Episode:68
脱出するなら、やっぱりあの窓がいいだろう。
手近な壁も、頑張れば破れると思う。けどどのくらい厚さがあるか、やってみないと分からない。
その点窓になっているところは、壁の厚さはほとんど無い。だから破るのがいちばん簡単なはずだ。
あたしはポーチの中から小さなナイフと細い糸を出して、刃の先端が爪先から少しだけ見えるように靴底にくくりつけた。さらに、いろんな道具が一束になったツールキットからピックを選んで、これは手に持つ。
それから少し考えて、あたしは詠唱を始めた。狙いは鉄格子のすぐ下辺りだ。
「時の底にて連なる炎よ、我が命によりて形を取り、うつつの世に姿を現せ――来いっ、サラマンダーっ!」
ゆら、と空間が揺れて、炎をまとった蜥蜴が現れる。そしてあたしの意思に従って、巨きな火球を窓の辺りに放った。
派手な音を立てて壁が吹き飛ぶ。魔法じゃなく召喚した精霊だから、結界で弱められても威力十分だ。
火蜥蜴が消えるのを待って、次の呪文を唱える。
「幾万の過去から連なる深遠より、嘆きの涙汲み上げて凍れる時となせ――フロスティ・エンブランスっ!」
溶け出していた鉄格子と壁が凍りついた。こうしておけばたどり着いたとき、手をかけたりするにも楽だろう。
さらに別の呪文。
「――セレスティアル・レイメント!」
さっき太刀に使った浮遊の呪文を今度は自分にかけて、壁にピックを突き立てる。
後は簡単だった。爪先につけたナイフと手に持ったピックとを利用して、軽くなった身体で上へ昇っていく。
「よいしょ……」
昇りついた先に見えたのは、暗い色の海だった。どうやらここ、船着場から脇に反れた辺りらしい。
下を見ると、かなりの高さの崖だった。
――だから、窓なんてつけたんだ。
元々牢屋の中から見てもかなりの高さに作ってあったし、魔法はかなり威力が落ちる。窓自体にも鉄格子が嵌まってて、仮に出られたとしても崖の上。これだけ条件が揃えば逃げられない、作った人はきっとそう思ってたんだろう。
でもちょっと甘い。魔法の種類を知らなすぎる。それにこの崖だって、簡単に降りる方法はある。
あたしは一旦壊れた壁に腰掛けて、足につけたナイフを外した。ここから先は逃げ回るだろうから、こんなものをつけておいたら走れない。
その時、下のほうで足音が聞こえた。