Episode:36
「ともかく、診療所へ行ってくるよ。君はここに隠れていなさい」
「え、でもあそこ、教官が見張ってます」
慌てておじさんに教える。
「本当かい? だったらまずいな……。あ、教えてくれてありがとう、知らずに行って捕まるところだった」
お礼を言われて、リティーナはちょっと嬉しくなった。言ってしまってから「怒られたらどうしよう」と思ったのだが、心配のしすぎだったようだ。
「それにしてもこうなると、どこから手をつけるかな」
おじさんが考え込んでしまう。
リティーナも真似して、どうしたらいいか考えてみた。
いくつかやらなくてはいけないことの中で、いちばん簡単そうなのはムアカ先生に知らせることだろう。何しろ先生が診療所にいるのは分かっているのだ。
ただ診療所に入るのが難しい。ヘタに近づくと見張りの教官に見つかって、きっと講堂へ連れて行かれてしまう。それではダメだ。
そのときおじさんが、独り言のように言った。
「そういえば診療所、換気窓があったな。そこを使えば知らせられるか……?」
「換気窓って、あの教室にある小さいの?」
思い出して尋ねる。
おじさんが頷いて答えた。
「うん、それと似たようなやつだ。だからそこから手紙でも差し入れれば、きっと伝えられると思う」
だったら、とリティーナは思った。
教室にある換気窓は、自分たちにとっては遊び場だ。かなり小さいのだが、下級生の小柄な子ならけっこうくぐれる。だからよくみんなで、どれだけ早く潜り抜けられるか、休み時間に競っている。
中でも小柄なリティーナは、そこを潜るのが得意だった。
「そしたら、あたし行きます」
「お嬢ちゃんが? ダメだ、危なすぎる」
反対するおじさんに、リティーナは食い下がった。
「だって、おじさんじゃ潜れないでしょ? それにおじさんが見つかったら大変」
「それはそうだが……」
なおも渋るおじさんに言い募る。
「あたしも、見つかったらヤだけど。でもあたし見つかっても、講堂へ行くだけだと思う。けどおじさんだと、講堂じゃないと思うし」
上手く言えないが、きっとそうだと思う。自分だったらただの迷子で済みそうだが、このおじさんだとヒドい目に遭わされそうだ。