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二章 邪なる者聖なる者


 船着場を出た瞬間、草花の清涼な香りを風が運んできた。

「気持ちいい星ですね」

「ああ。村はこっちだ」

 聖樹の森と呼ばれる大森林の縁の道をしばらく歩くと、木で出来た家がぽつぽつと建つ村に着いた。人々は畑を耕したり、井戸で水を汲んだり、切り株に座って話していたり……その全てがのんびりとしたペースで行われていた。

「おやあ、いらっしゃい」

 後ろからおばさんに声を掛けられる。泥の付いたキャベツを両手で持ったまま、彼女はニコニコ笑って「あんた達、観光客の人かい?」と訊いた。

「いえ。僕達はラプラスの花を探しに来たんです。おばあさん知りませんか?」

「ああ、あの赤い花ねえ。そう言えば今年はまだ見ないね。もう二週間ぐらい先じゃなかったっけ」

「えっ?あの、じゃあ今花は咲いてないんですか?」

 折角ここまで来たのに。と思っているとおばさんは首を横に振り、「いいや。多分聖樹の森の中にはあるだろうよ。ほれ、そこの森。その森は昔っから不思議な力が働いているからねえ、早咲きのラプラスだってきっとあるだろうさ。行ってみたらどうだい?」

「ああ。早速行かせてもらうよ。ありがと、おばあちゃん」

「気をつけてなー」

 獣道らしき物を見つけ、そこから森の中へと入った。樹の枝の隙間から太陽の光が燦々と降り注いでいて森の中とは思えない程明るい。地面に茂る草もつやつやの葉っぱで瑞々しい。

「あんちゃん達誰?」

 下を向いて草花を観賞していると頭上から声がした。赤いバンダナを頭に被った栗色の髪の男の子が樹の上から僕らを見下ろしている。年は七歳ぐらい。

「ラプラスの花を探しに来たんだけど、坊主知らないか?」

「ああ、あの赤いいい匂いの花?あっち、聖樹の麓に生えてた。この森で一番大きな樹だから行けばすぐ分かるはず」

「ありがとう。君はここで何をしているんですか?」見た所連れはいない。村の子にしては服装が違う。

「姉ちゃんを待ってるんだよ。でも随分遅いなぁ。見に行こっかなあ」

「お姉さんはどこまで行ったのです?」

「向こうの小さい山。最近悪魔が出るからって追っ払う仕事で」

 悪魔……この世界に時々現れる害。人を襲う危険な生物。辞書の説明をメモリーから引き出す。

「女の子一人で?それはちょっと危険じゃないのか?」

「別に。キュクロスも付いてるし、姉ちゃん腕っ節強いからさ。にしても遅いなあ、迎えに行くか」

 男の子は飛び降りた。

「わっ!?」

 ぶつかる、と思った瞬間、男の子の身体は僕をすり抜けて着地した。

「え、え?」

「幽族か、お前」

 七種の一つ、身体を持たず精神だけで生きる人々をこの宇宙ではそう呼ぶらしい。

「そんな自由じゃねえよ、俺死霊だもん」

「死霊?」その単語は辞書に無かった。

 男の子は少年らしくない背筋がぞっ、とするような不気味な笑みを浮かべた。虚ろな目を向け僕の足を掴んだ。

「あんちゃん綺麗な魂持ってるなあ。俺に喰わせてよ。ずっと腹ペコなんだ」

「僕の、魂?」

「クレオ!!」

 アレクの“透宴”が男の子を突き抜ける。

「離れろ化物!」

「ヤダよ。俺は……」

 口の動きが、視線が数秒止まり、やがてフラフラと森の外へと歩き出した。

「危なかったな。死霊なんて偶に遺跡や墓地にいるぐらいなのに、何でこんな所に……花の在処も分かったし、さっさと行こうぜ」



 僕らと同年代ぐらいのその女の子は紫色の宝石が先端に埋まった木の杖を振り上げる。

「キュクロス、やりなさい!」

 杖から黒い光が放たれ、彼女の前方に一人の腰を曲げたお婆さんが出現した。

「多いねえ……でも」

 皺に埋もれた目が開かれる。眼球が落ち窪み妖しげな光を放っていた。

「全て喰ろうてくれるわ!!」

 お婆さんが片手を挙げると指先から業火が出現する。その火に触れた悪魔は瞬く間に灰となる。彼女はひひひと笑い、灰から浮かび上がってきた儚い光を次々掴んでぱくぱくと食べてしまった。

「何だいこりゃあ?全然味がしないよルザ嬢。この間の脱獄犯はまるでサーロインステーキみたいにジューシーだったんだけどねえ。まるで小麦粉をそのまま食べているみたいだ、味があるだけ風邪薬の方がまだましだよ」口を尖らせてルザさんに愚痴る。

「仕方ないでしょ?これは仕事、あんたやロディの味覚に合わせて相手を選べないの。食べさせてるだけマシだと思いなさいよ」

「でも姉ちゃん。俺たまには美味い魂が喰いたいよう」

「我が侭言わないの!」

 ロディ君の頭をグーで思い切り叩く。手はすり抜けずロディ君の絶叫が響いた。

「横暴だー!姉ちゃんなんて大嫌いだ、家出してやるー!!」

 バキッ!

「五月蝿い!さっさと戻るわよ!」

 ルザさんが杖を掲げると、二人は黒い煙となって杖に吸い込まれた。

「文句言わない死霊を見つけたらさっさと捨ててやるんだから」

「うわ、酷えー!」

 バシッ!

「勝手に出てくるんじゃないの!」

「人権侵害だー、訴えてやるー!」

 杖でロディ君の頭をポカポカ殴る。

「さっさと戻ってよ!今からお父様の所に行くんだから、あんたが出てたら邪魔なの!!」

 ロディ君が渋々杖の中に入っていく。ルザさんが山を降り始めて三歩、見上げていた僕らと目が合った。

「……見たわね」

「えっ?いや俺達はただの登山客で、今登ってきたばかりだ。ああ、空気が美味いなあ」

「悪魔の出る山に登る人間なんている訳ないでしょ!それにこの山は標高たった八十メートル!それにあんた達の格好、どう見ても登山客じゃないわよ!」

 杖をぶん、と天高く振り上げる。

「ロディ!キュクロス!お望み通り若くて美味しい魂を食べさせてあげるわ!」

 命令に嬉々として二人が杖から出てくる。僕は両手をブンブン振り、「話を聞いて下さい!」と訴えた。

「嫌!」

「ま、待って下さい!僕等はロディ君の後を付いてきたんです。ルザさん、でよろしいでしょうか。あなたの帰りが遅いとロディ君が言っていて、話の途中で彼が突然無言で歩き出したんです。僕はてっきりルザさんが怪我をしてロディ君を呼んだんじゃないかと」

 ルザさんはぽかん、とした表情になり、「ロディ、本当なの?」弟に尋ねた。

「うん。でもあんちゃん心配性だなあ。この姉ちゃんがちょっとやそっとで怪我するようなタマに見え」

 ボカッ!

「あんたがブラブラしてたのが原因じゃない!」

 それから僕等の方に向き直り、「あんた達、今見た事は他言無用だから!誰かにバラしたら―――どうなるか解ってるわよね」ルザさんは二人の死霊に視線をやり、「言っておくけど生きたまま魂を食われるのって凄い苦痛らしいわよ」

「やったね婆ちゃん。あっちの青い髪のあんちゃんは俺が先約だから」

「じゃあ私は茶髪の子かねえ。そっちの子より味は落ちそうじゃが、この子はこの子で旨そうだ」

 二人は早くも僕らの魂の処遇について(それはもう真剣に!)相談し始めた。よっぽど飢えているのだろう。まるで既に皿に乗ったかのように目を爛爛とさせて話している。

「あんた達、名前と住所は?」片手を振り「一応保険よ。さっさと答えなさい」

「僕はクレオ・ランバート。こちらは保護者のアレク・ミズリーです。住所は……はい、これでいいですか?」

 パスポートを渡す。ルザさんはぎょっ、とした顔になり、その表情のまま僕を凝視した。

「LWPなの、あんた!?」

「あ、はい。エレミアから来ました」

「言葉は?」

「アレクに教えてもらいました」

 沈黙。

「あーあロディ坊や。残念だったねえ。LWPじゃあ食べられないからねえ。LWPなんて食べたらルザ嬢の」

 どうやら僕は一足先に捕食される危機を脱したらしい、アレクには申し訳ないけど。

「あんた達」

 ルザさんが手招きした。

「付いて来なさい。LWPに会いたいって方がいるの」



 ルザさんに連れられ、僕らは再び聖樹の森へと足を踏み入れた。すると、

「おや、ルザ様」

 忽然と目の前に現れた老人が挨拶する。執事のダークスーツを身に纏い真っ白の髪と髭。格好が樹々とは調和しないはずなのに、妙に合っている。

「お父様はまだ?」

「はい。もうかれこれ五日は眠っていらっしゃいます。家に来られた時も足取りが覚束無いご様子で」

「あんなに働き詰めたら当然だわ。元々身体が弱いのに睡眠も食事もろくに摂らなかったから……私がちゃんと見ていたら」

 悔しそうに唇を噛む。

「そのお二方は?」

「ああ。そっちの茶髪がアレク、この青い髪の方がクレオ。LWPよ」

「LWPの方ですか?」白い眉が持ち上がる。

「お父様が倒れた後にこちらへ来たらしいの。会わせたいのだけどいいかしら?」

「ええ、では……」

 突然周りが光に包まれ数秒して止んだ時、僕らはさっきまでとは全然別の場所に立っていた。目の前には一軒の木造建ての小屋。執事さんが扉を開く。

「どうぞ、こちらへ」

 リビングのほぼ中央にある寝椅子にはきちんと畳まれた膝掛けが置いてあった。執事さんが使っているのだろうか?それともルザさんのお父さんが?

「クレオ。二階に行って、突き当たりの部屋の男に話つけてきて」

「え?」

「早く!」

 無理矢理二階に追い立てられる。訳が分からぬままドアの前に立ち二回ノックした。

「済みません。入ります」返答は無い。

 部屋には右の隅に書き物机と、正面の窓際にベッドがあるだけだ。そのベッドの上には誰かがシーツを被って横になっている。

「あのう……眠っています、よね?」

 この人がルザさんのお父さんなんだろうか?ピクリとも動かない。本当に具合が悪そうだ。物音で起こさないようそうっとドアを閉めて退出しようとした。


「おい、青年」


 びくっ、背中が瞬間的にしなった。ベッドの上の人がこちらを向いてニヤリ、と笑っていた。肩より下に伸びた黒髪と、真っ赤な瞳。

「青年ってよりまだ少年か。ふうん……お前、機械人形だな。血の匂いがしない」

 男の人は起き上がり、僕より細い骨だけの両腕をうーんと上へ伸ばした。

「僕はクレオ・ランバート、LWPです」

「LWP?……ああ、だからさっきから下でルザが騒いでるのか……そうかそうか」

 彼はこめかみに人差し指を押し当てる。

「下に降りてろよ。すぐ起こすから」

「え?」起こすって誰を?

「ほら、さっさと行け!」

 僕はまた追い立てられて階段を降りる。既にアレクとルザさん、空席の一つにはお茶のカップ。テーブルの中央には美味しそうなアップルパイ。それを綺麗に五等分してお皿に盛る執事さん。

「ああ、クレオ様。どうでしたか?」

「えっと……すぐ起こすからと、言われました」

「そうですか。クレオ様は紅茶はお飲みになられますか?」

 エレミアのとよく似た味のお茶だ。「はい」

「ではご用意しますね。席に着いてお待ち下さい」

 執事さんは優雅にキッチンの方へ消えていった。

「ルザさんのお父さん、まだ眠たそうでしたけど割と元気でしたよ」

「ああ、あの人は違うの」

「?」

「失礼します」

 執事さんが二つのカップを持って出てくる。紅茶は僕に、牛乳の入ったマグカップを僕の正面の席に置いた。

 トン、トンと階段が鳴る。


「あぁ、こんにちは皆さん」


 さっきの人と顔は全く一緒だ。ただ瞳は髪と同じ黒で、肌が蝋みたいに青白い。身体全体がやつれ病的に痩せていた。

「寝巻きのままで済みません、何分今起きたばかりで。ああ、あなたですか?」

 彼は僕の隣まで歩いてきて、手を優しく握った。

「Lost Would Peopleのクレオ・ランバートさんですね?初めまして、私は連合政府に勤めている小晶 誠と言います。これからどうぞよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ、お願いします!」

 何て慈悲の溢れた笑顔だろう。無条件にどんな相手の警戒も解いてしまう。

「あれ、僕の名前……」

「ああ、あなたの事は燐さんから聞きました。こちらの言語もすっかり覚えられていてとても素晴らしいです」燐さん?さっきの赤い目の双子の人かな。彼は一緒に降りて来なかったのだろうか?

 それからアレクの方に目線を向け、「あなたはクレオ君のお友達ですか?」と尋ねた。

「はい。トレジャーハンターのアレク・ミズリーと言います。一応クレオの保護者をしています」

「そうですか。あなたのようなしっかりした人ならクレオ君も安心です」

「誠様」執事さんが臙脂色のカーディガンを誠さんの肩に掛ける。「おはようございます」

「あ、聖樹さんおはようございます。私、何日ぐらい寝ていたのでしょう?」

 誠さんが席に着くと執事さんは横から顔を覗き込んだ。

「大体五日程です。まだあまり顔色が優れないようですが」

「いえ。前よりは大分楽になりました。それにそろそろ帰らないと、またエル達に迷惑を掛けてしまいます」

 マグカップの中身ををくぴり、と咽喉に流す。

「やっぱり聖樹さんの作るホットミルクは格別です」

「ありがとうございます。こちらのアップルパイもどうぞ。ささ、皆様も」

 促されて一口。

「美味いな!」アレクが感動の声を上げる。

「お褒め頂きありがとうございます」

「うん……林檎の甘さも丁度いいし、パイのさくさく感も」

 少しずつ少しずつ、僕らの一口の三分の一ぐらいを誠さんは一口で食べている。彼は見られている事に気付いて小首を傾げた。

「どうかしましたかクレオ君?」

「えっと、済みません。小食だなと思って……」

「甘い物は好きですからこれでも食べている方ですよ。昔から余り入らない体質なんです。あ、ルザ。良かったら半分食べてくれないかな?」

「ええ、お父様」

 パイが後少しになった時、玄関のドアが開いた。

「こんちは。あ、誠さん。もう起きてて大丈夫なんですか?」

「ああ、カーシュ君。毎日点滴に来てくれてありがとう。今日もよろしくお願いします」

 カーシュと呼ばれた男の人は僕等と同い年ぐらい、灰色の短髪に青い目をしていた。政府館で会った職員の人達と同じような服を着ている。

 カーシュさんが僕等を不思議そうに見ていたので誠さんは穏やかに「LWPのクレオ君と、保護者のアレク君です。二人共、彼は私の付き添いをしているカーシュ・ニー君です」そう説明した。

「ん?カーシュ……………ああ、あのカーシュか!!」

 突然アレクが叫ぶ。

「ほら、俺だよ俺。シルミオの連れ子の」

 その言葉にカーシュさんが一気に笑顔になる。

「アレクか!!いや大きくなったなあ!何、まだ親父さんとトレジャーハンターやってんの?すげえなあ!」

「カーシュこそ、将来は定期船の船長になるって言ってたじゃねえか。免許取れたのか?」

「取れたどころか、今は政府要人のSP兼護送役だ。専用の小型船を操縦できるんだぜ。瞬行装置とミサイル付きの」

「うわぁ、大出世したなあ!」

 二人は肩を抱き合い、数年ぶりの再会を喜ぶ。

「おばちゃん元気か?」

「ああ。今は旅行に行ってる、帰ってくるのは二ヵ月後かな。退職する前に有休使い切るんだってさ」

「あれ?おばちゃんもうそんな年だっけ?」

「いや。早めに退職してフラワーアレンジメントの教室開くんだ」

「ああ。おばちゃん花好きだったもんな、おめでと」

「俺は散々止めとけって言ったんだけどな」

「いいじゃねえかお前も無事就職したんだし、好きな事させてやろうぜ」

 二人ははっ、と周りの視線に気付いて会話を止めた。

「す、済みません誠さん。仕事中なのに」

「いえ。幼馴染同士、もっとお話する事があるのではないですか?私は構いませんよ」

 二人はバツが悪そうに顔を見合わせた。

「カーシュ」

 眉を吊り上げてルザさんが言う。その声に驚いて、「は、はい!」と背筋を伸ばすカーシュさん、とアレク。

「ではクレオ君。あなたにとっては繰り返しになるかもしれませんが、少しお話を聞かせて頂けますか?」

「はい」

 誠さんは頷いて、「ありがとうございます」と言った。

「と言っても、大抵の事はエルやデイシーさんが既に尋ねたと思います。私からの質問は一つだけ。クレオ君、あなたの望みを言って下さい」

「……え?」

「今までにお話を伺ったLWPの方々は、何れもエレミアの寿命から解放されて内心ほっとしていると話してくれました。できればエレミアには帰らず、こちらに飛ばされたかもしれない家族や友人を探したいと仰られる方も何人かいました。クレオ君はどうです?エレミアに帰りたいですか?それともこちらで永住されますか?どちらにしても私達はあなたの決断を尊重し、最大限努力しますよ」

 帰るか、残るか。この時僕は、初めてその問題を有意識的に認識した。

「クレオ……」

「ぼ、僕は……済みません。今まで全然考えていなかったんです」

 それだけ言うと、誠さんは微笑みながら頷いた。

「ええ。クレオ君はこちらに飛ばされて、まだ日があまり経っていないのでしょう?環境の変化にしばらくは戸惑ってしまうかもしれません。大丈夫ですよ、返事はいつでも構いません」

「あ、あの誠さん。僕、明日の会議に」

 会議、と言う言葉が出た瞬間、ルザさんとカーシュさんが同時に強い視線で僕を射抜いた。対して誠さんはぽかん、とした表情。

「……明日の、会議?」

「エルシェンカさんに呼ばれているんです。LWPの調査団に」

「クレオ!」

 ルザさんが僕の口を手で押さえる。

「済みませんお父様。この子まだ飛ばされたショックで少し混乱しているんです」

「そ、そうですよ誠さん。大体そんな大きな会議、誠さんの同席無しに開けるはず」

「眠っている間に決まったのでしょう。連絡が来ていないのも無理はありません」

 彼は突如立ち上がる。

「カーシュ君、船の用意をお願いします。皆さんも“黄の星”に帰られるなら同船して下さい。私は上に行って着替えてきます」

 たたたっ、と階段を昇っていった背中が消える。

「あ、そうだ。聖樹さん、この辺りにラプラスの花は咲いていますか?」非難の目を避けて執事さんに尋ねる。

「はい。家の裏に沢山ありますよ。花束にしてきましょう。明日まで保つようにしておきますか?」

「お願いします」

 真っ赤で綺麗な花束を僕が持ったのと誠さんの着替えが終わったのはほぼ同時だった。



 カーシュさんの運転で船はあっという間に“碧の星”を離陸した。進路を“黄の星”に定めると自動操縦と言うモードに切り替える。

「あーあ、またエルシェンカ様に怒られるぜ……お前のせいだぞクレオ」ハンドルはすっかり手放し状態でゆらゆら揺れている。

「でもカーシュさん」

「ああ、分かってるよ。あれはピュアにタイミングが悪かった。それに俺も正直、これ以上誠さんに隠せないとは思ってた。LWPは続々出現してるし、政府としても正式な調査団を発足しなきゃいけない頃合いだ。あの人も最近は随分訝しがってたぜ、何で誰も調査団を作ろうと言わないんだろうってな。ま、誠さんに内緒で計画してたんだから当然だけどな」

 操縦室には僕等二人だけだ。誠さんは隣の部屋で点滴を打っている。ルザさんはその付き添い、アレクは船を探検しに行った。

「カーシュさんは誠さんの警護をしているのですか?」

「あの人、ああ見えて滅茶苦茶強いんだぜ。俺がやってるのは警護ってより看護と護送と後始末の三つ。まだ配属されて三ヶ月のペーペーだけどな」

 強化硝子の向こうには無数の星が瞬いている。この宇宙には一体どれだけの星があるのだろう?

「まあお前の身の安全は保障してやるぜ。小型船だけど大船に乗ったつもりでいろよ」

「ありがとう、カーシュさん」

「呼び捨てでいい。調査団に入るならこれからもちょくちょく会うだろうし。そう言やアレクはどうするんだ?」

「えっ?いえ、僕は聞いてません。シルミオさんは僕が慣れるまで一緒にいなさい、と言っていました。その内向こうに帰るのではないでしょうか?」

「懐かしいな……俺“黄の星”に越してくる前は辺境の星にいてな、寡のシルミオおじさんと俺の母親がありがちだけど恋に落ちる訳だ。だから俺とアレクは精神的義兄弟って奴」

「少し羨ましいです。僕には兄弟がいませんでしたから」

 僕は鉄の部屋でずっと天井を見ていて。


―――クレオ。お前の名前はクレオだ―――


 あなたがそう教えてくれた時、僕の自我は作られた。

「お前ら何やってんだ?」

 アレクが三本の缶ジュースを持って入ってきた。

「冷蔵庫に入ってたぜ。ほらクレオ、好きなの取れよ」

「はい」

 僕は烏龍茶、アレクとカーシュはサイダー。三人同時にプルトップを開ける。

 プシュッ。

「さっき医務室に行ってきた。カーシュ、誠さんてもしかして」

「不死族だぞ。何だアレク、気付いてなかったのか?人間があそこまで顔色悪かったら死んでいるだろ普通?」

「あ、ああ。いや、点滴って血液だったんだな」

「お前も提供してくれるか?多少だが報酬は出すぞ」

「機会があればな」

「遠慮しなくていいぞ。誠さんは格別消耗が激しいからな、何なら今から輸血するか?」


 ビーッ、ビーッ、ビーッ!


―――進路上に宇宙船確認。本船は緊急減速します。船長は進路の変更を―――


 カーシュが素早く操縦席に滑り込む。機器を操作する間も船の速度はどんどん遅くなり、約一分で完全に停止した。

「どうしたんです!?」

「聞いた通りだ。船が進路を塞いでいる。しかしこりゃ……画面に出すぞ」

 正面の窓の下の方が光り、一隻の船を映し出した。

「カーシュ君!?」

 誠さんが入ってきて操縦席のすぐ隣に立つ。二秒ほど遅れてルザさんが入ってくる。

「状況は?」

「船は定期船Sクラス四十八号船と確認しました。今無線で応答を待っています」

 ザーッ、と不快な音がした後、「あーあー、テストテスト」男の人の声が聞こえてきた。

「えー、こちらは連合政府護送船第十二号船。貴船は既に一時間の運航遅滞である。トラブル発生ならばこちらからSOSを打つ。状況の説明を」

「我々は反連合政府組織、明けの空である!」

 僕とアレクは思わず顔を見合わせた。

「この定期船は我々が占拠した!乗客を解放して欲しくば我々の要求を飲め!」

「でまた奥さん返せと言うんじゃないだろうな……」

「我々の妻を返せ!!これが一つ目だ!」

 思わず失笑。アレクは手で笑いを必死に噛み殺している。

「そんだけ情熱があるなら全部奥さんに注いでいれば良かったんだ」

「二つ目は!非道にも我々より妻達を奪った悪魔の如き男、聖者とやらを差し出す事だ!!三つ目!昨日逮捕された仲間を全員釈放!期限は日付が変わる刻限まで。果たされない場合、一時間ごとに乗客を十人射殺する!!」

「待て!早まった真似をするんじゃねえ!」

 カーシュは誠さんの方を“恐る恐る見ながら”インカムに向かって喋る。

「お前ら!連合政府に何度も喧嘩を売って命があると思っているのか!って言うか、こないだのでまだ懲りてなかったのか!いい年こいた大人共がちっとは学習しろ!!」

「貴様あの時の下僕か!丁度いいお前も血祭りにしてくれるわ!」

「誰が下僕だ!だから待てって!いいか、冷静になれ。どう贔屓目に見てもお前らの勝算はゼロだ。武器を捨てて大人しく投降しろ。奥さんは無理だが弁護人ぐらいは手配してやる」

「笑止!それ以上の戯言聞く耳持たん!さっさと要求を遂行しろ!人質がどうなっても」

 その時、誠さんがインカムを掴んで引き寄せた。小声で何かを呟くと、カーシュの顔色が真っ青になる。すぐにボタンを押して無線を強制終了させる。

「どうするんだよ、これから?」

「皆さんはここで待っていて下さい。私が直接お話してきます」

「えっ?」話し合いも何も相手は凶悪なテロリストだ。言葉の通じる相手じゃない。

「大丈夫。よくお話すればきっと理解してもらえますから」

 誠さんは不可能も可能になると信じきった朗らかな笑いを浮かべて「カーシュ君、小型飛行船の準備をお願いします」と言った。

「ま、誠さん待った!LWPの会議はどうするんです!?今から連中をボ……いや説得してからじゃ間に合いませんよ!」

「人の命には換えられません。それにここにはクレオ君もいますから、肝心の調査団の案は後日という事になるのではないでしょうか」

「でもまだ身体は本調子ではないでしょう?ほら、万が一向こうで貧血で倒れたらどうなる事か」


「カーシュ君」


 背筋にロディ君の時とは比べ物にならない悪寒が走った。

「お願いします」

「は……はい……誠さんの言う通りにします」

「お父様!私も連れて行って下さい!」

「駄目だよルザ。魔術、まだあまり使えないって」

 誠さんは死霊術の事を知らないみたいだ。あれを使えばテロリストとも充分戦える。

「でもお父様一人行かせる訳には」

「ううん、ルザ。やっぱりあなたを危険に晒す事はできません。ここで」

「誠さん、僕も行きたいです」

「クレオ君……あなたまでそんな」

「クレオが行くなら保護者の俺も付いていきます」

「アレク君……」

 誠さんは後ろを向き、二分ほど一人でブツブツと呟いた。そして向き直り、しばらく逡巡した後ゆっくりと頷いて、

「分かりました。カーシュ君は防衛団へ連絡後ここで待機して下さい。私達四人でハイジャック犯達を捕縛します」

 モニターに映った定期船を指差す。

「アレク君とルザは船の後方部から、クレオ君と私は船首部から潜入しましょう。人質と自分達の安全を常に最優先に行動して下さい」



 飛行船はものの数秒で定期船に到達した。船底の下に飛行船を固定し、非常口を押し上げて中に潜入する。最下層はどうやら倉庫のようだ。

「……誰もいないみたいです」

 誠さんはそう言って上への階段を探して歩き始め、僕もそれに続く。

「この上の階には何人かいます。気をつけて下さい」

「どうして分かるんですか?」

 見た所、誠さんは様子を探るのに特に何もしていない。

 すると彼は私の手を握った。温かい物が手を介して流れ込んでくる、奇妙だけど心地好い感覚。

「奇跡、と言うのです。壁を隔てた人の氣を感じ取ったり、こうやって相手の氣を整えたり。私には昔からこういう力があるんです。どうです?緊張していたようでしたから、少しは楽になりましたか?」

「え、ええ……」

 無意識に肩に余分な力を掛けていたみたいだ。胸のつかえがすっかり取れて、呼吸がしやすくなっていた。

「クレオ君は不思議な氣をしていますね。あの人に近い……」

 自分の発言にはっ、として頭を振る。

「す、済みません。あなたの氣が昔の友人と重なってしまって」

 動揺を隠せないまま、誠さんは「変な事を言ってしまいましたね」と頭を下げた。

「私達も早く行きましょう」

 上への階段を発見して僕等は剣を手に取った。鞘は付けたままだ。

「相手は銃を持っています。気を付けて下さい」

「どうして分かるのですか?」

「昨日も同じ団体に遭いました。その時は船も小さくて、防衛団のシルクさんと僕らで何とか全員捕まえられました」

「……私の説明が悪かったのでしょう。もっときちんとお話していれば彼等の怒りがここまで酷くなることは」

「えっ?」

「私が訪ねた時、彼等の村はある病が蔓延していました。特に女の方達は重体で奇跡だけでは快復させられなかった。栄養失調も重なっていて、私はすぐに病院に搬送する許可を彼等にもらいに行きました。一、二週間入院すれば完治します、治療費は政府が負担しますお願いです、このままでは彼女達の命が危ういのです、と。

しかし、彼等は頑なに拒否しました。そうしている間にも容態は悪化し、交渉し始めて三日目の夜。私はとうとうカーシュ君や政府の医師団の協力で彼女達を強制搬送する決断を下しました。半ば力づくでしたが、彼女達は無事入院できました。病は日に日に良くなり、一週間を過ぎた頃には全員退院できるまでに快復したのです。ですが」

 帰さなかったのです、と呟いた。

「彼女達は彼らに日常的に暴力を振るわれたり、食事を与えられなかったりしていたんです。医師団の方でもその事が無ければ症状はごく軽度で済んだはず、という総意が出され、精神科からは全員にカウンセリングが必要との診断を下されました。そして私は彼女一人一人に対してこれからの生活についての話し合いをし、全員の離婚という結論に至ったのです」

「それなら、政府側は何も悪くないですよ!完全にあの人達の逆恨みじゃないですか!」

「いえ、それが……離婚の手続きの際、私は何度も彼らを説得しようとしました。しかし彼らは全く聞き入れてはくれなかった。それで少々手荒い方法を使ってしまいました。もっと時間を掛けて話し合っていれば……」

 きっとそんなのは時間の無駄だ。あのテロリスト達が聞くはずない、誠さんは正しかった。

 階段を昇り始めると、上から怒鳴り声と共に二人の男が駆け下りてきた。手には銃、僕等に気付くと迷い無くこちらに構えた。ほら、やっぱり。話し合いなんてできる相手じゃない。

「クレオ君、下がって!」

 音も無く誠さんが跳ぶ。二人組の弾丸を物ともせず、鞘で鳩尾と首の後ろを強打した。昏倒した彼らを下まで降ろし、口元に一秒ほど手を当てた。

「瘴気を当てました。これで半日は眠ったままです」

「あ……誠さん、腕」

 服が黒いので分からないが、床に赤い血がポタポタと落ちている。

「ああ、大丈夫です。すぐに塞がりますよ」

 そう笑って数秒後、血液の落下が止まった。

「クレオ君が怪我した時は奇跡では駄目ですね。誰か機械技術のある人に頼まなければ」

「壊れたら防衛団のシルクさんの妹、リサさんの所に連れて行って下さい。この腕昨日彼女に直してもらったんです」

「彼女が?」

「知っているんですか?」

「何度か病院でお会いしましたから。そうですね……彼女は腕も良いですし、適役です」

 その後も何度かハイジャック犯達との接触があり、僕は弱いながらも何とか誠さんの援護をした。誠さんは時々僕の加速装置並に速く動き、ほとんど無傷で場を収めた。

 操縦室の前にいた二人を気絶させる。すると中からルザさんともう一人女の子の高い声が響いてきた。

「ルザ―――わっ!?」

 廊下の両側から少なくとも十人以上のハイジャック犯が詰め掛ける。ここまで見つけた奴は全員倒したのにまだこれだけ残っていたのか。操縦室に逃げ込んでもこれでは袋の鼠だ。

「クレオ君、あなたは中へ!ここは私が何とかします!」

「でもこの数は」

 一斉射撃されたら蜂の巣だ。いくら死なないと言ってもダメージは大きいはず。

「大丈夫です。こういう事には慣れていますから」

「わ、分かりました!どうかご無事で!」

 僕は急いでドアを開け身体を滑り込ませた。



「お、お前はまさか……!よくも我等の大事な者を奪ってくれたな!」

「ここで成敗してくれるわ!」

 銃を構え吼える男達に対し、小晶 誠は深い悲しみの表情を浮かべた。

「止めて下さい。あなた方の愛する方々もこんな争いなど望んではいません。どうか投降してもらえませんか?自首をすれば減刑の余地はあります」

「冗談も大概にしろ!この悪魔め!」

 全ての銃が向けられる。

「う」

「ああ全く、冗談はいい加減にしろってんだ」

 標的の姿が消えた瞬間、号令を掛けようとした男と周りの三人が壁に叩きつけられた。手足や首、肋骨の折れる音と引き潰した苦鳴が辺りに広がる。その中心にいたのは敵、但し先程までの慈悲深い漆黒ではなく血のように赤い眼をしている。

「おい、そこのドメスティックバイオレンスども!か弱い女房に手ぇ上げただけじゃ飽き足らず、定期船を使う善良な一般市民まで巻き添えにしやがって!ムショに入れるだけ金と刑務官さん達の労働力の無駄だ、手前らみたいな真性の外道は俺が全員今すぐ死刑にしてやる!」

「し、死刑は幾ら何でも駄目ですよ燐さん……」同じ口から、弱弱しい声が出る。「きちんと刑に服せば彼等だってきっと立ち直ってくれます。ですからここは」

「お前は二百年前とちっとも進歩してないな。人を信じて裏切られる」

「燐さんも全然変わりませんよ」

 背中の左側から黒い骨格の翼が生え、半身を守るように覆う。

「そうやって愚痴を言っていても、最終的にはいつも私の望みを叶えてくれる」

「何だ。たまには裏切ってやろうか?」

「いいですよ。でもそうしたらもう絶対身体は替わりません」

「それは困る」ニヤ、と笑い「ガキどもが出てくる前に片付けるとしようか」

「気絶させるだけですよ。殺してはいけません」

「最低と最高は?」

「最低は気絶だけ。最高は……」

 誠はクスッ、と笑った。

「まあ、全治三ヶ月もあれば少しは反省してくれるかな」

「オーケー!!」



「クレオ!」

 アレクの握り締めた“透宴”の先にいたモノ。

 真っ黒な身体、その背に生えた巨大な翼。手足の爪は長く鋭い。開かれた口の中は真紅、牙が唾液でテラテラと光っていた。

「悪魔だ!俺達が入ってきた時にはもう」

 壁際にはハイジャック犯と操縦士と思われる男性が寄り掛かり、傷口を押さえながら苦痛に呻いていた。その隣にまだ小さな女の子。え?

「レティさん?」

 彼女は怯えた目で操縦士の服にしがみつき、「死なないで死なないで」と繰り返している。僕が彼女の肩を叩くとこちらを向いた。

「く……クレオ!?本当にクレオ!?」

「はい。レティさんも無事だったんですね、良かった」

 彼女は大きな目に涙を溜め、「クレオ、おじさんを助けてぇ……」今にも泣き出しそうな声で訴えた。「お願いだから」

「君……レティちゃんの知り合いか?」

 操縦士の男性が痛みを堪えながら声を絞り出す。

「はい。彼女と同じLWPのクレオです。あの悪魔は一体」

「分からない……このハイジャック犯に銃で脅されてしばらく経った頃、突然あの辺りに現れてこのザマだ。何度も逃げろとレティちゃんに言っているんだが言葉が通じなくて困っていた」

 この様子ではたとえ通じたとしてもレティさんは聞かないだろう。

「このドアの向こうにあなたを治療できる人がいます。ハイジャック犯達が片付くまで、後少しだけ辛抱して下さい」

「ああ……」

「僕等は悪魔を何とかします。――レティさん、この人を頼みます」

「クレオ?」

「大丈夫です。もうすぐ怪我を治せる人が来ますから」

 レイピアを抜き悪魔の方へ駆けた。

「はあっ!」

 右手首を“透宴”に捕らわれた悪魔の腹にレイピアが深く突き刺さる。

「クレオ!離れろっ!」

 ずぶっ、と抜き取り、後ろへ大きく跳ぶ。“透宴”を振り解いた右腕が唸り、僕がいた床を叩き割る。

「キュクロス!」

 僕らの反対側、悪魔の後ろからルザさんが杖を振るう。お婆さんは両手を掲げた。

「やれやれ……だから悪魔は味がしなくて嫌なんだよ。そこの悪党の魂を代わりにくれるのかいルザ嬢?」

「駄目」

「結局また只働きかい。しょうがないねえ、それじゃさっさと終わらせるとしよう、ほら」

 手の先から幾筋もの光が天井に向けて放たれる。光は悪魔に降り注ぎ、ジュウッと漆黒の身体中から湯気が立ち昇る。苦しみ暴れ出す悪魔の手が操縦機器を薙ぎ払った。

「あ!」


 ビーッ、ビーッ、ビーッ!


―――緊急事態発生、緊急事態発生。船員は乗客を速やかに避難させて下さい。繰り返します。船員は―――


「不味い……メインコンピュータが破損したんだ。このままでは空調が切れて、全員窒息死するぞ」

 操縦士さんが顔を真っ赤にしながら身体を起こす。

「どうすればいいんですか!?」

「下の階のサブコンピュータ、そこで操作すれば…………くそっ!」

 彼は忌々しげに隣のハイジャック犯を睨む。彼は苦痛に顔を歪めたまま都合良く気絶している。僕は少しだけルザさんに口添えしてお婆さんの提案に乗せたい気分になった。

「サブはこいつらが壊しやがったんだった。乗客を逃がさないと」

 悪魔が痛みをこらえこちらに向き直った。怒りで牙を剥き出し、僕等ではなくレティさんを狙って物凄い速さで飛び出した。普通に走ったんじゃ到底間に合わない。

「加速装置、発動!」

 ビュウン!寸での所で悪魔に追いつく。その首を一気に刎ね飛ばした。


 ギャアアアッッッ!


 絶叫の次の瞬間、悪魔は残らず黒い灰となって虚空に消えた。

「クレオ!」

 レティさんが泣きながら僕に縋り付いてきた。

「大丈夫。もう怖くありません」

「早く乗客を避難させるわよ!カーシュに近くの船へSOS信号を送らせて」


 キィ……。


「もう大丈夫ですよ、皆さん」

 誠さんがそう言うと、警報が止んだ。


―――えー、マイクマイク。あー、こちらは連合政府護送船第十二号船です。緊急事態につき只今貴船を遠隔操作にて操縦しています。これから定刻より三時間五十七分遅れで“蒼の星”プルーブルー到着。代替船は五番乗り場です。本日は乗客の皆様に大変ご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした。どなた様もお忘れ物の無いよう、上の網棚を確認してからお降り下さい―――


 カーシュのアナウンスは惚れ惚れするぐらい立派だった。定期船船長の免許は伊達じゃない。

「すぐに治療しましょう」

 誠さんが操縦士さんの横に座り両手を翳す。掌がふんわり光り出す。レティさんが不思議そうにそれを見ていた。



 おじさんをプルーブルーの病院に運びようやくシャバムに帰ってきた時にはとっくに朝を過ぎていた。

「もう会議は始まっているのでしょうか……?」

「十時丁度からと聞いています」ルザさんが囁く様に言った。

「今は……九時五十四分、普通では間に合いません」

 誠さんはぱっ、と全員を見てレティさんの手を取った。

「来て下さい。LWPのあなたには是非出席して欲しいのです」微笑んで「大丈夫、彼にあなたの事は伝えてあります。退院すれば会いに来るそうですよ……クレオ君。高い所は大丈夫ですか?」

「はい」

「付いて来て下さい」

 誠さんが屋根の上まで跳ぶ。僕も遅れないよう加速装置を入れて飛び出した。

 風のように屋根から屋根、時には街灯の上を駆け抜けていく。誠さんの速度は恐るべき事に加速した僕とほぼ同じだ。これも奇跡の成せる技なんだろうか。

 下にいる街の人々が僕等を見上げ驚嘆していた。この世界でも屋根を渡る人間は滅多にいないらしい。

 目の前に政府館の白い建物が見えてきた。あと少しだ。



 九時五十七分三十秒。

「大お爺様、クレオ君遅いですね~。昨日はお屋敷に帰っていないようですし、花摘みの途中で何かあったんでしょうか~?」

「さあ?しかし肝心の彼がいないと会議が開けないな……」

 と、その時ポケットの携帯が鳴った。

「はい。…………そうか、分かった」

 パタン。

「何のご連絡ですか~」

「デイシー。済まないが窓を開けてくれないか?」

「?いいですよ~」

 ガラガラ……。

「今日はちょっと肌寒いですね~。半分ぐらいにしましょうか~?」

「いや。全開にして。そっちの窓も全部」

「えっ?そんな事したら皆風邪引いちゃいますよ~、大お爺様」

「硝子で怪我をするよりはマシさ」

 全ての窓が開き、平地よりも気温の低い風が会議室に吹き込む。

「窓際の皆さん。ほんの一、二分だけ部屋の中央に移動して下さい。ぶつかる危険性があります」

「何に?教えて下さいよ~」

 その時、窓の開いた所から大きな黒い物が飛び込んできた。一瞬遅れて隣の窓から青い物が。着地が上手くいかなかったのか置いてあった椅子に勢い良く激突する。

「人だ!大丈夫かい!?」

「あ、はい」頭を押さえながらクレオは周りを見回す。様々な種族の人々が揃って青年に好意と心配の入り混じった視線を向けている。

「エル。遅れてごめん」

「君を呼んだ覚えは無いよ」

「そうだね。でも、私も連合政府の一員として協力したいんだ」

「……席に着きたまえ、誠」端の席を指差す。「クレオ、君は誠の隣」

「あ、はい」椅子を元通りにする。

 皆が席に着くと誠は立ち上がり緊張の面持ちで話し始めた。

「皆さん、本日はLost Would Peopleの人達を取り巻く諸問題を話し合うため遠い所をお越し頂きありがとうございます。皆さんの力があれば、LWPの人達の問題の多くは解決できるのではないかと思います」

 どこからともなく拍手が起こり、十秒ほどでそれは止んだ。

「ありがとうございます。私はこの連合政府の代表、聖王代理兼不死王を務めています小晶 誠と言います。さて、最初の議題ですが―――」


 


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