Episode:38
兄と仲良しのイマドは、リティーナもよく知っている。そして兄が「あいつが本気になったら誰も捕まえられない」と言っていたほど、逃げ回るのは得意だ。
そういう人が講堂に掴まっていないのは、すごくラッキーだろう。きっと何かやれる。
ぶつぶつ言いながら教官が行ってしまったのを確かめて、またリティーナは動き始めた。物陰を伝って進み、いつもの何倍もの時間をかけて診療所へたどり着く。
出入り口には相変わらず見張りの教官が居た。だからそれに見つからないよう、そっと横手へ回る。
身を低くしながら窓に触ってみると、非常時に脱出口として使うためなのか、換気窓には鍵がかかっていなかった。
辺りを見回し、音を立てないように慎重に開ける。そして小柄な身体を生かし、リティーナ診療所の中へ滑り込んだ。
たまたま具合が悪くて来ていたのだろう、ベッドで休んでいた生徒がこちらを見て、あっという顔をする。
「リティーナ……?」
寝ていたのは、同室の同級生だ。どこかへ遊びに行ったと思っていたが、来た先はここだったらしい。
「しーっ」
リティーナは友人に「黙って」という仕草をしてみせた。
ベッドの中の少女もうなずく。
「ニネット、どっか痛いの?」
「うん、ちょっとお腹。でも薬飲んだら治ったみたい」
そこへムアカ先生が来て、目と口をまん丸にした。
「どうして増えてるのかしら……?」
「せんせ、しーっ」
リティーナの仕草に、先生も慌てて口を押さえる。
それから小声で、少女たちに話しかけてきた。
(いったい、どこから?)
(せんせ、あそこあそこ)
換気窓を指差す。
(なるほどね。私たち大人じゃ通れないから、思いつかなかったわ)
(ほんとは、船着場のおじさんが考えてくれたの)
それからリティーナは、おじさんに言われたことを伝えた。
ムアカ先生が腕組みをして考え込む。
「副学院長が……でもやっと、何がどうなってるか分かったわ。ありがとう」
「けど、もしそうなら、うちらどうなっちゃうの?」
先生に続いて言ったのは、同室のニネットだ。
「副学院長って、子供キライだもん。うちらきっと、いじめられるよ」
「あたしもそう思う……」
そのときどこかから声が聞こえた。