Episode:30
「しょうがない、漕ぐか」
最初と同じように、俺は舳先に背を向けて座って櫂を持った。
「じゃぁ僕見てる」
ヴィオレイが船尾に向かう。
「あれ、お前押してくれるの?」
「なんだよ急に」
ワケがわからないことを言われて、俺は聞き返した。
ヴィオレイが振り向いて答える。
「違うよ、デルピスが後ろから押してくれるって」
「……まぁ俺も漕ぐわ」
任せておくのは人間としてどうかって気がするから、俺も漕ぎ始める。それにデルピスはあんまり浅いとこまでは行けないだろうから、どっちしても最後は漕がなきゃダメだ。
少しずつボートが岸に近づいて、デルピスがついに押すのをやめて、最後は何とか自力で漕ぎきった。
波打ち際にボートが乗り上げて、ついに動かなくなる。
「やった、上陸!」
「腕イタイ……てかヴィオレイ、オマエ少しは漕げよ」
「えーでも、櫂は一組しかなかったよ」
嘯かれる。なんだかすっごく損した気分だ。
「帰りは絶対オマエな」
「ほーい」
やけに軽い返事しながら、ヴィオレイが砂浜に飛び降りた。
俺も続く。湿った砂に少し足が沈んで、くっきりと靴の跡が残った。
「ここ、どういう地形だっけな」
「僕も良く知らないけど、東西に小高い丘があって、そこをよく陣地に使うって聞いた」
「東西か……」
ぐるりと見回すと、海の向こうにケンディクの灯りが見えた。どうやら俺ら、演習島の北側に上陸したらしい。
「あっちが北だから、大雑把にこっちと向こうで東西じゃね?」
南側に向き直って、左右を指し示す。
「そっか。じゃぁどっちかに行けば、間違いなく先輩達とは会えるってことか」
「だな、行こうぜ。てかこんなことなら、方位磁石でも持ってくるんだった」
そんなものが学院内で要りようになるなんて思わなかったけど、今度からは持ってたほうがよさそうだ。
と、隣のヴィオレイが意外なことを口にした。
「僕持ってるよ? ルーちゃんが前にくれた宝物!」
なにやら誇らしげに胸を張る。
「ほら、これこれ。見てよ凄いだろ!」
「……あぁ凄いな。てか早く言え」
何の変哲もない方位磁石に、どっと力が抜けた。この調子でコイツ成績だけは悪くないんだから、すっげー腹が立つ。
「さ、早く行こ。知らせなきゃ!」
「……ああ」
何もしないうちから疲れながら、俺はヴィオレイと一緒に歩き出した。