Episode:29
がくん、と後ろに引っ張られる感じがして、舟が動き出した。
「すごい! やっぱ早いや」
「さすが、海の生き物だな……」
舟はすぐ洞窟の外へ出て、波を分けてまっすぐ進んでく。櫂でオロオロしてた俺たちとは、エラい違いだ。
「あとでお礼、何したらいいかな?」
「……俺じゃなくて、イマドかデルピスに訊いてくれ」
なんかもうクラクラしながら俺は返した。イマドといいヴィオレイといいこのデルピスといい、常識を足蹴にしすぎだ。
どのくらいのスピードが出てるのか、舟は暗い海を渡ってく。月明かりに照らされた海面がきらきらして、おとぎ話の中に迷い込んだみたいだ。
――気がするだけだけど。
教官に追い掛け回されたり、そのついでに爆発があったりするおとぎ話なんてさすがにイヤだ。ましてやそれを子供が読むとか、激しくイヤ過ぎる。
「ホント早いね。あと少しで着くよ」
ヴィオレイが感心したような声で言った。
「アーマル、やっぱりこの子にお礼しようよ」
「だからそれはイマドに訊けって」
なんでこう、同じコトを何度も訊くんだか。
そうやってるうちに、もう演習島は目の前に迫ってた。デルピスが泳ぐスピードを落としたんだろう、舟の進み方がゆっくりになる。
「そういえば、俺たちどこに上陸すりゃいいんだ?」
「えっと……どこだろ?」
慌ててて、肝心なことを忘れてた。
「地図なんて、持って来てないしな……ヴィオレイ、何やってんだ?」
何を考えたんだか、デルピスが咥えてる綱をヴィオレイが引っ張ってた。
「うん、こうすればデルピスが気づくと思って」
「そりゃ気づくだろうけど、驚くだけじゃないのか?」
けど今回も、デルピスのほうが賢かったらしい。綱咥えたまま、舟の横に顔を出す。
「ほら、ちゃんと分かってるんだよ。――ねぇ、僕達でも楽に浜に上がれるとこ、知ってる?」
またあの笑ってるような声。そして舟の進む向きが変わった。
――どーなってんだよ。
ヴィオレイとこのデルピス、どう見ても会話が成立してる。あり得ない。
舟のほうはその間にも進んで、小さな砂浜へと進路を変えてた。そして最後に、デルピスが綱を放す。
「もうこれ以上は、行けないみたいだね」
「かなり浅くなってるからな。この先まで行くと、戻れなくなるんじゃないか?」
何しろ俺らよりよっぽど大きい身体だ。いくら海はお手の物って言っても、砂にはまったら大騒ぎだろう。