Episode:96
「それで船だが、直せそうかい?」
「すぐには無理だと思います。浸水してて、沈没を避けるために砂浜へ引き上げているくらいですから」
「おやおや、それだと修理屋にここまで来てもらわないとだな。依頼料を弁償代に上乗せだ」
単に場を和ませようとしてるのか、それとも本気なのか分からないけど、ホントこの先生は面白い。
「先生、どうしますか?」
心配そうな顔で先輩が訊いた。
「このままでは、本島へはとても……」
「あぁ、心配には及ばないよ。じき向こうから、迎えが来るだろうからね」
言いながら先生が通話石を出す。
「やれやれ、こんなこともあろうかと持ってきたが、本当に使うハメになるとはなぁ」
「それ、何かふつうと違うんですか?」
ヴィオレイが訊いた。
通話石は使い勝手がどんどん改良されて、毎年のように新しいタイプが出てる。けど先生が持ってるのは、手のひらサイズの操作盤に通話石と記憶石をはめただけの、ごくふつうのタイプだ。
「ふむ。どこか違うように見えるかい?」
「見えないです」
ヴィオレイの実も蓋もない答えに、また先生が笑い出す。
「本当に君は面白い子だなぁ。うん、その通り。別にどこも違わない」
ふつうだってこと得意気に先生言ってるけど、大丈夫だろうか? なんかこう微妙にズレてて、ちょっと心配になる。
けど、ヴィオレイはそんなこと気にしなかったらしい。
「じゃぁ、何が『念のため』なんです?」
「教官たちには知られずに、学院長やムアカ先生と連絡を取るためのものさ」
俺たちはもちろん、報告してた先輩たちも表情が変わった。
「じゃ、じゃぁ、それがあれば……」
「そういうこと。まぁ今すぐにとは行かないかもしれないが、学院長もムアカ先生もさすがに気づいてるはずだ。西に陣取った子たちが帰ってくるまでには、連絡くらいつくだろう」
最後に「楽観的な見方だが」と先生は付け加えたけど、俺たちは気にならなかった。今までどうにもならなそうだった流れが、一気に変わった気がする。
「さてさて、連絡を取ってみるか」
先生がいたずらっぽくウインクして、通話石を操作した。
「誰か――おぉ、ムアカ先生ご無事でしたか。ええ、こちらも何とか。はい、下級生の件は訊いてますよ。勇敢な子が2人、海を渡って知らせにきてくれましたから」
繋がった。これならイケる。
俺とヴィオレイは目配せしあって、ちょっとだけガッツポーズをした。