Episode:118
「さて、っと」
言いながら彼女は白墨を取り出した。
「らっくがっきらっくがっき♪」
小さく歌いながら壁に次々と書き付ける。
自分たちの欠点は、子供で力に欠けるところだろう。一方で強みは、なんと言っても数が多いことだ。
武装している教官たちと丸腰の生徒たちでは話にならない、そう思っているのがほとんどだろうが、ミルはそうは思わなかった。
要は混乱を起こせばいいのだ。そして混乱を起こすだけなら、人数が多いほうがやり易い。
書いた内容は、まさに「落書き」だった。明かりが消えたらみんなで電撃、教官をやっつけろ! みんな大脱走で鬼ごっこ、男子にもどんどん教えちゃお♪ というだけだ。
ただ、今は意味を持つ。ロクに食べさせてももらえずに押し込められて、生徒たちの不満は増す一方だ。そこへ、こんな言葉が広まれば……。
それを書き終えてはそっと次へ移り、五つほどの小部屋全てに書き付けた。
もちろんミルも、全員が賛同するとは思っていない。だがなにしろ千人近くいるのだ。話が広まれば1割動いただけでも大混乱になる。そしてひとたび混乱すれば、みんな一斉にここから逃げ出すだろう。
魔法を選んだのは、単に手軽だからだ。なにしろ口がきければいいのだから。
もちろん、教官たちは対応策は立てているだろう。魔法の威力を抑えるための魔法陣を作っているかもしれない。
けれどそれが問題になるのは、本気で相手を倒そうと思うときだ。目くらましならみんなで魔法をバラバラと放って――どうせぴったりなんて揃わない――教官が驚いた隙に逃げ出せばいい。
一部が動き出せば、あとは放っておいても動き出す。そうなれば数で不利な教官たちでは、それ以上閉じ込めておくことはできない。
それに外へ出てしまえば、生徒たちの独壇場だ。
ここへは仕事で来ているだけの教官たちと、駆け回って遊んでいる生徒たちでは、土地カンが違う。それに小柄な分、潜り込める場所も多い。これを全部追い回して捕まえるのは、相当骨が折れるはずだ。
そのあとどうなるかは分からない。けれど状況をひっくり返して分散すれば、かなり面白いことになる。何よりミルとしては、面白ければ何でもよかった。
それに通話石で聞いた話では、しばらくすれば教官たちも来るが、先輩たちも引き返してくる。そうなればさらに島は混乱して、大騒ぎになるだろう。
(どこで見物しようかな~)
そんなことを考えながら今度はミルはスカートをたくしあげ、オーバーパンツの中に手を入れる。
出てきたのは、手のひらより少し大きめのポーチだった。