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第1章:銀と蒼の邂逅

「へえ? こんな所を一人で旅かい?」

 木の陰から現われた数人の男達。その中でも中心らしき一人が、下卑た笑みを浮かべながら、一人で人気の少ないこの森林街道を歩いていた私に向って声をかけた。

 ……私は旅の傭兵である。「傭兵」という職よりも、「旅」の方に人生の主軸においている為、基本的に動きやすく、軽めの装備をしている。

 革の胸当てに大亀の甲羅から削りだした肩当て、黒い布製の額当て……と言うかバンダナを付け、腰からは大きめの剣を提げているだけ。

 そんな出で立ちのせいなのか、普段からあまり傭兵……と言うか剣士には思われないらしい。提げている剣も、盗賊避けのハッタリに見えるようで、旅をしているとちょくちょく物騒な人達が襲ってくる。

 今回も私の姿を見てカモだと思ったのであろう。集団……どこをどう見ても盗賊と呼ぶしかないような格好の男達が、私の周りをぐるりと囲んで笑っていた。

「私を襲うつもりなら、やめておいた方が良いと思いますけど」

「そう言われて『はい、そうですか』とでも言うと思ったか?」

「……無駄な体力を使いたくないので、出来ればそう言って欲しかったんですけど……仕方ありませんね」

 ふう、と溜息を吐きながら言うと、私はすらりと剣を抜く。

 ……一応、警告はしたからね、私。

 心の中でのみそう言いつつ、私は襲ってくる盗賊達と戦い……数分後、そこには可哀想に、私に完膚なきまでに叩きのめされた男達が転がっていたのであった。



 ……ああ、もう。あの盗賊達(あいつら)のせいで余計な時間食っちゃったなぁ……

 今回の目的地、フェイスシティに到着した時は、もう夕暮れ近くになっていた。予定では昼頃に着くつもりだったのだが、どうやら先程の盗賊達、案外と大規模な集団だったらしく、最初に出逢った「先遣隊」をのめしてほっとした後に、「本隊」とも呼べる数多くの盗賊達が来襲。

 実力はたいした事なかったものの、数の多さで手間取ってしまったのだ。

 ……まあ、今日中に到着出来ただけマシか。

 心の中でそう呟きながら、私はぐるりとこの街を軽く見回る。

 フェイスシティの特徴は、何と言っても世界に誇る神殿の数。街を囲む正三角形を(かたど)る様に、三大神と称される神々……天空を司る「孤高の神」、地上を司る「灼熱の神」、そして海原を司る「華麗の神」を、それぞれ祀る大神殿が配置されているのをはじめ、小さな分院や古書も多く残る図書館が数多く存在する。

 当然のように巫女や神官と言ったいわゆる「神に仕える者」も数多い。故にこの街は別名「信仰の街」と呼ばれ、神職に殉じる者ならば一度は訪れたい街としても有名だ。

 もちろん、神職にない……私みたいな者も、観光や資料探しなどを目的に訪れる事も多い。何しろ「信仰の街」。古の儀式の資料や、世に出回っていない書物なども保管されているのだから。

 ……そんな「古の街」だからこそ、私はやって来た。ここになら、私の探すモノがあるかもしれない。

 淡い期待を抱きつつ、とりあえずは今日の宿を探す。

 ……この時間では、もう図書館は閉まっているだろう。探し物は明日からにしよう。……時間はたっぷりあるし、急いでいる訳でもないのだから。

 そんな事を考えながら宿を探し……ふと気付く。

 どこからか私を見ている視線に。

 ……さっきの盗賊が逆恨みでもしたか? 数が多かったし、取り逃がした残党かもしれない。

 はぁ、と溜息を一つ吐きだしてから、その視線の主を探すべく軽く周囲を見回すと……意外とあっさりとその存在は見つかった。

 海の色に似た深い青色の髪は(うなじ)の辺りで切られ、サファイアと見紛うばかりに澄んだ青い瞳でこちらをじっと見つめているその顔は、女の私ですら思わず見惚れてしまう程。年の頃は二十四かそこらだろうか。

 ……先の盗賊の一味、と言う訳ではなさそうだ。

 服装は「華麗の神」を祀る者特有の、青い色糸で縫い取りがしてある法衣。この街の巫女だろうか、と思ったのは最初の一瞬だけ。相手の服装に違和感を覚え、私はじっとその存在を見やる。

 巫女は、それぞれの神を示す色のワンピース型の法衣を着て、頭を同じ色の布で覆うという格好が一般的。一方で神官は、色合いこそ巫女と同じだが、作りが違う。前合わせの法衣の上からローブを羽織るという格好が一般的と言える。

 そして、私の視線の先にいる人物の格好は……明らかに前合わせ法衣の上にローブを羽織る、神官の格好そのもの。

 …………と、いう事は……あそこにいるのは男性と言う事になるのだろうが……え、え、ええええええ!?

 驚いて目を見開いている私に、その神官……だと思われる人物は、穏やかな笑みを浮かべながら真っ直ぐにこちらへ近付いて来る。私がその存在に気付いたから、隠れるようにして見つめる意味が無いとでも思ったらしい。

 まじまじと見ても、顔だけなら女性に見える。それも、かなり美人の部類だ。私のようなごく普通のご面相の女など、並んだら比較にすらならないだろう。神官の格好をした巫女だと言われても納得しそうになる顔立ちだが、逆に女顔の神官だと言われても納得出来る雰囲気を持っている。

 背は私より拳一つ分程高いか。私も女にしてはそれなりに上背のある方だから、あちらが仮に女性ならやはり高身長と言えるだろう。ああ、だけど男性なら平均的かもしれない。

 そんな、しょーもない事を考えている間に、相手はいつの間にか私の目の前に立ち……そして、口を開いた。

「君は、『銀髪の悪魔』だな」

 あ、男だ。うん、今の声は女には出せないわ。って事は見た目通りの神官サマって事か。

 いやいや待て私。目の前の神官サマが男だった事に納得して終わるような一言じゃなかったでしょう、今の。

 だって私の前に立つなり、「銀髪の悪魔」と呼んだのよ? しかも疑問系じゃなくて断定しやがったし、この神官。

「…………私は悪魔じゃありません。ただの傭兵です。そもそも『銀髪の悪魔』は、伝説上の人物の名では?」

 「銀髪の悪魔」とは、人々の口に上る話を纏まれば、二千年程前に一晩で当時最大の都市であったコラプス・シティを「お仕置き」と言いながら、たった一人で壊滅させたと言われる、ある意味において伝説上の人物。

 であると同時におとぎ話に出てくる「第四の魔王」としても登場する。だからなのか、大人達は子供が悪戯をすると、決まって「そんな事ばかりしていたら、銀髪の悪魔にお仕置きされる」などと言って脅している。

 この男が「街を滅ぼした人物」の意味か、それとも「第四の魔王」のどちらの意味で呼んだのかは知らないけど、とりあえず否定しておこう。

 正直、悪魔呼ばわりされるのは良い気分ではないが、それを顔には出さず、極力冷静さを装って言葉を返したつもり……なのだが。相手はそんな私に向って、軽く首を横に振ると更に言葉を発した。

「僕も神官の端くれ。人間とそうでないものの区別はつくつもりだが?」

「……それはつまり、私は人間ではないと……?」

 流石に今の一言は腹立たしい。軽く眉根を寄せ、更にはきつく睨んで言ってやったのだが、目の前の男は怯みもせずにこくりと首を縦に振り……

「そうだ。実際、君は人間ではないだろう?」

 うわ、はっきりキッパリあっさり言いきりやがったしこの男!

 まさかとは思うけど、完全に人のこと悪魔扱いするつもりじゃないでしょうね!? チィッ、一瞬でも綺麗な人だと思って見惚れた私が馬鹿だった!

 流石に腹立たしい……を通り越してムカつく。一発殴ってやろうかとも思ったが、そこはぐっと堪えよう。 ……流石に私だって、神官サマ斬ってお尋ね者にはなりたくない。

 しかし、相手が私を悪魔……あるいは本気で「第四の魔王」とでも思っているのなら色々と厄介だ。

 何度も言うが、ここは「信仰の街」。神々への信仰が篤いここには、神官や巫女がごまんと存在する。そんな人物達は、当然ながら悪魔やら魔王やらが存在する事を快く思っているはずがない。良くて追放、最悪戦闘になる可能性だってある。というか、その「最悪の可能性」が物凄く高くて嫌になるんですけど。

 万が一、その「最悪の可能性」が起こる場合に備え、私は相手に気付かれないように「逃げ」の体勢を整える。ここで戦闘なんぞしよう物なら、間違いなく悪魔のレッテルを貼られてしまう。一介の傭兵に過ぎない私には、そのレッテルは正直邪魔なだけだ。どこの物好きが雇ってくれるというのか。

 それに、神官や巫女といった「戦闘に不慣れな人間」相手に戦う事は私の矜持に反するし、収入の見込みがない戦いをする気だって毛頭ない。

 思いながらも半歩だけ相手から距離を取った瞬間。目の前の神官サマは、妙に爽やかな笑みを浮かべ……そして、言葉を続けた。

「君は『銀髪の悪魔』と呼ばれているが、それは物の喩えで、本当の意味での悪魔じゃない。ただ……不老不死を得た人間、つまり『不死者』というだけだろう?」

 ………………

 いや、硬直している場合じゃないわよ私。今、またしてもさらりと爆弾を投下されたわよね?

 どうやら悪魔認定されていない事は理解した。……そしてこの神官サマが、どうやら普通の神官ではないであろう事も。

「黙っていると言う事は、肯定していると受け取って良いのかな? 『銀髪の悪魔』さん」

「……『銀髪の悪魔』という呼ばれ方は、正直気に入らないんですが」

「それは失礼。君の名前を知らないもので。僕はダル。ダル・プリース。君は?」

「……ルフィ。ルフィ・ジェネルです」

 にっこり笑って右手を差し出す神官サマ……ダルと名乗った彼に、私はむくれたような顔で返す。そして差し出された右手を、怒りとか恨みとか悔しさから、めいっぱいの力を込めて握ってやるのだった。

 ……当然、ダル・プリースと名乗る神官サマの顔が、痛みに歪んだのはいうまでもないだろう。



 さて、ここで「私」ことルフィ・ジェネルに関して、簡単な自己紹介をさせて貰いたい。

 もう誤魔化すのもアレなので先に説明してしまうと、私は彼……ダル・プリースが言った通り、不老不死の「元」人間、通称「不死者」と呼ばれる存在だ。実際の年齢は二千歳に外見年齢を足したくらいだったと思うけど、忘れた。

 ちなみに二千年前に一晩でコラプス・シティをたった一人で壊滅させたとされる『銀髪の悪魔』とは、不本意ながらも私のことで……その時はまだ不死者ではなかったんだけどね。それに多少この話誇張されてるし。いくら私でも一晩じゃ無理よ。……確か丸一日かかった気が。

 外観は……先程盗賊達と対峙した際にも軽く説明したが、もう一度。

 一見すると革に見えるように細工された「竜皮」で作られた軽装鎧と、亀の甲羅の肩当て、それから黒いバンダナを巻き、無銘の漆黒の大剣を持った女傭兵である。

 年齢は二十二歳辺りで止まっているので、見た目もその辺りで見られている。「銀髪の悪魔」の異名のままに、腰まで伸ばした髪の色は銀。瞳は光の加減によって灰色にも青にも見える。ちなみに、髪は長いと戦闘の際に鬱陶しいため、何度か切ったのだが……不死者の性質からなのか、翌日には元の長さに戻ってしまうという欠点がある。今では流石にこの長さで戦うのに慣れたが、それでも稀に鬱陶しく思うことがある。

 ……まあそれはさて置き、私は「ある日」を境に不老不死の存在……不死者になった。

 何が原因でそう「なった」のかも、いつの間に「なった」のかもよく覚えていない。分かっているのは、およそ二千年前に「何か」があって、そのせいで私は不死者として存在し続けていると言うことくらいだ。

 とは言え、なってしまったものはしょうがない。世の中を渡る為に、今の仕事……すなわち「旅の傭兵」なんてものをしている訳だ。お金は生活する上で必要不可欠だからね。

 いや、別に飲まず食わずでも死にはしないけど、不死者だってお腹は空くし喉だって渇く。何より食べる楽しみまで捨てたくはない!

 ……そもそも不死者というのは、「何らかの理由により不老不死を授けられた、あるいは得た人間」の総称である。

 とは言ってもそれは伝説上でのこと。世間一般では不死者の存在は悪魔や魔女同様、ただのおとぎ話の中の存在と認識されている。

 こっちとしては悪魔、魔女と同列に扱われるなんて迷惑……と言うより不快な事この上ないんだけど、普通の人から見れば同じような物なのかもしれないと、最近は諦めつつある。

 不老不死というのは、夢見る分には良いのかも知れないが、実際になってしまうと……いや、目の当たりにしただけでも、他人から見れば気味が悪いだけだ。

 …………いや、まあ、それでも「銀髪の悪魔」とか呼ばれ、恐れられるのは、正直ムカつくし誤解を解きたいところではある。何しろ身体的特徴はともかく、考え方や精神面では人間と同じなのだから。

 それにしても……いくら神官とは言え、外見上は普通の人と大差ない私を見ただけで「不死者」と分かるなんて。

 ダル・プリース……この男、一体何者なの? 油断出来ない存在である事は、どうやら確かなようだ。


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