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騎兵戦線

騎兵戦線「一矢」

作者: あると
掲載日:2010/10/30

砦に籠もった兵は数百といったところだった。

寡兵であるが、攻め落とすためには、こちらも相応の犠牲を覚悟しなければならない。

「意気を挫く」

掲げられた旗を折る。

敵軍の象徴である旗は、砦の高みで風になびいていた。その旗を断ち切れば、精神的な支柱を失った籠城軍は降伏すると見られた。

「夜陰に乗じて侵入するのは難である」

昼夜を問わず、見張りに隙はなかった。夜の篝火も盛大に燃やされている状況である。士気は高く維持されていた。近いうちに、援軍が駆けつけてくると考えているのだろう。

「彼らは見捨てられた」

少数の兵を救出するために、軍を向ける国ではなかった。斥候からも援軍が出た報告はなかった。

あっさりと見限られたのである。その情報は砦には伝わっていない。籠城に隙がないのと同様に、こちらの攻囲もまた隙がなかった。彼らに真実を知る術はないのである。

「指揮官が優秀なだけに、哀れだ」

情報が途絶した状況下で、堅牢な姿勢を崩さないのは、指揮をする者の優秀さの表れだろう。

「救いたい」

無駄死にをさせるにはあまりに惜しかった。

女は頷いた。


激しく揺れる馬上で、彼は女の背にしがみついていた。

これが噂の騎兵か。

二人の人間を乗せてひた駆ける馬の実力もさることながら、たやすく操る女騎兵の技量も見惚れるほどだ。

速い。

口を開けば、歯と歯が打ち鳴らされるとわかる。女にしがみついていることが、恥ずかしかったが、そうしなければ瞬く間に振り落とされていたに違いない。

横に振られた。

矢が降り注いできた。砦からの牽制の攻撃だった。

勢いを緩めることさえせず、騎兵は前進した。弓の攻撃は進路をわずかに変える程度の役にしか立っていない。

砦から唸り声が聞こえた。一矢も報いることができずに、接近を許していた。自分たちの腕が騎兵の馬術に劣っていることが、現実として突きつけられていた。

劣っているわけじゃない。

彼はそう告げてやりたかった。

女騎兵が常人離れしているのだ。だから、気を落とすな。

同じ弓を扱う人間として、彼は手のひらを汗で湿らせていた。

「一騎か」

馬が鼻を震わせた。

砦の上から男が声を張り上げた。堂々とした態度は、指揮官であることを物語っていた。

女は黙って男を見上げた。

「降伏勧告というわけではなさそうだな」

返事はしない。

「我々が白旗をあげることはない。ここには、我が国の旗のみが掲げられる」

壮絶な覚悟だった。たとえ攻め込まれても、最後の一兵までも死を厭わない意思があった。

「任務だ」

女は初めて口を開いた。冷たく平坦な口調だった。

「はい」

彼は弓に矢をつがえた。

「俺を射殺すか」

指揮官は手を挙げた。

砦の上から矢が雨のように降ってきた。上方からの射撃は、勢いが強い。矢の襲来は豪雨であった。

「馬鹿な」

女騎兵は剣を振るい、高速で飛来する矢を叩き落とした。のみならず、馬を操り、矢雨を回避し続けた。

距離が近く、目標もひとつであるが故に、狙いは正確だった。だからこそ、避けるのも難しいことではなかった。とは言うものの、一歩間違えれば針鼠になりかねない。冷静に見極め、馬を操る技術が桁外れなのである。

「止まるか」

「このまま」

馬上の弓兵は揺れ動きながらも、弓を下げることはなかった。馬の動きに慣れるまで、耐える。一度や二度の失敗が命取りになる状況ではなかったが、矢を外すということは彼の矜持を傷つける。

「長くは持たぬ」

敵も意地になるだろう。今よりも弓の数が増えたら危うい。こちらの動きの先を読むことも覚える。

矢が腿を掠めた。頬を一筋の線が引かれた。だが、弓兵は鏃の向かう先に集中していた。

馬の前脚が地に着いた。

見えた。

上体をわずかによじり、弓懸け(ゆがけ)をはめた手で弦を弾いた。

一矢が強風を纏い、矢と矢の間を抜いた。風に巻かれた矢は軌道をずたずたにされた。

砦の上で、旗を支える竿が音を立てて砕かれた。風が旗を巻き上げ、砦の下へと連れ去っていった。

「旗が……」

誰かが言った。

矢の雨はやんでいた。


「大したものだ」

任務を達成した二人は帰路についていた。

「降伏してくれるでしょうか」

「わからぬ」

揺れはあまりなかった。気遣ってくれているのがわかった。弓兵は腿に刺さった矢尻に顔をしかめた。抜くのは自陣に帰ってからだ。

「お主、馬は好きか」

「は? もちろんです」

子供の頃から馬は友であり、兄弟として育った。

「ならばよい」

彼は女の声がかすかに弾んでいるのを感じた。


翌朝、白旗をあげた使者が陣を訪れた。負けを認めるとのことだった。

彼らが孤立していたことを伝えると、黙って頷いた。予想はしていたらしい。ただ、戦わずして開城することを潔しとしなかったのである。

「命を助けられた」

指揮官の男は、昨日の騎兵と弓兵に会いたいと申し出た。

「彼らが我らの虚栄の旗を折ってくれた」

その礼が言いたかった。

「君らか」

騎兵が女、弓兵が少年と知って、男は驚きを隠せなかった。

「僕は今日から弓騎兵ということになりました。まだ馬には乗れませんが」

松葉杖をついた少年は誇らしげに胸を張っていた。

「恨むな」

女は短く言ってすぐに立ち去った。素っ気ない態度だった。

「恨みか」

負けたことを言っているのか。あるいは、彼らを見捨てた故国を恨むなということなのか。

彼は後日、その言葉の意味を知ることになる。

優れた人材を最大限に用いる。それが、この国のあり方だった。

数多の戦場が彼を必要とした。

弓騎兵の少年もまた、傷が癒えるやいなや、原野を駆け回った。

「恨むな」

それは彼女の謝罪だったのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三騎兵に続き堪能させていただきました。 いやはや、続きというよりも散らばったたくさんのパズルの断片を少しずつ集めていき、やがて壮大な物語りに至るのを楽しませていただいているようです。 また…
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