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 送り込まれた人

 私が部隊長室を覗くと徳丸部隊長代理とラエの元患者の「横山吾一(ヨコヤマゴイチ)二等兵」が、無線機を修理していました。

ひと息付いて、休憩しながら横山さんが私にこんな事を話してくれました。


昨年(昭和十九年)の初め、日本の『輸送船』がマダンの港に入港したそうです。

帰りに沢山の「傷病兵」を載せて急いで「どこか」に行ってしまったそうです。


 『どこか?』


もしかしたら、「あの世」かも知れません。

私達も、もう少し早くマダンに着いていたら、あの世に帰還出来たかも知れません。

部隊長室の隅(スミ)に積んである「米俵」はその時に船長が置いて行ったモノだと言ってました。

しかしその輸送船の船長の「度胸の良さ」には頭が下がります。その時期のダンピール海峡の周りは敵の索敵機や潜水艦だらけではなかったのでしょうか。


 夕方、無線機は一応、修理が出来て赤青のランプは点灯しました。

しかし、何一つ受信されません。


 昭和二十年八月。

ここニューギニアには、あいも変わらず何も情報は入って来ません。

海は異常なまでに静かです。

私は戦争は終わったのかと思いました。

しかしこの島内(トウナイ)にはまだ数千の兵隊さんが何処かに隠れて居る筈です。

軍の上層部は私達、ニューギニアの残留者(兵)を生きたまま葬り去ろうとでも考えているのでしょうか。

私達はいったい、何の為にこの島に送り込まれたのでしょう。


 私は夜の食事の後、緒方軍医長や金田さん、徳丸部隊長代理が寛いで居る所を訪れました。

そして、


 「二、三、聞きたい事が有るのですが」

 「? どうした」

 「私達はこれからどう成るのでしょうか」


皆さんは笑っているだけで何も答えてくれません。

すると、頼りない痩せた徳丸部隊長代理が、


 「これからどう成るのかなあ。ボクも聞きたいが、聞く相手が居ないんだよ」


すると寛(クツロ)ぐ幹部達から、笑いが起こりました。

軍医長が、


 「アナタはこの島が嫌いかな?」


と尋ねて来ました。

私も何と答えて良いのか分かりません。


 「アナタはこの島には、医療班が必要とは思わないか?」


私は驚いて、


 「えッ? 軍医長殿はこの島に骨を埋めるつもりですか」

 「うん? まあ、時と場合によってはね。もし良ければアナタ達もここに残らんか? そんなに焦る必要も無いんじゃないか? 『わが はからい にあらず』親鸞聖人の言葉だ。全て『運』に任せて置けば良い。美しい海、裸の土民。綺麗な夕陽。まさにここは極楽じゃないか」


私は益々(マスマス)、何と答えて良いのか分かりませんでした。


 「そうですが・・・。しかし、私は家に帰りたいのです。 家族に無事を知らせたいのです」


すると金田さんが、


 「あの時、オーストラリア軍の将校が九月に海峡の封鎖が解けると言ったね。あの意味する所が何か。もう少しここで様子を見ようじゃないか。そうだ、私が明日、神父に何か情報が入ってないか聞いてみる」


 この「金田さん」について、金田さんのグループの石田さんと云う方が「妙な事」を言ってました。

実は『あの方』はある日突然、フィンシハーヘンの陣地に現れ、作戦参謀部の仕事をして居たそうです。

どこから来たのかも誰も知らないそうです。

金田さんは部隊内でも長髪で、軍服を着て居た所は見た事が無いと言うのです。

一般の我々兵隊達とも気さくに話すし、部隊が攻撃を受けた時も、その事が事前に分かって居たかの様な行動を取っていたらしいのです。

逃げる時も、我々朝鮮出身の兵隊だけを集めて、あの洞窟に隠れたそうです。

洞窟で色々と話しをしている内に、


 「私は兵隊では無い」


と言い出したそうです。

ジブン達はおかしな事を言う方だなと思い、聞いていると、


 「私はこの島に残り、オーストラリア軍の情報を向こう十年間に渡り日本に流す任務を負っている」


と言うのです。

しかし、なぜ我々朝鮮出身の兵隊と合流して居るのかは言いませんでした。

石田さんも「金田」と云う名前はフィンシハーヘンから逃げる時に名乗っただけで、自分達はそれで金田さんと呼んでいただけだと言う事らしいのです。

その事を緒方軍医長に話すと、


 「参謀本部付けと云う事で回されたのなら、もしかしたら『33部隊(陸軍中野学校)』から来た方かもしれないぞ」

 「33部隊? それは何ですか」

 「中野の部隊だよ」


私は、『中野』などと言う部隊は聞いた事が有りません。

野嶋婦長に尋ねても知らないと言うし、・・・思い切って頼りない徳丸部隊長代理に聞いてみました。

すると陸軍省の中に『諜報機関職員養成所』があると教えてくれました。

その学校を『東部33部隊(通称・陸軍中野学校)』と呼んでいるらしいのです。

そして彼等は兵隊では無いから階級は無い。


 「名前も本籍も履歴も無くした日本人だ」


と教えてくれました。

だからあの時、


 「自分は兵隊を辞めた」


などと軍人にあるまじき事を言っていたのだと始めて分かりました。

徳丸部隊長代理はもう一つこんな事を話してくれました。


 『33部隊の兵隊は、一人で千人分の力を発揮する様に教育された特殊な人で、戦況に於ける最も重要な地域に隠密で「一人」だけ派遣される人だ』


とも言ってました。

私はマダンの陣地に集まった最後の兵隊さん達の「格の高さ」には驚かされました。

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