表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

6話

人間の赤ん坊というのは、成長がかなり遅い。


同じようにミルクを飲んで育っている魔獣の子は、すでに自分の足で歩き回っている。

それに比べて人間の赤ん坊がする移動といえば、せいぜい寝返りを打ち、体を転がして横へずれる程度だった。


だが、最初のうちはそれすらも出来なかった。

遅くはあるものの、確実に、少しずつ成長している。


ある時から赤ん坊は、手足をばたつかせるようになった。

その度にミミックは、息苦しいんじゃないかと蓋を開ける。赤ん坊を抱き上げて状態を確認する。


自分が何か行動すると、世話をしてくれるこの存在が抱き上げてくれる。


赤ん坊は、それが面白かったのか、楽しかったのか、とにかくその行動を気に入っていた。

抱き上げないと泣いてしまうから、ミミックは少し困っていた。


やがて、その動きにも変化があった。

ばたばたと足や腕を動かすのではなく、下に押す感覚。


気づけば、赤ん坊はうつ伏せで顔を上げられるようになっていた。


最初の数回は、ほんの一瞬。

腕が震え、すぐに崩れる。


だが何度も繰り返すうちに、

支えていられる時間が少しずつ長くなっていく。


ミミックが移動するたび、わずかに開いた箱の隙間。

そこからのぞく外の景色を見るために、顔を上げていた。


いつしか、ミミックが動くときには、

傾いた側面にうつ伏せになり、隙間の向こうをじっと眺めることが多くなっていった。


そんな赤ん坊が、外の世界へ飛び出そうとするのは当然のことだった。


ぺし、ぺし。


箱の内側が叩かれ、ミミックはいつも通り抱き上げる。


「あぅ、あぅ、」


それでも赤ん坊は落ち着かない。

短い腕を必死に振り、早く地面へ下ろせと訴えてくる。


本来なら、危険なダンジョンの地に赤ん坊を置くなどありえない。

だが、この苔むした広場だけは別だ。ここは安全だと分かっている。


――少しくらい、問題はないだろう。


そう判断して、ミミックは赤ん坊の体を苔へそっと近づけた。


触れた瞬間、思っていた感触と違ったのか、赤ん坊はびくりと体を震わせた。

下に伸ばしていた手も足もピンと突っ張り、空を飛ぶヒーローのようなポーズをして苔から距離をとる。


さっきまであんなに触りたがっていたのに、おかしな奴だ。


ぽふっ。


赤ん坊の小さな抵抗もむなしく、そのまま地面へ下ろされる。


最初こそ「早く助けてくれ!」と言わんばかりの顔でミミックを見上げていたが、その表情も長くは続かなかった。

数分もすればすっかり忘れたように、手のひらで撫でたり、叩いたりして無邪気にはしゃいでいる。


ふと、赤ん坊が苔をぎゅっと握り、ぐいと引っ張った。

ぷちぷちっ、と表面がちぎれ、小さな手の上に残る。


「……あむっ」


むしり取った苔を、そのまま口へ運んだ。


ついにミルク以外のものを口にするようになったか――

ミミックは、赤ん坊の成長をぼんやりと感じていた。


だが。


「……べぇ」


すぐに口の中から掻き出し、べちょりとしたそれを地面へ投げ捨てる。

どうやら苔の味が気に入らなかったらしい。

赤ん坊はあからさまにへそを曲げ、不機嫌そうに顔をしかめた。


その様子を見て、ミミックは静かに赤ん坊を抱き上げ、

そっと自分の内側へ帰した。


慣れ親しんだ空間に戻った安心と、外に漂う胞子の影響もあったのだろう。

赤ん坊はほどなくして、すとんと眠りに落ちた。

ミルク離れはまだまだ先になりそうだ。


その日を境に、苔の広場への興味は少し落ち着いたが、その代わりに、広場の外への関心は大きくなっていった。


しかし、広場の外には危険が多すぎるため、赤ん坊を自由にさせるわけにはいかない。

外に出たいのに、それを許してくれないミミックに腹を立てて、泣き出すことも少なくなかった。


そこで、ミミックは赤ん坊に、これまで蓄えた宝を与えようと考えた。

殻の奥にしまってあるものの中で、角の尖ったものや、重すぎるもの、小さくて赤ん坊が飲み込んでしまいそうなものは除外する。


代わりに選んだのは、人間の拳ほどの大きさがある宝石や、

振ると中で小さく何かが転がる、空洞の装飾具。

触れるとわずかに温度の変わる、不思議な結晶。

光を受けるたび、色をゆっくり変える透明な石。

そのほかにもいろいろ。


ミミックはそれらを、赤ん坊の手が届く場所に並べる。


赤ん坊はその見慣れないものたちに一瞬で釘付けになった。


最初は、近くにあった宝石に手を伸ばした。

指先でつつき、持ち上げ、落とし、手の届かないところまで転がってしまい、泣きそうになる。


次は空洞の装飾具。

中で何かが転がる音を不思議そうに聞いている。自分が振れば音が鳴ることを理解し、何度も何度も繰り返し振った。


それに飽きれば、次は結晶。触れては、手を引っ込め、また触る。

温度が変わるたび、面白そうに笑い、温かくなった結晶にかぶりつく。

口で感触を確かめているのか、それが安心するのかはわからない。


どれも面白い。

どれも新しい。


中でも気に入ったのは、少し離れたところでくしゃっとなっていた黒い布。

身体をよじり、懸命に手を伸ばす。何度も指を滑らせながら、ようやくそれを手繰り寄せた。


上質な布で仕立てられた、大きなローブだった。


他の宝のように輝くわけでもなく、音を鳴らすわけでもない。

それでも赤ん坊の目には、なぜかとても魅力的に映っていた。


「んぅ……」


小さく声を漏らし、そのまま顔を押しつける。

ミミックの内側では感じたことのない、新たなぬくもり。


頬をすり寄せるようにしていたかと思うと、

そのまま仰向けになり――


気づけば、赤ん坊はもう夢の中だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ