話の限りこの宇宙の科学技術はエレミアより立ち遅れているようだ。かと言ってクレオ、お前に遺伝子を解析するプログラムは」
検索。
「――ありません」
「だろうな。感覚特化型のお前にそれが入っているのもおかしな話だ。……せめて生きていれば魔力の波長から判別がつくのだが、ううむ」
「面白そうな話じゃないか」コンコン。
「!?」突然の声とノックに思わず便座から身体が浮いた。
「俺とカーシュだよ。誰かと話しているのか?」
「アレク!?」
ボックスを閉めて服を整えグリューネ様を頭に乗せて鍵を開けて出ると、服を土塗れにした二人がいた。カーシュは袖を捲って洗面台で肘まで洗っている最中だ。顔を上げて鏡越しに僕等を見る。
「お、何だ?珍しいインコ、いや鸚鵡か?虹みたいな色してるぞ。こいつと喋ってたのか?」
「うん。グリューネ様と言って、エレミアを守護する御方です。アレク、前に言っていた遺跡の住人ですよ」
「へえ!」感嘆の声を上げる。「こんな綺麗な番人がいる遺跡はまだ行った事ないな」
「クレオ。私の事は軽々しく話すな。そなたらも今回は不可抗力だったとはいえ口外せぬように」
「?ああ、分かった」「確かに喋る七色の鳥なんて珍しいからな、誘拐されて闇ブローカーに売られちまうかも」
二人が快諾すると彼女は気を良くし、「素直でよい若者達だ」と褒めた。
「ところでさっきの話、魔力を測るとか何とか」
「はい。グリューネ様なら魔力が分かればエレミアの人間かどうか判るそうです。でも、残っているのは死体だけ」
「もしかして例の連続焼死事件か?被害者が全員身元不明の。あれLWPなのか!?」
「有名な事件なのかカーシュ?」
「そうか、お前ド田舎ばっかりにいてニュースに疎いんだったな。後で説明してやるよ」
「ああ、サンキュー」
流石幼馴染。僕はちょっと二人が羨ましくなった。
「まだ仮説の段階だがな。しかし確かめようにも死体は魔力を出さない」
「魔力なら残っているぜ」
「何?」
カーシュはタオルで濡れた所を拭き取る。
「二つの遺体が着ていた服のボタン、リュネさんの話じゃ魔力が残っているらしいぜ。あ、リュネさんってのは魔術科学研究所の所長」
「それだ!その波長、解析は進んでいるのか?」
「いや、それがどうも芳しくないって噂。あー成程、流石のリュネさんでもLWPの波長のデータは持っていないよな」カーシュは首を横にして顎に手をやり「大体波長で七種の判別が付くはずなのに未だに報告が上がってねえって事はそういう事だよな多分」
「エレミア人ならばクレオの波長とかなり近似しているはずだ。私の知る限りエレミア人の波長パターンは九十七パーセント以上同一」
「面白れえ。クレオ、魔術科学研究所は地階だ。先に行っててくれ。おいアレク、とっとと着替えてこようぜ。これは見物だ」
「ああ」
二人と別れた後、僕はグリューネ様を再び胸に納めてからトイレを出た。受付で場所を訊き、薄暗い地下への階段を降りる。
昼なのにひんやりとした空気。真っ暗な中壁のランプがぼんやり辺りを白く照らす。
「誰?」
闇の中からローブを着た女性が浮かび上がる。まだ若い、二十代後半。首すじまでの髪にシャープな顔のラインが知的な感じ。暗くて髪や瞳の色は分からない。
「ぼ、僕はクレオ・ランバート、LWPです」
「ああ、坊ちゃまの言っていた……私はリュネ。何か御用?」
グリューネ様の仮説を話すと、見る見る彼女の顔つきが変わった。
「何て事かしら……!私ともあろう者が完全に盲点だったわ。あなた、来なさい」
腕を引かれた先には病院の心電図のような物が二つ並んでいた。片方はピッ……ピッ……と一定の波長を刻んでいる。
リュネさんは機械のコードの先に付いた金属の輪を僕の手首に装着する。
「お、やってるやってる!」
カーシュとアレクがいつもの服で入ってきた。近くにあった椅子を拝借して僕の両隣に座る。
「へー、これでクレオの波長が測れるんだな。今鳴ってるのが」
机に据えられた真空管の中の煤けたボタンを指差し、「あれか」
「そうよ。既に主要な種族のデータとは一致しないのは確認済み。あと、死の原因となった炎の魔力とボタンに遺された魔力は別物と言う事もはっきりしているわ」
「つまり、ボタンの魔力は遺体本人の物なんですね?」
「殺される直前に服を替えたのでもない限りは。さ、一度大きく深呼吸して」
すぅー……はぁー……。
リュネさんが機械のスイッチを入れ、摘みを調整し始める。やがて真っ暗だったもう一つのモニターが鼓動を始める。
ピピッ……ピピッ……。
一瞬ずれているものの、二つのモニターは誰が見ても同じ波長を刻んでいた。
「ビンゴ!やった………いや、クレオには最悪だよな。ゴメン」
「カーシュが謝る必要はありませんよ」
「リュネさん、他の二つは?」
「合致しているわ。三つとも波長が酷似していたもの」
予想が当たった瞬間、目の前が真っ暗になりかけた。
「あ、あの……遺体の年齢や性別は分かっているんですか……?」
もし知り合いが、何よりディーさんがこの中にいたらと思うだけでオーバーヒートを起こしそうだ。
「どうなんだリュネ。解剖は終わっているんだろ?」
僕の緊張が伝わったのだろう。リュネさんは真剣な顔になった。
「――気をしっかり持っていなさい。いい、三人共四十代から六十代。性別は今の所男、女、男よ。この内二番目の女性は右脚に複雑骨折の痕があったわ」
「……………良かった」僕の友達にその年代の人はいない。
リュネさんは爪を軽く噛み、「良いかどうかは微妙ね。これだけのデータで他のLWPの証言から個人を特定するのは困難よ。殺人犯へ繋がる手掛かりは皆無だし。……でも、被害者がLWPと特定されただけでも大きな進歩だわ」
険しかった彼女の顔が綻び、「協力、感謝するわクレオ・ランバート」握手。冷たっ!
「冷え性ですかリュネさん?氷みたいです」
「そう?まあ一日中ここにいるから当たり前と言えば当たり前だけど。あなたは機械なのにやけに温かいわね」
「あ、それ俺も最初思った」
リュネさんは何故か微かに笑んで、「あなたの製作者は気が利いてるわ。きっと繊細な人なのね」
その言葉に息が詰まった。だって僕の造り主はその心の繊細さが仇となって死んだのだから。
「これからどうするんですか?」動揺を静めてながら尋ねる。
「そろそろ不死省の方で遺体から顔の復元作業を始めているはず。完成次第LWP達に見てもらうわ。この件での私の仕事はひとまず終わり。早く報告書を纏めてジュリトの手伝いに回らないと」
「ジュリトさんって……もしかしてリュネさんも不死の人なんですか?」
「そうよ。カーシュ、言っていなかったの?」
「あ、言わなかったっけ?」
「はい」
「まあ、特別人間と変わる所があるわけではないから私は構わないけれど。――と、無駄話をしている時間はお互い無かったわね」
僕の器具を外し、二人に椅子を片付けるように言った。
「用があれば来なさい。大抵はここにいるから。あと、ルザに会うような事があったら訓練に来なさいと伝えてくれる?」
「あいつまたサボってるのか」
「ええ。どうせまだ死霊術に傾倒しているんでしょうけど。いい加減止めないと本当に取り返しが……おほん。まあ、人間の小娘一人どうなろうと私には関係無いわ」
「二人共、リュネさんはいつもこうなんだ。不死以外の六種の心配するなんて不死族としてカッコ悪いって思い込んでるのさ。本当は優しい人なのにねえ、勿体無い」
カーシュがそう囁くとリュネさんは拳を振り上げ、「五月蠅い!聖族の若造如きが!」カァッ、口から火を吹かんばかりに威嚇した。僕等はその様子に三人同時に笑い出した。