Episode:37
そしてリティーナは、最後の一言を言った。
「それにおじさんだと、足が痛いから遠くは辛そう」
「――こりゃ一本取られたな」
怒られるかと思ったが、またおじさんは笑った。
「確かにお嬢ちゃんの言うとおりだ。私じゃ坂道を登りきる前に見つかって、営倉に入れられてしまうか」
ひとしきり笑ったあと、おじさんが真剣な顔になる。
「私が言った話は覚えてるかな? 副学院長のことだ」
「はい、覚えてます。学院を乗っ取ろうとしてる、って話ですよね」
このくらいも覚えられないようでは、シエラのAクラスには居られない。
おじさんが頷いた。
「うん、その通り。そうしたら、それをムアカ先生に伝えて欲しい。落としたときのことを考えると、メモなんかは渡せないから、しっかり頼むよ」
「はい」
話が重大だ。自分が間違えたら大変なことになる。
まぁ話が単純だから、そう簡単には間違えそうにないが……。
「そしたら、行ってきます」
「あ、待ちなさい」
引き止められて立ち止まると、おじさんが黒っぽい布を持ってきた。
「この布を羽織っていきなさい。もう日が暮れてるから、かなり見つかりづらくなると思うよ」
「ありがとうございます!」
たしかに制服の上にこの布を被って暗がりに隠れたら、そう簡単には見つからないだろう。
黒と思った布は受け取って羽織ってみると、暗い緑色だった。確かにこれなら、夜は見つかりづらそうだ。
「えっと、行ってきます」
「うん、頼むよ」
おじさんに送られて、暗くなった外へと出る。
見上げると、星が綺麗だった。それに今日は満月で明るいから、足元もそんなに苦労しなくて済む。
だが坂を中ほどで来たところで、向こうから来る人影を認めた。
慌てて脇の茂みに身を寄せる。
「全く、生徒は足りないわ、イマドは逃げ回って捕まらないわ、あいつらと来たら……」
ぶつぶつ言いながら教官が坂を降りてきた。
船着場のおじさんに知らせに行こうと思わず体が動いたが、踏みとどまる。ここでやたらと動いても、状況が悪くなるだけだ。それにあのおじさんなら、きっと上手く切り抜ける。
息を潜めて、教官の姿が遠ざかるのを待つ。動くなら十分に離れてからだ。
「ともかく、あのイマドがいちばん問題だな。あれを何とかしないことには、捜索に手が取られてたまらん」
しめた、とリティーナは思った。