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第9章:不死者と魔王の決戦

 …「魔王の分身」に与えられた一晩という猶予は、あっと言う間に過ぎていった。

 相手が望むは世界の破滅。だけど人々は、何も知らずにいつもと同じ生活をはじめている。

 正直、この世界がどうなろうと知った事ではない。

 魔王の力があれば、私を殺す…いや、消滅させる事も容易いだろう。

 …だけど…今の私は…

「おはよう、ダル。」

「……ああ。」

「…朝から暗い。」

 びすっと音を立ててダルの脳天にチョップが入った。それに対し、彼は恨みがましい目をしてこっちを見た。

「何するんだ!こんな時にっ!」

「声が大きい。」

 もう1度、同じようにチョップをかます。そして彼も、やっぱり同じような反応を返した。

「あのねぇ…『こんな時』ってどんな時?」

「そりゃ当然……」

「私、喧嘩の前ってもっと落ち着くべきだと思うのよね。」

 朝食として頼んでおいたベーコンエッグをぱくつきながら、ダルに笑いかける。

「喧嘩って…!」

「だってそうでしょ?相手がただ単に『魔王の分身』ってだけで。」

「そんなにあっさり言える相手じゃないだろ!君は消滅するかもしれないんだぞ!それとも…」

 はた、と彼の動きが止まって顔色が変わる。何か、恐ろしい事でも思いついたように。

「…それが願い…なのか?」

 恐ろしげに、でもどこか悲しそうな顔で、ダルは呟くように問いかけた。

「奴に消滅させられることが、君の願いなのか!?」

「あのさ、私、『喧嘩の前』って言ったわよね?」

「あ、ああ。」

 何を言おうとしているのか分かっていないらしく、ダルはぽかんとした表情で私を見た。

「負けるつもりで喧嘩なんかしない。相手が誰であろうと、ね。」

 にっこり笑って言った私に、ダルは今度こそ呆然とした表情になった。

 私は私の信じた道を歩む。相手が魔王だろうが神だろうが関係ない。今、私がしたいこと。それは…

「相手が気に入らない。だから私は奴…紅玉の魔王の分身、ディールを倒すのよ。」

「勝てると…思っているのか?」

 思考停止から抜け出したのか、いつもよりやや低い声で問いかけてくるダル。

 …こいつは…本当にもう…

「言ったはずよ。『負けるつもりで喧嘩はしない』って。勝算とか何とかは二の次。要は気の持ちようよ。」

「だけど…!」

「ああもう!ごちゃごちゃうるさい!大体、魔王の食事…エネルギー源は生きとし生ける物の邪気なんでしょ?だったら明るく前向きに!邪気ばら撒いて相手喜ばせてどーするの!」

 だんっ、ぱきっと私はテーブルを叩いて言った。それに対してなのか、ダルは驚いたような表情になり、私の顔をまじまじと見つめた。

「ルフィ…」

「言っておくけど、私は傭兵。雇い主はあなた。あなたの命令に従うけど、首になっても奴を倒す気でいるわよ。それを踏まえた上で。あなたはどうするの?」

「僕は…」

「あんたが言ってた『ご神託』…ここで終わるって…私を解雇するって言うならどうぞ、ご自由に。」

「いや、そうじゃなくて…」

 しどろもどろになりながら、ダルは必死に言葉をつむぐ。が、言い訳なんて聞きたくない。私が聞きたいのは…

「来るの!?来ないの!?どっち!?」

「い、行く。行くよ。それは決めていた事だ。だけど僕が言いたいのはその事じゃなくて…」

 恐る恐る、ダルは私の手を指差してこういった。

「君のフォーク、皿を貫通してテーブルに刺さってるけど…いいのか?」

「………あ。」

 ……いきなり、幸先悪いかも……


「…へえ、逃げずに来たのか。」

「まあね。」

 ディールと名乗っていた男は、見下すような顔つきで私達に言い放った。

 魔王の分身ゆえの自身からか、私達といた時よりもかなり不遜な態度である。

「正直この世界がどうなろうと知った事じゃないんだけど、虚仮にされたままって言うのは気に入らないのよ。だから……」

 ちゃきっと剣を構え、私はディールに向かって言い放つ。

「倒してあげるわ。私の全存在をかけて、ね。」

「じゃあ…終わりにしようか、この茶番劇を!」

 ディールが吼える。と同時に奴はまっすぐにダルに向かった。

「まずは鬱陶しい蒼神官、貴様からだ!」

「だから、海神官だって言ってるだろう!」

 ちゃっかり言い返しつつ、ダルはその錫杖でディールの一撃を防ぐ。が、攻撃を受け止めはしたものの、力の差から軽く後ろへと吹き飛ぶ。

「ふーん。意外と戦えるんだな。神官と思って甘く見ていた。いつもはルフィ姐さんに守ってもらってるだけだったし。」

「甘く見てるのは、ダルだけじゃないんじゃない!?」

 呟くディールに、私は後ろから斬りかかる。

「不意打ちのつもりなら、もっと静かにやるものじゃねえ!?」

「別に、不意打ちにするつもりはないわよ!」

 一撃をあっさりとかわされ、急いで次の攻撃を繰り出す。

 そもそも声を上げたのは戦士としてのプライドと…相手の注意をこちらに引き寄せるため。ダルを倒されちゃ、ちょっと困る事になるのよね。

「前から思ってたけど、不死者とは言えなかなかの体捌きだよな。不死者になる前はさぞかし有名な兵士だったんだろう?」

「一応、銀髪の悪魔、なんて呼ばれてたわね!不本意だけど!」

「…貴様が……!?」

 一瞬、ディールの動きが止まった。何故かは分からないが、とにかく今がチャンス!

「ダル!ブチかまして!」

 叫ぶと同時に剣を遠くに放り投げる。

「何を…!」

 私の行為の意図が読めず、はっきりと驚愕の表情を浮かべるディール。

 だが次の瞬間!

「邪滅迅雷!」

 ダルの声が響くと同時に、ディールの周囲に邪を滅する雷が放たれる。剣を投げたのはそのため。だって私の剣って魔剣なんだもん。喰らったら確実にぶち壊れるわよ。

…無論、普通の人間でも、喰らえばかなりの火傷を負う。……実際、今私も火傷したし。不死者の回復力がなかったら今頃地面と熱いキスしてる所だったわよ。しかもダルの奴、ちゃっかり増幅かけやがったわね!普通の人間なら1回死亡してるわよ!

「るぐおおおぉぉぉぉぉぉっ」

 ディール…魔王の分身が、呻く。おそらく予想もしてなかった攻撃だったのだろう。がくりとその場に膝をついた。

 流石に邪を滅する雷なだけあって私よりも効いているらしく、地に突っ伏したまま動かない。

「ルフィ、止めを!」

「…ったく!無茶な要求してくれちゃって!」

 痺れの残る体を無理矢理動かし、今できる最高の速度で剣を回収、奴を斬り付ける!

「ぐううぅをおををををおおおををををををっ」

 どの獣にも似ていない咆哮をあげ、袈裟切りにされた傷に手を当てるディール。

「人間の分際で…この俺に膝をつかせるとは…」

 …うわまだ凄い元気だし!

「だがまだっ!まだだっ!人間ごときに倒されたとあっては、本体の…紅玉の魔王の名折れ!」

 ………ディールが叫ぶと同時だった。それまで「ディール」だった者が、明らかに「ヒト」とは異なる姿に変貌していく。持っていた剣も、その身に吸収されていく。

「な…なんだ!?」

 ダルが、その変貌に疑問を投げかける。だけど、それに答える事ができる者は…今、変貌している最中だ。

 ………化け物。

 そんな言葉しか出てこない。人間より、1回りも2回りも大きい、赤い烏。

「…待たせた、な!」

 呆然としているところを突かれ、気がつけば私の体は吹き飛ばされた勢いで木々をなぎ倒していた。

 衝撃波…!?

「く…が…っ」

 これで本日、2回目の「死亡」。一応回復するけど…何なの、今の馬鹿力!衝撃だけでこんなの何て…まともに喰らったら回復に時間がかかるわよ!

「ルフィ、無事かっ!?」

「一応無事。…だけど、このままじゃ無事じゃなくなるかも。」

「…え?」

「言ってなかった?不死者はね、短時間に人間が5回死ぬダメージを喰らうと、次の日の出まで行動不能…休眠状態に入るのよ。」

 烏の攻撃から逃げつつ言った言葉に、ダルは走りつつも絶句していた。

 …事実なんだからしょうがないでしょ!?

「早く言え!そういう事は!」

「言って信じた?」

「信じていないのは君の方じゃないか!?」

 私が、ダルを信じてない…?

 …そうかもしれない。信じてないから言わなかったんだろう。だとしても…

「この状態でおしゃべりとは、余裕だな。」

 …また来た!

 烏の翼を何とか剣で受け止める。

 …なんで翼を受け止めただけで金属音がするのよ!まさかさっきの剣が、この翼になってるんじゃ!?

「どうした?倒すんじゃなかったのか?」

 魔王の嘲笑。どうやらまだ、私達を見下しているらしい。

「…倒すわよ。魔王の分身を倒せるとなると、この私…第4の魔王と呼ばれている『銀髪の悪魔』しかいないでしょ!」

 もう一度剣を構えなおし、「魔王」を睨みつける。

 勝算は……ほとんど無い。でも、「全く無い」訳じゃない。一か八かの賭けに出る!

 ダッシュで相手の懐に入り込み、自分の剣を、心臓があるはずの場所に突き立てる。が、聞こえてきたのはぎぃんと言う金属音のみ。手ごたえの無さを感じ、私は慌てて剣を退く。

「無駄、だったな。」

 頭上から魔王の声が聞こえる。しかもちょっと笑ってやがるし。

 しかしまあ、そんな事はこいつの羽攻撃を受け止めた時から承知していた事。本当の狙いは…

「その目!いただきよ!」

 言うが早いか、私は烏の目に向かって剣を深々と突き立てる!

 …羽は剣を通さなかった。体内に入らない限り、魔剣はただの剣と同じである。しかし逆に体内に入ったら、この剣は魔剣としての威力を遺憾なく発揮するということ。ならばどの生物でも鍛えようの無い目や口内には刺さるのではないか。そう思ってやってみたんだけど…

「見事に、刺さってくれたみたいね!」

 まるで私の考えがわかるかのように、刀身から黒い火花がバチバチと走り出す。

「ぎ…?が、あああああああっ!」

 烏が悲鳴を上げてのけぞる。私は振り落とされないように必死で剣を握りしめつつ、さらに深くまで突き立てる。

 しかし相手も必死。翼で私の体を叩く。どうやらこの翼、1枚1枚が鋭利な刃物状になっているらしい。私の体は叩かれるたびに血飛沫をあげる。

 ……ヤバイ、そろそろ3回目の死亡かも…

 思ったその瞬間、手が離れた。同時に魔王の翼が私の喉笛を掻き切った。

「しまっ…」

 声を出したつもりだが、出てきたのは喉から溢れる血のみ。これで4回目の死亡、確定である。

 もうこれ以上、ダメージ喰らえないじゃない!

 思いながら落下に対するショックを整えながら思い…そして、見た。ダルが不敵な笑みを浮かべ、錫杖を振るう瞬間を。

「ファントム・グレイド!」

 声が響く。そしてダルの放った魔法が、私の剣に直撃、そのまま魔王の体内で炸裂した!魔王の、声にならない悲鳴が聞こえる。

 ……ああああああっ!私の剣!

「大丈夫か、ルフィ!?」

「取りあえず死亡4回。っていうか私の剣をどうしてくれるのよ!魔法なんかブチかましてくれちゃって!」

 喉の傷はどうやらもう塞がったらしい。…やっぱり不死者の再生力って怖いわぁ…

 心配そうに見つめてくるダルに対し、思わず怒鳴り返す私。

 いくら魔剣とは言え、あの剣、結構重宝してるのに!

「剣の事は心配ない。今使ったのは神聖魔法ではなく暗黒魔法…それも、あの魔剣が増幅するタイプの、な。」

「…あ、あんた…暗黒魔法も使えるって…」

 暗黒魔法は悪魔などの邪の力を借りたもので、普通神官なんかは「汚れたもの」扱いして手出しなどしようとしないし、文献を読む事すら禁じているらしい。そもそも普通の生活をしている分には神聖魔法だけで充分だし。

 …なのに、こいつ…ダルは今、暗黒魔法を使った。それもかなり強力なものを。

「前に、覚えた事があってね。僕は神聖魔法と暗黒魔法の両方を使えるんだ。」

「そういう事は、早く言いなさいよ!」

「切り札は最後まで取っておかなきゃ。…僕の過去の経験則だけど。」

 ダルは勝ち誇ったような笑みと共にきっぱりと言い放ち、ぐったりして動かない魔王の方を見る。

 一方の私はにこやかに笑いかけて…

「ま、あれだけの攻撃を加えたんだし、流石にもう…」

 大丈夫、と言いかけた時だった。ダルが私を突き飛ばしたのは。

「何する……の、よ。」

「何とか…5回目の死亡は…阻止できたか、な……」

 そこにいたのは。

 魔王の分身に心臓を刺し貫かれている、海神官だった。

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