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一章 空中都市への旅立ち


 今日はいよいよ宇宙船に乗る日だ。初めての体験に少しワクワクしながらシルミオの部屋のドアをノックする。

「クレオ!荷物はちゃんと用意しているぞ!」よし、シルミオの訛り混じりの言葉もちゃんと理解できているな。

 シルミオが渡した茶色の肩掛け鞄には服と財布、昨日船着場で発行してもらったLWP専用のパスポート。それに、

「何せ一週間に一回しか船の来ない小さな星だからな。それしか無かったが大丈夫か?」

「はい。ありがとうございます!」親指程の乾電池を大事に日記の入った懐に納める。エレミアにいる頃から時々オーバーヒートやシステムダウンを起こしていたから、万が一に備えて再起動用の電力を一つ携帯しておく。このW数では一回限りだけど、目的地の“黄の星”は電池を含めて物は沢山あるとアレクが教えてくれたので大丈夫だろう。

「あとこいつも一応持っていけ。護身用だ」

 シルミオがくれたのは刀身がやや細い剣だ。人を斬る道具って事ぐらいは流石に知っているけれど、僕に使えるだろうか?

「あ、クレオ、親父!おはよう!」

 旅支度を終えたアレクが入ってくる。流石に僕と違って色々持って行くようだ。勿論、トレジャーハントの服と道具もバッチリ。

「おはようアレク」

「忘れ物は無いか?」

「大丈夫だよ。にしても驚いた。まさか三日でこっちの言葉を覚えちまうとはなあ」

「機械だから記憶は得意なんです。アレクの教え方も上手でしたし」

「ご謙遜を。生徒が優秀だったからさ。と、親父!俺、ホントにしばらく空けていいのか?あの遺跡深層調査でも地下三百メートルはあるって出てたし、クレオ送ったら戻って来て手伝った方が」

 シルミオは白髪の混じった眉を動かし髭を撫でた。

「昨日もグレスさんと話したんだがな、ありゃどうも別に本物の入口がありそうだ。今日の船で政府から追加の人員が派遣されてくるがただ、何分範囲が広い。見つけても恐らく大量の土石をどかさなきゃ入れん。しばらくはこの荒野を駆けずり回る事になりそうだ」

 にぃ、と笑う。

「ここばっかりに手を焼いてる訳にはいかんが、これだけの大遺跡だ。すげぇお宝が眠ってるぞ、絶対。まあアレク。クレオが向こうで落ち着いたら一緒に来い。その時までには入れるようにしておこう」

 二人は大昔の遺跡を捜索し、金銀財宝と学術的に価値のある物を発掘するトレジャーハンターを生業としている。発掘した物はトレジャーハンター協会に査定してもらい、大金になる金や銀はそのまま自分達の物。本や歴史の分かる物、魔術道具などは協会が“黄の星”にある連合政府に持ち込み、その査定分を報酬として受け取るシステム。と言っても、こっそり自分の物にする事もあるみたいだけど。アレクの武器、魔力を与えれば見えなくなる縄付きナイフ“透宴”も昔どこかの遺跡で拾ったって言ってたし。

「向こうについたら本部に中間報告入れておいてくれ。その書類渡すだけだから簡単だろ?」

「分かってる。他には?」

 シルミオは一万紙幣を三枚アレクに渡し、「酒」とだけ告げた。アレクは呆れたように両手を上げて紙幣を受け取り「はいはい。せーぜーいいい酒送ってやるよ」と答えた。



 船が離陸し、あっという間に星が手に届きそうな場所、宇宙まで昇ってきた。僕はその間口を開けたまま景色を凝視するだけだ。

「凄い……ここではこういう船は沢山あるんですよね?」

「ああ。こいつは辺境用の小型船だが、人の多いシャバムの船着場ならこの五倍大きい船があるぜ。それも瞬行装置積んだ奴が」

 シャバムは“黄の星”で最も大きな街であり、この宇宙でも有数の大都市。LWPを保護している連合政府のある街だ。僕達の目的地でもある。

「着くまでに時間があるからな、何か飲むか?」

「はい」

 一分程席を外したアレクは売店で買った缶ジュース、オレンジジュースと書かれた方を僕に手渡した。

「コーラって美味しいんですか?」

「エレミアには無いのか、こう泡が出て来て口の中がシュワシュワする奴」

「あ、ああ何だ。それならあります、僕は苦手ですけど」

 プシュッ。

「エレミアにはこんな移動手段は無かったから驚いています」

「そこって街なのか?どんな所なんだ?」グビッ。

「そう、ですね……住んでいるのは五百人ぐらいだと聞いています。外は真っ白な霧が一日中どこまでも立ち込めていて、エレミアは霧の中に浮かんでいます」

「へえ。これから行く“黄の星”も陸が全部浮かんでいるんだぜ。……んで、そうだな……他の街は」

「……僕は目覚めてから二年間、エレミアから出た事が無いので分かりません……でも、滅んだと聞いています」


―――この世界は明日で終わるけど、大丈夫。新しい王が明後日から作っていくから――


 ここは明後日の世界なんだろうか?でもあの人、僕をクレオと名付けてくれた人はいない。

 どうしてあの人は泣いて謝ったのだろう?

「滅んだとは穏やかな話じゃないな。って事は他の街は無いと……霧の街エレミア、か。遺跡とかあるのか?昨日俺達が出会った所みたいな」

「ええ。アレクやシルミオが探すような宝物はありませんでしたが、」

 バンッ、と目の前の船室のドアが突然開く。黒い覆面をした男の人が三人、手の中の箱のような物を上に向けた。耳慣れない爆発音と煙、天井には小さな穴が確認できた。

「この船は我々が占拠した!抵抗しなければ危害は加えない!」

「おい……こんな小さい船でハイジャックかよ。銃まで持って何要求する気だ?」

 一人が後ろのドアの前に立った。

「我々は反連合政府組織、明けの空である!独裁的に宇宙を支配する政府を叩き潰すために日夜活動している!」

「今の、シャバムで言ったら問答無用で火炙りにされるぞ……」小声でアレクが呟く。「テロリストなんて希少種がこの宇宙にもいたんだな。クレオ、あれ凄く珍しい人だぞ」

「奴等は生活改善と称して我等の村を訪れ、妻達を入院が必要だと引っ張っていこうとした。我々が止めると妻達を誘惑し、挙げ句離婚届を書かせたのだ!しかも姦計を図り、我々に判を押させた!何故我々がこのような仕打ちを受けねばならぬ!家族を帰せ!」

 それに反応して他の二人も「そうだ帰せ!」「あの野郎を血祭りにしろ!」と雄叫びを上げた。

「クレオ」

 顎で通路の中央にいる男を示す。

「こいつら狂信者だ、政府は多分要求を飲まない。救援を待つにしてもこの船には老人やガキも乗っている」

 何とかしようぜ、アレクはそう言っているのだ。銃と言う武器も持っているし、このまま膠着状態が続けば何かの拍子に怪我人が出る危険性がある。でも、

「三対二です。それに恐らく別の仲間が」

 僕には加速装置が内蔵されているとはいえ、テロリスト達は目測五メートルは離れている。僕一人で二人をどうにかするのは無理だ。小声でそう説明すると「確かにな」

「少なくとも操縦室にあと二人はいるだろうな」

「それにここで暴れたら」

「だな。他の乗客に怪我させる訳にもいかないし……さてどう手を打つか」

 その時、三つ前の席にいる鎧を着た人が手を挙げ、トイレに行きたいんだが、と覆面に告げた。銀の兜を着けて声がくぐもっていて男女の判断がつかない。

「大人だろ、我慢しろ」通路にいた男が銃を突きつける。

「解放されるまで時間が掛かるのだろう?ここには老人や幼子もいる。私はともかく、彼らが体調を崩したらどうする」

「座席の袋にしろ」

「私がしたいのは大の方だ。それに生憎と紙の持ち合わせが無い」堂々とした発言。「あと私にも多少の羞恥心はある。こんな大勢の前で尻を丸出しにできない」

 思わず僕等は吹き出しかけた。多少、で済むのかこの人凄い!?

 相談された犯人は前の仲間にどうする?やや困惑気味に訊いた。

「ボスは乗客をなるべく動かすなと言っていたぞ」

「なら誰か紙を貸してくれ。あとしばらく臭いを我慢して欲しい。私も恥ずかしさを堪えつつ早目に済む様努力を傾ける所存だ」

 真面目な返答にテロリスト達は吃驚して仰け反る。

「お、おい!本当にここでする気だぞこいつ!!待て、分かったトイレに行こう。漏らすなよ、こっちだ!」

「そうか、ありがとう」

 僕らは素早くお互い目配せした。これで前と後ろに一人ずつ。

「お前は後ろを頼む。気を失わせるだけでいい」

 アレクの手が不自然に動く。既に“透宴”を構えているらしい。

「じゃ」ロープを一本渡された。

 加速装置、発動―――!


 ビュウンッ!


 百分の一秒も掛からなかっただろう。真っ直ぐ肘を男の鳩尾に入れた。ぐぅ、と苦痛の声を出して気絶する。急いで動けないようロープでぐるぐる巻きにする。

 後ろを見るとアレクの方も終わったようだ。首に縄で絞めた痕の付いている男が両手足首縛られて倒れていた。

「やったぜ!さあ、後は操縦室を」

「その必要は無い」

 ぱち、ぱち、ぱち。

「貴殿らは真の勇者だ。心からそう呼ばせてもらう」

 さっきの鎧の人がアレクの後ろのドアから現れて兜を脱ぐ。


 ドオンッ!!


「私は連合政府防衛団のシルク・タイナーだ。反政府組織捕縛、協力して頂き感謝する。並びに乗客の皆様、危険な目に遭わせてしまい申し訳ありません。気分の優れない方はいませんか?」

 な、何だ……オーバーヒート???

 彼女は焦げ茶色の長い髪、金色の瞳をしていた。年齢は二十歳ぐらい、僕より十センチ以上は背が高い。

「ん?」

 彼女が僕の方に向かってくる。一歩ごとに胸部のエンジンがドクドクと異常動作する。

「君、顔が真っ赤だぞ?熱があるのではないか?ほら、そこに横になれ」

「ぼ、僕はクレオ・ランバートと言います!!た、タイナーさんお綺麗ですね!!」

 次の瞬間、頭の奥でプシュッ!システムダウンを告げる音がした。



 ブーン。システムが復帰し始める。再起動中……エラー、ゼロ。

「う、うーん……」

 目を開けると、女性が僕の顔を覗き込んで―――!!!!?

「タ、タイナーさん!!?」

「おお、起きたぞアレク殿。成功だ」

 僕が寝かされているのは後ろに倒された乗客席だった。アレクが手をハンカチで拭きながら歩いてくる。

「良かった。一応お前に言われた通りやったんだけど、生き返って良かったあ」

 別に生き返った訳ではない。電源が落ちただけだ。

「ありがとうアレク。タ、タイナーさんも、ありがとうございました!」

「何、構わないよ。突然倒れたので驚いたが、その様子ならもう大丈夫だろう」

 くすっ、と笑うと無垢な少女の顔になる。可愛い、とても。

「事情はアレク殿に聞いた。連中を刑務部に引き渡す仕事があるので残念ながら政府館までの案内はできないが、クレオ殿程しっかりした者ならば“黄の星”での生活もすぐに慣れるだろう」

「そ、そんな僕なんて」

「卑下する必要は無い。既にこちらの言葉を習得済みのクレオ殿なら何ら生活上支障無い。聖者様方も大歓迎だろう」

 聖者。連合政府の長であり、現在宇宙で最も権力を持つ人物。

「Lost World Peopleを保護するのは元々聖者様のご意向だ。近々七種を交えての大規模な会議もあると聞く。クレオ殿ならLWPの代表として相応だと私は思うぞ」

「え、ええっ!?タイナーさんに認めてもらえるなんて、光栄の極みです!」習った中で最大級の賛辞を彼女に贈る。

「はは。私の事はシルクでいいぞ、クレオ殿」

「は、はい。シルクさん」

 彼女は顎に手を当て「ふむ、まあいいか。ところでクレオ殿は剣の修行をした事が無いとアレク殿に聞いたのだが」そう話題を振った。

「はい。エレミアでは武器を使う必要が無かったので、素振り一つした事がありません」

「平和な世界なのだな、実に羨ましい。こちらでは一般市民でさえ朝から犯罪に巻き込まれると言うのに」ちら、と船の後部に視線を向け、「クレオ殿、どうか余りこちらの世界が物騒だと思わないで欲しい。あれは実にレアケースでな、普段は本当に安全航行なんだ」

「分かっています」

「そうか、助かる……エレミアの話だったな?」

「霧の中に浮かんだ街なんだってさ。な、クレオ」

「はい」

 ほう、とシルクさんは感嘆する。

「それはさぞや幻想的な風景なのだろうな。うーむ……クレオ殿、写真などは……持っているはずもないな。済まない」

 僕の護身用の剣を取る。

「レイピアだな。私も幼少の頃にはよく練習したものだ」

 鞘から一度出して、刃を丁寧に確かめる。「良い剣だ、余り使われていないようだが」

「クレオ殿。基礎の基礎だけでも今から習わないか?」

「え?」

「シャバムは安全な街だが、先程のような賊が完全にいないとも限らぬ。クレオ殿は覚えが早いようだし、どうだろう?」

「ぜ、是非お願いします!!」



 船着場の外に出ると、通りを歩く人の多さに圧倒された。

「ひゃあ!半年振りだけど相変わらず凄え人の数」

 シルクさんは僕等より一足早く船を降り自分の仕事に戻った。基礎の基礎、などと言っていたが、時間一杯までかなり実践的な訓練をさせてもらった。しかも時間の都合がつけばまたやろうと約束までしてもらえた。

「政府防衛団って言ったら政府員の中でもトップクラスの腕利きしかなれないはずだぜ。人間の、それも俺等とほとんど変わらない女の子が入っているなんてたまげたなあ」

 アレクがにっ、と笑い、「格好良かったな」と言った。

「ええ。……アレク、僕エレミアの絵を描いてみます。風景画は初めてだけど、鉛筆ならどこでも描ける。連合政府で説明するのにも使えるし、それに」

「いいアイデアだ!シルクさんも絶対喜ぶぜ。で、最初は何を描くんだ?」

「勿論、霧の中のエレミアです。幸い遺跡から街の全体を見たデータがあります」

「その遺跡の話も後でじっくり聞かせてもらおう。取り合えず政府館で手続きしてこようぜ」

 魔術と学問の街。政府と安心の街。人流の街。アレクはシャバムの別名を次々教えてくれる。

「あと一番有名なのがあるんだが、そいつは夜の方が納得しやすい」

「?」

 快晴の空を時折鳥ではない大きな何かが飛んでいく。僕がそれを指差すと「飛龍だ」アレクが教えてくれる。

「移動用の乗り物さ。“黄の星”じゃ隣街に移動するのにも船を使わないと行けないから代わりにな。同業の友達も一時期バイトしてたって言ってたけど、給料の割に結構キツイらしいぜ。一遍に十人も乗せたら次の日背筋痛で立ってられないってよ。シャバムに来た記念に乗ってみるか?」

 上に乗った子供がはしゃぎながらこちらに手を振っている。僕は振り返して、「はい、その内一緒に乗りましょう」と答えた。

 道端にズラッと並んだ出店は食べ物が中心で、エレミアの料理に似た物も沢山あった。美味しそうな匂いを尻目に僕等は三十分ぐらい歩き、その建物の前に来た。

「はあ、やっと着いた」

 真っ白で箱のような建物、高さは四階建て。昼近くのためか窓が半分近く開いていた。

「遠かったですね」

「そうだな。さ、中入ろうぜ」

 扉を開くと目に付くズラリと並んだ下駄箱。「来客用」と書かれたホルダーに立つ黄色いスリッパ。僕等はそれを履き下駄箱に靴を入れた。

 受付には金髪の男の人が一人座って分厚い書類を読んでいた。彼は僕らに気付いたのか、茶色と白を半分ずつ混ぜたような目を向けて微笑む。

「ああ、やっと来た」

 彼は受付の左の扉を指差した。

「悪いんだけどそこの給湯室にいる彼女に伝えてくれるかな?さっきのコーヒー、豆が痛みかけてるって」

「は、はい」男の人は明らかに僕に対して言っている。

「じゃあ頼むよ。そっちの君には幾つか確認したい事がある。いいかな?」

「え、ああはい」

 僕は給湯室のドアを開けた。エプロン姿の女の人が一人、こちらに背中を向けて流し台を使っている。

「あのう」

「えっ!?は、はい!……………………わ!?」

 見知った顔だった。僕の家の近所に住んでいるヘレナさん、時々散歩をしている彼女に会って立ち話する仲。

「ヘ、ヘレナさん!!?」

「クレオ君、無事だったの!!?どうしてここに?」

「ヘレナさんこそ!……無事って、どういう意味ですか?」

「えっ?街の外から変な黒い物が沢山飛んできて、家が壊されて次々燃えて……クレオ君覚えていないの?」

「僕はずっと家にいて何も。え、じゃあ……」

 知人の顔を次々思い浮かべる。最後に、あの人を。

「ど、どうしよう……」危険な目に遭っているかと思うといてもたってもいられない。またヒューズが飛びそうだ。

「だ、大丈夫だよ!パン屋のイムおじさんも無事だったし、きっと皆生きてるよ。ここであれこれ心配してもしょうがないし、だからね」

 僕の肩を掴んでヘレナさんは精一杯の笑顔を見せてくれる。

「……そうですね。ありがとうございます」そうだ、ここで焦っていても仕方ないんだ。

 ヘレナさんは棚からカップを三つ出し、お茶を淹れた。

「そうだヘレナさん。受付の人からの伝言で、さっきのコーヒー、豆が傷みかけてるそうです」

「受付……?ああ、コーヒーだったらエルさんね。さっきのはええと……これだったかな?」

 棚にはコーヒー豆の缶が七個ぐらい並んでいた。その一つをヘレナさんは開けて匂いを嗅ぐ。

「うわ、本当に痛んでる!この銘柄は……クレオ君、今晩買ってくるってエルさんに伝えてくれる?」

「はい。それにしても、ここでヘレナさんは何をやっているんですか?」

「昼間はここの食堂の手伝いとか、こうやって職員さん達のお茶を用意したりとか。五時になったらお屋敷に帰ってイムおじさんと夕飯の支度するの。あ、おじさんは一日中街のパン屋で働いてるのよ。言葉は分からなくてもジェスチャーで材料は何とか買えるしね。クレオ君は?」

 これまでの経緯を説明すると、「すっごいね!!」ヘレナさんが叫んだ。

「今は留守だけど聖者さんって言う人も私達の言葉分かるの。ねね、時間があったら私達にも教えてよ。やっぱり言葉ができないと不便だもの」

「勿論ですよ」

「ありがとう!」

 お茶を盆にのせた。

「もうデイシーちゃんも来てる頃かな。行こうか、クレオ君」



「それが君の正式なパスポートだ」

 部屋に入って早々、彼は僕にそう言って手渡した。皮製の黒い手帳の中に顔写真と僕の名前、出身地はエレミア。保護者欄にはアレクの名前と住所。

 僕らが通されたのは四階の執務室と言う部屋。応接用の椅子に僕とアレクは並んで座らされた。

 ヘレナさんがお茶を置いて部屋を出て行く。

「えっ?あの僕、まだ何もあなたに言っていないはずなのですが」

「ああ、それなら大丈夫。仮渡航手続きの時点でデータはこちらに転送されているから。さっき保護者のミズリーさんにも確認してもらった。どこか間違っていたら言って欲しい」

 じっくりとパスに三度目を通して点検する。

「特に、無いと思います」

「そうか。いや、防衛団の人がもうすぐ君が来るって教えてくれてて玄関で待ってたんだ。彼女、君の事褒めてたよ。勇敢な若者だって」

「へ……あ、ああ!そうなんですか!!」

 シルクさんが……もっと頑張らないと!!

「自己紹介がまだだったね。僕はエルシェンカ、連合政府副聖王の任に就いている。よろしく、クレオ・ランバート。アレク・ミズリー」

「こちらこそよろしくお願いします」

 エルシェンカさんは自分の席のコーヒーメーカーからコーヒーを注ぐ。あれ?ヘレナさんが全部作っているんじゃないのかな?

「ああ、本当は彼女が淹れてくれるのが美味しいんだけどね。食堂の仕事がある正午前後とか残業してる夜とかは自前だよ。僕は重度のカフェイン中毒なんだ。君らもお茶が終わったら飲むかい?ミルクと砂糖は無いけど」

 お茶を一口飲む。香ばしくて少し甘い。

 机の上の時計を見てエルさんは「そろそろ来るかな」と呟く。

「クレオ。君はやっぱりエレミアの技術で作られたの?」

「ええ」

「凄い技術力だね。乾電池で再起動した話を聞いてなかったらどこからどう見ても人間としか思えない。仕草も人間らしいし……そう、まるで魂が入っているようだ」

「魂、ですか」

「言葉も通じるし、君からは色々興味深い話が聞けそうだ」

 コーヒーを一口。

「君には明後日の七種会議にも是非出席して欲しい」

「会議ですか?」

「LWP専門の調査団を作ろうと思っているんだ。危険を伴うかもしれないから無理に勧めたりはしないけど、入団するかしないか一応考えておいて欲しいな。まあ、入らなくてもちょくちょく意見は出してもらうから、そのつもりで」

 トントン。

「大お爺様、遅れてごめんなさい~。入ってもいいですか~?」やけに間延びした高音の女の子の声。

「ああデイシー。丁度彼らと話していた所だ、入りなさい」

「は~い」

 ドアを開けて入ってきたのは十三歳ぐらいの女の子。柔らかい青緑色の髪と瞳、丸い縁無し眼鏡を掛けている。鈴蘭模様の白いワンピースに身を包み、胸からは不釣合いに大きなカメラを下げている。小さな肩にはこれまた大きなショルダーバッグ。分厚いバインダーや万年筆が隙間から覗いていた。

「こんにちは~!貴方がクレオさんですね、お会いできて嬉しいです~。あ、自己紹介します~。私はこう言う者です~」

 名刺には綺麗な印刷で「シャバム新聞社社員 デイシー・ミラー」とあった。

「えっと~、エレミアには確か新聞は無いんですよね~?簡単に言うと~昨日あった出来事を紙面にした物です~。私は新聞に載せる事件を取材して原稿を書くのが仕事なんです~。クレオさんに会いに来たのも取材の一環でして~、LWPの皆さん一人一人のお話を記事にして少しでも早く他のLWPの人達が保護されるように働きかけているんです~」

「そ、そうなんですか!?僕なんかの話で良かったら是非協力させて下さい!」

 デイシーさんは満面の笑みを浮かべてバインダーと万年筆を取り出す。

「クレオさん、こっちの言葉上手ですね~!特に発音が綺麗です~」

「言葉は全部、こちらのアレクに教わったんです」

「ふんふん~。早速ですがアレクさん、クレオさんがこっちに現れた時のお話を伺いたいんですけど~」

 突然話を振られてアレクは背筋をガチガチに伸ばす。きっと取材は初めてなのだろう、緊張しているのが分かる。

「えっ……えーと、いやもうピカッって光ったと思ったらクレオが現れてさ。いきなり階段から落ちて、俺も親父もビックリして、光った以外の事なんて分からないよ」

 サラサラとルーズリーフにメモしていくデイシーさん。僕が見ても分かるぐらい熟練した滑らかさだ。

「出現の時の謎の光、他のLWPの人達の時と同じですね~。クレオさん、こっちに来る前の事は思い出せますか~?」

 あの人が謝って、ただ泣いて謝って―――それで。その次は?

「思い出せない……?」

「クレオ?」

「あ、あれ……何で?記録してあるはずなのに……どうして……???」

 デイシーさんが首を横に振る。

「やっぱり。他の皆さんもこちらに来る直前に何があったかがどうしても思い出せないそうなんです~。クレオさん~、無理に思い出そうとしないで下さい」

「そうだぞクレオ。何かの拍子に思い出せるかもしれないし、な?」

「は、はい。分かりました」

 お茶を啜る。

「じゃあ次はエレミアの街についてお伺いしてもいいですか~?」

 あ、しまった。

「どうかしたかい?」

「あ、あの僕、皆さんに絵を」

「絵?」

「は、はい。絵を描いて見せればこちらの人達にもエレミアの事がよく伝わるかなと……でもまだ一枚も描いてなくて、済みません」

「謝らなくても大丈夫だよ」

 エルシェンカさんは苦笑してコーヒーのお代わりをする。

「僕は大体この街にいるし、デイシーは記者だから君が話したい事があれば飛んで来るよ。エレミアの話はじゃあ、絵がある程度出来上がってから改めてしようか」

「クレオさんはやっぱり凄い人ですね~!是非継続取材したいんですけど」

「いいですよ」僕も出来れば話しやすいデイシーさんがいい。

「本当ですか~!やった~!」デイシーさんが万歳して喜んだ。その後ろでエルシェンカさんが「デイシー、はしゃぎ過ぎだって」と嗜める。

「そうだ~。クレオさん、今日はお兄様の家に泊まるんですよね~?」

「お兄様?」

「世間で言う所の聖者様の事だよ。でもデイシー。何で彼がお兄様で、僕が大お爺様な訳?僕ら多分同い年ぐらいだよ」

「ええ~っ?大お爺様は精神的に老けているけど~、お兄様はずっと若くて薄幸の美青年ですよ~。これはもう二百年前から世間一般的に決まっているんですぅ~。何なら今度新聞のアンケートで世論に問うてみますか~?」

「……分かったよ。で、どうしたんだい?」

「あ、そうです~!もし良かったら、夕ご飯まで私がシャバムをご案内します~。これから住んでいく所ですし~、どうでしょうか?」

 願ってもない提案だった。



「どうでした?」

 トレジャーハンター協会から出てきたアレクは首を小さく横に振って、「まあまあ」と呟いた。デイシーさんの案内で歩き始める。

「取り合えず来月までは政府からの補助金が出るってよ。再来月になっても何も出なきゃ、何らかの措置が必要だそうだ」

「措置ですか?」

「ああ。協会から自腹で手伝いを雇うか諦めて次に行くかって意味。でもまぁ、あんな脈ありの遺跡を放っぽり出す訳にはいかんよな」

「アレクさんのお父さんは宝探しが大好きなんですね~!」

 親を褒められて照れたのかアレクは頭をぽりぽり掻く。

「いやあ。親父の場合はどっちかって言うと業突張りのバラッグ・ビータだよ。知ってるデイシーちゃん?」

「知ってますよ~!協会の創設者、ユアン・ヴィーの宿敵ですよね」

「そうそう!俺実は密かにユアンを目指しているんだ!ストイックで、でも芯には熱い物を持っていてさあ!子供の時に絵本読んだ時から憧れてるんだ!」

 そう語るアレクの目はキラキラ輝いていて、僕は彼の夢が叶えばいいなと思った。

「クレオさんは夢、何かありますか~?」

「夢……」

 エレミアが消えたら僕も消える。もう戻らない日々を後悔しないように日記に書き留めて生きるのに精一杯で、そんな遠くはそもそも存在しなかった。

 でも、ここは違うんだ。時間制限が無い。ちょっと未来を見据えて生きられる。

「そう、ですね……僕は、もう一度あの人に会いたいです」

 僕を初めてクレオと呼んだ人。泣いて謝ったまま、別れてしまった彼に。

「よっぽどクレオにとってその人は大事なんだな。大丈夫だって。LWPの情報はここにいればすぐ分かる。その人もきっとこっちに来てるって」

「ええ。済みません、僕が心配してても仕方の無い事なのに」

 デイシーさんがニッコリと微笑んで僕を見上げる。

「大お爺様の方でも、LWPの人達を鋭意捜索中です~。今度からはクレオさんも取材に同席してもらえますか~?お知り合いの方かもしれませんし~」

「勿論です。通訳も僕の出来る限りやらせてもらいます」

「あはは~、そんなに力まなくて大丈夫ですよ~。何だかクレオさんて、お兄様みたい~」

 お兄様、さっきの話に出てきた聖者様の事か。

「生真面目な所とか~、優しい所とか~。自分を省みない所なんて恐ろしいぐらいよく似てます~」

 最後の方は少し声のトーンが落ちた。

「ほどほどで全然OKですよ~。頑張り過ぎないで、アレクさんや私に出来る事なら何でも言って下さいね~」

 そうか。少しだけ肩の力が抜けた。

「ええ。分かりました」

「あ、着きました~!」

 政府館より二回り小さい灰色の建物。古い木製の看板には黒字で「シャバム新聞社」とある。

「デイシーさんはここで働いているんですね」

「はい~。シャバム新聞は宇宙で一番読まれている新聞なんですね~。常に情報の最先端を行く場所なので~、最近は政府館や翔彗星と並んで修学旅行の見学スポットになっているんですよ~」

 ドアを開けると、受付の女の人が「いらっしゃいませ」と挨拶してくれた。

「こんにちは~。あ、この二人は特集で取材している人達です~。編集室に通しても大丈夫ですか~?」

「ええ……でも、今柄の悪い人が来てるから気をつけてね」

「誰にですか~?」

「編集長」

「……………あはは。大丈夫だそうです~。こちらへどうぞ~」

 僕らは顔を見合わせ、頷き合ってからデイシーさんの後に続いた。

「折角ですから~、LWPに対しての色んな仮説を連載している記者さんにお話を伺いましょうか~。クレオさんの参考になるお話があるかもしれませんし~」

 ドアを開けた途端、何かが物凄いスピードでデイシーさんの頭目掛けて飛んで来た。

「危ない!!?」

 咄嗟に彼女を押し退けて右手で庇う。ガラス製の灰皿が手の甲を直撃し、ベキバキッと骨格部分のメタルが壊れる音がした。脆過ぎる、飛ばされた時手を突いた罅が入っていたのかもしれない。

「クレオさん!?」

「ああ?もっぺん言うてみい!人のアラばっかほじくり返しおって!この&“$%が!!」

 スキンヘッドの男の人がスーツを着た男の人を足蹴に怒鳴っている。周りの人達は机の中に隠れたりして身を守りながらスーツの人を心配げに見ている。

 スーツの人の額から流れる血を見た瞬間、僕は鞘に入ったままの剣を構えて走っていた。

「止めろ!!」

 スキンヘッドの人が振り向き、目を剥いてこちらに突進してきた。鉄の角棒を持っている。

 男の一撃が僕の右肘を捉え、バキッとメタルが折れる。が、それと同時に左手の剣が男の首の後ろを思い切り叩いていた。手加減なんて出来なかった。

「ぐっ!」

 泡を吹いて倒れる。角棒がガランガランと床に落ちた。

「大丈夫ですか!?」

 良かった、意識ははっきりしている。見える怪我は額の傷だけだ。何度か蹴られマスタード色のジャケットが土で汚れている。きっと服の下は痣になっているだろう。

「ああ、助かったよ。君は……直ぐに病院に行った方がいい。腕、折れているぞ」

 そう言われて見ると、いつもと逆方向に曲がった肘、手の甲が陥没して指を動かしにくい。

「僕は機械人形だから大丈夫です。あなたも手当てを受けないと」

 彼は手で額の血を拭い、「記事にイチャモンつけられるなんて日常茶飯事だ。ここまで暴れられたのは久し振りだが」

 机の下で隠れていた女性がハンカチを彼の傷に当てる。と、ドアの外にいた二人が入って来る。

「クレオ!?……あちゃあ、酷いな。痛いのか?」

「いいえ、機械ですから。でも放っておいたらショートするかも」

「早く直さないと……クレオさん。私の友達が機械の専門家なんです。多分彼女なら」

「分かりました。連れて行って下さい」

「その前に」デイシーさんは座り込んだままの男性の隣に立った。桜色のハンカチは真っ赤になっていた。

「編集長、治療しますね~」

 両手で空中に紋章を描く。

「神の恩寵、この者に癒しを」

 翳した手がぼんやりと白色の光を帯び、彼の額に開いた傷が見る見る塞がっていく。

「はい、どうですか~?」

「ああ、助かったデイシー」編集長は女性の手を借りて立ち上がり、パンパンとジャケットの土を払った。「お前もありがとう」

「副編集長、今日は半休にして病院で検査してもらった方がいいです~。肋骨折れてたり頭の中までは魔術で治せないので~」

「ええ、ありがとうデイシー」

「おいおい、俺はもうどこも痛くないぞ」

「あなた」

「……分かったよ。デイシー、早くそっちの彼を連れてってやれ」

「は~い」



 金色の髪、赤い目。黒いワンピースを着た十歳ぐらいの女の子が、ドアの隙間から僕をじっ、と見た。警戒されているのかな、と思いきや、

「凄い技術だね、お兄ちゃん」真っ白な顔を上気させて言った。

「こんにちは~リサちゃん」

 デイシーさんが僕の横から顔を出すと女の子は驚いた。

「あれ、デイシーちゃん。この人デイシーちゃんのお友達?」

「うん。クレオさんって言うの~LWPの。こっちは保護者のアレクさん。見ての通りクレオさんの両手壊れちゃって~、でもエレミアの技術だからそうそう直せそうな人いないし~、できる?」

「いいよ。見た限り配線は切れてないみたい。骨格だけ替えれば元通りになるよ」

 リサさんに案内され家の奥、色々な機械が置かれた部屋の中央に寝かされた。金属の台に触ると冷たい。

 僕が服を脱ぐとリサさんは恥ずかしそうに頬を赤くした。

「リサちゃん、どれぐらいで出来そ~?」

「え?えっとね、二時間ぐらいかな……」話し方にも動揺が出ている。

「うん。じゃあ私達その間少し外に出てくるよ~。クレオさん何か欲しい物は~?」

「いえ。別にありません」

「うん、分かった~。リサちゃんは~?」

「私も別に……」

 二人が出て行くと部屋に沈黙が漂う。

「ご、ごめんなさい……男の人の裸見るの初めてで」

「隠しましょうか?」余りにも恥ずかしそうで居たたまれない。

「いえ、もう平気。まずは肘から」

 大きな工具箱からメスを取り出し、さっと人工皮膚を切る。傷を広げて金具で固定し、折れたメタルを一本一本丁寧に外し、長さを後ろの加工盤で調整した新品と交換した。その慣れた手捌きは正に熟練の職人技だ。

「この世界で一番質量が近いメタルを使うけど最初は違和感があると思う。クレオさんに入っていたメタル、これよりずっと軽いから」

「そうですか」

「外したメタルは預かっていい?再加工できるなら今度入れ直すから」

「お願いします」

 カチャカチャカチャ………。最後に人工皮膚を接着剤でくっつける。肘を軽く動かすと確かに若干重くなったような気がする。

「どう?」

「問題ありません」

「良かった。次はこっちをするね」

 手の甲が切られ修理に入ってすぐに玄関のドアが開いた。

「ただいまリサ!ん、来客中か?」

 声を認識した瞬間エンジンが誤作動を始める。な、何であの人がここに……?

 バタン、とドアが開くのが横目で見えた。足音が近づいてくる。

「リサ?……クレオ殿?怪我しているのか?」

 鎧を脱いで私服のシルクさんが僕の裸を見ている……僕の。

「?クレオ殿、顔がまた真っ赤だぞ?リサ、これは誤作動と言う奴ではないのか?彼は先程一度ヒューズがどうこうで倒れたのだが」

「い、いえ!!大丈夫です!」慌てて脱いだ服を上半身に掛ける。「少し修理で緊張してしまって!リサさん、そっちはもう全然大丈夫ですからね!」

 念を押した甲斐あってリサさんは小さく頷いた。

「調子が悪かったら言ってね。おかえりなさいお姉ちゃん、今日は早かったね」

「ああ。今日の診察は六時だったな」

「一人で行けるよ、病院まで歩いてもそんなに掛からないし。お節介も程々にして」

 だけどリサさんは少しも嫌な風でなく、むしろ口の端に笑みさえ浮かべている。シルクさんも承知のようで、「そうだな、私の勝手だ」と言う。

「リサさん病気なんですか?」

「大した事ないよ。ちょっと心臓が弱いだけ」

 よく見るとリサさんはかなり痩せていて顔色も青白い。「ちょっと」の範囲を超えているような気がする。

「クレオさん直すまで動かさないでね」

 先程と同じように交換を始める。さっきより細いメタルばかりなのに見る見る内に元通りになっていく。

「驚いた。クレオ殿の手はあのような多くの部品で出来ているのか」

 左手をぎゅっ、と握られる。エンジンが爆発しそうだ。

「しかし温かい……人間と同じだな」

 シルクさんの手は大きくて、掌や指の筋肉が硬くて、そしてとても温かい。ずっと握っていたくなる。

 彼女はフッ、と笑う。

「私はクレオ殿のようにはなれそうもない」

「え?」

「いや、古い話だ……忘れたくても中々忘れられるものではない……」

 瞳に映った一瞬の影。それは僕を長い間呪縛し続けた。



 二人が戻ってきて、僕らは暗くなった街に出た。正確には昼よりほんの僅か暗い街へ。

「ようこそ、聖族と不死族の街シャバムへ」両手を広げてアレクが言った。

 聖族は元々“黄の星”に住んでいる種族、エルシェンカさんやデイシーさんがそう。不死族は昔“黒の星”から“黄の星”に大規模な移住をした一族。この宇宙には七種類の知恵持つ種族が共存している、のはこの宇宙の聖書で覚えた。

「不死の大部分の人達は“黒の星”が常闇の影響で今でも夜型なんですよ~。土地の少ない“黄の星”では~店の多くが昼間は聖族や人間、夜は不死族の営業なんですよ~。品揃えも昼と夜では全然違っててそれ目当ての観光客も大勢います~。ほら~、昼間と人通りがあまり変わらないでしょう~?」

 確かに昼間の通りは屋台だけそのままに品物がテイクアウトメニュー中心から魔術用品やアクセサリー、珍しい薬草などに替わっている。勿論食べ物の店もある。

 人々の間をすり抜けていくと見慣れた後姿を見つけた。

「ヘレナさん!」

 僕が声を掛けると彼女は振り返った。

「あ、クレオ君。丁度良かった、来るのが遅いから心配したんだよ?」

「済みません。ちょっと手を修理してもらってて」

「えっ!?」慌てた様子で彼女は僕の両手を握って確かめる。「ど、どうしたの?」

「ちょっと喧嘩に巻き込まれて。しっかり直してもらったのでもう大丈夫です」

 ヘレナさんは黒い粉末の入った瓶を二つ持っていた。

「あ、昼間のエルさんのコーヒーよ。夜じゃないと売ってないから夕食作って出てきたの。さ、行こ。イムおじさんがパン焼いて待ってるよ」

 案内されたお屋敷は二階建てで周りのどの家よりも広い。手入れされた庭の横は林になっていた。通り抜ければ政府館の傍に出られそうだ。

「ただいま」

「お邪魔します」

 僕らが入っていくと、階段に座って五歳ぐらいの男の子が人参を齧っていた。僕等を順番に見比べ「新しい人?」と呟いた。

「ああ、俺はアレク・ミズリー」

「僕はLWPのクレオ・ランバートと言います」

「……変な臭いがする。お兄さん人間じゃないでしょ?」くんくんと鼻を動かす。

「ええ。機械人形です」

「ジリツガタなの?凄く滑らかな動きだね、人間みたい。まあいいや」

 ぱきり、前歯で人参を折って口に運ぶ。

「エレミアの言葉が通じるなら、明け方まで遊んでくるってお姉さんに伝えてくれる?あとこの人参美味しいってのもついでに」

 それだけ言うと彼はぱっ、と走って夜の街へ行ってしまった。僕は彼の言葉をヘレナさんに伝えた。

「はは。毎晩の事だから言わなくても分かってるのになあ」

「毎晩?」

「あの子毎日この時間から友達の所に行くの、さっきみたいに好物の人参食べてからね。朝までって事は今夜の遊び相手は不死の子ね。流石に人間の子に徹夜は無理だから」

 僕とアレクはそれぞれあてがわれた部屋に荷物を置き、食堂へと向かう。懐かしい香ばしさが鼻に入り、記憶が呼び戻された。

「イムおじさん!」

「クレオ!」

 おじさんは両手を広げて僕を抱き締めてくれた。ちょっと苦しい。

「無事だったと聞いた時は驚いたぞ。あの元気なのは一緒じゃないんだってな」

「ええ……」

 暗くなりかけた僕を励ますように背中を叩く。「きっとすぐ会えるさ」

「今日は歓迎会だ。腕によりをかけて焼いた、友達も沢山食べていってくれ」

 ロールパン、クロワッサン、ベーグルにベーコンポテトパン。お店に並んでいたのと全く一緒だ。食べてみると、記憶のままのふっくらもちもちとした食感。

「ようやくエレミアでの味が出せるようになってきたんだ。こっちは材料も何もかも勝手が違うからなあ」

「お、旨い!」

 アレクはベーグルを頬張り、白身魚のムニエルを口にしている。デイシーさんも「美味しいですぅ~」と言いながらロールパンに苺ジャムを塗って食べていた。

 しばらくは二人に近況を訊いたり、料理の感想を伝えたりしていた。でも二人はまだ仕事が残っているらしく「ごめんね」と断ってキッチンへと入っていった。

「デイシーさん、リサさんのお姉さんの事なんですけど……」

「シルクさんの事~?」

「はい。昔何かあったんですか?余りにも寂しそうな目をしていたので、気になって」

「……さあ~?私はリサちゃんから特に聞いた事無いので分かりません~」

 デイシーさんは曖昧な表情を浮かべて、「でも」と続けた。

「シルクさんは普段とても強い人ですから~、そういう弱い面をクレオ君に見せると言う事は、余程クレオ君を信頼しているのです~。時期が来れば、きっとシルクさんの方から打ち明けるのではないでしょうか~」

「そうですね。よし」

 部屋に帰ったら早速絵を描こう。シルクさんに少しでも詳しく説明できるように。……勿論エルさんやデイシーさんにも。

「もう一つ質問なんですけど、リサさんの病気はその、重いんですか?」

「うん。生まれてからすぐ三回手術して、今も二年に一回は人工心臓のバッテリーを換えないといけないの~。運動は勿論禁止で~、外出も基本的には誰か大人が付いてないと駄目なんだって~。機械を直すのはシャバムで一番上手なのにね~」

「僕、修理してもらったのに何もお礼できていないんです。リサさんは何か好きな物ありますか?」

「クレオさんなら何を貰ったら嬉しいですか~?」

「ええと……再起動用の電池、新しいスケッチブック、素描用のコンテ……ああ、女の子だから花が好きなんでしょうか?」

「ええ~。リサちゃんとシルクさんはラプラスと言う赤い花が好きなんです~。毎年今ぐらいの時期に咲いたのをシルクさんが摘んでリビングに飾っています~。でも今年は春の記録的豪雪の影響で~、シャバムでは全部芽も出ない内に枯れてしまったんです~。リサちゃんとっても悲しそうでした~」

「どこか他に咲いている場所は無いんですか?」

 頭を抱えるデイシーさん。と、隣のアレクが「そうだ」と言った。

「前に“碧の星”に行った時、ラプラスのサラダってマズいのを食った覚えがある。あれは……確か聖樹の森の近くの村だった!」

「ああ、そうです~。ラプラスの原生地は“碧の星”です~」

「アレク、明日連れて行ってもらえますか?」

「当たり前だ。俺はお前の保護者なんだからな」

「デイシーさん、会議は明後日でしたよね?」

「はい~」




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