第2章:戦士と神官の契約
「ここではなんだな…。とりあえず『青の神殿』で話をしよう。」
「構いませんよ。私も、あなたに聞きたい事がありますし。」
『青の神殿』と言えば、この都市の北…「華麗の神」を祀る大神殿の名前。さすがに場所くらいは知っているし、ここからなら歩いて10分とかからない。
そう思い、歩き出そうとして……唐突に、景色が変わった。
今さっきまであった夕日は影も形もなく代わりにあるのはほの明るい人工的な照明。青を基調とした内装に、振り返ればイルカを模した像。それはすなわち、海を統治すると言われる「華麗の神」を祀る神殿の中である事を示している。
…まさか、今…
「空間転移の術…っ!しかも2人同時に!?」
「僕は無駄な時間を費やすのが嫌いでね。」
ようやく私の右手を離し、にこやかな笑顔でいる女顔の神官に視線を向け、思わず1歩後ずさる。
「いや、時間がどうのとかそういう問題じゃなくて…空間転移って、相当高位な神聖魔法じゃ…」
正直な話、この2000年近くで空間転移を扱えた人間は両手の指で足りる程度しか見た事がない。しかも大抵はかなりの年齢…老人と言っても差し支えないような者達だけだったと言うのに…ほんの24、5歳位のダルに、しかも2人同時の空間転移魔法が扱えるとは…にわかには信じがたい。
「……一応僕は色付き法衣…カラーローブをもらっているんだが?」
やや憮然とした表情で言うダルに対し、私は今度こそ完全に沈黙した。
色付き法衣を持っていると言う事は、相当高位の神官だって事よね…?私を一目で不死者と見抜いた事と言い、空間転移魔法を使った事と言い…こいつ、教皇クラスの神官なんじゃ!?
私の考えをよそに、ダルはにこやかな笑顔になって私に向かって一礼をした。
「改めて自己紹介しよう。僕はダル=プリース。通称、海神官。ご覧の通り、『華麗の神』に仕えるものの端くれさ。」
「端くれ」って…思いっきりど真ん中にいるような奴の台詞じゃないような…。
「…どうも、ご丁寧に。……で?その『海神官』様が、私如き『不死者』に何の御用なのでしょうか?」
「ルフィ、君…なんか怒ってる?」
私の言葉に、ダルは心底不思議そうに…と言うよりあからさまにビクつきながら返す。
……別に怒ってる訳じゃないんだけど。
「…怒ってません。」
「良かった。正直な話、僕は君を待っていたんだ。」
「………はあ?」
…すみません、宗教の勧誘なら即行逃げたいんですけど。私カミサマに興味ないし。
本日2度目の逃げの体勢を整えつつ、ダルの様子を見る。
「2週間ほど前に御神託が降りてね、それで」
「すみません、私宗教に興味ないです。」
「いや、人の話は最後まで聞こうよ。」
くるりと踵を返した私の肩をがっしりと掴み、ダルは私の逃走を阻止する。
じ…冗談じゃない!過去に何度「御神託」と称した自称神の代理人たちの寝言に付き合わされてきた事か!
「御神託でね、『死なずの者と共に世界を救え』って…」
「力の限り、目一杯、心をこめてお断りします!」
「ええっ何で!?『世界を救う』なんて、これほど素晴らしい冒険は無いじゃないか!」
間髪入れず答えた私に、ダルは捨てられた仔犬の様な目をして訴えかける。が、いかんせんその瞳と言葉の間に多少なりともギャップがあるので、私の心を動かずまでには至らない。
「ルフィは世界が崩壊してもいいのか!?」
「正直な話、世界の危機とか平和とか興味ないんです。ただ私は日々の生活に困らなければ良いので。」
そう、私には目的がある。世界が崩壊する事で目的を…私に、「死」が訪れるのなら、それでもいいと思っている。
「…君がこの街に来た理由は、『不死者を殺す方法』が書かれたと言われる書物だろう?」
………んなっ!
「何で…っ!」
「取引をしよう。僕と共に『世界を救う』手伝いをしてくれるなら、事が終わり次第、君の望む書物を渡す。」
「……断ったら?」
「断らないと思うけどね。」
不敵な笑みを浮かべ、言い放つダル。
…この男…本当に何者なの?って言うかどこからこんな自信が出るの!?
「…わかりました。ただし、条件付きです。」
「どうぞ。」
「1つはあなたとタメ口をきく事。もう1つは1年間しか付き合わない事。…いいわね?」
それを聞いて…ダルは再び、深々と一礼した。
それはすなわち、契約の成立。
「それじゃあよろしくな、ルフィ。僕もできるだけサポートするよ。」
「こっちこそ。」
そう言えば…「世界を救う」って、主に何をするのかしら?
私が疑問を口にするよりも早く、ダルは私ににっこりと笑いかけ…
「じゃあ、張り切って悪魔退治の旅に出よう!」
…な…
「何ですってぇぇぇぇっ!」
私の悲痛な叫び声とダルの朗らかな笑い声が、神殿内にこだました…。




