Episode:75
考え込む。
桟に泥がついてるのを見ても、ここから出入りした人が居るんだろう。
けど、本当に入っていいのか自信が無かった。もし情報が間違ってたり状況が変わってたとしたら、入った途端にまた捕まりかねない。
かといって確かめようも無いのが困りものだ。手紙や何かで連絡しても、ウソをつかれたらもう分からない。
どうしようかと考えあぐねてたら、入り口のほうから声が聞こえた。
「ちょっと! 隣の食堂へ行くだけだって言ってるじゃない!」
ムアカ先生の声だ。
「具合の悪い生徒がここに居るというから特別措置を取っているのに、それが不満と言うなら特別措置を無くすが?」
「そういう話じゃないでしょう! 夕食がまだなのよ、もっと具合が悪くなるわ!」
なんだか深刻な話になってる。
「だいいちあなたたち、何を考えてるのよ! まさか、講堂の子たちにも何も食べさせてないんじゃないでしょうね?!」
「さぁな。向こうの隊の動きは私の知るところではない」
やっぱりムアカ先生は生徒の味方で、反旗を翻した教官たちとは敵対関係みたいだ。これなら診療所に入っても大丈夫だろう。
でもその前にこの教官だ。
こっそり忍び寄る。この教官、先生と言い合うのに夢中で、全く周囲を警戒してない。
教官越しに正面に向き合った先生が驚いた顔をしたのとほぼ同時に、あたしは教官の背に手をついて魔法を唱えた。
「ゼーレ・シュラフ!」
至近距離からの眠りの魔法に、教官の身体が力を失う。
「危ない!」
言って先生が教官の身体を受け止めた。
「頭でも打ったら大変だわ」
先生はそう言ってるけど、その前に起きるかどうか心配したほうがいい気がする。まぁ、起きるとは思うけど……。
「ルーフェイア、あなたは講堂へ行かずに済んだのね。ともかく中へ」
「あ、でもその前にこの教官……えっと、ロープ、ありますか……?」
何しろあんな状態で収監されてしまったから、ロクな装備が無い。
「ロープ? ちょっと待ってね」
先生が診療所の中へ戻る。
教官のほうはぐっすり寝ていた。起きる気配はなさそうだ。
「これがあったけど、用が足りる?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
今度からは例え学内でも絶対にきちんと持っていよう、そう思いながら先生が出してくれたロープを受け取る。